のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第33話 真実の行方

 

お兄ちゃんが抱える"闇"と"罪"。
真実の行方は?

 

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第33話 真実の行方

 

KISSの法則・ヒミツの隠れ家バー

 

「ちょっと早いけど、お昼にしましょ。

 私の行きつけのお店でいい?

 ……いいわよね」

い、いいですけど。

榊課長を見上げたら、くすくす笑って頷いて。

「そこ、知り合いがやってるバーなの。

 開店は18時だから、今なら貸切状態。

 話をしたら、お昼も作ってくれるって……

 なにより。ゆっくり話ができるでしょ?」

緊張が胸に迫る。

お買い物は口実で。

本当の目的は、それ。

 

 

 

移動の車中は、しんと静まって。

デパートへ向かうときとは大違い。

降りたのは銀座。

ユウさんにいざなわれるまま、【J】という名前のバーに到着した。

小さな扉にかかる【CLOSE】のプレート。

この扉を開いたら、もう後戻りはできない。

こくり、と。喉が鳴る。

背中に感じる温もりに、榊課長を見上げたら。

緊張をほぐすように、にっこり笑って。

「大丈夫、オレがいる」って囁いてくれた。

その笑顔に勇気をもらって。

ユウさんに続いて、一歩踏み出す。

 

 

 

小さな扉からは想像できないほどの奥行きに、思わずため息がもれる。

ゆっくりと、階段のように下がる造りで。

広く取られたそれぞれの段に、ゆったり取られたテーブル席。

降り切った位置に、カウンター。

つやつや光る飴色の内装と、温かみのあるおちついた灯り。

「こんにちは」

ユウさんが、カウンターの中の男性に声を掛ける。

このお店にぴったり合った、渋くて温かい感じのひと。

多分、ここのマスター。

笑顔で言葉を交わして、私たちを紹介するそぶりが見て取れたから。

一歩近づいて、お辞儀をした。

「こんにちは。

 僕はジンといいます。

 ユウから事情は聞いていますから。

 遠慮せずに、ごゆっくりどうぞ」

 

 

 

「榊拓真です。こっちは立花麻衣。

 ご無理を申し上げて、すみません」

「よろしくおねがいします」

榊課長に並んで、ごあいさつ。

「お昼はカルボナーラのつもりだけど、苦手じゃない?」

私に問う、ジンさん。

「わ。大好きですっ」と、答えたら。

おかしそうにくすくす笑って。

「素直でいいね」と、にっこり笑顔。

また、コドモっぽいことしちゃった。

 

 

 

KISSの法則・被害者と加害者

 

「麻衣ちゃん、榊さん。こっちへ」

カウンターに近いテーブル席。

ピッチャーとグラスの乗ったトレイを片手に、ユウさんが手招き。

「あ。私、やります」

レモンの薄切りと氷水の入ったピッチャーを受け取って、グラスに注ぎ。

揃ってひと口飲んで、ふう、と息をつく。

「で? どこから話しましょうか?」

えっと。

「イオからは何も口止めされてないの。

 『訊かれたことについて、知っていることをありのまま答えてください』って」

訊きたいのは、お兄ちゃんのいう“罪”について。

でも、怖い。

「単刀直入に言えば……」

怯える私の代わりに口を開く、榊課長。

「中学時代の伊織さんになにがあったのか、ということです」

小さくふるえる私の手をひきよせて、そっと握ってくれた。

 

 

 

「逆に訊いてもいい?

 イオはそのことについて、なんて言ってたの?」

ユウさんは、榊課長に問う。

「中学生の頃、全寮制の学校への転校を余儀なくされたこと。

 時代背景のせいだということはわかっていたけれど、追いやられたようで淋しくて。

 そんな時、麻衣が産まれることを知って、気持ちが荒れた、と」

「ええ、その通りよ。

 だけどね、麻衣ちゃんは自分を責めちゃだめ。

 イオの気持ちは、わかってあげて?」

ユウさんの温かい瞳に、ほっとして。

はい、と頷く。

 

 

 

「気持ちが荒れた伊織さんは……その」

口ごもる、榊課長。

「伊織さんの言葉通りにお伝えします。

 『口に出すことも憚(はばか)られるほどの、大罪(たいざい)を犯した』と」

えっ!? 

ユウさんが大きな声を上げた。

「ちょっと、待って……。

 イオがそう言ったの?

