のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第21話 明日への一歩

 

香里さんの抱える不安。
正直な気持ちを伝えたら、
明日への一歩が踏み出せる、はず。

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第21話 明日への一歩

 

KISSの法則・定例会議

 

10時半。朝の仕事がひと段落ついた頃。

ひっそりと静まりかえる企画部へ向かう、香里さんと私。

おじゃまします、と。企画3課ブースへ。

「麻衣は邪魔じゃないぞ。

 新堂は、高橋と一緒にあっち行けよ」

しっしっと、めんどくさそうに追い払う仕草。

榊課長の向かいには、高橋課長。

「おはようございます」と挨拶したら

「あ、おはよ」って返してくれた。

よかった、無視されなくて。

「香里、ちょっと聞いてよ」

香里さんの腕を取って、ひきよせる高橋課長。

なんとなく。

うん、なんとなくだけど、引き離される感じ?

「隣、座って」と私にチェアを指差す榊課長。

 

 

 

へえ、とか。

ふぅん、とか。

マジで? とか。

香里さんと高橋課長は、二人でごにょごにょ喋ってる。

仲睦まじくて、見てるだけでほっこり。

「羨ましそうだな。昨日の復習、するか?」

頬杖をついた姿勢で、にやりと笑って。

チェアごとにじりよる榊課長。

「いえ、ご遠慮申し上げます」

後ずさる私。

「麻衣の“噂のカレ”って、雰囲気ありありのイケメンなんだって?

 だったら、今朝もっと間近で見るんだったな」

榊課長と私の間に身体を滑らせる、香里さん。

「榊、近すぎっ」

榊課長をたしなめながら、チェアをぐいっと離す。

 

 

 

「色っぽい着流し姿で、結構キツい条件出されたって。

 榊がぶーたれてた」

にやにや笑う高橋課長。

「着流し? へぇ、ほんと色っぽいね」

目を輝かせる香里さん。

高橋課長の顔が少しだけ、歪む。

「色っぽいですか? 

 家で寛ぐ波平さんと同じですよ」

「どういう例え?」

私の返しに笑う香里さん。

「確かにそれは……色っぽくないわね」

残念そうにトーンダウン。

くくっと笑う高橋課長。

「キツい条件って、なに?」

香里さんは、高橋課長に訊く。

「結婚まで、手を出せないんだって」

「マジでっ? ウケるぅ」

手を叩いて喜ぶ香里さん。

 

 

 

KISSの法則・策士降臨

 

「麻衣の身もこれで安全ね。

 イイ気味、榊」

榊課長から出た黒いオーラが、渦を巻いて広がっています、けど。

「のんきだな。

 結婚すれば、即解決するんだぞ」

怒りを含んだ、静かな声。

顔を見合わせて口を噤む、高橋課長と香里さん。

「伊織さんから、結婚の許しはもらってるのも同然だ。

 オレは準備万端、即OK。あとは麻衣次第」

「麻衣がイヤなら仕方ないでしょ?」

反論する香里さん。

「ばーか」

榊課長は真顔で言い放つ。

「麻衣は、“順序”を気にしてるだけだ。

 お前らより先に結婚すんのは“気が引ける”どころか。

 “絶対だめ”、なんだとよ」

麻衣、ほんとなの? と。香里さん。

はい、と頷く私。

ほんとはそれだけが理由じゃないけど、CEOの戦略に水を差すわけにはいかない。

 

 

 

「オレらが先に結婚したら、お前らはタイミングを失うぞ。

 業務的にも、心証的にもな。

 業務的に言えば、結婚は春より秋だろ。

 シンジョの春は、新入社員の受入れと教育があるからな。

 オレらがこの秋結婚したら、次の秋までお預けだ」

焦った表情の高橋課長。

香里さんも眉を曇らせている。

 

 

 

「新堂が寿退社希望なら、話は別だぞ。

 麻衣をずっとシンジョに置く気はない。

 それなら、先に結婚する。

 ……以上だ」

「待てよ、榊」

高橋課長が慌てて榊課長を止める。

チェアごと振り向いた榊課長は策士の顔で、私に目配せをする。

喰い付いた! って、顔。

「寿退社なんて考えてないよ。僕も香里も」

そうか、じゃ続けるぞ、と。

二人に向き直る榊課長。

 

 

 

