のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第41話 和解の秘策

 

血を分けた弟さんを信じたい。
でも。
その小さな願いすらも裏切られたら……

 

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第41話 和解の秘策

 

KISSの法則・不意打ち

 

7月に入って、正式にシンジョチーフに任命された。

企画3課への参加も認められ、仕事もそれなりに順調で。

そんな、7月最初の水曜日。

回数を追うごとに濃くなる“充電”に、息も絶え絶えの中。

「今週土曜日、麻衣を実家に連れていく」

ぼんやりした頭に響く、重大発言。

一気に覚醒して。

榊課長の胸の中で、目をぱちくりさせる。

「急、ですね。

 えーと、拓真さん」

ちっ、と舌打ちされて。

「もうちょっとスムーズに名前を呼べよ。

 毎晩練習してるだろ。

 ……会社でも呼ばせるぞ」

そういうの、脅迫っていうんですよ。

 

 

 

「カズに考える隙を与えないように、あっちには前日伝える」

さっきまでの笑顔が消えて。

不安で胸が潰されそうになる。

「それでもなんか仕掛けてくるだろ。

 避けるのは簡単だけど。

 敢えて乗ったふりしないと、解決できない」

高橋課長のときと同じ。

ただ、今回は策を練らせない。

「足立さんの言葉を信じようと思ってさ。

 多分脅すだけ、だ。

 本気で麻衣に何かしようとはしないはず」

口ではそう言いながら、不安そうで。

血を分けた弟を信じたい。

でも、もしも。

その小さな願いすらも裏切られたら。

亀裂は修復できない。

 

 

 

「但し、合気道は使え。

 オレが許可する。

 いいか。躊躇するな。

 あとのことは、オレが責任持つ」

私の頬を撫でながら、不安そうに揺れる瞳。

私まで不安がったら、“やっぱりやめよう”と言い出しそうで。

「久しぶりに、道場に通ってもいい?」

胸の中から見上げて、笑ってみせる。

目を瞠った榊課長は、くっくっ、と喉を鳴らして笑って。

ぎゅっと私を胸に閉じ込めた。

「ちゃんと助けに来てね、王子様」

胸の中から顔を出したら。

「当たり前だろ」と、甘い声でキスされた。

 

 

 

KISSの法則・きっと、大丈夫

 

道場に通うのは冗談だけど、念のために家でちょこっと稽古をして。

こんなに警戒心を強めていて、弟さんが何もしてこなかったら……

疑ったことを謝るべきだと思うくらい、榊課長はぴりぴりしていた。

肩がふれ合う帰りの電車の中。

手をつないで歩く夜道。

何度も私をじっと見て、不安そうに天を仰いで、ため息。

前日、金曜日。

「ちょっといいか」

榊課長は公園を指差した。

毎回、決断する前にはこの公園で話をするのが定番になっていて。

その後の結果から見ても、ここは吉兆を示すラッキープレイス。

「今夜、家に着いたら連絡しようと思ってたんだけど。

 だんだん不安になってな。

 当日、ふらっと行った方がいいか?」

前日の夜だって、失礼なのに。

当日だなんて……。

 

 

 

「拓真さん」

呼びかけながら手をぎゅっと握って、見上げる。

「私たちが臆病になる必要はないんです。

 結婚の挨拶に伺うんだもん。

 当日なんて絶対だめ。非常識すぎます」

「ああ」と榊課長は頷きながらも、やっぱり躊躇しているようで。

「ジンさんがおっしゃってたでしょ?

 弟さんは、何の壁にもならない。

 えーっと。そう。

 『暖簾みたいなもので。

 中が見えないから、くぐるのに躊躇うだけ。

 勇気を出して踏み入れれば、すんなり解決する』って」

不思議な力で未来を見通せるジンさんが、言ってくれたんだもん。

きっと。大丈夫。

 

 

 

KISSの法則・いざ敵陣へ

 

約束の午後2時に伺えるように。

迎えに来てくれた榊課長と二人揃って、ご実家へ。

「ほんとに近いですね。

 今まで会わなかったのが不思議なくらい」

ふつりと黙り込む榊課長を和ませようと、話しかける。

本当なら、私が緊張するところなんだけど。

彼のご家族に初めて会うんだもん。

粗相がないかな、とか、手土産はこれで大丈夫かな、とか……

でも。

今日は、私が榊課長を支えるの。

 

