のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第22話 彼女、のこと

 

思い出した途端に耳に入る彼女の話題。
偶然で片づけていいの?

 

 

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第22話 彼女、のこと

 

KISSの法則・恋のトラップ

 

シンジョに戻って、デスクに突っ伏す。

頭はくらくら。心臓がばくばく。そして、指先が冷たい。

私、ほんとに、どうしちゃったんだろう。

「……麻衣、大丈夫?」

恐る恐る、といった調子で声を掛けてくれたのは、ミユキちゃん。

ゆっくり顔を上げて、笑って見せる。

「あの、さぁ。麻衣。

 もしかして、なんか言われちゃった?」

なんかって。なんだっけ。

ああ、そう。……秘書課。

榊課長が口にした途端、足元がぐらついて。

 

 

 

「“ロータスさま”の話でしょう?

 ごめんね。

 つい、ぺろっと。……嬉しくてさ」

ロ? ロータス、さま? 

気高くて美しい蓮の君みたいな、じゃなくて……

あ! お兄ちゃんのことだ。

きっと、今朝会社まで送ってもらったお兄ちゃんの車、ロータス・エヴォーラが呼び名の由来。

そうだった。噂が広まってるって。

でも、それが好都合で。

だから名前だけは明かしても、後は“内緒”で通すように言われたっけ。

 

 

 

それって。

あの、話と似ている。

“オンナ除け”“カムフラージュ”

“秘書課”“アケミさん”

忘れていたキーワードが頭をよぎる。

違う。忘れていたんじゃない。

怖くて、考えないようにしていた、だけ。

さっきも“ムシ除け”っていう、似ているキーワードが出てきて……

私、もしかして。なにか、大きな勘違いしてる?

私と榊課長の関係って。

“恋人”で……いいん、だよね。

 

 

 

「真っ青だよ、麻衣。

 ね、大丈夫?」

慌てるミユキちゃんの声が、遠い。

「……うん、あの。

 ごめんね。大丈夫」

言葉にしたけれど、弱々しくて。

これじゃ、心配そうに見つめるミユキちゃんを安心させられない。

「なにか言われたんじゃないよ、心配しないで。

 噂はね、極力内緒に、って……」

一生懸命、言いわけを考えていたら、少しずつ声に力が戻る。

「麻衣の具合がよくなかったから送ってくれたんだね、ロータスさま。

 そうだよね。

 じゃなきゃ、麻衣が会社の前に送ってもらったりしないもんね」

 

 

 

なんかさ、と。ミユキちゃんはトーンを下げて。

「『会社に横付けするなんて、ナニサマのつもり?』って。

 一部の人が騒いでるって……」

アタマの中にアラームが鳴り響く。

ぼんやりしている場合じゃない。

「ど、どうしようっ?」

ミユキちゃんに助けを求めると。

「大丈夫、新しい噂の種を撒いてくるよ。

 具合が悪かったけど責任感のあるコだから、婚約者が送ってくれたって」

「婚約者じゃないよっ」

慌ててミユキちゃんの袖をつかむと、にぃっと歯を見せる。

「恋人より婚約者の方が説得力あるんだってば。

 キィ~ッとなってる一部の人って、あの秘書課のアケミさんだから、大丈夫だよ。

 みんな、相手にしてないから」

思い出した途端に、耳に入るアケミさんの話題。

偶然、で片づけていいの?

 

 

 

「もしも、麻衣の相手が企画のエース、榊課長だったら……」

ミユキちゃんの言葉に驚いて、顔を勢いよく上げる。

「えっ?」

「わっ。なっ?」

顔を見合わせて、二人で奇声。シンジョ中の注目の的。

ごめんあそばせ、と。

ミユキちゃんは、周囲に芝居がかった笑顔を見せて。

「だから。もしも、の話だよ」と小さな声で咎める。

だって、と思いながら、頷く私。

びっくりした。全部知られてるのかと思った。

 

 

 