「心証的に言えば。

 麻衣が入社2年目、21歳で結婚っていうのは、イメージ的にはよくないだろうけど……相手がオレなら、まぁOKだろ。

 オレも高橋も、社会的信用のために“身を固めろ”って言われてるからな。

 入社7年目26歳の新堂と、結婚をせっつかれてる高橋がまとまるなら、オレらより祝福ムードが期待できるだろ?」

香里さんの手を取った高橋課長は、大きく頷いている。

視線を泳がせる、香里さん。

気持ちが動いている感じ。

確かに。同じ課で結婚が続くのは、あまり好ましくない。

業務遂行に支障が出るから。

それどころか、シンジョの特性上、上の人間が続けて結婚するのは非常識と取られかねない。

 

 

 

「お前らで、オレら。この順なら、すんなりいく。

 麻衣を補佐に据えて、シンジョの配属先が決まる今秋に、新堂が結婚すればいい。

 麻衣のプレ課長体験も、秋が最適だしな。

 後継を育てたうえで

 年功序列を守り

 しかも続けざまじゃない

 ……と、なれば。

 シンジョの高い計画性に、誰も文句は言わない」

鮮明なコンセプト(概念)

揺るがないオブジェクト(目的)

完璧なガイドライン(指針)

感嘆のため息がもれた。

 

 

 

「でも……」

小さな声で反論を試みる香里さん。

天敵の榊課長にここまで綺麗に持論を展開されて、納得できない顔。

「うちの会社、寿退社しろなんて言わないだろ。

 社内恋愛も社内結婚も禁止じゃない。同じ部署はまずいっていう程度だ。

 新堂。お前、何にこだわってる?」

だって、と。

声を震わす香里さん。

その背中を愛しそうに優しく撫でる、高橋課長。

「あたし、課長だもん。自分の幸せを考えてちゃ、示しがつかない。

 だから、司のこともひた隠しにしてきたの」

 

 

 

「僕はさ……」

高橋課長はまっすぐに香里さんを見つめる。

「香里の責任感が、並はずれて強いことを知ってる。

 シンジョっていう、かよわい女子を装った魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもの中で、足をすくわれないように頑張ってるのも見てきた。

『悔しい、情けない』って泣きじゃくる香里を、何度となく慰めた。

 成長したシンジョは出て行って、毎年新しいコに変わる。

 だけど香里は一人で。また一からそれの繰り返し。

 僕は……いつまで、待てばいい?」

切なく問いかける高橋課長に、胸が詰まる。

 

 

 

「司っ」

高橋課長の胸に飛び込む、香里さん。

抱きとめて力をこめた後、優しく頬ずりする、高橋課長。

「おい、よそでやれ。ここはオレの城だ。

 麻衣に安っぽい“いちゃこきシーン”見せるんじゃ、

 ……あ? どうした、麻衣」

ぎょっとした声を出す榊課長を見上げると、涙がぽろぽろこぼれた。

「よがっだだー、と。おぼっで(よかったなー、と。思って)」

あ? なに言ってんだ、もう、と。

呆れ顔ながらも、ティッシュで涙を覆ってくれる。

ありがと、ございます、と。言った途端。

くるっとチェアを回されて、ぎゅうっとハグ。

 

 

 

「今、あっち見るな。目が腐る。

 とりあえず今日は上出来だ。

 多少、うだうだ言うかも知れないけど、腹は決まっただろ」

耳元で、そんな甘い声で、囁かないでっ。

ひどい言い草なのに……なぜか、きゅうん、って、なっちゃうから。

“ここは会社、今は勤務時間中”、頭の中で繰り返す呪文。

だめだめ、やっぱり。こんなふしだらなこと。

もがいて、榊課長の胸から顔を出す。

 

 

 

お互いの顔が至近距離、過ぎて。

顔をぱっと背けた。

「なんだ、キスしていいのかと思ったぞ」なんて。

榊課長は余裕の発言。

キス……、キスって。

心臓をばくばくさせながら、チェアを離して、デスクの定位置へ。

「あちらは見ませんから、この距離で話してください。

 ぎゅってされてると、頭がくらくらして。

 言葉が全部、素通りします」

ふぅーん、言うじゃん、と。鼻で笑われた。

 

 

 

