のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第17話 フリータイムの告白

 

「オンナが苦手な理由、家族の話。
関係なさそうだけど、この2つはリンクしてる」
カレの言葉に戦々恐々

 

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第17話 フリータイムの告白

 

KISSの法則・ランチの儀式

 

今日はちょっと暑いな、と。

おいしそうなランチをテーブルに並べながら、日の射す外を見て呟く、足立さん。

「立花さん。

 サービスでアイスつけてあげる。

 なにがいい?」

「抹茶! ……あり、ますか?」

嬉しくて大声で答えた私に、プッと吹き出す榊課長。

「抹茶って、言うと思った。

 ここにないなら、オレが買ってやるぞ」

ある、と。足立さんは憮然とした表情で。

「うちのヤツも抹茶アイスに目がないから、常時ストックしてる。

 でも、あれ、けっこうグロいだろ、色が」

うん、まぁ。

でも、美味しいもん。

 

 

 

「キスするとき、ちょっと萎える。

 さっき、あのグロい色の食ってたな、って」

予期しない、足立さんの爆弾発言に固まった。

にやりと笑う、榊課長。

「そういう話題は、麻衣にはまだ……

 ちょっと、な」

榊課長のフォローに、足立さんは眉をひそめる。

いたたまれなくなって、乾いた笑いがこぼれた。

「拓真。

 ……そりゃ、まずいんじゃないか」

てっきり、からかっているんだと思ったのに。

足立さんの渋い表情。

榊課長も口を閉ざして。

そんなに“まずい”ことなの、と。

泣きそうになる。

 

 

 

「俺の言いたいことは、わかるよな」

私の顔を見た足立さんが、とりなすように言葉を発する。

「あぁ、わかってる」

ぶっきらぼうに返す榊課長。

なにか、ある。

胸がぎゅうっと押しつぶされそう。

「そんな不安そうな顔するな。

 ちゃんと話すから」

伸ばした手で、私の髪をわしゃわしゃにして。

「飯は笑顔で食べようぜ」

私の不安を吹き飛ばそうとする、榊課長。

でも、その笑顔はぎこちない。

 

 

 

いただきます。

手を合わせて、しばし無言でもぐもぐ。

「ホットサンド、食べるだろ?」

「はいっ」

笑顔で頷いたら……ちょっとだけ空気がほぐれた。

「んじゃ。交換条件。

 ホットケーキくれ、そのシロップが染みたとこ」

左手の人差し指をくいっと動かして。

さっきのココアといい。

やっぱり、甘いもの好きなんだ。

にまにまが抑えきれない。

ナイフで切って、刺したフォークの柄を榊課長に渡そうとすると。

開けた口を指差して、待っている。

……まさか。これは。

 

 

 

「ひなどり、ですか?」

は? と。動きが止まる榊課長。

「いや、まぁな。

 それを食べさせるって意味では同じだけど。

 オレは、ひなどりの真似してるんじゃないぞ」

でも、似てるし。

ひなが開けた口の菱形を見ると、親鳥は反射行動として餌をあげるんだもん。

「これは、“あーん”っていう、恋人になった記念の伝統的な儀式」

伝統的な、儀式? 

おい、と低い声。

「客がいないからって好き放題すんな、拓真。

 キモいぞ」

遠くから腕組みをして睨みを利かす、足立さん。

 

 

 

「そういえば、お客さんいないですね」

口を開けたままの榊課長の手に、フォークをそっと握らせて呟く。

「なんだよ、おい。

 オレ、バカみたいじゃねぇか」

だって、と。口ごもる。

「マスター、睨んでますもん。

 その儀式は、人に見られてはいけませんっていう意味でしょ?」

「違―う」

異議を唱えながら、榊課長はぱくりとホットケーキを食べて。

「見られたら、少しだけはずかしいって程度のこと」

それってやっぱり、儀式じゃないじゃん。

 

 

 

それは、その。

人目もはばからずに過剰な仲の良さを見せつける男女……

いわゆる、バカップルさんたちがやってるアレでしょ?

あぶない。

榊課長のキャラじゃないから、うっかり儀式かと思いこんじゃうところだった。

「マスターに見られても、はずかしくないんですか?」

あぁ、と。トーンを下げる榊課長。

「あの人には、もっとみっともないトコ見られてるから、平気」

もっと、みっともないところ。

たとえば、それは。

“カタワレ”とか、“まずい”に関係すること、なのかな?