 『罪を犯した』って?」

ええ、と。二人で肯定する。

そこまで聞いているとは、思わなかったのかな。

本来なら。

結婚が決まった時点で、榊課長だけに話すつもりだったって。

あの時は、しつこく食い下がる私に警告する意味で、仕方なく話してくれただけ。

 

 

 

「つまり。それって。

 イオが“加害者”ってこと?」

榊課長と、顔を見合わせる。

ユウさんが驚いているのは。

もしかして。

お兄ちゃんが“加害者”だということに対して?

頷く私たちに、ユウさんは目を丸くして。

「そんなはずないわ。

 きっと誤解か、聞き間違いよ」

どうして?

当時からずっとそばにいたユウさんと、お兄ちゃんの見解が違うなんて。

どっちが……真実?

「ほんと、です。

 お兄ちゃんは、その後も私に訊いたんです。

 『犯罪者の私が怖くありませんか?』って」

 

 

 

KISSの法則・兄の横顔

 

「ばか、伊織ッ」

吐き捨てるように呟いて、頭を抱えるユウさん。

そこに、カルボナーラがやってきた。

なんていうタイミング。

そして。

こんな時に、ぐぅぅぅうと鳴る、私のおなか。

ごまかしようがないくらい盛大な音で。

「すみません。緊迫感がなくて……」

縮こまる私に、ジンさんは笑顔で。

「素直でいいさ。

 腕によりをかけたかいがある」

優しい瞳に、笑顔がこぼれた。

「ちょうど話も行き詰っているようだし。

 おなかに入れると、違った角度でものが見えてくるだろうから。

 温かいうちにどうぞ」

 

 

 

「そうね、腹が減っては……っていうし」

フォークを手にするユウさん。

「お飲み物は、なんにしますか?」

ジンさんの言葉に、ユウさんが小さく手を挙げる。

「あ。私、アイスカモミールティー」

そして、私にウインク。

カモミールティー、お薦めよ」

嬉しくなって、「私も」とジンさんに言ったら。

「女の子は、ホットがいいよ」

優しいアドバイスをありがたく受け取って。

「はい、じゃあホットでお願いします」

 

 

 

「ユウもホットにするぅ~」

ユウさんは高い声で甘えて。

「ユウ。そんな声で言ってもだめだよ。

 元は暑がりのおじさんだってこと、忘れてるだろう。

 汗をかいたらメイクが溶けて……どうなるんだい?」

ジンさんの言葉に耳を押さえる、ユウさん。

「いやぁん。ジンさんのいじわる。

 妖怪みたいになっちゃうなんて、ユウ、言えな~い」

……言ってますけど。

唖然とする私を見て、くっくっ、と笑いをもらす榊課長。

 

 

 

「榊さんは?」

ジンさんに訊かれて。

ちらっとこちらを見た榊課長は、困った顔。

「脳が糖分を欲してるんでしょ? 

 この後、いっぱい考えなきゃいけないし」

助け舟を出す。私って優しい。

「……アイスココア、で」

はずかしがらなくてもいいと思うんだけど。

ふふっ、と。優しく微笑むユウさん。

「イオが言ってたの。

 『麻衣ちゃんと榊さんを見ていると和みます』って。

 『恋というものは、さほど悪くありませんね』なんて。

 婚約パーティーに行っても、陰で毒を吐くあのイオがね……」

毒、ですか? と。訊いてみる。

 

 

 

お兄ちゃんが毒舌っていうのが信じられない。

私のことはからかうけれど、毒っぽくはなくて。

皮肉でも嫌味でもなく、ほんとに楽しそう。

そこがムカつくんだけど。

『偽物の笑顔』は、まだいい方よ。

 『七光りと整形』とか、『資産目当て』とか。

 『もって1年でしょう』なんて。

 ちょっと離れた場所で、平気な顔して言うのよ。

 口調が優しいだけに、鳥肌が立つの」

まぁ、お兄ちゃんてば。

なんてシニカルなんでしょう。

 

 

 

KISSの法則・兄の覚悟

 

赤身のベーコンと、黒胡椒がたっぷりのカルボナーラをいただいて。

食後のドリンクを前に、ユウさんが口を開く。

「中学時代の、あの事件の話ね。

 実は……私たちの間では一度も話題に上ったことはないの」

親しい間柄でも避ける話題なんだ。

「そう、なんですか」

重く呟く。

「イオの気持ちはわからない。

 けど、私はね。

 忘れた方がいいと思ったから。

 でも、イオは一度だって忘れたことはなかったのね。

 ずっと苦しんで。

 加害者だって自分を責めて」

知るのが怖い。

だけど、もしも、加害者だと思い込んでいるだけなら……

道は開ける、かも。

「私はイオが被害者だと思ってる。

 ううん。思ってるんじゃなくて、実際被害者なの。

 こんなことなら、避けたりしないで。

 ちゃんと、イオと話せばよかった」

 

