のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第23話 燻るトゲ

 

心に刺さったトゲは二つ。
秘書課の彼女と、営業課にいる彼の盟友。

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第23話 燻るトゲ

 

KISSの法則・高橋課長の恩返し?

 

「上手くいったでしょ?」

お昼休み後半、指導室のドアを閉めた途端、にんまり笑う香里さん。

「ま、榊の入れ知恵だけどね」

やっぱり、榊課長。

それで、本題だけど、と。

香里さんは向かいのチェアを指し示す。

「さっきのアレ、原因はアケミさん?」

え? 顔を上げる。

どうして、それを。

「気づいたのは、司だけよ。

 榊とアケミさんの取引みたいな一件のこと、司から聞いたんでしょ?」

そうです、と頷く。

 

 

 

「榊、あの後……多分、麻衣に社内メール送った後ね。

 企画部長から『会議に緊急参加するように』って呼ばれたのよ。

 あたしにダッシュで入れ知恵を授けて、出てっちゃったの」

そう、なんだ。

忙しそう。今日は一緒に帰れないかも。

「それで、司と二人で今後のことを話してたの。

 仕事中なのに、管理職失格だね」

申し訳なさそうに肩を竦めるけれど、私は知ってるもん。

残業しても、管理職には手当が出ないこと。

手一杯の仕事をたった一人でこなしていること。

私が入社して1年と2ヵ月、ぎりぎりしか有給休暇を取ったことがないこと。

 

 

 

「会議に参加した榊は、ここから先のことは知らない。

 そのつもりで聞いてね」

榊課長には、ヒミツの話。

こくっと喉が鳴る。

「司がさ、『麻衣ちゃんが蒼褪めたのは秘書課って言葉だよ』って。

アケミさんの話をしてくれたの。

司ね、麻衣にすごく感謝してたよ、今日のこと。

それで、『なにか恩返しができないかな』って言い出して……」

ほんとに? あんなに疎まれていたのに。

でも、ほんとだと思う。自惚れじゃなくて。

だって、高橋課長は香里さんを守りたくて棘を向けていただけ。

香里さんを想う私の気持ちが伝わったのなら、心を開いてくれるかもしれないもん。

 

 

 

「榊ね。アケミさんには、何の感情も持ってない。

 好き、嫌いじゃなくて、本当に何の感情もないの。

 でも、だからってね。

 “オンナ除けの道具に使う”ってはっきり宣言して取引するのは、人としてどうかと思うのよ」

香里さんの憤りはわかる。

自分がその立場だったら、つらくて、悲しくて、やるせないもん。

でも、頷くことも、同意することもできない。

私は知っているから。

榊課長と弟さんの間にあったことも。

女性が苦手な理由も。

 

 

 

KISSの法則・荒療治

 

「麻衣以外の女の子は、空気と同じ……

 う~ん、同じじゃないわね。

 それ以下、害のあるものみたいに捉えてる。

 だから。

 榊に想いを伝えた女の子を、躊躇なくバッサリ斬るし。

 妥協案も示さずに、シンジョトップを却下する」

シンジョの却下は正直、胸が痛い。

一昨年のシンジョトップ、ミカさんの悔しそうな表情を見てきたから。

榊はね、と。

香里さんはため息まじりに続ける。

「他者に対する思いやりが欠落してるの。

 麻衣にだけは甘々だけど、それさえ満たしていればいいってもんじゃないでしょ?

 これから一緒に歩んでいくなら、そういうとこに違和感がでてくるはずよ」

 

 

 

確かに。

印象が違いすぎることには、戸惑っていた。

私が思う榊課長と。

香里さん、高橋課長、そして足立さんから聞く榊課長。

私に“だけ”優しいっていうのは、嬉しいことだし、胸もざわつかない。

だけど。

ほんとにそれだけでいいの? と問われれば、答えはノーで。

ただ、“違和感”というのは今一つピンと来なくて、首をかしげる

「思いやりとか、心配りとか、そういう温かい感情がいっぱいの麻衣だから、余計にね。

 少しずつ、榊と感情がずれて噛みあわなくなっていく。

 少しずつだから、擦れ違っていることにも気づかないままで。

 埋められないくらい、深い溝になるの」

それは、嫌。でも、どうしたらいいんだろう?

