のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第13話 3つのミッション

 

3つのミッションが明らかに。
だけど、お兄ちゃんの背中がさみしそうで……

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第13話 3つのミッション

 

KISSの法則・3つのミッション

 

「結婚を前提としていること。

 そして、麻衣を安心させること。

 それらが確認できれば、結構です」

では、と。厳かな声がリビングに響く。

「3つの条件を、お伝えしましょう」

居ずまいを正す榊課長。

私もピンと背筋を伸ばした。

「1つは、私に会うこと。

 こちらは、もう既にクリアしました。

 先ほども申しあげたとおり、榊さんはかなりの逸材ですから」

その上から目線。

感じ悪いよ、お兄ちゃん。

 

 

 

「……本当に、麻衣でよろしいのですか?」

そうそう、おさる上がりの私には、もったいないんだよ。

でも。

そんな真剣な声で、念を押すように言わなくてもいいでしょ。

……ん、沈黙? 

え、と。

なにか言って、榊課長。

びくびくしながら隣を見上げると、難しい顔。

再検討、中なの?

やっぱり却下で、って言われたら……どうしよう。

涙目で見上げる私に、片方の口角を上げて。

榊課長は、こらえきれないようにプッと吹き出した。

そして、笑顔のままお兄ちゃんをじっと見つめて……

「麻衣さんじゃないと、ダメです」

凛とした表情で、迷いなく言い切った。

 

 

 

「わかりました」

お兄ちゃんは微笑んで。

「付き合い始めに兄に会ってほしいと言われれば、躊躇するのが普通でしょうから。

 麻衣との交際を真剣にお考えだということはわかります。

 もちろん、麻衣にとってあなたは初めてお付き合いしたいと思った男性ですし……

 初めて、メールアドレスを教えた人間です」

榊課長が嬉しそうに見えるのは、私の自惚れ、かも。

でも、胸がほんわかあったかくなって、嬉しさがこみ上げてくる。

あと、ふたつ。

そのうちのひとつは“お兄ちゃんの過去について”だったから。

難しいけど、乗り越えられそう。

2つ目は、と。

お兄ちゃんの声が、冷たく尖った気がした。

「……麻衣と身体を重ねないこと、です」

 

 

 

「麻衣、意味はわかりますか?」

お兄ちゃんの声に、我に返る。

心配そうに覗きこむ、榊課長。

えぇ、っと。

今、考えてるところです、と。

難しい顔に、思案しているジェスチャーを加えて、精一杯のアピール。

呆れた顔のお兄ちゃんに、愛想笑いで応えて。

頭に浮かぶイメージ画像は、“お相撲さん”なんだけど。

がっぷり四つ、とか。もろざし、とか。

……そんな感じ。

 

 

 

「はっきり言いましょうか、麻衣」

痺れを切らすお兄ちゃんに、榊課長が立ち上がる。

「いや、あのっ。

 ちょ、ちょっと待ってください!

 麻衣には、いや麻衣さんには、後で。

 順を追って、説明しますからっ」

どうして、そんなに狼狽えるのかわからない。

私に知られたら、都合が悪いこと?

「落ち着いてください、榊さん。

 麻衣は、こういう話題を自然に撥ね退けてしまうのです。

 耳に入っても、あまり理解ができない」

榊課長の驚いた顔。

ぼんやりと流れる、聞き取れない言葉。

 

 

 

「大げさに言えば、ピーターパン・シンドロームの一種かと。

 コドモでいようとするあまり身についた、自己防衛能力なのです。

 ……私が引き起こした、弊害のひとつです」

力なく座る、榊課長。

「失礼しました」

咳払いをして。

「その2つ目の条件の期限、は?

 まさか、無期限ってことじゃないですよね」

咎めるような言葉が、はっきり聞こえてほっとした。

「もちろん、無期限ではありません。

 期限の有無ではなくて、こちらには“但し”がつくのです」

 

 

 

但し、ってことは。

例外として、ってことでいいのかな。

「深い関係になるのなら、麻衣のすべてを引き受けていただかなくてはなりません。

 ですから、行く末に結婚があるのか、ということが重要になるのです」

深い、関係。

すべてを引き受ける。

行く末に結婚?

