のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第44話 憎しみの果て

 

和やかで幸せな時間を切り裂くように……
突然響く、電話の着信音。



 

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第44話 憎しみの果て

 

KISSの法則・煌めく青写真

 

「指輪は、一緒に買いに行こうな」

もぐもぐしている私の頬を撫でながら、嬉しそうに笑う拓真さん。

朝の修行僧のような険しさは、吹き飛んで。

別人みたいに、穏やかに甘く見つめる。

「婚約指輪は、会社じゃはめられないだろうな。

 見せびらかして、牽制したいとこだけど。

ロータスさま”の噂がある限り、みんな勘違いするだろ。

 牽制にはなるけど、相手がオレじゃないのは癪に障るな」

コドモみたいに口をとがらせて。

 

 

 

「当初のプラン通り、来春には社員にも発表する。

 だけど、企画と人事のトップには遅くても8月には報告しなきゃ。

 社長をはじめとした役員にも、な」

「社長、ですか?」 

目を瞠る私に、にやりと笑って。

「クール・イベントで有名になっただろ?

 そのコンビが結婚となれば、直々に祝福したいって言い出すぞ。

 高橋も、新堂と一緒に社長室に報告に行って、すっげ―とこで食事会したって言ってたし」

ちょっと、緊張。

香里さんに聞いてみよう。

 

 

 

「すごく美味しかったです。

 イタリアンがお得意なんですか?」

食後のエスプレッソをいただきながら、足立さんに訊いてみた。

お店、出せないのかな。

事情があるとは聞いていたけれど。

「ほんとに? やべ。嬉しいな。

 実はさ。

 本格的に店をやってみたいんだよね。

 そっちの学校にも通ってたし、調理師免許も持ってるしな。

 だけどさ、まだ……その」

言いよどむ、足立さん。

「ご事情がおありなんでしょ。

 いいんです、ムリして言わないでください」

 

 

 

足立さんと私の会話を、にこにこして聞く拓真さん。

愛する人との約束。

輝いている未来への道。

友人の心からの祝福。

美味しいお料理。

穏やかで、幸せな時間。

 

 

 

「拓真。

 披露宴は3月から6月の間だって言ってたよな」

「ああ」と頷く拓真さん。

「きっとさ。

 それまでには、こっちのほとぼりもさめるはずだ。

 二人のウエディングパーティーを、この店でさせてくれないか」

それは嬉しいけれど……

「さっき。

 タスクが、って話をしてただろ?

 俺も目標期限があれば、それに向かって動ける。

 二人のレストランウエディングを、この店の開店記念にしたいんだよ」

「ありがとう」と拓真さんは微笑んで。

「よろしくお願いします」

二人で一緒に頭を下げた。

 

 

 

KISSの法則・謝罪の意図

 

そんな和やかで幸せな時間を切り裂くように……

突然響く、電話の着信音。

ちぃっと舌打ちして、スマホを取り出す拓真さん。

そういえば。

一緒にいるとき、電話が鳴ったのって初めてかも。

「……カズだ」

画面を見たままの低い声に、緊張が走る。

口をへの字に曲げた足立さんは、腕を組んでじっと電話に聞き入る体勢。

〈オレだ。ああ……

 ちょっと、待て〉

スマホの画面をタッチして、私を見る拓真さん。

「カズが『昨日の件で詫びたい』って言ってる。

『今から実家に来てくれ』って」

一旦、切って折り返せ。

簡潔なジェスチャーで伝える足立さん。

〈悪い。折り返す〉

返事を待たずに通話終了。

 

 

 

「来た、か」

厳しい表情の足立さん。

「昨日の今日だ。しかも今度は和真から。

 油断はできない。

 相手のテリトリーは危険すぎるぞ」

指定された場所は、拓真さんの実家でありながら弟さんのテリトリーで。

血を分けた兄弟を、危険人物と敬遠しなければならない哀しさが伝わってくる。

「ここに呼び出せ」

足立さんは決心したように呟く。

「いいのか?」

もしここで話ができれば……そんなにありがたいことはないけれど。

全てを知っている足立さんがいてくれるのも心強いし。

だけど、ここは。

内緒にしなくてはいけない場所。

招くのは、気を許せる相手ではなくて。

 

 

 

「緊急事態だからな。

 但し、店は試運転中ってことにする。

 話を合わせろ」

緊迫した雰囲気。大きく頷く。

「いいか。

 俺は珈琲館のマスターになりたくて、借金してここを買った。

 だが、まだ運転資金が調達できなくて、ここは開店に漕ぎつけてない。

 拓真と立花さんは俺の知り合いで、休みの日はここに来る。

 俺は、試作のドリンク程度を出してるってことで」

「わかった」と拓真さん。

「ちょっと待ってろ。

 上に許可を取るから」

そう言って足立さんは奥へ。

 

