のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第5話 ヒミツのオファー

急ぎの依頼メールは、いじわるな内容で。
慌てる私。クールな笑みで翻弄する彼。

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第5話 ヒミツのオファー

 

KISSの法則・ヒミツのオファー

 

ミユキちゃんのデスクから、自分のデスクに戻ってメールボックスを開くと。

新着メールが届いていた。

今度は榊課長。

クリックしようとしたら……

「新堂、ちょっといいか」

榊課長の声。

シンジョ内がざわめく。

「麻衣、ほら。

 “企画のエース”だよ」

わざわざ耳打ちしてくれる同期のコに苦笑いを返す。

「ウブ子は未だに“企画のエース”と、

 “営業のプリンス”をわかってないんでしょ?」

親切に教えてくれているのが身に染みて、小さく首だけでお礼。

まさか。

よーく、存じ上げております。とも、言えないし。

 

 

 

ちらりと視線を向けると、彼の口が“メール”と動いた。

小さく頷いて、クリックする。

From:t-sakaki***@ felice.co.jp

To: 立花麻衣

Subject:依頼〈社内秘〉

Body:添付参照のこと。なお期限は出来次第で可。

 

出来次第ってことは、出来る限り急げって意味だよね。

香里さんに内緒で出来るかなぁ、と。

不安になりながら。

添付ファイルをクリック。

 

 

 

鎮座するWord文書。

ファイル名は“依頼〈社内秘〉”

何の疑いもなく開いたら……

横書きで、大きなフォントに太字。

A4横サイズいっぱいに指示が出る。

〈“KISSの法則”について私見をまとめろ〉

びっくりして、慌てて画面を最小化。

え、え、えぇ?

み、まちがい。だよね。

 

 

 

榊課長に視線を向けると。

香里さんの横に立ったまま、俯いて。

口を拳で押さえつつ。

……肩を小刻みに震わせていた。

もぉぉぉおっ!!!

悪戯が過ぎますってば!

熱い頬を抑えて、ゆっくりとデスクに突っ伏す。

挙動不審に違いないけれど、誰も私に気づいていない。

みんな、榊課長を見てるから。

 

 

 

こつん、と。

おでこをひんやりしたデスクにあてて、すこしだけ冷静さを取り戻す。

……びっくりした。

でも。

さっきの企画3課のブースでの気まずさは、どこかに吹き飛んでる。

もし、高橋課長が携帯電話に仕組まれた“トラップ”に気づいて。

それを榊課長に話していたら。

どう、説明しようかと思っていたから。

 

 

 

「おい、新堂っ。

 ま……、あれ、具合悪いんじゃねーのか」

「えっ、ちょっと。麻衣、どうしたの?」

騒がしいな、もう。

火照った頬をひんやりさせようと、体勢を変えたら。

駆けよってくる香里さんと、さっきの位置のままこっちを凝視する榊課長。

がばっと起き上がって、ぶんぶん首を振る。

いろんな動作をいっぺんにしすぎて、頭がくらくらした。

「医務室、連れてく」

有無を言わさず、腕を取り、背中を支えられる。

大、丈夫です。って言ってるのに。

聞いてくれない。

 

 

 

「あぶない、あぶない」

廊下の端。自販機の前。

間一髪で、私は“香里さん”に連れ出された。

「もう少し遅れてたら、榊に連れ去られてたところよ」

すみません、と。俯く私。

噂になったら困るもん。

実際、榊課長は後を追ってきたらしく。

廊下に出てきょろきょろしている。

「あ。なんか、足、痛そうにしてますね」

あ~、あれ? と、香里さん。

 

 

 

「駆けつけるには立ってる榊のほうが有利でしょ。

 だから、やばいと思って……

 力いっぱいガンって踏んづけちゃった。えへっ」

えへっ、て。

可愛く肩を竦めるけど、渾身の力を込めたに違いない。

……榊課長、痛そう。

だけど。ふん、だ。

因果応報なんだから。

「榊に声掛ける?」

香里さんに訊かれたけれど。

無言で首を振った。

いいの? と言うように、目を瞠る香里さん。

 

 

 

だって。

あんなメール送って。

目の前で開けさせて。

……肩を震わせて笑って。

抗議したくても、香里さんに内緒だし。

「榊、さ。

 麻衣をプレゼンのプロジェクタ操作担当にしたいって。

 な~んか、企んでる気がするんだけど」

私をプレゼンの担当に?

