のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第19話 スイートトラップ

 

 

合気道は、なしだぞ。 恋人のじゃれ合いに使うのは 武士道に反するからな」

 

 

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第19話 スイートトラップ

 

KISSの法則・武道の天敵

 

にまにま笑う私を睨んで、つないだ手をぐいっと引っ張る榊課長。

リラックスしていたから、踏ん張ることもできずに。

スツールから榊課長に向けて、一直線にダイブした。

ぽすん、と

榊課長の腕の中に着地したのはいいけれど。

おしりは榊課長の膝の上。

斜め上から見下ろす、瞳。

この、体勢は……

座った状態の、お姫様抱っこ。

 

 

 

逃げようとする私を、榊課長はがっちりホールドして。

「なーに、笑ってんだ。麻衣?」

じたばたしても、ほどけない。

合気道は、なしだぞ。

 恋人のじゃれ合いに使うのは

 武士道に反するもんな」

ひどいっ。

一方的に抑え込んで、恋人のじゃれ合い、だなんて。

この体勢じゃ使えないもん。

 

 

 

涙目で見上げると、ちょっとだけひるんだから。

この隙に、と。脱出を試みたけれど……。

覗き込む榊課長の瞳が、甘い熱を帯びていて。

見たこともないくらい、色っぽい。

ふにゃり、と力がぬけて。

とろん、と肩にもたれかかる。

それでも視線は、榊課長と絡まったまま。

「なんて顔、してるんだよ……」

何度も聞いた掠れ声。

でも今日の“これ”は、いつもと違う。

背中がぞくっと粟立って、おなかの下にきゅうんと甘い疼きが走った。

 

 

 

KISSの法則・ワケアリの珈琲館

 

一触即発、絶体絶命、暴発寸前。

漢字がいっぱい、頭の中をくるくると。

その刹那。

絡み合う視線を嘲笑うように鳴り響く、着信音。

我に返って、視線をほどく。

「はい……」

スマホを耳に当てる足立さん。

低い声で短く言葉を交わすと、通話終了。

「残念。

 初々しいラブシーン、見損ねた」

足立さんは、にぃっと笑顔を見せた。

「AとB、どっちだ?」

榊課長は膝に私を乗せたまま、ヒミツの暗号を問いかける。

「Bパターン。

 盛り上がってるとこ、わりぃな」

ふん、と。

面白くなさそうに鼻を鳴らした榊課長は、私を見下ろして優しい笑顔。

名残惜しそうにぎゅうっとハグをして、膝からそっとおろしてくれた。

 

 

 

「Bパターンの時は、席を外すのがルールなんだよ」

榊課長の説明に、やや放心状態で頷きながら。

「じゃあ、Aパターンは?」

忙しそうに準備を整える足立さんを目で追いながら、訊いてみた。

「Aは、難しいぞ。

 平たく言うと、エキストラに徹するんだよ」

ドラマとか、映画の? 

「背景にとけこむんだってさ。

 オレは、すみでパソコンいじってるだけだったから、簡単だけど。

 二人だと、ただ話すだけっていうのが難しそうだよな。

 ハグしたり、あーんしたり、ぺろっとしたりは、まずいだろ?」

どさくさに紛れてさらっと、なに言ってるんですか。

それは……エキストラでなくても控えるべき行為でしょ。

 

 

 

表に出ると、“Jolly”と書かれた看板を設置する足立さん。

「立花さん、またおいで」

気さくに声を掛けられ、にこにこしちゃう。

丁寧にお礼を言って、お店を後にした。

「お店の名前、“Jolly”っていうんですね」

榊課長に小声で訊くと、人差し指を唇にあてて。

「ナイショな」と念を押された。

愉しい、素敵な、っていう意味の英語。

ワケアリのヒミツめいた珈琲館だけど。

初デートの大切な場所。

「まだ日没までには、時間があるな。

 公園に行くか」

もう少し一緒に居られることが嬉しくて、足取りが軽やかになる。

「充実したフリータイムだったろ?」

ご家族の話も聞けたし、という意味をこめて、笑顔で頷いたのに。

返ってきたのは、黒い笑み。

 

 

 

「少しずつレベルアップしてるもんな。

 今日は“ぺろっ”と、“抱っこ”な。

 次は、覚悟の成果をかたちに……」

あわ、わ。なんてことを。

「だ、だめっ!!!」

慌てて、大声で榊課長にストップをかける。

「まだお日様が出てますっ。

 公園には小さなお子さんもいるんですよ。もうっ」

自分でも思った以上の大声に驚いて、トーンを下げてたしなめた。

「夜、ガキがいないトコならいいんだな? 