「今朝の……伊織さんの件だけど。

 すごく感謝してます、って伝えてくれ。

 オレと麻衣のことは誤魔化せても、麻衣のムシ除けには正直悩んでたから。

 今朝の噂もう広まっててさ。呻くヤツが続出だったぞ。

 一掃できて助かった」

にやりと笑う榊課長。

嘘、ばっかり。

そんな人、いるわけないでしょ。騙されないもん。

「もし、相手の名前を訊かれたら“伊織さん”とだけ言っとけ。

 いろいろ突っ込まれても“内緒”ってな。

 シンジョ内は、新堂がうまくやるだろ。

 いざオレと結婚する時になって、嘘ついてるとめんどくさくなる。

 婚約報告の時に“兄でした”って言えばいいから」

はい、と。素直に頷いた。

 

 

 

KISSの法則・ゆっくり進化

 

「それから、プロジェクタの件。

 7月から“例の”小会議室で。

 “例の”って3つあるうちのどれか、わかるよな」

頬が熱くなる。

「休憩室に一番近い。

 あの、告白してもらった、ところ……

 だけど。ちょっと、わからなくて。

 もう一回、仕切り直してもらったんです、よね」

ぎゃははっ!!! と。大きな笑い声。

見上げたら、高橋課長と、涙の跡が残る香里さん。

二人とも、揃って榊課長を指差して笑っている。

まずいですってば。

企画部は私たち以外いないけれど、ちょっと離れた場所には営業部の方々もいるんだし。

「だっさ~い、榊。

 マジで、仕切り直したの?」

からかう、高橋課長。

るっせ、と。睨みながら吐き捨てる、榊課長。

 

 

 

榊くんさ~、と。

なおもからかおうとする高橋課長。

「“噂のカレ”に釘を刺されたっていうのもあるだろうけど。

 ほんとは投げられんのが怖くて、手が出せないんだろ?

 意外と小心者だからね」

違うんですよ。私が榊課長を投げられないんです、と。

口には出さずに首を振る。

私を見つめた榊課長は、そのまま目を逸らさずに口を開く。

「オレは投げられるような真似はしない。

 強引に行けば、投げられるかもしれないけど。

 そういうのは、“愛”が感じられないだろ?

 “愛”が」

“愛”を強調して、連呼。

え、と。どうして私に向かって言うんでしょう?

質問者に答えるべき、では。

 

 

 

「榊くん、や~らしいっ。

 それって北風と太陽の話だろ?

 自分から脱ぎたくさせちゃうってこと?」

脱ぐ? 

な、な、なんてことをっ!

ふるふると首を振って、3人に否定する。

「え? やだ、麻衣ってば!」

声を上げる香里さんに、目だけで懇願。

もう、だめです。これ以上は、無理ですって。

「麻衣が……ちゃんと反応してる。

 このコ、恋愛話になるとスルーするのに。

 意識して、じゃなくて。

 まるで聞こえないみたいだったのに」

そう、でしたっけ? と。小さな声で呟くと。

「見ろ。

オレの“愛”の力、思い知ったか」

どや顔でふんぞり返る、榊課長。

 

 

 

KISSの法則・こめた想い

 

いばる榊課長を一瞥した香里さんは

「麻衣に訊きたいことがあるの」

神妙な面持ちになった。

「新堂。麻衣によるな、さわるな、いじめるな」

私が座るチェアを後ろに引いて、香里さんとの間に割って入る榊課長。

「なによ、榊。ケチ。

 みんなの麻衣でしょ?」

「ばーか、オレだけの麻衣だ」

「まあまあ」

三者三様。思ったことを口にしてる。

仲良しだなぁ……

「なんでしょうか、香里さん」

榊課長の陰からぴょこっと顔を出すと、ちぃっと舌打ちする我がCEO。

 

 

 

「麻衣の正直な気持ち……聞かせて」

香里さんの真剣な声に、榊課長はすっと自分のデスクへ戻る。

「あたし、本当に結婚してもいい?

 浮かれてない?

 顰蹙(ひんしゅく)買わない?