 

 

榊課長のご実家は、私の家よりも、ずうっと広くて。

“オレの実家もこんな感じ”って。

最初に家に送ってくれた時、言ってたのに。

あ。そう、そう。

あれはゲートのリモコンキーに対してだったっけ。

インターフォンを鳴らして。

こほん、と。ひとつ咳払い。

「ガラじゃないけど、カズの嫁は“静香さん”って呼ぶ。

 足立さんの忠告に従うのは癪だけど、な。

 ……笑うなよ」

違うってば。可笑しいんじゃないの。

いつもの榊課長が戻ってきてくれて、嬉しいだけ。

インターフォンに出た方は男性で。

だけど、お父さんでも弟さんでもない感じ。

ロックが、かちゃりと開錠されて、榊課長が一歩踏み出す。

 

 

 

「法律事務所兼、自宅だからさ。

 事務所で働いてる人間がたくさんいるんだ。

 今のも、そう」

つまり。

たくさんの人の目があるってことで、ちょっと安心。

「それと、家もデカく見えるけど。

 手前の事務所部分が、かなりのスペースを占めてるだけ。

 増築、改築で迷路みたいになってる。

 迷子になるなよ」

それは、すごく心配かも。

方向音痴だもん。

とにかく離れないこと、だけど。

今日の目的が和解である以上、トラブルも覚悟しなきゃ。

外観から窓の位置、中庭の目印をよく観察して、場所を記憶した。

 

 

 

ゲートから奥にあるお家の玄関に向かう途中、ガレージを覗いて。

「親父が仕事で乗る車がない。

 どっか行ってんのかな?」

呟く榊課長に、不安がよぎる。

弟さんに気を取られるあまり、前日の夜まで連絡をしなかったこと。

お父様に、非常識だと思われても仕方がない。

どうしよう。

今日が初対面で。

しかも大切な結婚のご挨拶なのに、悪印象だなんて。

ううん。それよりも。

もう、会っていただけなかったら……。

 

 

 

「ごめんな。気にしてるだろ。

 仕事柄、予定が立たないからこういうことはよくあってさ。

 オレが言うのもなんだけど、親父は大らかで公平な目を持ってる人間だから、大丈夫。

 そうじゃなきゃ、法律に携われないしな」

そう、ですよね。

心配だけど、榊課長の言葉を信じよう。

慌てない焦らない、と。心の中で呟いた。

「今回はカズ一本に絞ろう。

 親父ならいつでも会える。

 正式な挨拶は、カズにケリをつけてからにしよう」

「はい」と頷く私に、一歩身をよせて。

榊課長は立ち止まって、私の顔を覗きこむ。

 

 

 

「あのさ、麻衣」

榊課長は、耳の後ろに手を当てて。

この仕草って。榊課長が照れてるとき。

「職業柄、うちも防犯カメラがあるんだよ。

 それでさ……」

あらぬ方向に視線を向ける榊課長にピンときて、向き合って見上げた。

「充電、でしょ?」

目を瞠る榊課長に、うふふって笑ってみせて。

どうぞ、って。首をかしげた。

私も不安だから。

そして。またひとつ情報を得る。

ここが防犯カメラの死角。

危険な箇所のひとつ。

 

 

 

KISSの法則・戦場のオアシス

 

たっぷり充電して、しばらく歩くと……

玄関の前に、長い髪の女性。

「あっ! タクっ……。

 じゃなくて。拓真、さん」

あの人が、静香さん。

幼なじみだから本来なら、静香タク、と呼び合う仲で。

でも、今日は二人とも他人行儀に“さん付け”で呼ぼうとしている。

私への配慮だとしたら、申し訳ない……

だけど、これがオトナになるっていうこと。

そして。弟さんを刺激しない、策。

「あー。久しぶり。

 静香、さん」

ぎこちない。

私の前では呼び方を気にしなくていいですよ、って言うのは、きっと我儘。

私の前で親しげに呼んでいた二人が、弟さんの前だけ他人行儀に変えたら……

きっと、彼の不信感が募るだけだから。

 