 よし、わかった。……覚えとけよ」

そう、じゃないってば。

何やら企んでいるようで、全然聞いてくれない。

「スピードアップが急務だな。……オレが持たない」

もう、知らないっ。

 

 

 

KISSの法則・公園デート

 

公園に着くと、意外にもがらんとしていて。

もっと、こう……わぁ、きゃあ、と。

可愛い声が飛び交っているものだと思っていたのに。

この雰囲気はまずい、かも。

見上げる榊課長の横顔は、冷静沈着、紳士的で。

小さく胸を撫で下ろす。

「ごめんな」

ベンチに座った途端、耳に届くやわらかな声。

「3月1日の誕生日。

 知ってたら、おめでとうって言えたのに。

 自分の気持ちも伝えないで、あんなこと……

 ずっとハグだけ繰り返して、悪かった」

身構えて固くなっていた心が、ほろりとほどけた。

 

 

 

「誕生日は木曜日、でした。

 いつもの……その。

 水曜日の翌日です」

すぅっと息を吸って、呼吸を整える。

「いつも、充電とハグの関係に悩んでいて。

 どうしてだろうって不思議に思いながらも……

 今週も会えた、ハグされた、って。

 安堵していました」

、と優しく相槌を打つ榊課長。

「私、榊課長に訊く勇気がありませんでした。

 あの“ヒミツの時間”がなくなるのが、怖かったんです」

「……麻衣」

苦しそうに私の名を呼ぶ、愛しいカレ。

 

 

 

「あんま、可愛いこと言うな」

ため息まじりで、周りを見渡す。

「……参ったな。

 ここに人がいないなんて、思わなかったんだよ」

腰を上げて、少しだけ私との距離を取る。

「オレはさ。

 自分を抑えられる理性的な人間だと思ってたけど……

 どうやら、相手によるらしい。

 つい最近、知ったけど」

はぁ、とため息をついて、ちらりと見遣る。

「オレが麻衣をからかうときは、人目がある時だけだ。

 そうじゃないと、ストッパーが効かない」

そういえば……そう、かも。

急にどきどきしてきた。

 

 

 

「伊織さんとの約束がなかったら、速攻でマンションに連れ込んでる。

 婚姻届にサインさせて、周りに高らかに触れまわって。

 挨拶とか、式とか、披露宴とか、そんなのは後回しでさ。

 とりあえず、できることのすべてを動員して、オレのものにする。

 ……そういうの、イヤだろ?」

イヤ、かな? 

お兄ちゃんのことがなければっていうのが、前提なら……

私もきっと同じ気持ち。イヤじゃ、ない。

でも、女の子がそれを口にするのは、きっと“はしたない”こと。

だから、曖昧に笑ってごまかす。

「イヤだって、言ってくれ。

 周りなんかどうでもいいけど

 麻衣がイヤだって言ったら、踏みとどまれる」

 

 

 

言葉にできない。

イヤ、なんて。嘘はつけないから。

イヤじゃない、けど。そんなこと、言えない。

きっと、苦しめてしまう。

もどかしい気持ちが、痛いくらいにわかるから。

「……ずっと、見てた。

 タガが外れてハグした後も、意識して足踏みして。

 嫌われたくないから、ゆっくり間合いを詰めようって決めたんだ。

 焦って逃がしたら、一生後悔する、って。

 自分に何度も言い聞かせて宥めた。

 なのに、やっと手に入った途端、歯止めが効かない自分に愕然として……」

はぁ、と。ため息。

 

 

 

「伊織さんの抱えてるものが深刻らしいっていうのと、

 条件が意外なほど厳しかったから……

 これはいい足枷になる、って。

 ポジティブ発想に転換させたんだけど」

こちらも見ずに、視線を遠くに投げて。

「正直、あんな顔されるとキツい。

 全部捨てて攫(さら)いたくなる。

 でも、それじゃダメなんだよな。

 その時はよくても、未来がない。

 きっと後悔させて……

 そんな麻衣を見て自己嫌悪に陥る」

何も言えない、触れられない。

熱い気持ちを抑えようとするオーラが、強すぎて。

 

 

KISSの法則・色っぽくない話題

 

