【ヒミツの時間】 KISSの法則 第43話 約束の言葉
KISSの法則・檻の中の猛獣
私のカミングアウトに、拓真さんは言葉を失ったみたい。
だけど、不安はない。
呆れられたかも、って。
ちょっと前までなら、うじうじ悩んだけど。
今は、同じ気持ちだってわかってるから。
黙ったまま、手はつないで。
かなりの早足で、ずんずん家に向かった。
息を切らせて、ゲートに入ってピピッとロック。
ゲートの内と外で、ふたり同時に大きなため息。
「これでひとまず安心だな。
麻衣は檻の中だから、連れて帰れない」
檻って。猛獣扱い。
襲ったりしませんけど。
「ちょっと異様だけど、このままで話す」
拓真さんは周囲を見遣って。
「たぶんさ。
伊織さんは麻衣を拒絶しないと思う。
自分が加害者じゃないっていうことだけでも、わかったから。
でもまだ、納得はしてないはずだ。
真相には至ってないんだし。
だから、約束は破れない」
そうなの。その通りで。
前進はしていても、解決じゃない。
気持ちばかりが先走って、現実が追いついてこない。
ううん。違う。
予定してたタスクスケジュールよりはずっと早いんだけど……
それ以上に二人の気持ちがぐんぐん加速して。
「今日は、頭を冷やして……明日10時に迎えに来る。
タスクも大幅な変更が必要だし」
「はい」と真剣な顔で頷いたら。
「そんな顔するな」と笑われた。
「オレが意地になってるだけ。
男の約束っていうのを律儀に守りたいの」
気にする私を慰めるように笑う、拓真さん。
「あ。それでさ」
大切なことを思いだしたように。
「今晩にでも、麻衣のご両親に連絡取ってくれないか。
『今月中に滞在先のホテルに、挨拶に伺いたい』って伝えてほしいんだ」
「はい」と返事。
今は北海道だけど。
もう少し経ったら軽井沢に移動の予定。
「『結婚の挨拶に』って、ちゃんと伝えるんだぞ。
『会わせたい人がいる』っていう曖昧な言い方じゃなくて。
21歳の娘が結婚だなんて、普通は予想できないだろうし。
驚かせたくないし、そのつもりで会って欲しいから」
なんて言うかな。
お父さんとお母さん。
反対はしないと思うけど、ちょっとどきどき。
「オレも、親父本人に連絡取る。
カズと親父は別問題だから。
麻衣のご両親に会って結婚の承諾を得てから、親父に会おう」
頷く私に、ゲートの隙間から小指を入れて。
「じゃ、明日」と指切りげんまん。
小学生みたい。
KISSの法則・オトナの嗜み
その夜。
お母さんの携帯に電話をした。
思った通り、今は北海道で、来週中には軽井沢に移動するみたい。
「あのね、お母さん。私……」
緊張、する。
「私。結婚、したいの!」
沈、黙。
「お、かあさん? ……あれ?」
まさか、気絶?
そんなにびっくりさせちゃった?
〈麻衣ったら、もう。
大きな声出すから、耳がキーンって……〉
あ。ごめんなさい。
〈伊織から聞いてるわよ。
『近いうちに結婚の挨拶をしたいようですよ』って。
『自分が認めた方だから、心配は要りません』ってね〉
お兄ちゃんってば……。
〈それでね。
お父さんとも話したんだけど、一度東京に帰ってお話を聞くから。
軽井沢に移れば、東京まで新幹線で1時間だし。
こっちは毎日暇だから、いつでもいいの。
ご挨拶に来てくださるのは、いつになりそう?〉
お兄ちゃんのおかげで、話がすんなりまとまって。
「明日、詳しい日を連絡します」
緊張が嘘みたいにとける。
お兄ちゃんに、お礼を言わなきゃ。
帰ってきたお兄ちゃんに、まとわりついてお礼と報告。
「麻衣は、うっかりさんですからね。
そういうことは、少しずつ相手の耳に入れておくものですよ。
“根回し”といって、オトナの常識です」
呆れ気味の、お兄ちゃん。
「麻衣のことは喜んでいるようでしたが、火の粉がこちらに……
『伊織はまだなの?』と。
うんざりするほど訊かれました」
「ごめんなさい」と、うなだれる。
「二人とも、麻衣を東京に残したせいで私の婚期が遅れたと思っていましてね。
麻衣が結婚すれば、自動的に私も結婚すると思っているようですよ」
だから、手放しで喜んでるんだ。
でも、そうすると……。
「お兄ちゃん、今以上に結婚のこと言われちゃうよね」
私の心配に、肩をすくめておどけてみせるお兄ちゃん。
「仕事が忙しい、で当面は済ませます。
いざとなったらユウの写真でも見せれば、解決でしょう」
なるほど。
オトナはちゃんと考えている。
でも、いつか。
お兄ちゃんが誰かと結婚したいと思ってくれたら、嬉しい。
KISSの法則・緊急連絡?
