のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第36話 素直なキモチ

 

気負わない、先走らない。
説得しようと思っちゃだめ。
素直な気持ちが伝われば……きっと

 

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【ヒミツの時間】 KISSの法則 第36話 素直なキモチ

 

KISSの法則・空回りするタイプ

 

帰る車内で、襲う沈黙。

どんな顔をして、お兄ちゃんに会えばいい?

なんて、言葉を掛ければいい?

ユウさんが言っていた。

お兄ちゃんは、結末へ向けての布石を打った。

事実を知った私が、自分の意志でお兄ちゃんを遠ざけることを予想して。

全てを、諦めようとしてるって。

 

 

 

ううん! 絶対、諦めさせたりしない。

だけど、私って。

意気込めば意気込むほど、空回りするタイプで。

でも、今回は!

そう、今回だけは!!

失敗は許されないっ!!!

「麻衣、鼻息が荒いけど。

 ユウさんが麻衣の様子が気になってるのに、こっちを振り向けないでいる。

 いかがわしいことしてるんじゃないかって、あらぬ疑いがかかってるぞ」

榊課長の冷めた声。

 

 

 

鼻息。

いかがわしいこと。

あらぬ、疑い。

繋がったキーワードに、小さく悲鳴を上げて。

「違いますっ! 

 こっち向いてください、ユウさん。

 私、榊課長に何もされてませんから」

おいこら、と。

ほっぺを優しくつままれて。

「なに言ってんだよ。オレに責任転嫁すんな」

「ほへんなはい(ごめんなさい)」

謝る私。

くすくす笑うユウさん。

車内の空気がふんわり和んで。

「麻衣。前にも言っただろ?

 素直な気持ちを伊織さんに伝えればいいって。

 気負うな。

 そのままでいいから」

私の不安を丸ごと包み込む、的確な答え。

すごく、安心する。

 

 

 

KISSの法則・うまくいくおまじない

 

家に到着した。

お兄ちゃんは不在で……不安がよぎる。

だけど、ユウさんはこの後お仕事。

「ごめんなさいね」

心配そうに見つめるユウさん。

心細いけれど、引き止めたらご迷惑だし。

「大丈夫です」

お礼を言いつつ笑顔で見送った。

「誰もいない家には上がれない」

榊課長は苦笑い。

「いくら、オレの理性がジンさんに褒められたとはいっても、二人っきりはまずいだろ。

 けっこう、ぎりぎりの線だからな。

 なにかあったら連絡して。すぐ駆けつける」

不安だけれど、頷くしかない。

 

 

 

あたりを窺って、手を引く榊課長。

向かうのは死角ゾーンで。

ふぅ、と。

息をつくと、後ろからそっとハグ。

頬を私の右肩にのせて、いつもより密着度が高い気が。

「麻衣なら、大丈夫。

 麻衣は、今までに伊織さんを何度も救ってる」

優しい囁きに、ただ頷いて。

私の鎖骨の前で合わせた榊課長の両手に、そっとふれる。

「ただし」

諭すように低くて甘い声で。

「今まで、ずっと無意識だっただろ。

 だから伊織さんの心に響いた。

 先を読むな。

 説得しようなんて考えちゃ、だめだ。

 素直に、ただ想いを伝えればいい。

 それは、ユウさんにもオレにもできないことなんだよ。

 麻衣だけの特権だから

 ……いいな」

 

 

 

頷きながら、そっと榊課長の方へ身体を反転させる。

組んだ腕を緩めた榊課長は、向かい合ったところできゅっと抱きしめて。

はぁ、と。

深く息を吐いて、胸にすりすり。

榊課長の腰に手を回して、ぎゅうっと密着。

前はただ、どきどきしていたのに。

今はすごく安心できて……

何でもできちゃう気がする。

「明日、10時に迎えに来る。

 第2回定例会議だから、寝坊すんなよ」

頭をくしゃっと撫でて、にかっと笑う榊課長。

足立さんのお店で。会議という名のデート。

嬉しくなって、はいっ、と。返事。

「ん、いい返事」

榊課長はそう言って、ちゅっと軽いキス。

うまくいく、おまじないのように。

 

 

 

KISSの法則・待つ、想い

 

ゲートまで戻って、手を振って。

ゲートをロックした私を、榊課長はいつものように見送ってくれた。

素直に、素直に。

気負わない、先走らない。

説得しようと思っちゃだめ。

お兄ちゃんが大好きっていう素直な気持ちが伝われば、きっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせて。

……お兄ちゃんの帰りを待った。

 

 

 

心配させるといけないから。

23時を過ぎた時点で、榊課長にメールを送る。

〈お兄ちゃん、まだ帰ってきません。

 今日は顔を合わせづらいのかも。

 私も寝ます。

 おやすみなさい〉

榊課長からの〈了解〉メールを確認して。

ブランケットとクッションを3つ。

玄関ホールに持ち込んで、待機。

こっそり帰ってくるなんて、許さない。

それを知らずに眠っているなんて、できない。

ううん、ほんとはちがうの。

心配で、怖くて。

眠れない、だけ。

 