「悪い。気を遣わせてるな。

 声に出して、必死で自分に言い聞かせてるとこ。

 言霊ってやつ?」

横顔のまま、ふっと唇の端で笑う、榊課長。

こっち、向いて。そう念じるけれど。

その時は、きっと“覚悟”を決める時。

何もかも捨てるという間違った“覚悟”は、二人の未来に翳を落とすだけ。

心がすっと冷えて、小さくかぶりを振った。

「何か……そうだな。

 色っぽくない話題、振って」

えっ、と。

榊課長の突拍子もない提案に、思わず声が出る。

“色っぽくない”なんてお題を出されると、逆に難しい。

色っぽい話題は皆無だから、普通の話題でいいのかな。

 

 

 

「え、と。うーん……

 榊課長の誕生日、結局教えていただいていません、けど」

「ぁあ?」 

眉間にしわをよせて、こちらを見る榊課長。

やっと私を見てくれたのに、そんな不機嫌そうにしなくても。

「あー、うん。そうだな……

 睨んだのは謝る。

 ほんとに、ありえないほど色っぽくないから、つい」

ふん、だ。すみませんね。

「オレの誕生日は……1月2日。

 三が日の真ん中で、何がおめでとうなのかわかんない日。

 パーティーはないし、プレゼントもお年玉に上乗せされてて。

 学校で友達に『おめでとう』って言われたことは1度もないぞ」

なぜか若干、威張ってるっぽい。

 

 

 

「だから、この間麻衣に訊かれた時もスルーした。

 なんにも思い出がないからな」

屈託のない笑顔が、逆に淋しくて。

抑えていた感情が昂って。

思わず、手をぐっと伸ばして榊課長の手をがっしり……

掴ん、じゃった。

ほんとに色っぽくない。

「思い出は、これから作ればいいんです」

榊課長がさっき距離を取ったから、つんのめりそうなキツい体勢。

ちょっとぷるぷるしちゃうけど、ちゃんと伝えないと。

「……これから毎年、1月2日にお祝いしましょう、ね?」

榊課長が生まれた日。

心から感謝して、お祝いしたいもん。

……でも、もう。うぅ。筋肉が……限界。

 

 

 

KISSの法則・預けることは、信じること

 

ぐらりと視界が揺れた瞬間、抱きとめられて。

やわらかく後頭部を支えた手が、私の顔を榊課長の胸にうずめる。

「なに、煽ってんだよ」

「違うっ、事故です」

言い訳しつつ、顔を上げようとしたら。

後頭部に優しい圧迫感。

「顔、上げないで。マジでやばい。家に帰せなくなる」

なんどもなんども、しつこいくらいに深呼吸を繰り返して。

「家に帰るまでが遠足ですって。小学生の時、言われたのにな。

 ……忘れてた。

 家に帰すまでが、フリータイムだった」

温かい胸の中で、プッと吹き出す。

ぴくんっと彼が震えた。

 

 

 

「ごめんなさい、くすぐったかったですか?」

慌てて謝る。

「ストーップ! そこで喋んな、もう……

 今、全身が敏感になってんの。

 少しの刺激で、理性が崩壊するぞ」

そう言って、もぞもぞと体勢を変える榊課長。

「見られても、さわられても、喋られても……まずいんだよ、今は」

頭は押さえたまま、ぐっと腰をひきよせられて。

びっくりしたけど、喋っちゃいけないらしいから、ぐっと我慢。

ふっと力を緩められたと思ったら、くるっと視界が反転した。

爽やかな緑が目に入って、背中に優しいぬくもり。

 

 

 

「ここで、こんな罠があるなんてな。

 限界まで試されてるじゃん、オレの理性」

ベンチに座った状態で、後ろから、ハグ。

榊課長が広げた長―い脚の間に、ちょこんと座ってる感じ。

座る位置が浅すぎて、ベンチの端にかろうじておしりがふれている程度。

深く座ろうとしたら、がっつり止められた。

「すごく、不安定なんです、けど」

おずおずと、小さな声で訴えてみる。

「これ以上くっつかれると、限界超えるんだって。

 あ、いや。だめだ、何も訊くな。

 質問には、一切答えられない。

 いいから、そのまま動くなよ」

理由は訊かずに言うとおりにしろってこと、かな? 

