【ヒミツの時間】 KISSの法則 第45話 マリッジ…ピンク
KISSの法則・過充電
10月の結婚が見えてきて。
憎しみの果ての、和解も果たし。
苦行から解かれた拓真さんは、朝とは大違い。
あんなに、“よるな、さわるな、ちかよるな”的なオーラを出していたのに。
帰り道。
公園に強制連行されて、ハグとキス。
正直に言えば、朝みたいに距離を置かれるのは淋しくて。
だけど、あまりの豹変ぶりに言葉を失う。
それでも、今日はプロポーズをされた記念の日だし。
びっくりしながら思う存分、甘えたりして……
「もうちょっと」って、何度も言う拓真さん。
「過充電は、バッテリー、を……劣化させ、るんですって」
意識朦朧になりかけながら、息を切らして忠告してるのに。
「残念でした。
オレのバッテリーの容量、なめるなよ。
過充電なんて起こりえない」
もう! ああ言えば、こう言う。
全然、敵わないんだもん。
やっとのことで暗くなり始めた公園を後にして。
ゲートの前。
「結婚のことを報告したいんだけど。
伊織さん、帰ってる?」
その気持ちが嬉しくて。
ガレージを一緒に覗いたけれど、まだ帰宅していなかった。
「多分、遅くなると思う。パーティーかもしれないし……
私から報告します。
土曜日はお兄ちゃんも一緒にいてもらうから」
「そっか、わかった」とゲートまで歩く拓真さん。
「明日から仕事だけど、嬉しすぎてにやにやしちゃいそう。
やばいな。
ウォーム・イベントのほうも煮詰めていく段階なのに」
嘘ばっかり。
百戦錬磨、企画の榊は、仕事に手を抜かない。
絶対に、私とのことで腑抜けたりしないでしょ。
お互いに高め合う存在でありたいもん。
「そういう時は、滝行が効くそうですよ。
“……榊課長”」
わざといじわるを言って、わかっていますよアピール。
「明日からも、よろしくな。
“立花チーフ”」
拓真さんは、嬉しそうに私の頭を撫でた。
KISSの法則・想い合う、ということ
リビングで、すぐにお母さんに電話した。
「急だけど、来週の土曜日に結婚のご挨拶がしたいって。
……いい?」
ほんとに急だから、おずおず切り出したのに。
〈うん、大丈夫よ。来週の土曜日ね。
じゃあ金曜日には、そっちに着くから。
伊織に東京駅まで迎えに来てって伝えてくれる?
時間は、直接伊織と打ち合わせるから〉
あっさり、OKの返事。
2時間後。
帰ってきたお兄ちゃんに、お迎えの件を伝えたら。
「わかりました」と、にっこり微笑んで頷く。
その穏やかな笑顔に、拓真さんとの会話が浮かぶ。
「あのね。お兄ちゃん」
夕食の後。
お兄ちゃんのお土産のレモンゼリーをいただきながら、切り出す。
「結婚の時期、なんだけど……」
「ええ」と変わらない穏やかな表情。
「10月にね、親族だけで挙式と、入籍をして。
それで……
一緒に暮らすっていう話になったの」
少し驚いた顔で、沈黙するお兄ちゃん。
あと3か月なんて、急すぎるかな?
3つの条件をクリアしてると思ってるのは、私たちだけかも。
「おめでとう。麻衣」
祝福の言葉と、満面の笑み。
「ゼリーではなくて、お祝いのケーキを買ってくればよかったですね」
さっきの沈黙と残念そうな視線は……ゼリーに対して、だったみたい。
心もち、きらきらが褪せたような気がして、ゼリーに申し訳ない。
「レモンゼリー美味しいよ。
ちょうど、食べたかったの」
いたたまれなくなって。なぜか一生懸命レモンゼリーを擁護。
「ひとつ、聞いてもいい?」
今日ずっと、気になっていたこと。
「なんですか?」
お兄ちゃんは微笑んで。
「前にお兄ちゃんが言ってた、3つの条件はクリアでいいの?
まだ……全部、解決してないよね」
「あれは……」
お兄ちゃんは少し言葉に詰まって。
「あれは“私自身”の問題です。
麻衣と榊さんに背負わせたりしませんよ」
「なんといっても」
意味ありげな目配せ。
「あなたたちを見ていると、本当に心が洗われるようで。
二人を応援したくなるんです。
麻衣を車で送るのも、両親に結婚の根回しをしたのも、そういう気持ちからですよ。
それに、これはほんの少しだけですけどね」
お兄ちゃんは前置きをして。
「想い合う、ということは……
得がたくて素晴らしいことなんだ、と。わかった気がします。
ユウが、片恋の女性を想い続ける気持ちも少しだけわかるような……ね」
ゆっくり噛みしめるように言葉にするお兄ちゃん。
黒い闇に喰われてしまいそうな鬼気迫る表情で打ち明けたあの日。
あの頃から少しずつよい方向に変化している気がして、心が凪いだ。
KISSの法則・続くヒミツ
月曜日。
出社するなり、香里さんに掴まって指導室へ。
なにかミスしちゃったかも……
緊張が走る。
「“入籍を早める”って、司がうるさいの。
榊が噛んでると思うんだけど……
なんで?」
あ。
なんで? って、訊かれても。
どうしよう、言ってもいいかな。
でも、直属の上司、結婚の先輩として相談もしたいし。
「あの。まだ決まりではないんですが……」
私たちの新タスクを、こそっと打ち明ける。
「麻衣は、それでいいの?」
それでいいの、って?