 陰口、言われるよね」

香里さんの抱える不安。

シンジョの私が正直に答えれば、きっと消えるはず。

目を瞑って、深呼吸。

ちゃんと、伝えたい。

そっと目を開けて、ゆっくり口を開く。

 

 

 

「私は近くで、香里さんをずっと見てきました。

 香里さんは、仕事に厳しい人です。

 でも、頭ごなしに叱ったりはしない。

 どこを間違えたのか、どう修正すべきか、一緒に考えている姿。

 みんな、知っています」

香里さんの瞳が揺れている。

もらい泣きしそうな自分を、奮い立たせた。

泣いちゃだめ、ちゃんと伝えたいもん。

 

 

 

「笑顔が少なくなったコは、さりげなく指導室に呼び出して。

 時間を割いて、親身に話を聞いてあげる。

 ……これは、私自身が見て、聞いて、気づいたことじゃありません。

 私、元々ぼんやりしているし、

 いただいた仕事をこなすだけで、いっぱいいっぱいだったから」

じゃ、どうして? と。

鼻声で首をかしげる香里さん。

「シンジョ2年生の先輩方が教えてくれたんです。

 香里さんの厳しさと、優しさを。

 1年生の中には反発するコも、悪口を言うコもいました。

 でも、その都度、先輩方が厳しくたしなめて」

 

 

 

KISSの法則・雪溶けの兆し

 

確かに高橋課長の言う通り、毎年“また一からそれの繰り返し”

だけど。

シンジョで香里さんの指導を受けた女子社員は、成長して、毎年社内に増えている。

「……今は。

 私たち2年生が、自然にその役目を担っています」

香里さんの瞳から、ぽろりとこぼれる涙。

高橋課長が、すかさずティッシュで受け止めた。

 

 

 

「シンジョで育った女子社員は、香里さんを慕っています。

 一人一人を想って、パズルを解くように配属先を決めてること。

 適性を見極めることが、どれくらい大変なことか。

 みんな知っていて、心から感謝しています。

 だから……」

震える声をしゃんと立て直して。

「香里さんの結婚を祝福しない人なんて、いません」

麻衣ぃっ、と。

顔を覆う、香里さん。

思わず、香里さんの元へ駆けよる。

じっとわたしを見つめたままの、高橋課長。

なにか言われる、かも。棘だらけの、嫌味を。

高橋課長の口が動く。

言葉は聞こえない。

――だけど――

“あ・り・が・と”

そう、動いた気がした。

 

 

 

香里さんのそばに膝をついて。

そっと背中を撫でる。

今、伝えないと。

“シンジョのみんな”じゃなくて、“私”のキモチを。

「私がシンジョ1年生だった去年の春、全然シンジョに馴染めなくて。

 香里さんは、さりげなく輪の中に招き入れてくれました。

 私、学生時代に周りから“おかしい”、“ヘンだよ”って。

 ずっと、言われ続けてきたんです。

 そういう私のずれたところも、たくさんフォローしていただきました」

 

 

 

それに、と。大きく息を吸って。

「今回の補佐の件だって。

 いろんなことを想定して、ミユキちゃんを最初に選んでくれたでしょ。

 それは、みんなを心にかけてくださっている証拠です」

小刻みだった背中の震えが、徐々に大きくなって。

すすり泣きがこぼれた。

 

 

 

KISSの法則・棘の痛み

 

新堂、と。

榊課長が声を掛ける。

「お前はシンジョの鬼って言われてるけど、それぐらい影響力が強いってことだ。

 それは実績に顕れてるだろ?」

うっく、と。

しゃくり上げながら、指の隙間から榊課長を見る香里さん。

「結婚、出産以外の理由で中途退職者がいない。

 秘書課を除いて、だけどな」

ヒショ、カ……。

どうして、秘書課?

痛っ……胸がチクチクする。

 

 

 

“派閥っぽいもんの力が弱まった”、とか。

 “いじめの芽が出ても、はびこることがない”、とか。

 “ぎすぎすしてた昔と比べると、全体的に和やかで前向きになった”、とか。

 噂はちらほら聞こえてきてる。

 問題行動の元凶は、シンジョ発足以前の女子社員らしいってことも。

 お前が育てたシンジョが、世代交代するにつれ雰囲気が良くなってるって」

その情報を榊課長にもたらしたのは、……誰?

 

 

 

どうした、麻衣? と。

優しく問いかける榊課長の声に、びくんっと身体が震える。

つの丸い瞳に怖気づいて、頭の中が真っ白に。

あ、あの……。

声が掠れて震えてる。

どうしちゃったの、私。

わからない……けど。

とにかく、ここから逃げたい。

きっと、わけのわからない感情が爆発して、大切な人を困らせる。

「わ、私。戻らなくちゃ。

 あの……失礼しますっ!」

「おい、待てよっ!!!」

掛けられる声を振り切るように、ブースを飛び出した。

 

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