 

 

 

「手を回して支えてやるから。

 上半身だけ、オレに預けて」

むずかしい指示。

え、と。

もたもたしていたら、腰を片手で固定されて、

もう片方の腕をぐるっと鎖骨に回された。

「力、抜いて。もたれかかっていいから」

吐息が首をくすぐった。

そっと力を抜いて、榊課長に身体を預ける。

思ったよりもすっぽりはまって、しっくりくる。

預けることは、信じること。

力を抜いて、自然に任せて。

たゆたう海の底にいるように。

 

 

 

「このままで聞いてくれ」

耳元で囁く榊課長。

「オレの誕生日には、きっと……

 高橋と新堂は結婚してて。

 伊織さんとの話し合いも終わってる。

 “麻衣を手放す”って伊織さんは言ったけど、オレはそうはさせない。

 麻衣の全部をもらっても、伊織さんを麻衣から離れさせない。

 両方成功させるから、信じろ」

安心を呼ぶ力強い言葉に「はい」と答える。

 

 

 

「オレに、麻衣の未来を預けてほしい。

 麻衣の誕生日には、結婚が見えてる。

 きっと。

 伊織さんは麻衣のそばにいて、笑顔で祝福してくれる」

言い聞かせるように優しく、強く。

榊課長の言霊は、私の心に凛と響いて。

疑いようのない未来が、広がっていく。

 

 

 

KISSの法則・愛しいCEO

 

「……そろそろ、送ってく」

瞑っていた目を開けると、茜色に染まった木漏れ日が楕円に伸びていた。

手を取られ、家に向かって歩き出す。

なんだか、頭がぼんやり、足がふらふらする。

「麻衣、寝てただろ?」

ふるふると首を左右に。

背中に響く声が心地好くて、

言霊に心が共鳴して、

ちょっと目を瞑っただけ……だと、思うけど。

「くうくう、寝息立ててたぞ」

うそっ? と焦って見上げると。

「ほんと。コドモみたいで力が抜けた。

 いい意味で、な」

頭をぽんぽんと撫でて、にかっと笑う榊課長。

 

 

 

「意図は真逆だけどさ。

 伊織さんが麻衣にコドモでいてほしいと願った気持ち。

 すごく、わかるんだ。

 伊織さんは、女性を憎む気持ちから麻衣にコドモっぽさを求めた。

 オレは、自分を制御するために“今は”コドモでいてほしい、と思う。

 “今は”だぞ」

そう優しく微笑んで。

「だから、ムリに背伸びするな。

 今日はオレが調子に乗ってやりすぎた。

 麻衣があんな顔で煽ってくるなんて、思いもよらなかったから。

 ぶっちゃけ、嬉しい誤算。

 だけど、時期尚早だ」

はいぃ、と俯くと。

「悪いのはオレ。麻衣は思った通りに動けばいい。

 制御するのは、最高経営責任者であるCEOの責務だから」

CEOはオレだぞ、と言わんばかりに自分を指さして、胸を張る。

 

 

「着いた……」

つないだ手に一度きゅっと力をこめて、ゆるゆるほどく榊課長。

名残惜しくて、指同士がいつまでも絡み合う。

「きりがないな。

 明日の朝、迎えに来るから、今日はいい子に家に入れ」

「迎えはだめですっ」

顔を上げる。

「会社の人に見られたらっ……」

「見られたら?」

訊きかえす榊課長。

困る、だと迷惑みたいだし。

風紀が乱れる、っていうのも説得力がない。

ただ、ぎすぎすした雰囲気の中心人物になってしまうのが……怖い。

 

 

 

「わかってるさ。面倒が増えることくらい。

 だから、文句言わせないように結婚したいんだよ。

 ……ああ、そうだな」

何やら一人で納得して。

「新堂には、この手で行くか」

首をかしげる私に微笑んで

「家に入りな、ここで見ててやるから。

 癪だけど、朝は一緒に行かない。

 その代わり、帰りは一緒だ。

 課長補佐だと残業になるだろうし。

 企画3課専属なら、麻衣の残業も操作して時間も合わせられる。

 ……いいな?」

強引な、でも、嬉しい提案に頷いて、一歩踏み出す。

 

 

 

私の……

私だけの、愛しいCEO。

鋭い洞察力。

行動心理学の知識。

経験に基づいた戦略。

お兄ちゃんの頑なな心を溶かすのは、易しいことじゃない。

でも。

きっと、成功に導いてくれる。

ううん、一緒に成功を掴むの。