 

 

 

KISSの法則・秘密のアジト

 

「そうだ」

思い出したように榊課長は呟いて。

「大事なこと言い忘れてた。

 いいか。

 ここには誰も連れてくるなよ」

「隠れ家だから、ですか?」

お気に入りの場所は、人に知られたくないものだから。

それもあるけど、と。

榊課長は声をひそめて。

「ここな、普通の客は入れない。

 看板も出してないし、見た目もそれらしくないだろ。

 昔、喫茶店だったとこを買い取ってるから、中はこんなだけどな」

だから、日曜のお昼なのにお客さんがいないんだ。

 

 

 

「第一、こんな閑古鳥が鳴いてたんじゃ、あの人クビだぜ?

 なんか、……ワケアリらしい」

え? と。顔を上げる。

「詮索するのは趣味じゃないから、訊いたこともないけど。

 ヤバいことじゃないはずだから、心配するな」

ワケアリ……

だから、足立さんって名前で呼んじゃいけないのかな。

 

 

 

「榊課長も“ワケアリ”だから、ここに来るんですか?」

ぁあ? と返されて、ひきつり笑い。

「ご飯は笑顔で食べましょう、ね」

私の言葉を鼻で笑って。

「オレはあの人とは昔なじみで、偶然会ったんだよ。

 ま、近所だからな。

 そんで、暇なら来ていいぞって許可を貰ってるんだ。

 別にワケアリでも疾しく(やましく)もないぞ」

ワケアリの会員制“珈琲館”。

マスターとは旧知の仲だから、榊課長は顔パスってこと。

「とりあえず、食べろ」

そう言って、にやりと笑う。

「午後は親睦を深めるフリータイムだからな」

頬がこわばる。

親睦を深めるって、……ここで?

 

 

 

KISSの法則・過去へのプロローグ

 

ランチの後はブレンドとカフェラテ……そして、抹茶アイス!

さて、と。カップをことん、と置いて。

「じゃ、始めるか」

指をぽきぽき鳴らす、榊課長。

捕まる。逃げなきゃ。

……でも、アイス。

「顔色が悪いぞ、麻衣。

 アイス食ってやろうか」

「だめっ!」

手を伸ばす榊課長からアイスを遠ざける。

くつくつ笑って、頬杖をつく榊課長。

「麻衣ちゃーん、さっきから挙動不審だけど。

 親睦を深めるって、なに想像してるの?」

な、な、な。なにって。

 

 

 

「聞きたくないわけ?

 オレの、過去」

目が丸くなる。

「伊織さんから言われただろ? 

 オレ自身を麻衣に理解させてやってくれって

 じゃないと、麻衣は勝手に悩んで、終わらせるって。

 マジで焦った。早く話さないとまずいって。

 これ以上ない脅し文句だからな」

深いため息をつく榊課長。

「オンナが苦手な理由、家族の話。

 関係なさそうだけど、この2つはリンクしてる。

 伊織さんの言葉がピンポイントすぎて、マジ血の気が引いた」

 

 

 

「今日、ここに連れてきたのは……

 過去を知ってるあの人の前で、きっちり話したかったから」

私の目を見たまま、親指で背後を指差す。

そこには、こちらを見つめる足立さん。

「あの人な、地元のサッカークラブの先輩。

 ジュニアから高校までずっと一緒」

スポーツで繋がった先輩後輩。

爽やかで、かっこいい。

「とりあえず、アイスひと口よこせ」

榊課長は口を開ける。

なっ、もう。

ちらりと視線を動かすと、足立さんは奥に入ってしまったようで。

きょろきょろしながら、アイスを掬ったスプーンを榊課長の口に持って行く。

 

 

 

KISSの法則・ウブ子の受難

 

がっちりと、スプーンを握った右手を掴まれて、ぴくんっとなる。

そのまま、口を近づけて……

ゆっくり、スプーンを口に含む榊課長。

ほんとの時間がわからなくなるくらい、スローで。

その間、ずっと私から視線を逸らさない。

いつもイジワルに笑うくせに、真顔で。

黒い前髪から上目遣いに覗く、オニキスの瞳。

その妖しい煌めきに魅入られて、目が離せない。

ぐんぐん熱を上げる、頬。

暴れだす、鼓動。

 

 

 

やっと、咥えていたスプーンを離したと思ったら。

「そんな顔、するなよ。

 参ったな……

 煽るの自粛って、言っただろ」

私の右手を掴んだまま、掠れた声。

とくんっ! と、ひときわ大きく心臓が震える。

もう、限界っ。

気絶、しそう。

このままじゃ壊れちゃうってば。

危険を察知して、そろりと視線を外そうと試みる私。

……なのに!!!