他の人にも優しくして、なんて言ったら、榊課長を困らせる。

 

 

 

「麻衣と出逢って、榊はずいぶん変わったの。

 感情を揺らすことさえなかったのに。

 声を荒げるほど慌てたり、うろうろするほど焦ったり、過保護なくらい心配したり。

 少しだけ、人間らしくなった。

 それって、まだまだ変われる可能性があるってことよね」

頷きかけて躊躇する。

何か大きな計画が動きそうで、怖い。

だから、と。香里さんは私を見つめて深呼吸。

「荒療治だけど、ある計画を実行します」

こんなふうに香里さんが宣言するときは、既に決定事項。

覆ることはない。

怖い、けれど……覚悟を決めなきゃ。

 

 

 

「麻衣にだけ予告する。榊にはヒミツよ。

 ……守れる?」

少し躊躇って、息を吸って頷く。

「私、何をすればいいですか?」

恐る恐る訊いてみると、ぽかん、と口を開く香里さん。

「え? えっとそうね。

 とりあえず、さっき急に戻ったのは仕事絡みって口裏を合わせて……」

はい、と頷く。

それから、と。

あごに人差し指を当て、視線を上に向けて思案する香里さん。

一緒になって、同じ場所を見上げてみる。

「ほかは……特別ないわ。普通にしててOKよ」

なんという、肩透かし。

 

 

 

KISSの法則・切ない恋

 

お昼休みが終わる直前、廊下に出て榊課長に携帯メールを送ってみた。

監視下にある社内メールでは、返信できないから。

完全な私用だし、……ヒミツの恋、だし。

〈さっきはすみませんでした。

 午前中に仕上げなくてはいけない仕事を思い出して〉

時間をかけて、これだけ打つのが精いっぱい。

高速で打てる人ってすごい!

そんな風にのんきに思っていた。

もちろんお昼休みに返信なんて、期待していなかったけれど。

15時の休憩にも、携帯はシーンと静かで。

……そのまま、終業時間までメールの返信はなかった。

 

 

 

携帯メールと社内メールを気にしながら、結局残業に突入。

「麻衣も残業ね。

 榊と帰る時間、合わせられそう?」

囁くようにこっそり訊く、香里さん。

堪えていた不安がふくらんで、鼻がつん、と痛くなる。

声を出さずに、首だけ振って見せたら。

「どうしたの?」

血相を変えた香里さんが、隣に来て背中を撫でてくれた。

だめだめ、緩んじゃ。私の涙腺、なんて。

筋肉自慢の芸人さんみたいに言い聞かせる。

「連絡が取れ、なくて……」

はぁ? と、香里さんは眉間に皺をよせた。

 

 

 

「司に訊くから、待ってなさい」

「そんな。悪いから、大丈夫です」って言ってるのに。

すごい速さでスマホを操作。

高速で打てる人、発見。

弱々しく思いながら、香里さんをぼんやり眺める。

「社内にいないみたいよ、榊。

 ホワイトボードには何も書いてないんだけど……」

そう、ですか、と俯いて。

頑張って、自分を奮い立たせる。

きっと、急に忙しくなってしまったに違いない。

だって、ほら。

急遽、企画部長から会議への参加要請が来たって。

だから。何かわかるまで、勝手に不安に思っちゃだめ。

 

 

 

どうしても途切れてしまう集中力に見切りをつけて、予定より早めに退社。

お兄ちゃんの言いつけ通り、駅からタクシーに乗って帰宅したのは20:00頃。

久しぶりのタクシー。

日も長くなってきたし、もったいないし、もう子供じゃないし、なんて。

言いわけして、普段なら歩いちゃうところだけれど。

今日はココロがくたくたで。

ゲートをくぐりながら、あふれる涙。

ハグしてもらった防犯カメラの死角で、思わず嗚咽がもれる。

ふらふらしながらリビングのソファに辿りついて、ぽろぽろ泣いた。

―― 恋って、切ない ――

生意気に、そんなことを思いながら。

 

 

 

KISSの法則・黒い疑惑

 

泣き顔で、リビングにいたらお兄ちゃんを心配させてしまう。

2階に上がって、ベッドに倒れこむ。

お風呂、夕食の準備……めんどくさいな。

ベッドでころんと転がった時、ふいに目に入ったパソコン。

そうだ! もしかしたら……

パソコンを立ち上げて、逸る気持ちをなだめながら、個人メールを確認。

来て……る!

恋い焦がれた、彼からのメール。

タイトルは〈おかえり〉

震える指でクリック。

 

 

 

〈高橋から聞いた? 

 急でごめんな。というわけで、1週間の出張になった。

 まずいな。水曜日、充電できないじゃん。

 帰ったら、思う存分チャージさせて。いいな?

