のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第7話 兄と妹

 

お兄ちゃんの尋問に、たじたじ。
だけど負けられない。
……彼は大切な人だから。

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第7話 兄と妹

 

KISSの法則・鬼教師の宿題

 

「おかえり、麻衣」

ドアを開けると、ホールにお兄ちゃんがいた。

悪いことをしたわけでもないのに、どきりとする。

「たっ、ただいま。

 ……早いね、今夜は」

「ええ、気になることがあったので」

お兄ちゃんはにこりともせずに低く言う。

もうシャワーを浴びたらしい。

家で寛ぐとき限定の、着流し姿。

長めの髪を後ろで結って。

色っぽさにますます磨きがかかるその姿に、もれるため息。

そのにおい立つような色香を、1/10でも分けてくれれば……

ウブ子卒業なのに。

 

 

 

なぜか、私の耳元に顔を近づけ、深く息を吸うお兄ちゃん。

え? やだ。

におう? 

ドキドキしっぱなしで、汗かいちゃったかも……

「どうやら、会う日を早めなくてはいけないようですね」

わたわたする私を気にも留めず、一点を見つめて呟く。

視線の先を辿れば、ゲート。

ここからは……見えない、はず。

それとも、声が聞こえちゃった?

 

 

 

「急ですが、お会いする日を今週末で調整してください。

 私はどちらも空けておきますから」

頭の中に無数の“?”が浮遊している。

「麻衣、彼は会社の方でしょう?

 会ったのは入社後ですよね」

頷くのが、精一杯。

「そうでしょうね。

 麻衣にこんな器用な真似ができるわけがないですから」

怒ってるの? 呆れてるの?

お兄ちゃんが掴めない。遠くにいるみたい。

もう。どうしたの、お兄ちゃん。

 

 

 

「リビングにお入りなさい」

ぼんやり見上げる私に告げて。

「麻衣から一昨年贈られた香水ですが……

 彼が纏っているものと似ているんじゃありませんか?」

え? ……えっと。そう。

マリンの香水。

ブランドが一緒かは知らないけれど。

似た香りがする。

頷く私に、苦笑を返して。

「やはり、そうでしたか。

 ……してやられましたね」

お兄ちゃんは天を仰いだ。

 

 

 

「麻衣の小さな異変に気づいてはいましたが……

 単なる淡い想いなのだろう、と。

 微笑ましく、時にはやきもきしながら、見守っていたんですよ」

それが、と。悔しげに目を眇(すが)めて。

「まさか移り香がするほど親密な関係とは、ね……

 思いもよりませんでした」

え? と。衿をつまんで、くんくんする。

「贈られた香水を私もつけていたので、気づきませんでした。

 つまり、まんまと騙されたんですよ」

「騙してないもんっ」と、小さく抗議。

 

 

 

「わかっていますよ」

呆れた声で宥めるお兄ちゃん。

「だから言ったでしょう? 

 麻衣にこんな器用な真似ができるわけがない、と」

うぅ、ここは。

疑いが晴れて喜ぶところ? 

バカにされて怒るべき?

 

 

 

「ですから、つまり……

 どういうことでしょうね。

 マリンの香りが好きだから、その香りを纏う彼に魅かれたのでしょうか?

 それとも。

 私が纏っている香りに似ているから、彼に拒否反応が起きないのでしょうか?」

唖然とする、私。

妖艶に微笑む、お兄ちゃん。

「週末までの宿題です。

 場合によっては、彼の前で発表させますよ」

鬼教師みたいな口ぶり。

 

 

KISSの法則・鬼刑事の取り調べ

 

「ああ、そうでした。

 お相手の方のお名前と……

 そうですね。

 年齢を訊いておきましょう。

 それ以外は、会って私が直接伺います。

 麻衣づてですと、麻衣の主観がどうしても入りますからね」

そう言ってキッチンへ。

慌てて、私もついていく。

報告しなきゃいけないことが、あるから。

 

 

 

「麻衣、先にシャワーを浴びていらっしゃい。

 その移り香は……

 正直、面白くありませんから」

口は笑ってるのに、目が怒ってる。

しょんぼりうなだれて、はい、と返事。

「怒ってはいませんよ。

 少し動揺しているだけ、です」

「ほんとに?」 

訊きかえす私に、淋しげな笑顔で小さく頷くお兄ちゃん。

 

 

 

バスルームから戻ってくると、お兄ちゃんはソファからキッチンへ。

「残業、と。

 3通もメールがあったので。

 デリカッセンで買ってこさせました」

3通も、なんて。さらっと言う。

しかも。

 “買ってこさせた”なんて、威張るけれど。

想像するに。

“これで適当に見繕ってください”なんて。

柔和な笑顔で、秘書さんのハートを射抜いたのに違いない。

お兄ちゃんは、会社の話をほとんどしてくれないけれど。

今は経営者で、それなりに成功しているみたい。

 

 

 

「わ。美味しそう!」

声を上げる私を、嬉しそうに見つめるから。

調子に乗って、はしゃいじゃう。

「秘書さんって、おいくつの方?

