のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第18話 厄介なカタワレ

 

矛先は自分の化身……瓜二つの兄。
「カタワレに気をつけて」の意味が見えてくる。

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第18話 厄介なカタワレ

 

KISSの法則・黒い感情

 

ああ、と。

足立さんは納得したように頷いて。

「双子の確執の原因だろう? 

 確執とは言わないな、拓真はまるっきり和真を相手にしてない」

そう、そこです、と。大きく頷いて。

「弟さんがどうしてそこまで榊課長に執着するのか。

 そしてそれ以上に、なぜ榊課長はすんなり諦めてしまったのか。

 他のご家族や、周りの方はどうされていたのか、が……

 気に、なります」

「だってよ」と、足立さんは榊課長に丸投げ。

 

 

 

「カズがオレに執着すんのは、弟の立場が気に入らないからだろ」

腕組みをした足立さんは、意味ありげに首をひねってみせる。

「オレは、別に……諦めたっていうか。

 カズはそういうヤツだと思って、ほっといただけ」

威圧感たっぷりに睨んで、呆れたようにかぶりを振る足立さん。

「なんだよ、その態度」

榊課長は足立さんに悪態をついて、続ける。

「それに。

 周りの人間で、カズの策略に気づいたのは、ごくわずかだ」

「そうだな」と、足立さんは頷く。

 

 

 

「和真は巧妙なやつだ。

 人あしらいに長(た)けてる。

 しかも、拓真と一卵性の双子とは思えないほど、外面がいい」

足立さんの説明に

「悪かったな、無愛想で」

榊課長はむくれる。

「多少我儘だけど、兄貴に懐く弟。

 はた目にはそう映っただろ。

 和真は、ターゲットの拓真にもフォローを欠かさなかったからな」

背筋が寒くなる。

なにが彼をそうさせたの?

小さく身震いする私と視線を合わせて。

安心させるように微笑む、榊課長。

「カズはさ『相手が本気か試したんだよ』って笑ってた。

『結局、器だけで中身なんかどうでもいいんだよ』ってな。

 オレも大して固執しないタイプだから『そうだな』って……」

 

 

 

ふつり、と黙り込んで、私をじっと見つめる榊課長。

握った手に、きゅっと力が込められて。

「けどな」と、強い口調。苦しそうな表情。

「麻衣は別だ。

 カズがなにかしたら。

 オレ、絶対……

 いや、企てただけでも……許せ、ない」

抑えきれない感情が、声の震えに表れていて。

ぎゅうっと、手を握り返す。

 

 

 

「くどいようだけど」と、足立さん。

「立花さん、くれぐれも和真には気を付けて。

 言葉巧みに誘われても、乗っちゃいけない。

 どんな小さなことでも、拓真の耳に逐一入れるんだ。

 いいね」

「はい」と頷いて、榊課長に視線を向ける。

白くなるくらいに唇を噛みしめていて。

「拓真。

 和真のテリトリー内では、絶対に立花さんから離れるな。

 あいつはもう、昔みたいなコドモじゃない。

 オトナのやり方で、くるはずだ」

オトナの、やり方?

あ……もしかして。

足立さんの心配って。

 

 

 

「あの……

 “無理やり”っていうことなら、ご心配には及びません」

「あ?」

口をぽかんと開く、足立さん。

榊課長は……笑い飛ばしてくれると思ったのに、硬い表情のまま呟く。

「麻衣は合気道の使い手だから、投げ飛ばせる」

「ん、まぁ。そりゃ頼もしいな」

足立さんの言葉で、空気が和みそうだった、のに。

「過信するな。

 酒や薬を使われたら、アウトだぞ

 それに……」

榊課長は、沈痛な面持ちのまま。

お酒ならまだしも、薬、なんて。

そ、んな……。

いくら、なんでも。

 

 

 

「カズが卑劣な手を使って、麻衣に手を出したら……

 オレは、カズを絶対に許さない。

 分身かと見紛うヤツでも、容赦なく叩きつぶす……

 場合によっては、殺す、かもしれない」

殺す、なんて。

そんな悲しいこと言わないで。

「オレは、どんなことをしても、麻衣を取り戻す。

 ……だけどな」

榊課長は私の目を覗き込む。

切なそうに眉根をよせて。

 

 

 

KISSの法則・堕ちて気づく

 

「伊織さんが言ってた恋愛遺伝子。

 麻衣がオレを拒否しなかった理由が“あれ”なら……」

私の喉がひゅっと音を立てた。

ちょっと……待って。

そんなの、いやっ!