 

 

〈ぁあ? いや、だから〉

〈そうじゃ、なくて〉

電話を手に、大きな声。

なんだか揉めてるみたい。

迷惑はかけられないし。

〈じゃあ、いいんだな。

 あ? いや、違うって。

 だから! それは、わかったから〉

ムスッとした表情でこちらに戻ってくる、足立さん。

「カズには、別の場所を指定する」

拓真さんの言葉に、足立さんは手を振って。

「あのおやじ、寝ぼけてやがる。

《今日は誰も来ないから、好きにしろ》って。

 わかった、って答えてんのに。

 急に《来週はだめだ》の一点張りで、埒が明かない」

「ほんとに、ここでいいのか?」

心配そうに聞く拓真さんに、足立さんは苦笑い。

 

 

 

「昼間は大抵寝ぼけてるから、慣れてる。

 それに、電話の会話は録音してあるから平気だ」

こんな時なのに、ヘンなイメージが浮かんでくる。

足立さんが言うところの“あのおやじ”

きっと昼間から酔っぱらって、うい~、って。

録音してあっても、後で揉めそう。

ほんとに、大丈夫かな。

「拓真。

 ぼけっとしてないで、和真に連絡しろ」

あ、ああ、とスマホを出した拓真さん。

「恩に着る」と足立さんにひとこと掛けて電話を掛けた。

「きもちわる。恩に着る、だってよ」

私に照れ笑いする足立さん。

「本当にありがとうございます」

気を遣わせないようにと、笑い飛ばす足立さんに深々とお辞儀をした。

「静香も呼べ。

 全員揃わなきゃ意味がないぞ」

足立さんの提案に、拓真さんはスマホを耳にあてたまま頷いた。

 

 

 

KISSの法則・兄と弟

 

……こうして。

足立さんのお店に、5人が顔を揃えた。

「匠さん」

弟さんと静香さんは、目を丸くして。

「俺のことはどうでもいい。

 言うことがあるから来たんだろ。

 さっさと言え。

 ぐだぐだ理由を並べるなら、追い出すぞ」

懐かしむ二人を、邪険に扱う足立さん。

その迫力に、唇を噛みしめる弟さん。

 

 

 

「申し訳、なかった……兄貴」

言葉を絞り出す、弟さん。

兄貴……!

口だけの謝罪ならいくらでもしそうなこの人が、“兄貴”って。

呼ばれた拓真さんも、びっくりした顔。

ふらふらっと揺れた弟さんは両膝を床について、頭を垂れる。

それはまさしく、土下座で。

静香さんも一歩下がった位置で同じように頭を下げた。

「ちょっ、そんな……!」

思わず、言葉がもれる。

私の声にゆっくり反応を示した弟さんは、私の顔をゆらりと見上げて。

「立花さんにも、申し訳ないことをしたと思っています」

そう、自分の気持ちをはっきり口にして。

再度、深く頭を下げた。

 

 

 

「頭を上げろよ、二人とも。

 ちゃんと椅子に座って、話をしよう」

拓真さんの言葉に、二人はゆっくり頭を上げて、かぶりを振る。

「謝るにしたって、そんな一方的なのはフェアじゃない。

 オレだって、ずっとカズを蔑んで呆れてほっといた。

 そのツケだってこと……ちゃんとわかってるから」

苦しそうに絞り出す、拓真さん。

一度も受け止めなかったこと。

それが遺恨の元凶で。

苦い後悔がひしひしと伝わる。

「立花さん。

 静香とふたりで話してきたら?」

親指で少し離れた席を指差す、足立さん。

前に助言してもらったっけ。

“似た者同士だから気が合うはず、静香さんと仲良くすればいい”って。

 

 

 

でも……、と。

心配そうな瞳の静香さん。

その手を取って、にっこり笑う。

「ご兄弟で話をしてもらいましょう。

 足立さんがいれば、大丈夫です」

静香さんと二人、別のテーブルへ。

「静香さんがあそこにいたら、きっとカッコつけちゃって本音が言えなくなるんです。

 えーと。拓真さんの弟さん……静香さんの旦那さん、が」

なんて呼んでいいのか、戸惑う。

和真さん、と呼ぶほど親しくないし、まだ信用していない。

昨日のことは思い出しただけで、ぞくりとするし。

「気のすむ呼び方でいいのよ。

“おたんこなす”でも、“あんぽんたん”でも」

は、い? 今なんて?