「私というより。
香里さんに失礼なんじゃないかなって、心配なんです。
榊課長は自分のことしか考えてなくて。
いろいろ、ご予定があるんじゃないですか?」
「いいのよ、そんなの」と手を横に振る香里さん。
「結婚はね、儀式とか日取りじゃなくて、その後の生活が大切なんだから。
だからこそ心配なのよ、麻衣が」
えっと。
おっちょこちょいで、どんくさいから?
発想が突拍子もないから?
「披露宴は来年の春以降までお預けってことでしょ?
それって、社内ではヒミツってことよ。
……苦しくない?」
「ああ。そっちですか!」
嬉しそうな声を出したから、香里さんは怪訝な顔をして。
「ま~た、わけわかんない妄想してたでしょ」と軽く睨む。
肩をすくめて、笑うしかない。
「ヒミツは……苦しいかもしれないですけど。
今とあまり変わらないから、実感がなくて」
……それに」
ちょっと照れながら白状する。
「榊課長がそばにいてくれるし……
香里さんをはじめ、知っていてほしい方には伝えていますし。
だから、大丈夫です」
少しだけ頬を染めた香里さんは、優しく私の手を取って。
「麻衣のそういうところ、すごいって思うの。
どんなことでも、文句を言うんじゃなくて楽しんじゃう。
発想の転換っていうか、与えられた環境の中で工夫する。
こうやったら早くできるかもって、前向きな楽しみを見つけて。
仕事も、お掃除当番も、そうでしょ?」
「うーん」と、唸りながら首をかしげる。
楽しみを見つけてるわけじゃなくて、実際楽しいし。
それは周りの方々に助けられているから、だと思う。
「わかってやってるわけじゃないから、気づいてないのも当然だけど。
麻衣が入社して、シンジョの雰囲気が劇的に変わったのよ。
だからね、シンジョから手放したくなかったの」
必要とされることが、嬉しい。
「あたしは麻衣の上司だけど、ずっと麻衣の味方よ。
どんなことがあってもね。
だから。
困ったら、遠慮しないで何でも相談して」
ほら。
こうやって、周りの方に支えられて助けられている。
「はい」と幸せいっぱいの笑顔で頷いた。
KISSの法則・花より団子
水曜日。
いつものダイニングバーに4人で集まる。
そうそう、香里さんに訊きたいことがあったの。
「香里さん。
社長と食事会に行ったって、ほんとですか?」
わくわくする私をちらりと見た香里さんは、はぁぁ、と大きなため息。
「社長だけじゃないの。取締役ほぼ全員と。
まぁね。課長同士だし。
そういうものなのかもしれないけど」
あ、じゃあ、私は大丈夫。
ただのチーフ、課長じゃないもん。
「もしかして安心してるの?
ばかね、麻衣。
あんたも同じに決まってるでしょ」
そう、なんですか。
「あ、じゃあ」と。
懲りずに、わくわくする質問、その2。
「拓真さんから聞いたんですけど、すっごいとこでお食事したって。
なに食べたんですか?
美味しかったですか?」
「え~。なんでそんな目を輝かせてんの?」
私の質問に香里さんはうんざり気味に呟いて。
「なんだっけ。高級懐石だったような……
緊張しすぎて、味なんか覚えてないわよ」
それは、もったいない。
「麻衣ちゃんて、食いしん坊なの?」
拓真さんに訊く、高橋課長。
「食いしん坊なんて可愛いもんじゃないんだよ。
“花より団子”、“色気より食い気”ってやつ」
あっ、なにそれ。
聞き捨てならない!