日曜日。
10時に迎えに来てくれた拓真さんは、平静そのもので。
「座禅を組んで、精神統一したからな。
どんな誘惑にも負けない」
厳かな声で宣言。
冗談なのか本当なのか……
そもそも、誘惑なんてしてないし。
足立さんのお店までの道すがら、お母さんとの電話の内容を話した。
拓真さんは、お兄ちゃんに感服して。
根回しの件では、お兄ちゃんの肩を持って、私の迂闊さを指摘する。
自分だって“根回しは嫌い”って言ってたくせに。
もう少しで目的地というところで、メールの着信音。
「あ。私です」
立ち止まって開いたら、ユウさんで。
タイトルは……〈緊急連絡!〉
拓真さんと一緒にその場で読んだ。
〈急でごめんね。
来週日曜日、空けといて!
時間はあとで連絡します。
榊さんも一緒に〉
なんだろう。
すごく切羽つまってる感じ。
に、しては……来週の日曜日の話で。
「オレはOKだけど」
首をかしげながら答える拓真さん。
〈わかりました〉とすぐに返信した。
「伊織さんのことだろうけど……
キーパーソンに辿りついたのかな?」
お兄ちゃんを陥れた、女の人。
でも、一週間の猶予がわからない。
ピンポイントで来週の日曜日、だもん。
「じゃ。
麻衣のご両親に会うのは、土曜日か、月曜日の海の日だな。
できれば土曜日がいいけど。
今晩にでも、都合、聞いといてくれるか?」
え、と。
来週の土曜日は、うちの両親で。
その次の日は、ユウさんに会う、っと。
KISSの法則・はりねずみのジレンマ
「よ。拓真、立花さん」
足立さんはいつもの笑顔で迎えてくれた。
今日もお客さんはいなくて。
怒られるのを覚悟で、昨日起こった榊家での小さな事件をご報告。
「そりゃ、立花さんに敢闘賞だな。
拓真は、いいとこなしだ。
ま、よくてプチ技能賞だ」
やった。褒められた。
お兄ちゃんにも、拓真さんにも、けなされてたから笑顔がこぼれる。
「麻衣を甘やかすなよ。
調子に乗って目が離せない」
ふてくされるプチ技能賞。
「いつだって、目なんか離せないだろ?」
「なっ! ……ん」
足立さんの言葉に大きな声を出した拓真さんは、慌てた様子で目を瞑って深呼吸。
なんだ、そりゃ、と。呆れ顔の足立さん。
精神統一、だと思うけど。
教えたら、からかわれちゃうし。
「今日はずっと一緒にいるから、ちょっときついんだよ。
昨日の今日、だからな。
明日からは、普通に戻る。
……多分」
目を瞑ったまま答える、拓真さん。
一緒にいたいけど、気持ちを抑えるのがきつい。
はりねずみのジレンマ。
近づきたい、けど、離れなきゃ。
「あれだ。煩悩と闘ってる、の図だな。
面白いな。
そのうち、呪文とか唱え出すぞ。
立花さん、ちょっと煽ってみてよ」
足立さんってば、ひとごとだと思って。
「煽りません。
だって、私も苦しいんですもん」
私の言葉に、拓真さんは大きなため息。
庇ってるのに。
「ほらな。
人の気も知らないで、こういうこと平気で言うんだよ」
拓真さんのボヤキに、足立さんは面白そうに肩を揺らして。
「ムリしないで、今日は帰りましょうよ」
気遣って言ってるのに、くわっと目を見開いて。
「今日は大事な会議だろ。
カズとオレの違いの話と。
タスクの修正」
でもぉ、と。ごねたら。
ふぅ、と。盛大なため息。
「頼むから、ここにいてくれ」
拓真さんの懇願の先は足立さん。
「からかおうが、嘲笑おうが今日は許す。
ここにいて、麻衣の暴走を止めてくれ」
足立さんは面白そうに口をゆがめて、引き受けてくれた。
KISSの法則・恋愛遺伝子の検証
「じゃ、まず。
カズの印象は?」
背筋を伸ばして、腕を組む拓真さん。
「あの状況下では較べようもないでしょうけど、不快感しかなくて。
……あ。ごめんなさい。弟さんなのに」
いや、いい、と。
口角を上げる拓真さん。
「えっと、つまり。
恋愛遺伝子なんてあてにならない、って。よーくわかりました。
声は確かに似てたけど。
暗闇で聞いたとしても、私なら一発で違いがわかります。
昨日は、髪の色も服装も違っていましたけれど。
たとえ、外見をそっくりにしても間違えるわけがない、って。
断言、できます」
う、うぅ……、と唸って、黙り込む拓真さん。
「大体よく考えたら。
それを言い出したのって、恋愛経験のないお兄ちゃんでしょ。
私だって威張れないけど、大好きな人のこと間違えたりしな……」
ぐっと、手のひらを前に突きだす拓真さん。
「おいっ、ストップ掛けろよ!