てことは。

榊課長のプレゼンを、直に見られるんだ。

 

 

 

「麻衣。ミユキに教えるの疲れた?」

「あ、違います」

慌てて首を振る。

「ミユキちゃんをトップバッターにしてくださったから、頑張れそうです。

 ほんとに前向きだし。

 私の下手な説明で、一生懸命覚えようとしてくれて……

 香里さん、ありがとうございました」

 

 

 

榊課長が医務室方面へ向かったのを確認して、二人でデスクに戻った。

麻衣、大丈夫? と。口々に気遣われ、申し訳なくなる。

シンジョメンバーに変わりはないし。

一件落着、と。のんきにマウスに手をかけ、思い出す。

周囲を注意深く確認して、最小化したWordを大きく表示。

〈“KISSの法則”について私見をまとめろ〉

……やっぱり、見間違いじゃなかった。

誰にも見られないように画面を閉じて……

はぁ、と。ため息。

 

 

 

指示の内容が理解できない。

基本に立ち返り、言葉の意味を調べた。

法則は〈守らなければならない決まり〉〈規則〉

私見は〈個人としての意見・見解〉

と、いうことは。

KISSの決まり、について……私の意見をまとめるってこと?

決まり、ってなに?

なにか決まりがあるの?

あるの、かもしれない。

うぅぅぅぅう~……

 

 

 

KISSの法則・クールなオトナ&拗ねるコドモ

 

18時ジャスト、携帯がメール着信をぶるぶるっと知らせる。

私用の携帯電話は、就業時間内でも身に着けることは禁止されていない。

但し、就業時間内の使用は厳禁。

着信がわかっても、休み時間まで待って連絡すること。

そして、休み時間でもオフィス内では使用禁止。

必ず、オフィス外に移動するのがルール。

企画、営業の書類は電子化されているから紙のコピーは不可能だけれど。

稟議書作成中のPC画面を写メした人が、過去にいたらしくて……

 

 

 

そんなことをぼんやり思い出して、ハッとした。

本日午前、機密の要、企画3課のブース内。

企画3課、営業2課、人事部新人女性社員研修課、それぞれの課長3名と。

人事部新人女性社員研修課所属の社員1名。

上記4名は、携帯電話およびスマートフォンを、こともあろうに就業時間内、禁止されているオフィス内にて使用した。

……懲罰動議どころか、即アウト。

どうか、誰にも見られていませんように!

 

 

 

どきどきしながら。

廊下に出て確認すると、2通のメールが届いていた。

〈今日、何時に上がれる?

 残業になるなら時間合わせて送る〉

1通目は悪戯課長から。

〈麻衣、お初メールで~す。

 今日は午前中突発的な打ち合わせ💕があったから、仕事残ってるでしょ? 

 あたしも残業💦だから、頑張ろうね!〉

2通目は香里さんから。

突発的な打ち合わせ、の後に“ハート”。

残業、の後に“汗”の絵文字。

可愛い。今度入れ方教えてもらっちゃお♪

1件目には素っ気なく、

〈1時間半くらい、です〉と。

もう1件には、

〈頑張ります!

 今度絵文字の入れ方教えてください〉と。

慣れない手つきで返信した。

 

 

 

「麻衣。

具合は大丈夫なのか?」

待ち合わせた駅の改札、榊課長の第一声。

あんな風にからかって、悪びれもしないなんて。

榊課長はクール。やっぱりオトナだから?

「具合は悪くありません。

 ただ、びっくりして……それだけです」

怒ってるアピールも、榊課長の笑顔で効力消滅。

いつまでもむくれるのは、コドモだもんね。

でも、ちょっとは言いたい。

 

 

 