弟さんにも拒否反応が……起き、ない。って、こと?

一卵性双生児のDNAは、同一に限りなく近いから……

目の前が暗くなる。

「麻衣は、カズを受け入れるかもしれない。

 麻衣が自らの意志で、オレから去っていくとしたら……

 そう、考えただけで、胸がえぐられる」

 

 

 

「バカか」

笑い飛ばす足立さん。

「お前みたいな恋愛音痴、見たことないぞ」

豪快に笑って、榊課長の髪をくしゃくしゃにする。

呆気にとられたような顔をして、されるがままの榊課長。

「誰のウケウリだか知らねぇけどな。

 恋愛は、アタマで考えるもんじゃない。

 遺伝子なんてもんは、お偉い肩書のやつがたれてる能書きだろ?

 傍に立花さんがいるのに、そんな目に見えねぇもん信じるのか」

叱るような強い口調。

伏し目がちだった榊課長の瞳に、輝きが戻る。

 

 

 

「説明も理由も、要らないだろ。

 ココロが感じたまんま、素直になればいいんだよ。

 ガラじゃねぇけどさ……」

足立さんは照れくさそうにそっぽを向いて。

「恋なんてな、

 考えてる間もなく、気づいたら堕ちちまってるもんだ」

武骨な風貌の足立さん。

その人の口から“恋”だなんて。

きっと素敵な恋をしていて。

経験談として、諭してくれている。

そう思ったら、心がほかほかしてきた。

 

 

 

「あの冷淡だった拓真が、こんなにアツくなるなんてな……。

 しかも、約束があるから既成事実も作れないんだろ?

 手が出せないほど大切にしてるって、普通は思うよな」

はぁ、と。ため息をもらす足立さん。

「確かにな。立花さんの存在と事情を和真に知られるのは危険だ」

呟きながら、思案顔。

「それに、立花さんが投げ飛ばしたとして、だ。

 正当防衛を主張しても、あいつは法律のプロだからな。

 熟知して、それを生業(なりわい)としてるだけに、逆に訴えられる可能性も出てくるぞ」

どうしたら……いいの?

 

 

 

KISSの法則・和解への道

 

「酒も薬も……

 あの頃のままの和真なら、やりかねない。

 だけどな」

足立さんの声は、少しだけ柔らかくなって。

「俺は、最悪の想定でモノを言ってる。

 用心に越したことはないからな。

 冷静に状況判断すれば、そこまで悪くないかもしれない」

「どういうことだよ」と、榊課長。

“あの頃のままの和真なら”……

足立さんはそう言った。

 

 

 

「最近、和真に会ったか?」

「あ?」

榊課長は怪訝そうな声を出して。

「正月にちょこっと、顔見たぐらいだ」

不機嫌そうに、ぼそっと答える。

「和真は、どうだった」

「どうって。

 いい年してんのに、茶髪でチャラかったぞ。

『テレビのコメンテーターの話が来てるから』とかなんとか、言い訳してたけど」

榊家長は眉間にしわを寄せて答える。

「ああ、そうらしいな」

足立さんは頷いて。

「幸せそうに見えただろ?」

「まぁ、そうだな」

興味なさそうに返す榊課長。

 

 

 

「いいか、拓真。

 幸せな人間は、故意に不幸を撒き散らさないもんだ。

 因果応報ってのに、怯えるようにできてるからな。

 戒めのための言い伝えだって頭でわかっていても、自分の幸せをみすみす失うようなリスクは負わない」

今の弟さんが幸せだから、安心ってこと?