 

 

「こちらが静香さん。カズの嫁さん。

 こちらが、立花麻衣さん」

「はじめまして。立花麻衣です」

お辞儀をして顔をあげたら、ぎゅっと肩を抱かれて。

「オレの……婚約者」

びっくりして。

熱い頬を押さえながら、榊課長を見上げる。

うん? と。

自分だって紅い耳朶なのに、甘く見つめて。

ううん、なんでもないの、と。

首をふるふるするしかない。

そう、でした。

結婚のご挨拶なんだから、私は婚約者、なんだけど。

改めて言葉にされたら、胸に大きく響きすぎて。

どうしていいのか、わからなくなる。

静香さんは心から嬉しそうな笑顔で、私たちに祝福の言葉を贈ってくれた。

 

 

 

「カズは?」

玄関ホールで榊課長が訊くと、静香さんは困ったように微笑んで。

「急な出張なの。

 依頼人の方が郊外にお住まいで。

 朝出かけたから、もうすぐ帰る予定。

 『お待ちいただくように』って。言われてます」

そっか、と。呟いて。

「親父も一緒?」

ええ、と頷く静香さん。

急な依頼だったから、こうなることは予想できていたみたいで。

お言葉に甘えて、客間で待たせていただくことにした。

 

 

 

紅茶をいただきながら、静香さんとお話をする。

足立さんのお店【Jolly】で言われたことを思い出しながら。

私が静香さんと仲良くなればいい、

似た者同士だからきっと気が合う、って。

足立さんの言葉通り。

静香さんは、優しいお姉さんのようで。

幼いころから、“弟さんだけ”に恋をし続けて。

彼とご自身の不器用さに回り道を繰り返して、その恋を成就させた強いひと。

そして。

もっと仲良くなれたら、二人だけで話してみたいことがある。

それぞれが愛する双子の兄弟。

その似通った恋愛遺伝子の相違点。

きっと、私にもわかるはずだから。

 

 

 

KISSの法則・罠にのる

 

そんな穏やかな時間を切り裂くような、電話のベル。

嫌な予感。

静香さんが電話口で取り乱す。

「タク、拓真さん、大変っ。

 事故に、遭ったって……

 今っ、お義父様が、病院に!」

電話変わる、と。

立ち上がる榊課長。

「ああ、カズ?

 オレ。うん、うん。で?」

電話の相手は、弟さん。

榊課長は冷静にメモを取りつつ、話し続ける。

これは、罠?

だけど事故を疑うのは、不謹慎な気がした。

「ああ。そう、一緒にいる」

私に、ちらっと視線を向けて。

「わかった。病院の場所と名前は?」

 

 

 

電話を切ると、動揺する静香さんに落ち着くように言葉をかけて。

榊課長は、私を真っ直ぐ見た。

「親父とカズが、事故に遭った。

 カズは無傷だけど、親父は首に違和感があるらしくて。

 ここからそう遠くない場所の病院で、診てもらってる」

「はい……」

ふるえる声で答える。

「カズの依頼はこうだ。

 『車には乗って帰れない。

 “タク”に迎えに来てほしい』って」

榊課長が静香さんの前で言えないこと。

そのウラを読み取って、対策を練らなくてはいけない。

落ち着いて。

しっかり考えなくちゃ。

 

 

 

「大変な時ですから、今日のご挨拶はご遠慮して。

 私は、家に帰ります」

これが最も常識的な対応、のはず。

『大したことはないから、待っててほしい』って。

 カズが言ってる。

 ……どうする?」

これで少しだけ見えてきた。

たぶん……罠、だ。

榊課長が、弟さんに時間を与えなかったことが功を奏して、綻びだらけの罠。

「……では」

小さく深呼吸。しっかり榊課長に視線を合わせて。

「待たせていただいても、いいですか?」

榊課長は眉をよせて。

私の手を握る。

動揺している静香さんは、こちらを見ていない。

 

 

 

KISSの法則・裏をかく

 