「榊課長に関してだったら。

 アケミさんも頭から湯気立てながら、血相変えて乗り込んでくるだろうけど。

 今回は、口だけ。

 おとなしいもんじゃん」

去年の年末、シンジョに怒鳴り込んできたアケミさんを思い出して。

もやもやする。

ううん、欲ばりになった私は、もやもやだけじゃおさまらなくて……

締め付けられるような、胸の痛みに身を焦がす。

引きつりながら、笑ったつもりの顔を作ったのに。

「大丈夫だよ、麻衣。

 そんな泣きそうな顔しなくても。

 アケミさんは榊課長にご執心なんだから、一日も経たずに噂はおさまるって」

泣きそうに見えたみたい。

 

 

 

KISSの法則・恋のチカラ

 

こういう時は、一心不乱に仕事をしよう。

勤務時間中、仕事以外のことに時間を割いて心を奪われていたのに……

残業します、なんて社会人失格。

やりかけの仕事に優先順位をつけて、わき目もふらずにこなしていく。

夢中になってディスプレイを見つめ、ひたすらキーを叩いて。

気づいたら、お昼10分前。

いつものルーティンで、社内メールの受信メールボックスを開く。

 

 

 

たくさんの受信メールの中で、そのひとつだけが……

大げさかもしれないけど、光って見えた。

榊課長からの新着社内メール。

タイトルも、添付ファイルもない。

逸る気持ちを押さえながら、カーソルを合わせて。

大きく深呼吸。震える指でクリック。

 

From:榊課長

To: 立花麻衣

Subject:

Body:どうした。なにかあるなら、ちゃんと言ってくれ

 

慌てて、送信した感じ。

送信時間は私がここに戻ってきたのと、ほぼ同時。

 

 

 

嬉しくて、胸からじんわり伝わるほっこり感。

冷たかった指先が、ほんわかしてくる。

好きっ、大好きっ。

思いっきり叫びたいけど……心の中だけにした。

誰かの目を気にしたり、

内緒だったり、

お兄ちゃんを噂のカレに仕立てたり……

オープンにできないから、不安になるけれど。

大好きと思える人に、出逢えただけで幸せなのに。

その人に、大切に思われるなんて。

奇跡、って言ってもいいと思う。

 

 

 

“お互いに、思ったことは言葉にすること”

そう、約束したはずなのに。

一人で狼狽えて、あんな風に飛び出して、結局うじうじ悩んでるんだもん。

せっかく、私のもとに奇跡が舞い降りてくれたのに。

あぁ、もう。

顔が見たい、声が聞きたい、ちらっと後ろ姿だけ、でもいいのにな。

“好き”があふれてきて、うずうずする。

チェアを小さく揺らして、頬に手を当て、にまにま。

「乙女ポーズ全開ね、麻衣」

びっくーん、と背中が伸びる。

斜め後ろ視界ギリギリに、香里さん。

メール画面を反射的に閉じる。見られちゃったかも。

 

 

 

KISSの法則・愛ゆえの決意

 

恐る恐る振り向くと、書類越しに香里さんの瞳。

きっと、さっきの泣き顔を隠すため。

「香里さん、すみませんっ。

 私、急に戻ってしまって」

いいの、いいの、と鼻声で。

「急ぎの仕事があったから、って。

 ……ヤツには言ったから」

主語をぼかすのは、人の耳を恐れて。

でも……。香里さんらしくない。

“一人で考えてないで、本人に訊きなさい”って。

“麻衣は、いつも間違った方に突っ走るでしょ?”って。

そう言うと思ったのに。

「とりあえず、そのメールの返信は待って。

 急ぎの仕事があったってことで、話を合わせてほしいの。

 理由は話すから。

 お昼ダッシュで食べて、お昼休みの後半、指導室へ。

 さぁ。6階、行くわよ!」

力強く促された。

 

 

 

肩を並べて、階段を上る。

口を開く香里さん。

「課長補佐の話は進めるから、そのつもりでね。

 シンジョ内にも、それとなく伝える。

 他のシンジョとは一線を画すこと、覚悟してほしいの。

 心構えっていうか、ときには毅然とした態度も必要なのよ。

 2人体制の時は、あたしが鞭(むち)で、麻衣が飴(あめ)だから大丈夫だけど。

 秋に1人体制の時が来る、から……」

え? と、顔を上げる。

「うん、決めた。秋に、ね」

嬉しくて顔がほころんだ。

 

 

 

「ずっと司に、打診されて、催促されて、懇願されて。

 嬉しいのに、勇気がなくて踏み出せなかった。

 麻衣の言葉が、背中を押してくれたのよ」

 だからね……」

うっすら紅い目で私を見つめる香里さん。

「麻衣にも、お返しをしなくちゃって。

 試練に見えるけど、乗り越えなくちゃいけない壁があるでしょ?