「麻衣」と。

榊課長は甘くて低い声で囁いて。

私の指をぺろりと舐めた。

 

 

 

指にぴりりと電流が走って。

脳裏には、じゅわぁっと頭から湯気が立つ映像。

だめ、くらくらする。

炎天下の朝礼……貧血を起こす手前の、あの感じ。

目の前にいるはずの榊課長が、ぼんやり霞んで。

頭がふわぁっと、白く痺れる。

……もう、無理。

ばっこーん!!!

派手な音に、覚醒する。

銀のトレイを振り下ろした格好の足立さんと……

頭を押さえる榊課長。

「なに、すんだよっ」

榊課長の怒鳴り声。

「よそでやれ。

 立花さん倒れるぞ。救急車騒ぎはまずい」

ずれた論点に、意識を徐々に取り戻す。

 

 

 

「やべ、やりすぎた。

 顔が真っ青だ。麻衣、大丈夫か?」

元凶に心配されても……

「貧血っぽくなっただけです、から」

安心させようと筋肉を動かすけれど、多分“へにゃ~”っとした顔で。

「二人ともカウンターに移動だ。

 目の届く、いや、拓真は俺の手の届く位置にいろ」

白シャツの襟首を掴まれる榊課長。

「立花さんは、頭を低くして。少し休みなさい」

ひゃい、と。お間抜けな返事。

カウンターに移動した二人は、ぼそぼそ話をしていた。

焦るな、とか。家族の、とか。オンナが、とか。

知らない名前もちらほらと。

ぼんやりした頭に聞こえる、言葉のカケラ。

 

 

 

KISSの法則・勇気のハグ

 

しばらくして……

「麻衣、落ち着いたか?」

私の髪を撫でながら、顔を覗く榊課長。

ちょっと近い。

けれど、いきなり動くと再発する。

そろりと距離を取りつつ、顔を上げて。

大丈夫です、と。笑って見せた。

「カウンターに行くぞ。

 歩けないなら抱っこしてやる」

「歩けますっ」

反論しながら、ちらりとカウンターの中を窺う。

足立さんの姿はなくて。

 

 

 

肩を抱く榊課長にもたれかかって、俯いたまま言ってみた。

「……ぎゅうって、してください」

固まる、榊課長。

勇気を出したのに、スルーされちゃう。

言わなきゃ、よかった。

「麻衣……。なんなんだよ、もうっ」

ごめんなさい、と。縮こまって。

「これから私が聞くことって、ちょっと勇気が要りますよね。

 だから、ぎゅってしてもらいたかっただけで……

 あの。

 ほんとに、ごめんなさっ」

言い終わらないうちに、ぎゅうっとハグ。

「麻衣には、振り回されっぱなしだ。

 オレの理性、試してるのか?」

苦笑いに見え隠れしている、不安げに揺れる瞳。

 

 

 

「立花さん。

 拓真は自分のことを、自分の言葉で話すのが初めてなんだよ。

 だから、ずっと見てきた俺が立ち会う」

カウンターのスツールに腰掛けたとたん、キッチンから出てきた足立さんが語りかける。

「……はい」

答える声が少し震えた。

カウンターの下にある榊課長の左手を探して、そっとつかまえる。

ん? と。

甘い声を出した榊課長は、微笑みながら優しく握ってくれた。

あったかくて、安心する。

 

 

 

まずはそうだな、と。榊課長。

「家族構成から。

 親父と弟がいる。

 母親はいるけど、離婚した」

簡潔すぎる、気がする。

でも、離婚のことは立ち入ってはいけないし。

「ここらへんは地元で、実家も近くにある。

 親父が弁護士で、弟も跡を継ぐ形で弁護士やってる。

 実家兼事務所になってて、親父と弟夫婦が住んでるんだ。

 オレはマンションで一人暮らし」

弟さんはご結婚されてるんですね、と合いの手。

だって。

そうしないと、榊課長は淡々と語るだけで……

あっという間に、終わっちゃいそうなんだもん。

そんな、ごく軽い気持ちから出た言葉だったのに。

 

 

 

KISSの法則・狡猾なカタワレ

 

あぁ、と。トーンが重く変わって。

「弟……カズが、問題なんだ」

苦しそうに顔を歪めた。

「それがさっき警告した、拓真の“カタワレ”のこと。

 弟っていっても一卵性の双子で、名前は和真(カズマ)」

足立さんが補足を入れる。

一卵性の双子なら、きっと外見がそっくり。

「オレには理解できないけど……

 カズはオレに執着してるんだよ」

ふぅ、と。

大きく息をついた榊課長は、天を仰いだ。

 

 

 

「カズは……

 オレが手にしたものは、何でも欲しがる。

 必要だろうが、なかろうが。何でも、だ」

不必要でも? 