「麻衣。ムリしなくていい」

悲痛に揺れる、掠れた声。

ずっと弟さんの傍にいた榊課長だから、心配は当然で。

でも、きっと。

これが、和解のラストチャンス。

突然の来訪作戦は、この1回しか使えない。

次は、綿密な計画を練った彼が仕掛ける番だから。

「私は暖簾をくぐってみます。

 技もちゃんと磨きましたし。

 いざというときの心構えもしています。

 大丈夫。

 過信をしているわけじゃないんです。

 私。拓真さんを信じてるから」

そう、信じてる。

足立さんの見解も、ジンさんの言葉も。

そして。

愛する人の血を分けた、弟さんも。

信じて、いるから。

 

 

 

「静香さんは、麻衣と一緒にここに残って」

榊課長の言葉に、静香さんは首を振って。

「私も行きます。

 連れて行ってください」

蒼褪めた顔のまま、ふるえる声で懇願する。

静香さんは、弟さん攻略のキーパーソン。

この選択が、結果を左右するかも。

「拓真さん……」

私は声をひそめて、袖を引っ張る。

「弟さんは“静香さんも一緒に”って?」

いや、と。首を振る榊課長。

『“タク”に迎えに来てほしい』としか言ってない」

だったら、裏をかくしかない。

でも、こちらが裏をかくことを見込んでの、逆パターンもあるし。

……どっち?

「静香さんと、一緒にお迎えに行ってください。

 私、待ってますから」

 

 

 

おそらく。

彼は、静香さんと榊課長が一緒に行動することを嫌うはず。

榊課長にそんなつもりがなくても、人質を取られたように思うかも。

それに。

“欺くための身代わり”が必要になるから。

じっと瞳を見て、頷く榊課長。

私の想いが伝わりますように。

目を瞑って、榊課長の手を握ったまま、祈る。

握った手をくいっとひきよせられ、耳に吐息がかかった。

「いいな、麻衣。

 隙を見て、窓を割れ。

 場所を知らせるためだから、窓から逃げようなんて考えるなよ。

 すぐ、駆けつける」

はい、と小さく頷いたら、耳朶にキス。

「お守り……

 じゃ、行ってくる」

固い表情のまま、榊課長は立ち上がった。

 

 

 

KISSの法則・取引

 

玄関で見送って。

ふぅ、と息を吐いて。呼吸を整える。

合気道は“和合”の武術。

あくまでも護身であって、攻撃はしない。

榊課長は“窓を割れ”なんて言ったけれど。

それはやっぱり最後の手段で。

力ではなく、言葉で。

“和合”の極意を会得したい。

客間に戻ろうとした背中に……人の気配。

相手を刺激しないように、ゆっくり振り向く。

「……申し訳ありませんが」

相手は俯いたまま、小さくぼそりと呟いて。

「なにも訊かずに、ついて来ていただけますか?」

この男性は、きっと法律事務所で働いている方で。

弟さんに頼まれた、だけ。

 

 

 

「私に拒否権はないんですよね」

ムダなのはわかっていたけれど……一応、確認。

「すみません」

男性は身体を小さくしている。

「謝らないでください。

 あなたは私を案内するだけ、でしょう。

 お手を煩わせないよう、私は素直についていきます。

 その代わり……」

榊課長に近づきたくて、学んだ行動心理学。

状況が変わらないのなら、相手の申し出に応じてみせて。

罪悪感を持った相手に、有利な取引を持ちかける。

もちろん相手への配慮も忘れずに。

私の提案に、最初は身構えていたものの……

私の申し出が、自身の心を楽にすると理解してくれたようで。

「わかりました」

視線を合わせて、そう約束してくれた。

 

 

 

男性に続いて、玄関ホールから、緩やかなカーブを描く階段を上がる。

住居部分の2階。

男性は真っ直ぐに、奥の部屋を目指していて。

突き当りの重厚な扉。

あの扉の向こうで、きっと……待ってるはず。

目標を定めたら、一心不乱に進む私。

“麻衣は、夢中になると周りが見えなくなるの”って。

何度も香里さんに言われたのに……。

正面の扉だけに気を取られ、右の扉のノブが動いたことに気づくのが遅れた。

すっと内側に開いた扉に視線を移したのと、ほぼ同時。

手首を掴まれ、扉の中に引きずりこまれた。

 