なんで、にやにや笑ってんだっ」
手のひらを私の顔の前に突き出したまま、拓真さんは足立さんに噛みついて。
「いや。
拓真にコクったすべての女が、あっさり和真に翻ったのに。
立花さんがはっきり拒絶するからさ。
胸がスカッとして聞き惚れてた」
そりゃ、まーな、と。
頬を紅く染めた拓真さんは、言葉を濁す。
「あ。翻った、だなんて。
それは違いますよ。
女の子たちは、拓真さんの恋人ではなかったし。
弟さんは、策略として彼女たちを口説いた。
策略ですから、過剰な愛情表現もあったはずです。
関係が脆弱なところを突いたことが、うまく行っただけで……
拓真さんが、弟さんに劣っていたわけじゃありません。
だって。
拓真さんが劣るわけないですもん」
唖然とした表情で私をまじまじと見る、拓真さんと足立さん。
な、んですか……?と、たじろぐ私。
みるみる紅くなる、拓真さん
堪えきれずに豪快に笑う、足立さん。
「すげーな。
けっこう高度な愛情表現。
しかもさ。
拓真の欲しかった言葉が、てんこ盛り」
あ。そう、なんですか?
私って、やればできるコ?
「笑ってないで、ちゃんと止めろよ」
私から視線を逸らしたまま、足立さんを小突く、拓真さん。
「ばーか。
オレが止めんのは立花さんじゃねーぞ。
拓真の暴走だ。
拓真が立花さんに抱きつきそうになったら、こいつで殴る」
あの重そうな銀のトレイを片手に、にんまり笑う足立さん。
「わかった。麻衣、ありがとう。
もうちょっと冷静になったら、ちゃんと礼を言う」
苦しそうに、拓真さんは顔を歪めて。
「礼は言葉だけじゃねーな。
立花さん、覚悟がいるな」
ぼそりと呟く、足立さん。
呑気な笑顔を睨みつける拓真さん。
KISSの法則・タスクの大修正
んで? 次は、と足立さん。
「ああ、タスクの修正な」
答える拓真さんに、ふん、と鼻を鳴らして。
「そっちは仕事の話だろ?
暴走はないな。
つまんねーから戻るぞ。
お、そうだ。ランチは何にするんだ?」
立ち上がる足立さん。
拓真さんは、ギャルソンエプロンの端をかろうじて掴んで。
「仕事じゃなくて、結婚の話だ。
すぐ終わるから、ここにいてくれ」
めんどくせーな、と。
吐き捨てるように言いながら、足立さんはチェアに腰を落とす。
喧嘩しているみたいで実はすごく仲良し、なんだよね。
以前もらったタスクスケジュールのコピーをテーブルに。
前のめりで覗き込む、足立さん。
「“②バカップル”って、なんだよ」
がははっ、と笑う、足立さん。
拓真さんはちょっと睨んで、“うるせー”と口パク。
口にしたらこの場を立ち去るのがわかっているから、耐えている。
① ユウさん
② バカップル
③ 企画3課
- 伊織さん
- 結婚
「この中で済んでるのは①②③だろ?」
そう言って、チェックを入れ“済”と書き込む。
「もともと、④伊織さんの目標期限は、冬で。
⑤の結婚は、3月から6月の間だったよな。
その④と⑤の間に、お互いの家族への挨拶が入ってただろ?
今月中に挨拶と承諾。
両家の食事会までできたら……。
かなりの前倒しができてるな」
約半年の繰り上げ。
これが業務なら、社内表彰間違いなしの敏腕ぶり。
「来週のユウさんの話次第じゃ、夏に伊織さんの件も解決できるかもしれない。
……楽天的すぎるか?」
わかりません、と首を振る。
「話の内容が掴めない限り、タスクには余裕を持たせないと。
急いては、ことを仕損じます」
だな、と頷く拓真さん。
「仕事みてーな話し方だな」
あくびを噛み殺しながら、足立さんは呆れ顔。
「両家の挨拶がすんで、兄さんのことが解決すれば。
秋には、結婚できるだろ?