まじまじと見つめる私に、静香さんはうふふ、と笑った。

 

 

 

KISSの法則・似た者同士

 

「私ね。

 カズに、『改心しないなら離婚する!』って……怒鳴ったの」

おっとりした口調の静香さん。

「怒鳴ったん、ですか?」

「うん、そうなのよ」と、得意げにゆっくり頷く姿。

か……。可愛いぃ!

年上の女性にこんなことを思うのは、失礼かもしれないけれど。

「私、全然自信がなくて。

 ずっと、私の一方的な想いだって……疑ったことなんてなかったの。

 だからね、遠慮して何も言えなかった。

 間違ってる、って思っても指摘できなくて。

 ただね……困ったなって、眺めてるだけだった」

 

 

 

足立さんの言う通り、私と静香さんって似た者同士。

勝手に勘違いして間違った方向へ突き進むところなんて、そっくり。

静香さん達の間違いは、言葉にしなかったこと。

想いのカケラをひとことだけでも伝えていたら、こんなことにはならなかった。

改めて、拓真さんを尊敬する。

つきあってすぐの頃、約束した。

“お互いに、思ったことは言葉にする”って。

あの約束がなかったら……

私、とんでもないところで迷っていたはず。

 

 

 

「昨日、麻衣ちゃんが言ってくれたこと……」

そう言って、真っ赤になって固まる静香さん。

どう、しました?

「あ。麻衣ちゃんって呼んでもいい?」

静香さんって。

ちょっと……ううん、かなりの天然さんだ。

照れながら、はいと頷く。

「カズが私のことをずっと好きだったって、言ったでしょ?

 信じられなかったの。

 だけど、二人で話をしてたら噛み合ってきて。

 そしたら、急に頭に来ちゃって!」

大きめの声。

感情に素直なんだろうけど、ちょっとどきどきする。

 

 

 

「拓真さんのことをお兄さんとして認めないなら離婚する。

 悪くないお兄さんを勝手に恨んで。

 嘘をついて。

 お兄さんのお嫁さんになる人を拉致して。

 あんた性根が腐ってる、って」

……まぁ、なんてこと。

「あんた、って。言っちゃいましたか……」

びっくりしただろうな、おっとりしてる奥さんにそんなこと言われて。

「うん。言っちゃった。

 たぶん鬼みたいな顔して、怒鳴り上げた」

肩をすくめて、ぺろっと舌を出す。

 

 

 

「そしたらね」と、はにかむ静香さん。

「カズ、すごく動揺して。

 いつも冷静で高いとこから見下ろしてる、あのカズが。

 だから、チャンスは今しかないって思って、“全部白状しなさい”って詰めよったの」

彼女の言動が一致しなくて、目を瞬かせる。

はにかむ彼女と、言葉の内容。

「カズってば、往生際が悪くてね。

 最初は、言葉を選んでたのよ。

 けど、もう私が途中でキレて暴れたら……

 自分の悪事を洗いざらい白状したの」

キレて暴れる静香さんと、狼狽えるあの人を想像して……

不謹慎にも、にやにやしちゃう。

 

 

 

「正直、引いたのよ。

 嫌がらせの相手は、ほぼすべてが拓真さんで。

 誰かに見咎められても言い逃れができるように、考えて。

 周りを欺いて、いいコのふりして。

 ちょっとしたことで機嫌を損ねるから、前から扱いづらい人だな、とは思ってたのよ。

 だけど、まさかそんなに歪んでるなんて知らなくて」

静香さんの前では、最も注意深く隠していたはず。

知られたら、嫌われるのは明確で。

「どうして? って、なじったの。

 そしたら、私が……その……原因だって」

真っ赤になって俯く静香さん。

ほんとに、可愛い。

 

 

 

「『愛してるんだ』って。

『ずっと、愛してたんだ』って。

 涙をぼろぼろこぼして。

 許してくれって、懺悔されて。

 それで、やっと。

 私、愛されてるって実感が湧いたの」

掛け違えたボタン。

歪んだ歯車。

20年以上もすれ違っていた想いが、やっとぴったり重なって。

「でも、許しを請う相手は私じゃないもの。

 日を置いたら、きっと謝りづらくなるから。

 それで急にこんなことになったの。

 デートしてたのに、ごめんなさい」

「ううん!」

首を振って、静香さんの両手をぎゅっと握る。

 

 

 

「ありがとうございます、静香さん。

 旦那さんを変えられるのは、静香さんだけだったんです。

 ほんと、に……よかった」

涙ぐみながら声を詰まらせて。

、と。ひと声。

え、なに? 首をかしげる静香さん。

「ううん、ってタメ口でした。ごめんなさい」

勢い余って、つい。

口を小さく開けてきょとんと見つめた静香さんは、ぷっと吹き出す。

「いいの、タメ口で話して。

 じゃないと……」

じゃないと、で考え込む静香さん。

オチを考えないで話しちゃった感じ。

「キレて、暴れるんでしょ?」

助け舟を出したら。

やだ、もぉ、って身体をよじって。

二人で声を上げて笑った。

 

 

 

「それでね。

 カズに怒鳴ってみたら、すっごく気持ちよくて。

 ついでに、お義父さんにも怒っちゃったの」

ツッコみどころがありすぎ。

「怒鳴ったら気持ちよくて……?