 

 

KISSの法則・拉致

 

「失礼。

 怒りにまかせて手荒になってしまった」

掴まれた手首は、すぐに離されて。

ぱたんと扉が閉められて、外からかちゃりと鍵が掛けられた。

暗い、部屋。

家具には、ほこりよけの白い布が掛けられていて。

暗い部屋とは対照的に窓の外が白く光っているから、逆光になってしまう。

窓と私の間に立つ声の主は、シルエットだけ。

すうっと息を吸って。

「はじ、めまして。立花麻衣、です」

ふるえる声で自己紹介。

いきなりのことに怯えているけれど、少しでも冷静になるために。

 

 

 

言葉を失った彼は、小さな笑い声をもらして。

「はじめまして。

 僕は、榊和真。タクの兄弟」

やっぱり、弟さんの罠。

でも、“兄弟”だなんて……。

弟と言わないところに、彼の意志が見えた。

そういえば。

次男の次っていう字面が気に入らないらしい、って言ってたっけ。

「状況が掴めてないの? 

 それとも、気が強いだけ?」

こんな時に呑気に自己紹介をする私に、呆れているみたい。

 

 

 

声は、確かに似ているかもしれないけど。

私なら絶対に、間違えない。

榊課長の声には心が反応するけれど、この人の声は“音”でしかないから。

暗さに目が慣れてきて、彼の姿かたちが見える。

ああ。確かに。双子っぽい。

でも、全然違う。

たとえ、髪型や服装をそっくりに整えても、瞬時に見分けられる。

榊課長に伝えたい。

恋愛遺伝子なんて、あてにならないよ、って。

アタマじゃなくてココロで感じる、っていう足立さんの言葉が真実で。

それを伝えるためには、この状況を打破しなきゃ。

 

 

 

「この家に来たってことは、僕のことをタクから聞いてるんだろう?

 僕が怖くないの?」

怖く、ない。

彼は、私を傷つけない。私や榊課長なんて眼中にないから。

静香さんだけが、彼を揺るがす存在で。

だけど。

怖くない、と。

正直に伝えれば、激昂させてしまいそうで。

「静香は、どうしてタクについて行った?」

どうして、って……。

わからないの? 

自分がついた嘘が、どれだけ静香さんの心を乱したのか。

 

 

 

「タクをこの家から遠ざけて、君と静香の3人で話がしたかった。

 ずっと訊けなかったことを、静香に訊いてみたくて。

 君がいてくれれば、暴れだす感情も抑えられるし。

 タクと静香の関係は、君も知っておくべきだろうから」

この人は嘘つきで、臆病だ。

だけどそれは、静香さんを愛するがゆえ。

愛する人の前では、誰もがそうだって知っている。

たとえ昔のことでも、過ちを認めたくない。

愛する人の心が離れてしまうくらいなら、事実だって捻じ曲げる。

遠ざけたかったのは……

榊課長の前では、都合よく事実を捻じ曲げられないから。

そして。

私に聞かせることで、榊課長に復讐するつもり。

その復讐のベクトルが、とんちんかんな方向を指していることも気づかないで。

 

 

 

KISSの法則・反撃

 

「私っ!」

頭に来て、つい大きな声が出てしまった。

「今日は、静香さんにお会いできるのを、本当に楽しみにしていたんですっ。

 なのに。あなたがすべて壊した。

 愛する人を信じないだけじゃなくて、本人に訊く勇気もないなんて……

 あなたが素直になってさえいれば、こんなに絡まることなんてなかったんです」

一気に言い放って、ちょっとだけ後悔。

私が取り乱したら、伝わらない。

 

 

 

ゆっくり息を、整えて。

まっすぐ彼の顔を見上げた。

「あなたと静香さんは、最初からずっと赤い糸でまっすぐに繋がっているのに」

断言する私に虚を衝かれたのか……ぽかんと口を開ける、彼。

お互いに、勘違いしたまま結婚したの?