ま。リーマンっつーのは、披露宴がめんどくさそうだからな。
とりあえず、親族のみで式だけ挙げて、入籍して一緒に住めばいいんだよ。
そうすりゃ、歯を食いしばって我慢なんてしなくて済む」
腕を組んで頷きながら足立さんは、言うけれど。
秋に結婚だと、香里さんとかぶっちゃうもん。
それは、絶対だめだと思う。
シンジョの課長とチーフが、続けて結婚なんて。
絶対、だめ!
だけど。
ほんとに、だめ……かな?
だって。
お祝い事だし。
季節は、忙しくない秋で。
結婚しても、二人とも辞めるわけじゃない。
香里さんは、事後発表だって言ってたし。
私たちは、しばらく内緒にしててもいい。
「拓真さん。
秋、だと、だめですか?」
だ? だだだ……
目を白黒させて、口ごもる拓真さん。
「だめなわけねーだろっ、って。言いたいらしいな」
足立さんの代弁に、拓真さんは大きく頷いて。
「だって、そうすりゃ。
今、妄想してること、ぜーんぶやり放題だぜっ! って。
拓真クンてば喜びすぎちゃって、言葉にできないの」
片目を瞑って、調子に乗る足立さん。
「ばっ!
なに言ってんだよ。
麻衣を怖がらせんなって。
一回それで痛い目見てんだから」
あ。
ダイニングバーでの……鬼畜発言。
頬が引き攣る。
私の顔を覗きこんで、ぎょっとする拓真さん。
「もういいっ。
向こう行けよ。
シェフの気まぐれランチかなんか作ってろ」
失礼すぎる拓真さんに、にやりと笑って立ち去る足立さん。
あーあ。
言うだけ言って、行っちゃった。
わかってるの、冗談だって。
だから、ほら。
なにか言わないと、空気が軋んじゃう。
「あのぉ……」
恐る恐る口にしたら、拓真さんの肩がびくぅっと跳ねた。
KISSの法則・リスケのプロ
「ご想像されていることの、ご期待にそえるかどうか。
その、一抹の不安が……」
おい、こら、と。
そっぽを向いたまま、低い声で威嚇。
「仕事口調で言うな。
余計、クる。
今は、何も考えなくていいから」
そっと手を伸ばして、頭をぽんぽん。
「……ん、ちょっと平気になったぞ」
しばらくすると拓真さんは明るい声になって。
「単純だけど。
秋に修正できるかも、と思っただけで、気が楽になった。
結婚の最終目標が来年の6月じゃ、気が遠くなるけどさ」
ほんとに。
あと一年弱は、このままの距離ってことだもん。
「そうなると……ネックは高橋と新堂だな」
ネックって。もう。
「あいつらは秋って言っても、8月に発表するらしい。
式と披露宴は9月だってさ」
8月に発表って、もう来月に迫ってる。
それに結婚式が9月って……
香里さんは、なにも言っていなかった。
「9月、ですか?」
驚いてそう呟いたら。
「ほら、高橋んち呉服屋だろ。
夏祭り、七五三、正月、成人式の間っていうと9月がいいんだってさ。
新堂は、あまりの進展ぶりにあたふたしまくりらしいけど」
実感はないけれど。
女性にとって結婚式って、一大イベントで。
ゆっくり考えたいもの、だよね。
「あいつらの入籍は8月、いや7月でいいだろ。
どっちかの誕生日だと、持って行きやすいんだよな。
早くしろって、脅すか」
人の入籍を勝手に決めちゃだめですよ。
しかも、脅すなんて……人聞きの悪い。
「それは、高橋課長と香里さんにお任せしましょう」
慌てて、拓真さんを制止する。
ほっといたら、今ここで電話しそうな勢いなんだもん。
「麻衣が順序を気にするからだろ?
1日でも、1時間でもあっちが早きゃいいんだよ」
暴言大魔王だ。
「ま。それは冗談だけどさ。
タスクには、ある程度具体的な予定を入れたいだろ」
はい、と頷く。
具体的なタスクであれば、目標実現に近づくものだから。
KISSの法則・爆弾発言
「来週のユウさんの話がどう転んだとしても、だ。
10月に入籍して、一緒に住む」
「あ。え。じゅ……?」
言葉のカケラがぽろぽろこぼれて。
じゅう、がつ……。
秋っていう漠然とした季節、じゃなくて。10月。
「もうここで覚悟を決めろ。
言い訳は聞かない。
いや、抵抗しても全力で論破してやる。
伊織さんの条件は、今の段階で最低限のクリアはしてるんだぞ」
そう。3つのミッション。
お兄ちゃんに会うこと。
結婚前に、深い関係にならないこと。
そして、お兄ちゃんの闇を聞くこと。
確かに、3つともクリアしている。
「抵抗は……しません。
するわけ、ない。
ただ。
10月って具体的な目標ができたら、急に実感が湧いて……」
だって、あと3か月。
なにを、どうすれば……辿りつく?