 ノートPCはいつも持ち歩くから、個人アドレスにメールして。

 オレは仕事中でも確認できるから、時間は気にしなくてもOK。

 ただし。毎日、1通な。

 それ以上すると、飛んで帰りたくなる。

 やべ、ガラじゃないよな。

 じゃな、いいコに待ってるんだぞ〉

驚愕の事実。淋しい現実。

くらくらするくらい嬉しい指令。

どきどきがとまらない甘々な宣言。

いろんな感情が渦巻いて、整理するのに時間がかかった。

 

 

 

つまり……

榊課長は出張で、1週間会えない。

恒例の充電がお預けだから……っていうのは、ちょっと置いといて。

引っかかるのは、〈高橋から聞いた?〉

あれ? 

“司に訊くから”って、香里さんはスマホを操作してた、よね。

“社内にいないみたい”は、おそらく高橋課長の返事を受けて。

まさか。

いじわる、されてる? 高橋課長に。

だめだめ、疑ったりしちゃ失礼だよ。

“恩返ししたい”って言ってもらったんだもん。

あ。もしかしたら。

これが、あの……。

香里さんが言っていた“ある計画”

 

 

 

「うぅぅぅーん。わかんない」

頭を抱えて唸りながら、ひとり言。

とにかく。

榊課長は無事で。

メールもしていいって。

淋しいし、会いたいけれど。

同じように思ってくれている榊課長が嬉しくて。

“思う存分チャージ”はちょっと怖いけどね……

本当に良かった。

勘違いして突っ走らなくて。

泣き顔を誰にも見られなくて。

ウキウキしながらメールを返信。

“勘違い”もしくは“計画”の一部かもしれないから、高橋課長の件は黙っておくことに決めた。

 

 

 

〈おつかれさまです。

 1週間は長いです…… 淋しいけど、お仕事がんばります。

 “思う存分”はちょっと怖いので、“通常通り”のチャージでお願いします。

 病気と、怪我と、車と、電車と……飛行機も乗りますか?

 とにかく全部、気を付けて。無事に帰ってきてください〉

送信っ、と。

恋をすると、ひとり言が多くなる。

ひとり芝居も、感情の揺れも。

恋は二人で育てるものだから。

相手を想って、心配して、振り回されて。

甘くて苦い。それが、恋。

 

 

 

あの短いメール1通で、ぱぁっと、もやもやが晴れた単純な私。

ハミングしながら、お風呂の準備。ご飯も作って。

そうだ、お兄ちゃんにお礼を言わなきゃ。

イケメン御曹司風の、ニセ婚約者だもんね。

日付が変わるちょっと前、帰宅したお兄ちゃんに今日の婚約者騒動を話したら。

「企みが思った通りに動くのは、本当に愉しいですね。

 これからも月に2度は、車で送ってあげましょう。

 あまり頻繁では妬まれますから。

 噂が消えかかる頃、ニセ婚約者として、ね」

珍しく、声を立てて笑うお兄ちゃん。

榊課長からのお礼も伝えたら、嬉しそうに頷いてくれた。

大切な家族に、大好きな人の話を聞いてもらえる。

こんな平穏で温かい日々が、ずっと続けばいいのに。

 

 

 

KISSの法則・計画の黒幕

 

翌朝。

早めの電車で出社した私を待ちかまえる、香里さん。

「ごめんなさい、香里さん。

 連絡取れました。お騒がせしました」

ぺこっとお辞儀をして顔を上げると、香里さんは渋くて苦―い表情で。

「謝るのはこっちよ。

 司、榊から『出張になった』って伝言を受けてたんですって」

頬が、強張る。

「取り込み中だったらしくて、伝え忘れた上に……

 メールも打ち合わせの合間だったらしくて、〈いないよ〉って送るしかできなかった、って。

 ごめんね」

なんだ、やっぱり。忙しさが重なっただけ。

……にしては、香里さんの表情が曇ったまま

「いいえ。私が見苦しく取り乱しちゃっただけで……

 オフィス内なのに、はずかしいです」

 

 

 

昨日の分を取り戻すように、ガンガン仕事をこなしていく。

“お仕事頑張ります”って、メールしたし。

淋しいなんてぼんやりしてたら、呆れられちゃう。

ミユキちゃん以外の同期のコのチェックも受け持つようになって、てんてこまい。

お昼休み、5階の廊下を香里さんと歩いていたら、高橋課長が前から近づいてきた。

すれ違いざま、声をかける高橋課長。

「麻衣ちゃん、昨日の……ごめんね」

“麻衣ちゃん”って。

久しぶりに高橋課長から名前で呼ばれた気がする。

びっくりしすぎて、口ごもりながら「いえ、だいじょうぶです」なんて返す。

通り過ぎた後、ちくんと刺さる視線。

 

 

 