「オレがプロポーズしたすぐ後に、パスタを“うまい、うまい”ってばくばく食っただろ?」
むぅ。そんな……
「“うまい”なんて言ってないし、ばくばく食ったりしてないです。
“美味しい”って言って、もぐもぐ食べたんですっ」
むきになって反論したら、3人から失笑を買って。
「結局、食いしん坊なんでしょ」
香里さんに笑顔でたしなめられた。
KISSの法則・父の前世
金曜日。
東京に帰ってきたお父さんとお母さん。
東京駅に迎えに行ったお兄ちゃんは、家に二人を送り届けるとまた仕事へ。
本当に忙しいのか、結婚をせっつかれる火の粉を避けるための策なのかは、わからないけれど。
「はい、お土産」
中身は知ってる。
食べられないものだもん。
北海道って美味しいものがいっぱいなのに……
お父さんってば、いつも自分の好きなものだけ買ってくるの。
「また、熊の置物でしょ?」
「よくわかったな、麻衣~」
嬉しそうに私の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる、お父さん。
……毎年の恒例行事だもん、わかるよ。
定番の鮭を口にしているリアルなコ、
鮭を抱えて若干喜んでいるように見えるコ、
鮭に噛みつかれてびっくりしてるコ、
顔がメロンで歯をむき出してるコ。
お父さんの書斎の棚には、ずらーっと並んでいて。
お掃除に行くのがちょっと怖いほど。
「前世は熊だったんだよ……」
切なそうに言うのも、毎年のこと。
KISSの法則・毒舌は遺伝?
お父さんは、熊と一緒に寝たいらしく書斎のベッドへ。
私は、お母さんと一緒に客間で眠ることに。
「麻衣が結婚なんてね。
ほんと、信じられない。
あんなに小さくて、子供っぽかったのに。
こんなに大人っぽく……?
えっと、大人っぽくはないわね。
う~ん、やっぱりまだ子供っぽいわ」
もう。なによ。
お母さんとお兄ちゃんって、私をいじめるところがそっくり。
あ。拓真さんも、だ。
……明日、不安かも。
お母さん、お兄ちゃん、拓真さんの3人にからかわれて、むくれる私。
“よしよし~”って慰める、前世が熊のお父さん。
展開が鮮やかに目に浮かぶ。
「結婚式はチャペル? 神社?」
まだ、何も決めてない。
そこまで気持ちが追いつかなくて。
日曜日のユウさんとのことが終わらないと、落ち着かない。
「まだ、決めてないの。
どっちがいいと思う?」
訊ねてから……後悔した。
だけど、もう遅い。
「そうね。
麻衣は凹凸がないから身体は和装向きなんだけど……」
ぐさっ。
お兄ちゃんはからかってるから、怒れるけど……
お母さんは本気で言ってるから、怒れない。
ほんとのこと、だから。
「でもほら、顔立ちがね。
瞳が茶色くて、髪もダークブラウンだから。
ドレスがしっくりくるのよね。
でも、身体がね。
おこちゃまだから」
ぐさ、ぐさっ!
ため息まじりで何回も言うことないじゃん。
「伊織も家では着物だけど、ぱっと見、日本に憧れるハーフよね。
まぁ、それはそれでいいのかも」
お兄ちゃんも私と同じ、茶色の瞳にダークブラウンの髪だから。
「どっちでもいいのよ。
麻衣と、お相手の榊さんが決めれば、それでいいの。
自慢じゃないけど。う~ん、ちょっと自慢だけど。
私に似て、麻衣はなに着ても可愛らしいし。
お胸は、ちょっと、じゃダメね……
目いっぱい詰めて盛っておけばいいでしょ」
そうだ、ユウさんにコツを訊いちゃお、って。
そうじゃ、なくて!
「身体に凹凸がないのは、誰に似たの?」
お母さんだって、お胸、ないくせに。
遺伝だもん、そんなの。
「やーね、きまってるでしょ。
……お父さんよ」
ちょっと!
お父さんって、男の人じゃん。
KISSの法則・和やかな孤立無援
土曜日。
拓真さんが両親に会ってくれる日。
お兄ちゃんも、お休みを取ってくれた。
10時きっかりにチャイムが鳴って。
インターフォンも噛まずに対応できた。
ゲートまでお迎えに行って、死角で充電。
ここまでは、順調。
玄関で紹介をして。
リビングで、結婚のご挨拶。
「お嬢さんと結婚させてください」
拓真さんが爽やかに頭を下げて。
私も半歩後ろで、頭を下げる。
「はい、喜んで。
こちらこそよろしくお願いします」
居酒屋さんみたいに返す両親。
なんていうか……あっけないほど和やかな雰囲気。
許さ~ん、とか。
一発、キミを殴らせろ、とか。
期待してたわけじゃないけど、なにもなく。
10月の挙式、入籍、新生活の流れも。
事前に話していたから、快く承諾してもらえて。
和やかな歓談タイム。
ほとんどが私の悪口で。
お母さんの心ないひとことに、お兄ちゃんが油を注ぐ。
燃え上がった炎に、拓真さんは嬉しそうに笑って。
「まぁまぁ、それぐらいに」なんて。
前世が熊のくせに、お父さんは弱々しくなだめるだけ。
……孤立無援。