 

 

あの頃、を思い出す。

お父さんとお母さんが東京を離れて。

お兄ちゃんと二人きり。

お仕事が忙しいお兄ちゃんの帰りを待ってたっけ。

あの頃も。

こんなふうに、ブランケットにくるまって。

ただひたすら、玄関でお兄ちゃんの帰りを待っていた。

淋しくて、会いたくて。

“おかえり”って言いたくて。

今ならわかる。

ほんとは、こうやって待ってることがお兄ちゃんの妨げになってたって。

妹が待ってるから早く帰る、って図式ができてしまって。

無意識が、素直なキモチが、起こしていた弊害。

 

 

 

KISSの法則・悪あがきという名の希望

 

でも、今日は。

今日だけは、絶対に“おかえり”って言いたい。

もう大人だし、仕事の妨げにはならないはず。

そういえば……

とろとろした頭の中に浮かぶ過去の記憶。

あの頃、こうやって待ってると、必ず。

そう、必ず……

えぇと。なんだっけ。

気をつけなさい、って叱られたような。

ブランケットと玄関。

それとセットで甦るのは。

白い天井、見つめるお兄ちゃん、白衣の人。

 

 

 

「麻衣っ、麻衣っ!」

私の名を呼ぶ声。

頭が痛いんだってば。

そんなに大きな声、出さないで。

ゆるゆる覚醒する頭と、動かない身体。

そして、灼けるように痛む、喉。

ゆっくり瞼を開けると、待ち焦がれた人。

「おにい、ちゃんッ」

呼びかけたはずの声は喉に貼りついて、ちゃんと音になってくれない。

やっと会えたお兄ちゃんを離すまいと。

痛む関節に顔をしかめながら、渾身の力を振り絞って、抱きついた。

「麻衣。ひどい熱です。

 病院へ行きましょう」

だめ。伝えたいことがあるの。

首を振って、お兄ちゃんにしがみつく。

 

 

 

一瞬、お兄ちゃんはたじろいで。

だけど、すぐに私を優しく包む。

見上げると。

赤ちゃんをあやすような、優しい瞳。

今、伝えないと。

どこにも、行かないで

お兄ちゃんは悪くないのっ

加害者なんかじゃないんだよ

私を……みんなを、頼って

ひとりで苦しまないで

お願いだから、そばにいて

大切な、たった一人のお兄ちゃんなんだから

頭の中に浮かんだ言葉たち。

脈絡もなく、思いついたまま、ただ口にする。

 

 

 

叫んでいるつもりなのに、うわごとのような掠れた声しか出なくて。

もどかしくて、泣けてくる。

「わかっています。

 あなたの言葉は、ちゃんと届いていますよ」

優しくて温かい響きに安心する。

ぽろぽろ頬を転がる私の涙を拭って。

ちいさく息をついて、遠い瞳。

「また、泣かせてしまいましたね。

 守りたいのに。いつも麻衣に守られていて……

 本当に私は、未熟な兄です」

背中を優しくとんとん。

昔のように。

「安心して、麻衣。

 私はどこにも行きませんから」

ほんとに? 

届いたかどうかわからない、私の問い。

お兄ちゃんは、ゆったり微笑んで。

 

 

 

「私はどこへも行けないのです。

 どんなにあがいても、

 麻衣のためだと言い聞かせて、決意しても……

 なにを見ても、聞いても、すべてが麻衣に結びつく。

 意識を外に向けていても、心があなたを探す。

 麻衣が、わたしと世界をつなぐたった一つの寄る辺(よるべ)で。

 明るく温かく照らす、ともしびで」

慈しむように細められた瞳。

お兄ちゃん、と。

ぎゅうっと、しがみつく。

今更ですが、と。

お兄ちゃんは眉を下げて。

「悪あがき、というものをしてみたくなりました。

 麻衣と榊さんを見て。

 物言わぬ、ユウの優しさにふれて」

 

 

 

KISSの法則・ブラック伊織降臨

 

「……ですが、怒ってるんですよ」

柔和な笑みを浮かべたまま、険しい口調。

びくんっと、身体がこわばる。

「本当に、麻衣は進歩がない。

 あなたは扁桃腺が弱いんでしょう。

 何度、ここでこうやって待ち続けて、病院のお世話になりました?」

あ。はい。そう、でした。

ブランケットと玄関。

白い天井、見つめるお兄ちゃん、白衣の人。

行きつく先は……病院で点滴。

「車を呼びます。

 少しだけ待てますか?」

情けなく、なる。

「だから。私はあなたをひとりにはできないんでしょうね。

 手のかかる麻衣に、惜しみなく手をかけたいと願ってしまうから」

泣きべその私にウインク。

 

 

 