「振り向いちゃだめ」

香里さんの囁くような鋭い声。

「司、麻衣を見て冷たく笑ってるはず。

 あれ見たら、平常心じゃいられない。

 あたしも榊も、司の性分はわかってるから心配しないで。

 昨日のことも……悪意とか、壊したいとかじゃないの。

 麻衣に揺さぶりをかけて、反応を見たいだけ」

痛いくらいの視線を感じて、背筋が凍った。

息を整えて、香里さんの言葉を思い出す。

“感情を揺さぶるのは本音を引き出したいから。

相手を知りたい、見極めたい“

だったら……私。逃げちゃいけない。

歩みを止めた。

 

 

 

「榊は、『麻衣に任せる』って言ってた。

 真っ向から怒っても、スルーしても、ただおろおろするだけでも。

 麻衣が司にどう接しても、それを『全面的に支持する』

『助けを求められれば、全力で応える』って」

ぴたりと止まった私を、横目でちらりと見る香里さん。

それは、私を信じるということ。

“麻衣は普通にしてればいい。

そのうち自然とわかる“

高橋課長への対応をそう言ってくれた榊課長。

「私が振り向いた後、香里さんも高橋課長に笑ってください」

え? と。

訊きかえす香里さんを見上げて、にっこり笑って振り返る。

 

 

 

香里さんが言った通り、嘲るような冷たい笑みを浮かべている高橋課長。

“氷”の異名を取るべき人は、榊課長より、むしろ高橋課長かも。

“高橋課長、私は香里さんが大好きなんです”

“私の気持ちが届きますように。いつか氷が溶けますように”

そう、念じながら笑顔で会釈。

少しだけ眉を上げる高橋課長。

香里さんが振り返る気配。

手のひらを返したように、高橋課長の笑顔が温かく変わった。

ほら、怖くない。

高橋課長は、香里さんを案じているだけ。

だから。

私はあの冷笑に怯むことなく、笑顔で香里さんの隣に立つ。

 

 

 

高橋課長のネガティブな部分を、否定しない。

真っ向勝負も、スルーも、できない。そんな勇気はないから。

でも、おろおろするばかりじゃ、余計にこじらせてしまう。

“あなたの不安はわかっています。私は敵じゃないよ”と。

繰り返し伝えるしかない。

信頼する香里さんが、愛する人

だから、高橋課長に知ってもらいたい。

純粋に香里さんを慕っていて、

泣けるほど榊課長に恋をしているだけの、私を。

高橋課長の揺さぶりになんて、惑わされない。

榊課長を見習って、変わらないスタンスで行くことに決めた。

だって、この気持ちはブレないから。

 

 

 

「行くわよ、麻衣」

私の腕を取る香里さん。

そのままずんずんシンジョ指導室へ。

扉を閉め、チェアに座って。

何の前触れもなく……

「あ~っ!!!」

香里さんは、頭を抱えて大声を上げた。

思わず、ビクッとなって、じりじり後ずさる。

「荒療治が必要なのは、司も同じ。

 わかってるの。

 でも、いざ自分のことになると、どうしていいか戸惑っちゃう」

香里さんは無意識に、高橋課長を“自分のこと”と捉えている。

だから。きっと、大丈夫。

 

 

 

「高橋課長は、香里さんのテリトリー内に入った私を警戒して、威嚇しているだけです。

 それは、香里さんが大切だから。

 普通の人には牙をむかないでしょ?

 大きな問題はないと思います、けど」

おずおず言葉を掛ける私。

「……表面的にはね」

うなだれる香里さん。

「“ある計画”も司が言い出したことなの。

 確かに、榊を変えようっていうのが前提にあるんだけど……

 正直、司の本当の狙いがどこにあるのか怖い。

 だから、麻衣にだけは予告したの」

香里さん、と。

近づいて、両手でそっと香里さんの手を包む。

 

 

 

「私は大丈夫です。

 なにがあっても、香里さんが大好きだし、榊課長への気持ちも変わりません。

 それに、もしかしたら……」

香里さんの瞳を覗きこむ。

「私がブレずにしっかりしていれば、高橋課長の警戒心も和らぐかも。

 計画の詳細はわかりませんけれど、これはチャンスかもしれません」

伏せていた顔を少しだけ上げて、ちらりと私を見る香里さん。

その弱気な視線をがっちり捉えて、満面の笑みで勇気づけた。

はぁぁ~、と。

大きなため息をついた香里さんは、天井を見上げて。

「麻衣は強いね。ううん、強くなった」

恋って、切ない。甘くて、苦い。

相手を想って、心配して、振り回されて。

弱気になることもあるけれど。

きっと、もっと強くなれる……

それが、私の恋。

 

 

 

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