幸せかどうかなんて、不確かで。

それがいつまで続くのかなんて、誰にもわからない……

手を伸ばせば淡雪のように消えてしまう、儚いものなのに。

 

 

 

「あの頃の和真は、不平不満のカタマリだった。

 うまくいかないことを、誰かに八つ当たりして発散することしかできなかったんだろ。

 そんな自分に苛立って、うんざりして。

 ……だからだよ」

足立さんは、まっすぐに榊課長を見つめる。

「だからこそ、拓真がターゲットだった」

矛先は、自分の化身……瓜二つの兄。

そんな……。身勝手で、理不尽すぎる。

 

 

 

「もう一人の自分に、殴られて、なじられたかったんだろ。

『最低だ』『お前は狂ってる』ってな。

 だけど、拓真は悟ったように高い位置にいて。

 和真の目線に降りようともしなかった。

 いや、誤解すんなよ」

優しく笑う足立さん。

「拓真を非難してるんじゃない。

 拓真がオトナで、和真がコドモすぎただけだ」

目を瞑り苦悶の表情を浮かべる榊課長。

きっと。過去の自分を責めているはず。

どうして、向き合わなかったんだろう、って。

 

 

 

「カズが、ああなった原因は……オレなんだな」

「いや違う」

榊課長の言葉を、即座にばっさり否定する足立さん。

「自分の感情を持て余した和真が、もう一人の自分を憎んだのは事実だ。

 だけど一方で、拓真を羨(うらや)んで。

 拓真になりたいと、願っていた。

 だから、原因は拓真じゃない」

「オレじゃ、ない?」

訊きかえす榊課長は、挑むような目で足立さんを睨んでいて。

威圧的なその視線を怯むことなく受け止めながら、足立さんはふぅっと柔らかく微笑んだ。

「自分を、あの頃の和真に置き換えたら……

 見えなかったもんがはっきりしてきた」

 

 

 

「自我をコントロールできないくらいの思いに苦しんで。

 歯痒くて、でも、どうにも身動きが取れなくて。

 そういう気持ちを抱えたことがあれば、自ずとわかる。

 立花さんに出会って、アツくなれる“今の拓真”なら、きっと理解できるさ。

 おそらく、和解だって夢じゃないはずだ。

 なぁ、……立花さん」

足立さんは不意に私に視線を向けて。

「一生避けて、怯えて暮らすなんて耐えられないよな。

 双子が和解すれば、安心だろ?」

「はい」と返事をして。

榊課長の横顔を見上げた。

 

 

 

KISSの法則・妬きもちと安堵

 

私の視線に、榊課長は困ったように笑顔を見せる。

きっと、それが。

今の榊課長が出せる、精一杯の答え。

焦らない、と。

胸の中で唱える。

榊課長のご家族を、少しでも知ることができたんだもん。

昨日の私が知らなかった、事実。

こうやって、ひとつひとつをゆっくり積み重ねて。

末永く、共に歩んでいきたいから。

 

 

 

「岡目八目(おかめはちもく)って、わかるか?」

足立さんから私たちに出題された四字熟語。

戸惑いながらも曖昧に頷く。

「確か……

当事者よりも、傍で見ている第三者のほうが、いろんな状況を正しく判断できるっていうような……」

私の言葉に、足立さんは頷いて。

「拓真は当事者だったからな。

 理解できなくても仕方ないさ。

 俺は一歩引いてお前らを見てきたし、経験値だってそれなりにある。

 原因が何か、知りたいだろ?」

勢いよく顔を上げる榊課長。

 

 

 

「原因は……静香だ」

「静香?」と、榊課長は怪訝そうな声。

榊課長の口から女性のファーストネームを聞くのは、これが初めてで。

ちくん、と。

小さな棘が刺さったように、胸が痛む。

「静香ってのは、和真たちの幼なじみで……」

「おさな、なじみ」

足立さんの言葉をなぞって、小さく呟いてみる。

小さな棘が、鋭く、長く、太くなる

 

 

 

……私の知らない榊課長を、知っているひと。

ちくん、だった痛みが、きりきりと存在感を増す。

「静香は、お袋の親友の娘。

 オレらよりひとつ年上。

 それで、オレの……」

オレの……?