 乗り越えるサポートをしたいの」

頷いたものの、何の話か掴めなくて。

「仕事、ですか?」と訊く私に。

「ううん、恋の話」と華やかに笑う香里さん。

“恋”“試練”“乗り越える”

思わず立ち止まる私にウインクを残して、香里さんはシンジョのテーブルへ。

 

 

 

「あれ、香里さんどうしたんですか?

 風邪?」

シンジョメンバーが目の紅い香里さんを心配する。

本当に慕われていて。

自分があの位置に近づけるのか、不安。

「うん、鬼の攪乱(おにのかくらん)……って。

 違うわっ!!!」

ノリツッコミ。これも必要なスキルかも。

「花粉症の名残よ、きっと」

香里さんの言葉にどっと沸くみんな。

「そんなぁ。もうすぐ6月ですよ」

「6月と言えば、今年も来ますよね、例のほら、氷の榊さまの依頼」

「今年の生贄は誰だぁ?」

2年生が1年生を怖がらせるから。

1年生は怯えながら、顔を見合わせた。

 

 

 

「麻衣センパイ、生贄ってなんですか?」

席に着いた私に訊く1年生。初々しくて、可愛い。

「心配しなくても、大丈夫だよ。

 可愛いから怖がらせてるだけ。

 わるいセンパイだね」

笑って答えると、一様に肩の力を抜く。

「今年からシンジョへの依頼はないわよ。

 “専属”が決まったから」

全員の視線が、声の主である香里さんに集まる。

「去年依頼された立花麻衣が、気難しい榊の依頼を一手に引き受けます。

 クール・イベント立案者の企画力を見込まれて、ね」

ばばっ、と音を立てるくらい、みんなの視線が私に。

お弁当の蓋が手から離れて、ことんと音を立てた。

「「「ええ~ッ?」」」

大騒ぎになるシンジョのテーブル。

休憩室にいる他の部署の方が、目を丸くしてる。

 

 

 

「は~い、騒がない」

香里さんのひと声は、一瞬でざわめきを制する。

「シークレットだったから疑問はあるでしょうけど、全部事実よ。

 その件も含めて、麻衣とお昼休みの後半、打ち合わせがあるから。

 麻衣、ちゃちゃっと食べちゃいなさい」

「はい」

返事をして、お弁当に向かう。

「でも、麻衣には婚約者がいるし。 

 専属になっても、すぐ退社じゃないですか?」

さらっと放たれる誰かの爆弾発言。

んぐ、と喉を詰まらせた。

「ミユキさ~ん?

 噂はさりげなくって、あたし言ったわよね」

香里さんの微笑みに、頬を引きつらせるミユキちゃん。

 

 

 

「まあね。麻衣に“噂のカレ”がいるのも、事実よ。

『麻衣に初めての春が訪れたんだから、そっとしといて』って。

 釘を刺したはずなんだけどな~?

 大体、婚約者なんて、麻衣はまだ21歳よ。

 あたしより先に結婚なんて、認めるわけないでしょ」

ウラ事情を知っている私ですら震え上がるほどの、低い声。

だけど。

“噂のカレ”が誰を指すのか、特定しないように。

さりげなく、香里さんの結婚という言葉も絡めて。

嘘はつかずに、思い通りに視点をずらす。

こんな高度な技を伝授したのは、きっと……

 

 

 

「いい? 

 この噂は事実だけど、麻衣を思う気持ちがあるならひっそりとね。

 ウブ子の未来が懸かってるのよ。

 きっと、この恋がうまくいけば、みんなにも“幸せのおすそわけ”が来るはずだもん。

 シンジョでウブ子を守ること。いいわね?」

“幸せのおすそわけ”なんて、抗えない言葉で強引に締めたにもかかわらず。

はいっと、揃った返事。

目標に向かう上向きな視線。

まるで、ポジティブなシュプレヒコールが上がりそうな団結力。

思わず、涙ぐんじゃった。

 

 

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