過去から目を背けて。

とにかく欲しくて、誰にも盗られたくなくて。

「静香さんは、事故の電話を受けて真っ青になってふるえていました。

 あなたが心配で。

 だから“ついていく”って、言ったんです」

 

 

 

「“好き避け”って、ご存知ですか?」

呆然とする彼に、ヒントだけでも伝えなくちゃ。

あとは、夫婦で解決する問題だから。

「静香さんは小さなころからずっと、あなただけを意識して。

 好きすぎて、嫌われたくなくて。

 避けてしまっていたそうです。

 静香さん本人も、無意識で。

 知らないのは当人同士だけで、周りの人はみんな知っていたんです」

言葉を失う、彼。

「あなたが誰かに悩みを相談できていたら、こんなにこじれなかった。

 周りを敵視して、勝手に孤立して。

 だけど。

 静香さんはそんなあなたが好きで……

 ずっと。

 あなただけを想っているのに」

 

 

 

もう、タイムリミットが近づいているはず。

割れる気配がない窓に苛立つ、愛しい人の姿が目に浮かぶ。

きっと。

腕を組んで、不機嫌なリズムを足で刻んでる。

「あなたが、拓真さんに近づく女の子に声を掛けて、自分に靡かせたこと。

 静香さんには、あなたが次々に女の子を口説いているようにしか見えなかったはずです」

ほら。

階下で微かな物音がする。

「傷ついた静香さんは……

 あなたの近くにいる拓真さんに、泣きながら事情を訊ねて。

 その姿を見たあなたは、また勘違いをした。

 ずっと、その繰り返し」

 

 

 

KISSの法則・盾になる覚悟

 

階段を上る、荒々しい足音。

目の前の彼は、私の言葉に呆然として。

迫りくる異変に、気づいているのか、いないのか。

「私、あなたに幻滅しました。

 全てを洗いざらい話して、誤解を解いて、傷つけたことを謝って。

 そうやって一つ一つ積み重ねて、本当の夫婦になったんだとばかり……」

かちゃり、と。鍵が開く音。

「麻衣っ!」

勢いよく開いた扉から滑り込んできた人影に、抱きすくめられる。

 

 

 

「大丈夫か? 何も、されてないか?」

掠れた声で何度も何度も。

「大丈夫。

 何もされていないから。

 ほら。投げ飛ばしてもいないでしょ」

安心させようと、敢えて明るい声で答えたのに。

ぎろっと睨みつけられて。

「一人で動くな。

 “麻衣に何かあったら、カズを殺す”って。

 あれは誇張でもなんでもない。

 本当のことだ」

低い、声。

部屋の空気が凍りつく。

 

 

 

「だから、です。

 拓真さんは冷静になれない。

 なれるはずがないもの。

 だから、私が伝えるしかなかったの」

和解の秘策は。

過去の三人に接したことのない私が、客観的に告げること。

「あの人に必要なのは、事実だけです。

 暴力とか、説得とか、外からの働きかけには反応しないから。

 事実と過去を照らし合わせて、自分で納得して。

 静香さんと話し合わなくちゃ、だめなんです」

双子が対峙したら、事実が霞む。

あの時、こう言った、

いや、お前が……って。

方向がずれて、和解なんてムリ。

初めから、私が盾になるつもりだった。

 

 

 

KISSの法則・ふたりの歯車

 

榊課長の後ろに、小さくふるえる静香さん。

「静香さん。

 あなたの旦那様は、ずっとあなたを想い続けていたんです。

 誰も眼中になかった。

 ずっと、あなただけ」

静香さんは、驚いたように目を見開いて。

「お互いに、ずっと。

 お互いだけを見つめていたはずなのに。

 好きっていう気持ちを伝える最初の歯車が歪んで、ずれてしまった」

小さく何度も頷く静香さん。

 

 

 

「歯車って……

 一つ一つは小さいけれど、力を伝える大切な部品なんです。

 大切なのに、すごくデリケートで。

 少しのゆがみやズレが大きく影響する。

 過去に戻って、歯車の誤差をきちんと解消してください。

 そうすれば、正常に時が動き始めるから。

 お二人にはそれが必要なんです」

静香さんと弟さん、二人に視線を移しながら、生意気にお説教。

これが、響くか、響かないか。

それは……二人次第。