榊課長の……、なに?

聞きたくない。

耳を塞いで逃げ出したい。

だって、私。

今、すごく醜い顔してる、はず。

 

 

 

「ひとつ年上だけど、オレの妹。

 義理の、な」

義理の妹。ってことは……

「静香は、和真の姉さん女房だ」

足立さんの言葉に安堵して、じゅわっと涙がにじむ。

ん? と。不思議そうに泣き顔を覗き込む、榊課長。

こんな顔、見られたくない。

慌てて俯いた。

 

 

 

「立花さんが妬いてるぞ、拓真」

は? と。素っ頓狂な声を上げる榊課長。

「今のどこに妬く要素があるんだ」

いいんですってば、もう。

掘り下げないで。スルーしてください。

勝手に思い込んで、ぐちゃぐちゃになっただけ、だから。

心の中で言い訳を繰り返す。

「立花さんは、わかりやすい素直なコで。

 拓真は鈍感オトコ。

 いい組み合わせだな」

 

 

 

KISSの法則・もつれる恋心

 

静香はさ……、と。続ける足立さん。

「ずっと、意味不明な行動を取ってたんだよ。

拓真には話しかけるのに、和真には距離を置く」

「そういや、そうだったな」と、榊課長。

「でも傍から見てりゃ、静香が和真を好きだっていうのはバレバレで。

 それが、当て馬作戦とか駆け引きとかそういうんじゃないんだよ。

 ガキの頃からずっと、そうだったからな。

 俺が見たのは3人が小学生の頃だけど、あれはいつからなんだ?」

つないだ手にきゅっと力を込めるから、思わず榊課長を見上げたら。

「“興味ない”から、覚えてない」

私を見つめながら、ゆっくり言葉にする。

私の不安を取り除くように、“興味ない”を強調して。

 

 

 

「でも、物心ついた時からあんなだったぞ。

 そうだな。4、5歳ぐらいじゃね?」

にやにや笑う足立さんに、榊課長は不機嫌そうに答える。

「静香が拓真の傍に行って話しかけるだろ。

 そうすると、和真が拓真に嫌がらせをする。

 最初は、そんなわかりやすい構図だったんだ」

「カズも静香が好きだったからな、ずっと」

「知ってたのか?」

足立さんは大げさに驚いてみせる。

「てめ、ふざけんなよ」

睨み返す榊課長。

じゃれ合う雰囲気が心地好くて、頬が緩んだ。

 

 

 

「カズの視線の先を辿ると、いつも静香がいたからな。

 サッカーのゲーム中も、だぜ?

 ま、当時はわからなかったんだけどさ。

 試合に集中しろよ、って。マジでムカついてた」

だろーな、と。笑う足立さん。

「昔のオレは、今よりもっと鈍感だったけどな。

 身に染みてわかることもある」

吐息まじりにそう言うと、また、私に視線を向ける。

見すぎ、です。

 

 

 

はずかしくなって視線を逸らそうとしたら。

つないだ手を榊課長の背中側にぐっとひきよせられて、近づく距離。

「オレもそうだから、わかるんだよ。

 気づくと見てた、麻衣のこと……」

低くて甘い囁き。

くすっぐったいとは違う、耳の感覚。

意味を理解して早くなる、胸の鼓動。

 

 

 

甘く痺れるアタマ。

きゅうんと疼くカラダ。

ひっついて熔けちゃいたいくらいの、もどかしいココロ。

“二人きりだとヤベー”

榊課長の言葉、困ったような表情。

その、ほんとの意味がわかった気がする。

持てあます感情を、どこにむけたらいいの?

二人きりだったら……きっと。

お兄ちゃんの言いつけも吹っ飛んで。

隙間がないくらいぴったりよりそって。

もっと、って、欲ばりになる。

もっと? 