 私の好きな物知ってるの?」

ビシソワーズ

エビとアボカドのサラダ

ローストビーフ

チーズリゾット

温めて、お皿に盛りつけ、テーブルへ。

「私がネットで調べて、指定して買ってこさせたんですよ。

 秘書さん、というか、そんな役目を担う人間にね。

 彼の年齢までは把握していませんが」

え、彼?

……男性の方なんだ。

 

 

 

食事中は前と変わらず、会話が弾んで。

ちょっと油断してた。

デザートに、と。

出された紅茶と、フルーツロールケーキ。

わぁ、と。はしゃぐ私を窘めるように。

「で。彼の名前と年齢は?」

低い声。

取り調べ、みたい。

鬼教師ならぬ、鬼刑事だ。

 

 

 

「あの。名前は榊拓真さん、年は28歳、です」

サカキ、タクマ……、28歳、と。

反芻するように呟いて。

「思っていたより年上の方ですね。

 少し、安心……していいのでしょうか?」

その質問には、なんて答えれば正解?

取り敢えず、頷いておく。

 

 

KISSの法則・解除の条件

 

「それで、報告があるの。

 えっとね。

 今日、初めて携帯のメールアドレスを交換しました。

 ……大切な二人の方と」

「ええ、知っています」

平然と言うお兄ちゃん。

私の携帯電話は、お兄ちゃんに丸見えらしい。

ちゃんとお兄ちゃんに了解を求められ、すんなり承諾したのは私。

ワンクリックとか、架空請求とか、助けて!とか。

そういう詐欺が怖かったし。

ただ。

お兄ちゃんが、何を、どこまで、把握しているのかは、わからない。

私の携帯にお母さんから電話があっても、傍にいるお兄ちゃんの携帯は鳴らないし。

 

 

 

「メールが来たこと、知ってるなら。

 名前もわかるでしょ?」

紅茶のカップを持ち上げたまま、こちらを見るお兄ちゃん。

きょとん、としてる。

冷静沈着なお兄ちゃんにとっては、激レアな表情。

「わかりませんよ。

 私の携帯に転送されるのは、麻衣の受信メールのみです。

 アドレス帳は転送されませんから。

 アドレスの羅列とタイトル、メール本文だけですが」

あ、そうなんだ。

私が見てる画面の全部が、見えてるんだと思ってた。

そっか。

そうなると、どれがお兄ちゃんので、どれが私のかややこしいもんね。

 

 

 

つまり。

3通の残業メール、というのは。

お昼休みに送った、お兄ちゃんに宛てた私の〈残業します〉メール。

就業時間直後の、榊課長の〈残業になるなら送ってく〉メール。

同じ時刻に届いた、香里さんの〈残業頑張ろうね〉メール。

「会社の上司の新堂香里さんと……

 もう一人は、その。

 榊課長、です」

もじもじしながら、答える。

「彼を肩書きで呼んでいるんですか?」

「うん。だって。会社の人だし」と、答えたら。

「麻衣は不器用ですからね。

 それが賢明でしょう」

前にもどこかで聞いたような台詞に口がとがる。

くすり、と。

忍び笑いをもらすお兄ちゃん。

 

 

 

「携帯電話のメール転送ですが……」

ことり、と。ティーカップをソーサーに戻して。

お兄ちゃんは口を開く。

「榊さんにお会いして、信頼のおける方だと見極められたら。

 その時点で、転送を解きましょう。

 妹の恋愛事情を探るほど、悪趣味ではありませんから」

そう、だよね。

「その代わり。

 一人で悩むのではなく、私に相談してください。

 ……いいですね」

はい、と。

まっすぐお兄ちゃんの瞳を見つめて答えた。

 

 

 

二人でお皿を洗っているうちに、固い空気が和らいで。

前みたいに笑いながら、近況を話した。

一方的に私だけ、なんだけど。

「……それでね。

 新人女性社員研修課、課長補佐の打診があったの」

スポンジでお皿を洗うお兄ちゃん。

受け取って、すすぐ私。

 

 

 

「すごいですね。入社2年目で役付ですか?」

「役付みたいに聞こえるけど、通称だよ。

 言い方を変えれば、お嫁に出せない“行き遅れ”みたいな感じ?」

スポンジを持ったお兄ちゃんの動きが、ぴたり、と止まる

「行き遅れ、ですか?」

だって、配属先を決める時、どこにお嫁に出そうかって香里さんが言うから。

シンジョにとどまるってことは、お嫁に行けないってことで……。

 

 

 

「貰い手はいるのに、新堂さんが手元に置いておきたい、と?」

ほんとに貰い手がいるのかはわからないけれど。

そんな感じ、かな。

曖昧に頷く。

「新堂さんの気持ちが、私には痛いほどわかります」

しんみりしたお兄ちゃんの言葉に、鈍くなる思考。

 

 

 

私を手元に置いていたら、お兄ちゃんは“あの人”と一緒に暮らせないのに。

マリンの移り香を“面白くない”って、お兄ちゃんは言ったけど。

私だって。

“あの人”を見かけるたびに、もやもやして苦しかった。

お兄ちゃんに、置いて行かれそうで。

じゃまなコだと、思われているんじゃないかって。

でも。

お兄ちゃんを縛っちゃいけないって、我慢してたのに。