「あの依頼メール……」

ん? と。動揺もしない榊課長。

「ちゃんと個人メールから個人メールに返せよ」

なんて、余裕の笑み。

そう。指示のWordには次のページがあって。

〈返信は立花の個人メールから、以下の榊個人メールへ。

*****@***.co.jp〉

テンパりすぎて見逃すところだった。

次回は個人のPCメールで、ってことは

会社の監視を逃れる、ということで。

やっぱり目の前で反応を見るために、

社内メールで最初の指示を出したんだと気づいた。

もう、いじわるだ。

余裕すぎて、抗議もたじたじ。

「悩みました。

 どういう意味なのかって。

 でも、すぐに気づいて検索しましたから」

ほんとは“すぐ”じゃないけど。

精一杯の強がり。

「なんだよ。面白くないな」

榊課長は口をとがらせた。

 

 

 

つまり。

“KISS”と“法則”を分けて考えたから、振り回されただけ。

落ち着いて、ちゃんと確認すれば

〈“KISSの法則”について私見をまとめろ〉

“KISSの法則”で一つのまとまりだった。

検索してみたら、プレゼン用語の一つで。

《聞き手に対して、自分の考えや意見を伝える際のテクニック

「Keep It Simple and Short:単純で短く」 の頭文字を取ったもの

プレゼンテーションでは、詳しく細かく伝えるよりも、シンプルで短く伝えた方がよく伝わる。

よって、いかに説明を削ぎ落としシンプルにするかという点が、この法則でいう最重要ポイント》

 

 

 

残業しながら閃いて、さっき知ったところだけど。

……そうかぁ、と。ため息が出た。

よく見たらKISSだけローマ字。

企画書の雛形10種。

あの時にもあったじゃない。

頭文字の、あれ。

引っかかった自分が悔しくて。

KISSでテンパるのが悪い、と。言われればそうだけど。

ああなるのがわかっていて、あんなメール送った榊課長がいじわるすぎる!

 

 

 

「……ただ、意味はわかってても。

 あの言葉の私見を、社内で堂々とまとめる勇気がなくて。

 家でじっくり調べてまとめてから、返信します」

「ふーん、じっくりね」

含み笑いを浮かべて、意味ありげに返す榊課長。

「わ、私じゃなくても。誰でも誤解しますし。

 それにっ。

 香里さんに見られたら、内緒がばれるでしょ」

慌てて弁解。

 

 

 

「あんなに紅くなって焦ってたもんな。

 ま、単語の意味はわかってるみたいだから、ほっとした」

思わず、「わかりますよっ」と。

トーン高めに抗議して。

「へぇ、どういう意味だ?」

口角を上げる榊課長の企みに、怖気づく。

啖呵を切っちゃった手前、わかりません、は通用しない。

 

 

 

「あの、ええと、ですから……」

しどろもどろになる私の頬に手をあてて。

「説明はいらない、実地で頼む」

な……、実地って。

固まる私に、優しく微笑んで。

「だけど。もう少し待つ。

 もう少しだけ、な。

 期限は……

 覚悟が出来次第、すぐ」

出来次第の主語は、“覚悟”でしたか。

心臓がおかしなリズムを刻んでます、けど。

 

 

 

話を変えないと、倒れるかも。

えーと、えーと。

「……定期券、まだなんですよね。

 すみません、お手数掛けて」

「別に。オレが好きでやってるだけ」

さらっと言った榊課長は、意味ありげに口角を上げて。

「好き、の対象は誰か。わかるよな」

なんて、からかう。

また、変なテンポになる私の鼓動。

もぉっ。

 

 

 

時間が中途半端だからか、電車は結構空いていて。

二人でシートに座れた。

「それにしても。

 総務って何であんな旧体質なんだろうな。

 ペーパーレス推奨の今時、紙の届なんて逆行じゃね?

 電子決裁化して、パパッと電子印つきゃ済む話なのに」

たしかに。

機密文書はすべて電子化されているのに、社内の届は紙に手書き。

「そう……です、よね。

 ああ、ほんとだ。それ、いいですね。

 私、雛形作ってみます」

 

 

 

そうだ、明日。

香里さんに打診して、総務に訊いてもらおう。

それで、手が空いたら作ってみようっと。

手が、空くかな……

おーい、麻衣、と。

ほっぺを優しくつままれて。

「一緒に居るのにトリップするとは、いい度胸だな。

 オレに集中してろ」

しゅ、集中って……

私たち、公共の場所で、いわゆるバカップルぶりを最大限に発揮しているんじゃ。

あ、そういえば。

カップルつながりで思い出す……のは、失礼極まりないけれど。

……高橋課長。