もっと……って。

私ってば。

“なに”を、もっとねだるつもり?

 

 

 

ぽぉっと見上げる私の耳に響く、遠慮のない咳払い。

はっと我に返って。

つかまえようとする榊課長より一瞬早く、離れた。

ちぃっ、と。豪快な舌打ち。

「じゃまするなよ」

吐き捨てるようなセリフ。

「話の途中だ。サカるな、自重しろ」

あしらう足立さん。

「ごめんなさい」と首をすくめて謝ると。

「サカってたのは、立花さん?

 ……じゃ、ないだろ」

ふるふると首を振って、曖昧に流す。

サカるっていうのが、今ひとつピンとこないけど。

でも。たぶん、そう。私、サカってる。

 

 

 

KISSの法則・ずれていく歯車

 

「麻衣はサカってんじゃなくて、オレを猛烈にアオってくるんだよ。

 しかも無意識だからタチが悪い」

無意識な、と。足立さんは呟いて。

「静香も無意識だったよな。

 計算ならうんざりだけど、あいつマジで不器用で。

 今でこそ“好き避け”って言葉があるけど、当時はなんなんだって呆れてた」

スキサケ? お酒大好き、じゃないよね。

「意識しすぎて、緊張するんだってよ。

 どうすりゃいいか、テンパりすぎてわからない、

 でも、相手には嫌われたくない……

 んで、避けちまう」

足立さんの説明に頷きながら、恋愛って奥が深い、と思う

好きなのに……

ううん、好きだからこそ避けちゃう心理。

 

 

 

「それが不思議なことにさ」

足立さんは小さく笑って。

「対して差のない双子の和真だけを避けるから、話がややこしくなるんだよ。

 拓真には平気なのに、和真の前だと真っ赤になってフリーズしてたろ?

 周りは静香が意識してるって知ってたけど、当の和真は嫌われてると思ってて。

 それどころか、たぶん。

 拓真を好きなんだと思い込んでた節もある」

絡み合う、糸。

落ち着いてほどけば、弟さんと静香さんが赤い糸でつながっていたのに。

好き避け、という複雑な乙女心と。

妬み、羨望……双子ゆえのネガティブな感情が、糸を複雑に絡ませた。

 

 

 

「だから。

 お前になりたくて。

 持ってるもん全部欲しがって。

 お前に告る女子に、片っ端から声掛けて。

 自分とカタワレとの相違点を探ろうって、必死になってたんじゃね?」

なるほどな、と。相槌を打つ榊課長。

「肝心の静香じゃなく、他のヤツは簡単に堕ちる。

 静香も、和真がオンナにちょっかい出してんのは知ってただろうしな」

「ああ。その度に泣きじゃくって、相談された。

 やべ。

 それも、カズを刺激してたのか」

ずれていく、歯車。

「お互いにどんどん、すれ違って。

 ジレンマに悩んでも、どうすることもできなくて……」

 

 

 

「和真が、拓真に執着しなくなったのは、高校3年だろ」

ああ、と頷く榊課長。

「受験だし、大学が別だったからな」

「理由はそれじゃないぞ」

足立さんは、にやりと笑う。

「一年先に静香が大学生になったろ。

 高校生には目の届かないオトナの場所で、静香がどうなるのか不安だったはずだ。

 つまり。

 拓真“なんか”、脅威じゃなくなったってこと」

「オレ“なんか”、かよ」

うっすら笑って、ぼやく榊課長。

「これなら、つじつまが合うだろ。

 そう考えれば、今更、拓真を目の敵にすることもない。

 油断は禁物だが、立花さんにも危険が及ばないはずだ」

 

 

 

外見は、榊課長とそっくり。

内面は、我儘なコドモ。

プライドが高くて、我を通す、扱いの難しい……榊課長の弟さんは。

要注意人物かもしれないけれど、一途な愛を貫いたひと。

そして、静香さんも。

小さなころから“彼だけ”に恋をし続けて

不器用さに傷つきながら、その恋を成就させた強いひと。

似通った恋愛遺伝子の相違点。

小さなそれを見極めた、恋の達人。

 