 

 

「麻衣ちゃん」

ユウさんは真剣な瞳で私を見つめた。

「イオは最近、急に変わったわ。

 そう、思わない?」

漠然とした不安のシルエットが、急に鮮明になる。

「そうです。

 お仕事に没頭するようになりました。

 帰りも前よりもずっと遅いし、お休みもありません」

夕食だって、家でとらないって言い出して。

だだをこねてやっと、お夜食って形にしたもらったくらい。

明らかに前とは違うスタンスで。

私を遠ざけているのかも、と焦ったり。

変わらない笑顔に安堵したり。

見え隠れするお兄ちゃんの心に一喜一憂して……

でも、答えを見つけてしまうのが怖くて、目を逸らしていた。

 

 

 

「……私。怖いんです。

 お兄ちゃん、お仕事の整理をつけて……

 どこかへっ、行っちゃう、んじゃないかって」

急に、涙がこみ上げる。

前触れもなく襲った不安に、なす術もなく翻弄されて。

「私もそう思ったの。

 今日、あなたたちの話を聞いて、確信に変わった。

 イオは、罪を償うために……

 なにもかも手放そうとしているんじゃないかって」

なにも、かも?

仕事も、家族も……

お兄ちゃん、自身も。

そこに思考が至って、血の気が引く。

そう。

今のお兄ちゃんは……生き急いでいるように見えて、死に急いでいる。

仕事に夢中になっているんじゃない。

身の回りの整理をつけて、死を選ぼうとしている。

 

 

 

「あの事件の直後から、そう思いつめていたはずよ。

 だけど……」

ユウさんは私に視線を合わせて。

「麻衣ちゃんが、それを思いとどまらせた」

赤ちゃんだった私が。

麻衣、と呼ぶお兄ちゃんの声で嬉しそうに振り向く私。

あの写真の笑顔で。

「口を開けば、麻衣ちゃんの話。

 『麻衣のために』っていうのが口癖で。

 だけど、見返りを求めるわけでもなく」

そう、ずっと。

少し離れたところから温かく見守ってくれて。

どんな小さな悩みも、お兄ちゃんが一番に気づいて、手を差し伸べてくれた。

陰となり、日向となって。

 

 

 

『私を一人にできない、と。麻衣が言ってくれたんですよ』って。

 電話口で嬉しそうに。

 あの時、イオの声はふるえてて。

 きっと。嬉しくて、泣いてたの」

お父さんとお母さんが東京を離れると言ったとき。

お兄ちゃんは、小さくて非力な私の言葉をばかにすることなく。

人知れず、涙してくれた。

『麻衣が急に女の子らしくなったんです』って戸惑って。

 『私は卑怯な人間です』って、何度も懺悔してたの。

 ちょっとだけ度のすぎたシスコンだと思って、笑って受け流した。

 ……あの時、もっと踏み込んでいれば」

いてもたってもいられなくて。

思わず、立ち上がる。

 

 

 

「麻衣」

愛しいカレの声。

立ち上がった私を、後ろからぎゅっとハグ。

「大丈夫。

 伊織さんは、麻衣の結婚を見届けるまで、どこにもいかない。

 それまでに伊織さんの気持ちを変えるんだ。

 伊織さんを想う、全員で」

榊課長の言葉は私の震えを温かく包んでくれる。

「そうよ、麻衣ちゃん」

ユウさんの穏やかな声に波立った心を鎮めて。

「イオはね。

 男性恐怖症に育った麻衣ちゃんを見て、自分のエゴが招いた罪を嘆いた。

 だけど。それと同時に、安堵して。

 一生麻衣ちゃんと歩むって。

 結婚しない麻衣ちゃんを世間から守る覚悟も、決めてたの」

 

 

 

「そこに、榊さんが現れた。

 あ。違うの、責めてるんじゃないわよ」

慌てるユウさんに、榊課長は頷いて。

「だって。

 イオの考えは健全じゃないもの。

 歪んでて。

 いつか、きっとひずみが出る」

視線を遠くにやって、ふぅ、とため息。

「榊さんの出現で、イオの心に波紋が生まれたの。

 ああいう性格だから、色んなトラップを用意して。

 麻衣ちゃんが連れてくる男を撃退しようと企んでたはずよ。

 それが……」

ユウさんは、まじまじと榊課長を見て。

「初めて榊さんに会った翌日。

 『完敗でした』って、イオは淋しそうに笑ったの……」

 

 

 