それは、もはや我儘とはいわない。

困らせたい、という、嫌がらせめいた悪意。

「ガキの頃は、ギャーギャーわめいてダダをこねてた。

 うるさいから、譲ってやってたけどな」

たぶん、と。

足立さんが、榊課長の言葉を受ける。

「“こころよく”じゃなく、“わずらわしいから”だとしても。

 譲ってやる拓真を、周りの大人は褒めたんだろうな。

 和真にとっちゃ、それが面白くない」

「そういうもんか」と、あっさり納得する榊課長。

真っ直ぐ生きてきた、オトナの余裕。

 

 

 

「そのうち知恵がついてくると、人前で無邪気にねだってきてさ。

 断れないだろ?

 双子ったって、一応“兄”なんだし」

思い出したのか、面白くなさそうに口をとがらせる榊課長。

そう、それだ、と。足立さんが呟いて。

「和真のひねくれた性格には、双子の優劣ってのが、少なからず関係してるな」

足立さんの言葉に頷いた榊課長は、私に説明してくれる。

「双子って先に生まれた方が第1子、後が第2子なんだよ。

 その出生証明書に基づいて長男、次男って記載される。

 それがカズには納得いかないらしくてな。

 理不尽だって、周りの大人に突っかかってた。

 昔は逆の順序だったらしいし」

苦笑いを浮かべて。

 

 

 

「優劣なんて存在しないのに、な。

 オレはそういうのどっちでもいいから、冷めた目で見てたけど。

 カズは、次男の“次”っていう字面(じづら)が気に食わないらしいんだよ」

榊課長に対する嫌がらせめいた悪意の根源は、そこなのかな。

だとしたら。

あまりにも自己中心的で、幼児性が高すぎる。

私なりにまとめた、ここまでの和真さんのスペックは……

外見は、榊課長とそっくり

内面は、我儘なコドモ

プライドが高くて、我を通す、難しい人。

 

 

 

「10代になってからはさ。

 出し抜く形で横取りすることが多くなって。

 隠れて根回ししたり、根も葉もない噂を流したり……

 オレに成りすましたり、な」

それって……、と。思わず声がもれる。

「いや、犯罪チックなことじゃないぞ。

 そうだな。

 手段は卑劣だけど、目的は大したことじゃないんだよ。

 つまり……」

榊課長は言いづらそうに言葉を濁す。

泳がせた視線の先には足立さん。

「目的は“オンナ”だ」

足立さんが、躊躇なくきっぱり言葉にするから。

ずくん、と。胸が軋んだ。

 

 

 

「いやっ、違うぞ。

 そんな言い方するなよ、麻衣が誤解するだろ」

焦った榊課長は、足立さんを恨めしそうに見て。

「小学6年くらいから高校までの話だ。

 すげー昔だろ?」

あやすような口調で、私をなだめる。

「昔でも、もやもやします」

拗ねる私。

「立花さん、聞いて」

足立さんが補足説明。

「女子が告ってくるだろ。

 拓真もその頃はフツーの男子だったから……」

「その頃はフツーって、なんだよ」

榊課長が不満そうに抗議すると。

「今はバッサリ切るだろ?

 興味ねぇって目も合わせない」

、と。言葉に詰まる榊課長。

 

 

 

「当時の拓真少年は、告られて生意気に浮かれるわけだ。

 その態度が、和真の癇に障るんだろうな。

 拓真に告った女子に片っ端から声掛けて、全員自分の虜にしないと気が済まない」

思わず、榊課長を見上げる。

実の弟に、裏切りともいえるひどい仕打ちを受けたのに、意外にもあっけらかんとしていて。

「オレとカズは、ほとんど変わらない外見だから、好みの点ではほぼクリアだろ?

 オレと違ってカズは口が巧いから、全員コロッと寝返った」

楽しそうな笑顔は、強がりには見えない。

驚く私に、軽く咳払いをする足立さん。

ぁあ? 榊課長は怪訝そうに足立さんを見遣る。

 

 

 

「和真に、文句も言わなかったんだろ?」

「どうだったっけ?」

足立さんの質問に、さらりと答える榊課長。

「別にカズには腹が立たなかった。

 オレから好きになった相手じゃないから。

 とはいっても、全員、和真に行ったからな。

 ……オンナに対して、不信感は募った」

そうだろうな、と足立さんはため息をついて。

「立花さん、理解できた? 

 拓真の女性嫌いは、その頃からの筋金入りなんだ」

私に説明する足立さんを、ただぼんやり見つめる。

「女性嫌いの原因は、なんとなく。

 でも、もっと根本的な……」