 

 

KISSの法則・解決のキザシ

 

「この場合、注意点は2つだ。

 拓真は静香に近寄るな。

 逆に、立花さんは静香と仲良くなること。

 計算ずくじゃない似た者同士だから、気が合うだろ」

似た者同士、なんだ。               

仲良くなりたい……なれる、かな。

「質問してもいいですか?」

足立さんに小さく挙手。

「はい、立花さん」なんて。

足立さんがノってくれるから、仲間に入れてもらったみたいで嬉しくなる。

 

 

 

「すれ違ってたのに、どうやって結婚に至ったんでしょう?」

ああ、それな、と。あごに手を添える足立さん。

「きっかけは、わかんねーけど。

 運命ってもんがあんなら……

 最初から決まってて、時を経て自然にそうなったのかもな。

 もしかしたら、修羅場があったかもしれないけど。

 どっちにしろ、お互いに素直になってりゃまとまる縁だったからな、あいつらは」

そっか。

いつか、仲良くなれたら静香さんに聞いてみたいな。

 

 

 

「はい、オレも質問いいですか?」

悪ノリする榊課長。

「うーん、ヤだけど仕方ないか……榊くんどうぞ」

足立さんは、本当にイヤそうな顔を作る。

「麻衣は、静香をなんて呼べばいいんですかー?」

あ? と。訊きかえす足立さん。

「だーかーらー。理解力ないの?

 義弟の嫁は、普通なら義妹だろ?

 でも、静香はアラサーで、麻衣よりかなり年上じゃん」

あ、また。……もう。

ちょっと、待って、ってば。

どうして、結婚宣言をあちこちでするの?

 

 

 

「そんなの、知らねーよ」

足立さんは吐き捨てるように言って。

「立花さんがあたふたしてるぞ。結婚は本人も承諾済みか?」

「何回も言ってんだけど、二十歳ちょいすぎじゃ、実感がわかないらしい。

 外堀を埋めて、じわじわ追いつめようと思ってな」

つないだ手を優しく振りながら、いじわるに笑う榊課長。

「“静香さん”ってお呼びしますから、大丈夫です」

つん、と澄まして言ってみる。

せめてもの、抵抗。

 

 

 

「じゃあ。カズのことは、なんて呼ぶ?」

“和真さん”と、呼ぶしかない。だって名字が一緒だし。

でも……

「榊課長を名前で呼べるようになったら、名前にさん付けで呼びます」

ふぅん、わかってるじゃん、と。口角を上げて。

「リミットは、そんなに遠くじゃないぞ。

 それも練習しないと、な」

試すような笑みに、どうしても一矢報いたくて。

「はい、……拓真さん」

噛まないように細心の注意を払って、頑張った。

ちょっと、声が震えたけれど。

 

 

 

ちらっと見上げると、目を見開いて固まる、榊課長。

きゃぁぁあ、怒られる。

てめ、いい度胸だな、なんて言われそう。

ぎゅっと目を瞑り、首をすくめて防御の姿勢。

……あれ? 

この……沈黙は?

もしかして、呆れてます……?

薄目を開けてそっと窺うと、紅い顔の榊課長と目が合った。

と思ったら、ぷいっと視線を逸らす。

むぅ、なによぉ。せっかく勇気出したのに。

 

 

 

……くぅぅ、と。

地の底から湧くような唸り声。

次の瞬間。

うわぁ~っははっ!!!

雄叫び? 部族襲来?

奇声の主は、足立さん。

堰を切ったように、指を差して豪快に笑いだす。

「だっせー、拓真。

 好きなコいじめたつもりが、やりかえされて照れてやんの」

「……るせー」

そっぽを向いたまま悪態をつく榊課長。

見えないように小さくガッツポーズ。

いじわるを言われたら、“拓真さん”を切り札にしようっと。