「あのイオをして、『完敗』と言わしめるなんて。

 どんなひとだろう、って興味津々で」

静寂な時が、すこし流れる。

ユウさんのアイスカモミールティーのグラスの氷がカランと涼やかな音を立てて。

「今日、会ってよくわかったの。

 イオは、榊さんだけを見て完敗だと思ったんじゃないって。

 榊さんと麻衣ちゃんを見て、“自分の役目は終わった”って悟ったのよ」

「そんなっ……」

思わず息がもれる。

「今は多分、麻衣ちゃんを託すことだけを考えて。

 最善の結末を模索してるはず。

 榊さんの言う通り、どうにかして止めなくちゃ」

 

 

 

「榊さんと会ってから、イオは考え込む時間が長くなった。

 『これが、空の巣症候群というものなんですね』って。

 力なく笑って、ふさぎ込んで」

空の巣、症候群。

子供が巣立ったあと、育ててきた親の心が空虚になってしまうっていう心の病。

愛情をかけ、自分を後回しにした人ほど、重度で。

子供が巣立つ前に“生きがい”を見つけましょうって、言われてる。

お兄ちゃんの“生きがい”って?

それ以前に……

お兄ちゃんの趣味ってなんだろう。

私のことばかり考えて、お兄ちゃんはずっと自分自身を疎かにしていた。

 

 

 

「今回のことも、結末に向けての布石よ。

 私が知ってることを、麻衣ちゃんに聞かせて。

 麻衣ちゃんが、自ら距離を置くことを望んでる。

 ……そうやって、諦めようとしてるの。

 ねぇ、榊さん。どうしたらいいっ?」

ユウさんの悲痛な声。

「麻衣ちゃんに話していいの……?

 大好きなお兄ちゃんだからこそ。

 男性不信気味に育てられたからこそ。

 麻衣ちゃんは受け入れられない、でしょ」

 

 

 

KISSの法則・妹の決意

 

「ユウさん」

私は静かに呼びかける。

「私、逃げません。

 諦めたりもしません。

 お兄ちゃんの抱える闇から、絶対目を逸らさない。

 そして。

 榊課長と一緒に描く未来も、手に入れます。

 だって。

 恋すると、欲張りになるんですもん」

榊課長に恋してるって確信した、あの時。

自分自身に誓ったはず。

逃げない、諦めないって。

そして、決意した。

変えなきゃ、始まらない。

変わらなきゃ、進めない。って。

 

 

 

誇らしげに目を細める、榊課長。

口をあんぐり開ける、ユウさん。

そんなユウさんをちらっと見て、榊課長は苦笑い。

「ユウさん。

 オレの麻衣は“おっとり、のんびり”に見えて、芯が強いんです。

 自分の身は自分で守る。

 自分の気持ちに素直になる。

 そして。自分を信じて、曲げない。

 ぜんぶ、伊織さんの育て方の賜(たまもの)です。

 ……だからこそ!」

榊課長は語気を強めて。

「伊織さんを失うわけにはいかないんです」

はらはらと涙をこぼす、ユウさん。

「麻衣は、オレが支えますから。

 遠慮しないで、話してください」

 

 

 

「あのね。ユウさん。

 私、なんとなくわかってるんです」

漠然と抱いていた不安を、言葉にする。

ずっと、避けて。

目を逸らしていたこと。

「お兄ちゃんは、私が物心ついたころから……

 男性との距離感を、しつこいくらい注意してきました。

 いつもは温和に諭すのに、その時は別人のように厳しい顔で。

 たぶん……」

口にしてから次の言葉の前に、深呼吸。

「女の人にひどいことをしてしまったんでしょう?

 その罪悪感から、女の人が苦手になってしまった。

 どうして罪悪感が、“忌み嫌う”感情に変わってしまったのかはわからないけれど……」

「それだ!」 

榊課長が大きな声で反応する。

 

 

 

「ユウさん。

 起こった事実を話す前に、聞かせてください。

 ユウさんはなぜ、伊織さんが被害者だと思うんです?」

確かに、榊課長の言う通り。

ずっとそこが引っ掛かってて。

“罪悪感”は加害者だから。

でも。

“忌み嫌う”のは……なにか、わけがあるはず。

「本来なら、事実ありきですが。

 今回はそこを突破口にすべきでしょう。

 なぜ、伊織さんは自分を“加害者”だと思い。

 逆に、ユウさんは伊織さんを“被害者”だと思うのか」

ユウさんは遠くを見つめて口を開いた。

「……そうね。

 私の憶測だと言われれば、それまで。

 何の証拠もない。

 だけど、突き詰めて考えていけば、つじつまが合うのよ」

 

 

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