ついでって……?

しかも、お義父さんにも?」

おずおず訊いたら、静香さんはぷぅっと頬を膨らませて。

「だって。隠れて釣りに行くなんて!

 しかもお弁当が多いなら、そういえばいいじゃない?

 それを毎回“美味しかったよ”なんて言っちゃって!

 からっぽで持ってくるから、張り切っちゃうでしょ」

それは……

「その通りですっ!」

「でしょ?」

静香さんは握った両手にがっちり力をこめた。

 

 

 

ほんとにそう。

言ってくれなくちゃ、わからない。

良かれと思ってしているのに、陰で迷惑がられてたなんて。

「それは怒っていいです。

 むしろ怒らなきゃだめ」

瞳をうるうるさせる静香さん。

私まで、なんだか涙ぐんじゃう。

今日、二人でこうやって話せてよかった。

「うん。

 ありがとね、麻衣ちゃん。

 これからもずっと仲良くして?

 またこうやって、二人だけで女子トークしよう?」

「はい♪」と満面の笑みで答えたら。

「タメ口が出ちゃっても謝らないで。

 私、嬉しいから」

 

 

 

KISSの法則・天然ゆえに自覚なし

 

「天然コンビはすっかり仲良くなったみたいだな。

 よかった、よかった」

頭上から足立さんの声。

いつも、いきなりの登場。びっくりする。

あれ? でも……今。

「私は天然じゃないですよ」

一字一句たがわずに、綺麗にハモった抗議。

え? ……ぇえ?

「天然は、麻衣ちゃんでしょ?」

お互いに、お互いを指差しながら。

「いえ、私はただ“どんくさい”だけで……

 天然なんて、可愛らしいものじゃないです。

 静香さんみたいな人を、天然っていうんですよ」

 

 

 

「……お前ら、なぁ」

足立さんはため息をつきながら、ミルクティーカップを3つテーブルに。

「もう説明すんのも、めんどくさい。

 せっかく仲良くなったご褒美にって、ミルクティー淹れてやったのに。

 一気に脱力した」

納得できないけど、ミルクティーが美味しそうで顔がほころぶ。

「おんなじ喜び方。

 まったく、性格はこっちの方が双子だな」

あ。そうだ。

楽しくてすっかり忘れてた。

「……あちらの状況は?」

忘れていたことを悟られないように、真剣な顔で訊く。

 

 

 

「うん、まぁ。

 わだかまりは解けた。

 ささくれ立った気持ちがすっかり滑らかになるには、時間がもう少し要るだろうな」

そう、ですよね。

頷く私たちを交互に見る足立さん。

「げ。リアクションが一緒。

 気持ちわるっ」

気持ち悪いって、失礼な。

むぅ、と口を結んで静香さんを見たら……ほんとに同じリアクション。

3人で、大笑い。

大騒ぎのこちらをちらっと見た双子の兄弟は、揃って、嬉しそうに微笑む。

「こっちの二人が仲良く楽しそうに笑ってれば、あいつらの距離も自然と縮まる。

 オトコなんてオンナ次第。

 単細胞だからな」

 

 

 

「じゃ、またね」と。

静香さんは私に微笑んだあと

う、と口をへの字に曲げて、名残惜しそうにぎゅっとハグ。

お互いに小さくお礼を言い合って、手を振った。

男性陣は、軽く片手をあげただけ。

「こってりとあっさり。対極だな」

静香さん達を見送って、私達はまたお店に戻る。

「今日は本当に、ありがとうございました」

どかっと座った足立さんにお辞儀をして。

「お話しててください。私、洗い物してきます」

そのままキッチンに向かう。

「あ。いや。いいぞそのままで。

 大体、洗いもんなんてそんなにねぇし。

 調理しながら洗ってるから」

さすが、料理人。

作りながら、片付けちゃう宣言。

「じゃ、ミルクティーカップ洗います。

 今日暑いから水遊びしたいし」

「なんだそりゃ」と足立さんは呆れながらも任せてくれた。