「深く考えんな。
麻衣は考えすぎると、とんでもない方向に突っ走るだろ?
来週、お互いの親に会う。
そのときに、承諾してもらいたいんだよ。
そのためには、お互いが同じ気持ちでいる必要がある」
諭すような優しい声に、
はい、とただ頷く。
頷きながらも、心はふわふわ。
私が結婚する。あと、3か月で。
「もろもろの事情で、披露宴は先になりますが。
10月に親族だけで式を挙げて、入籍、新婚生活を始めます」
……え?
高らかに宣言する拓真さんに、言葉を失う。
「麻衣のご両親には、そう言って許しを請うつもり」
あ。私の両親に、ですね。
少しだけびっくりして。
そのおかげで、ふわふわしていた気持ちが、胸にすとんと納まる。
「『お嬢さんをください』って頭を下げてるオレの横で、麻衣が狼狽えたら……
許してもらえるわけがないだろ」
じっと見つめる拓真さんに鼓動が早くなる。
真剣な、瞳。
あの時と同じ。
――5月の水曜日。
いつもの充電場所。
いつもより遅い時間。
“立花麻衣、……さん、付き合ってください”
照れながら、でも目を逸らさずに。
優しくかけられた言葉――
あの時と同じで、胸がじぃんと熱くなる。
涙ぐむ私の手を取って。
小指をそっと絡める。
「オレに約束をくれ。
一緒に歩むっていう、約束」
「はい」という返事と一緒に涙が頬を転がって。
「また、泣く」
優しい声と一緒に、片手でごそごそ。
私の涙専用のハンカチで、転がる涙をぽんぽんと吸い取ってくれた。
KISSの法則・求婚の言葉
「おい拓真」と、足立さん。
はずかしながら……二人の世界に浸りきっていて。
知らないうちにそばにいた足立さんに、二人してびくっとなる。
「そんな驚かないでよ」
決まり悪そうな顔で私を見て。
拓真さんをびしっと指差した。
「お前な。
約束がどうとか言ってるけど。
その前にちゃんとプロポーズしたのか。
日頃何度も言ってるからいい、ってもんじゃねーんだぞ」
ぁあ? と。
眉を上げた拓真さんは、そのまま口ごもって。
そうだよな、と小さく呟く。
「俺が立ち会ってやるから、プロポーズしろ」
腕組みで仁王立ち。
面喰った顔の拓真さんは……
あー、うー、と唸って。
斜め上に視線を向けると、耳の後ろを掻いた。
その仕草は……
ここで今、言うみたい。
足立さんに悪態をついて、また別の機会にな、って。
言うと思っていたのに。
どうしよう。
いきなりの展開に動転してる。
落ち着かなくちゃ。
すー、はー、と深呼吸。
お尻をもぞもぞ動かして、背筋を伸ばして姿勢を正す。
「……麻衣」
手をそっと握り直して、甘く見つめる瞳。
「オレと、結婚してください」
胸がきゅうっと痛くなって。
奥から温かいものがじんわり溢れだして。
ココロもカラダも、温かいものに包まれる。
幸せに満たされるって、きっとこういうこと。
「はい。よろしくお願いします」
感極まって泣いたりせずに、笑顔で返事ができた。
初めてのキスのとき。
嬉し涙でも泣きながらのキスじゃ納得いかないって、仕切り直された。
初めての告白。
初めてのキス。
たくさんの幸せな初めてを重ねて綺麗な結晶になって……
プロポーズをされて。
プロポーズを受けた。
「じゃ。今日のランチは特製お祝いメニューだ」
立会人は拍手をしながら、満面の笑み。
心なしか、足立さんの瞳は潤んでいるようで。
遠慮なく思ったことを口にする二人が、心の底からお互いを大切に想っていることが伝わった。
だから、プロポーズを促して。
プロポーズに立ち会ってもらった。
大皿に盛りつけられたサラダとパスタが3種。
デザートはジェラート。
イタリアンのパーティーランチメニュー。
取り皿は3人分用意されていて。
一緒にランチのテーブルを囲んだ。