しばらくして戻ったお兄ちゃんの手には、1泊用のバッグと私の携帯電話。

「その声では、榊さんを心配させてしまいますからね。

 後で、私から榊さんに連絡をしても構いませんか?」

うん、と頷く。

必死で伝えたから、喉がひりひり。

もう、声を出せる状態じゃない。

浅はかさが招いた、自業自得。

「ご心配をかけたでしょうから、話もしたいですし。

 様子を見て、病院に来てもらってもいいでしょう?」

こくこく頷く私を見て。

なぜか妖艶な笑みを浮かべる、お兄ちゃん。

ブラック伊織降臨は、嬉しいような恐ろしいような……

 

 

 

「何も喋れない麻衣の前で、榊さんと噂話に興じたら。

 さぞかし面白そうですね」

いやっ、だめっ、と。

気持ちを込めてぶんぶん首を振る。

「あなたが熱を出すと、私はつい甘やかしてしまいましたから。

 玄関で待つと、酷い目に遭う、と。

 記憶にしっかり残るような、お仕置きが必要です」

思わず、なみだ目。

「熱のせいですか。目が真っ赤ですよ」

違うの、熱じゃなくて。泣いてるの。

「それでは、せっかくおさるさんから恋する乙女に昇格したのに。

 うさぎさんになってしまいますよ」

おさる、猫、仔犬、うさぎ……。

ひとり動物園。しかも地味すぎ。

象とかキリンとかライオンとか、派手な目玉がない。

 

 

 

KISSの法則・未来に託す思い

 

お兄ちゃんの携帯が音を立てて。

ええ、はい、と。短く応対。

「車が来たようです。

 抱っこしてあげますから、しっかり掴まって」

重いから、歩く、と。

首をふるふる振って、意思表示。

「いいから、言うことを聞きなさい。

 おそらく、これが最後の抱っこですよ」

静かに言い切る、口調。

すうっと冷える背中。

「私は段々年を取っていきますし、麻衣はぷくぷくしてくるでしょうし……」

んもぉ。

ぶつ真似をしたら真顔になって。

「兄孝行だと思って、あの頃に浸らせてください。

 小学生の麻衣と一緒に過ごした、あの頃に。

 あなたはもうだいぶ手がかからなくなって、正直つまらないのですから」

鼻がつんとして、涙がほろり。

 

 

 

そして、と。

お兄ちゃんは、にっこりと煌めく笑顔を浮かべて。

「私に、あがく勇気をください。

 今日を、俗世にしがみつく“きっかけ”にしたいのです」

よくわからない。

けど。

わからないなりに、頷いてみる。

俗世にしがみついてくれるなら、大歓迎だし。

「綺麗な散りざまを妄想して酔いしれていた、自分の愚かさを。

 麻衣に心配をかけて、熱を出させた反省を。

 21歳の妹を抱きかかえて病院に連れて行く、異様な姿を。

 そして、明日襲われるであろう腰の激痛を。

 すべて、強烈な記憶として残したい……

 私は、生まれ変わりたいのです」

ツッコめないのをいいことに。

ちらほら、失礼すぎる発言が織り交ぜられているけれど。

でも……嬉しい。

ちょっと微妙、だけど。

 

 

 

「ずっと、過去から目を背けて。

ただ自分を責めることでやり過ごしていました。

今は。

自分を正当化できる、確かな理由が欲しいのです」

そうだよ。

責められるのは、お兄ちゃんじゃない。

お兄ちゃんに、非はない。

「それに……ね」

お兄ちゃんは優しく見つめながら、私を抱きかかえて。

「今度は、麻衣の子供をこの手に抱いてみたいのです」

自分の未来ではなく、私の未来に託す思い。

哀しいけれど、それがお兄ちゃんの現実で。

お兄ちゃん自身の幸せを追い求めて、なんて。

無責任な綺麗ごとを、言葉にはできない。

 

 

 

KISSの法則・愛しい人

 

おとなしく抱っこされて外へ。

外気に触れて、ぶるっと体が震えた。

6月だから、もう明るくて。

「今、5時です」

お兄ちゃんのあごが動く。

「久しぶりに、かかりつけの医者に連絡をしました。

 《麻衣ちゃん、また熱か》と呆れていましたよ。

 彼の中で、麻衣は小学生のままでしょうからね。

 今の姿を見たら、びっくりされますよ」

きっと。それがあの白衣の人で。

“麻衣ちゃんは喉が弱いから”

“冷えると免疫力が低下して、ウイルスが繁殖しやすくなるんだよ”って。

“よく眠って。考え過ぎると身体に毒だから”って。

真夜中、よく言い聞かされたのに。

ここのところ、言いつけに背いてしまっていた。

ぼんやりトリップしていたら、急にお兄ちゃんの足が止まった。

不安になってそっと、目線を追う。

 

 

 

榊、課長っ。

声をあげようとして、喉の痛みを思い出す。

ゲートの外。

顔をしかめた私を、心配そうに見つめる瞳。

立ち止まったお兄ちゃんは、驚く私を見てゆっくりと歩を進める。

「おはようございます、榊さん」

お兄ちゃんは、榊課長の傍らで囁くように挨拶。

静かな朝は、普通の声でも響いちゃうから。

「ご心配をおかけしました。

 事情は車の中で」

タクシーの後部座席に3人で乗り込んだ。

 

 

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