繋がりそうな言葉の切れ端。

なのに、小っちゃいお相撲さんが頭の中で、どすこい、どすこい。

もぉ。邪魔、しないでよ。

 

 

 

「身勝手ですが。

 私は、男性に身をゆだねた麻衣とは……」

身を、ゆだねる?

……嘘、それって!

「なっ! なに言ってるの、お兄ちゃんっ」

紅茶のカップに手がふれて、かちゃんっと派手な音を立てる。

「静かになさい、麻衣。

 からかっているのでは、ありません。

 大切な話ですよ」

はい、と。うなだれる。

「ぼんやり麻衣には、ここまで言わないと通じないのです。

 条件を出すまでもなく、難攻不落かもしませんね。

 長期戦ですよ、榊さん」

お兄ちゃんは、黒い笑み。

苦笑いを浮かべて頷く、榊課長。

 

 

 

「……私は」

お兄ちゃんは、すぅっと真顔に戻して。

「男性に身をゆだねた麻衣とは、一緒に暮らせません。

 きっと、“なにか”が壊れるでしょう。

 私が壊れる分には一向に構いませんが……

 麻衣を巻き添えにするのは、避けなければなりません」

壊れる、なんて。

血の気が引く。

「麻衣があのまま“恋”を知らなければ、平穏だったかもしれません。

 しかし。それは異常なのでしょう?

 ……私には理解できませんが」

迷いのない言葉。

深いブラウンの澄んだ瞳。

 

 

 

女性を忌み嫌っていると言い切った、お兄ちゃん。

恋の意味を知らずに生きてきて、これからもそうやって生きていくの?

間違っているとは言わない、言えない。

お兄ちゃんの過去も、受けた傷の痛みも、罪悪感も、私は知らないんだから。

でも。

淋しいし、哀しい。

できることなら。

受け止めて、癒したい。

 

 

 

「恋を知った以上は、素直に身をまかせるべきでしょう。

 ですから。

 形式は、“結婚”でなくてもいいのです。

 “同棲”でも構いません」

そう言うと、口を噤んで視線を逸らす。

誰も口を開かない。

聞こえるのは小鳥のさえずりだけ。

……ただ、と。

少しの静寂の後、掠れた声で。

「わがままを言わせていただけるなら……

 この家から嫁がせてやりたいというのが、私の本音ですが」

儚く笑う、お兄ちゃん。

「はい」と返す、榊課長。

泣きそうな、私。

 

 

 

榊さん、と。

切羽詰まった声で。

「お願いします。

 私から麻衣を遠ざけてください。

 そして、麻衣を手放さないという覚悟をお持ちください」

遠ざけて、の言葉に固まる。

榊課長が、ひゅっと息をのんだ。

 

 

 

「それでも、手放さざるを得ないこともあるかもしれません。

 絶対、は存在しないでしょうから」

視線の端に映る、榊課長のこぶし。

膝の上でそれがギュッと力が入るのが、わかった。

胸が、痛い。

「……その時は、麻衣の行く末を見守ってやっていただけますか?」

どういう、こと? 

もし、私と榊課長がだめになっても……

お兄ちゃんのもとへは帰れないってこと?

頭がぼんやりする。

 

 

 

ずいっと、身を乗り出す榊課長。

「伊織さん、それは……」

言いかけて、私を見遣り小さくため息。

それが何を意味するのか。

考える気力もない、私。

「約束します。

 お兄さんと過ごされたこの家から、麻衣さんを迎えて一緒になる、と。

 そして、誓います。

 麻衣さんを離さない、と。

 だから……」

 

 

 

失礼します、と。

榊課長は、お兄ちゃんに断りを入れて。

私を見つめ、手を伸ばす。

そして、私をきゅうっと胸に抱えた。

びっくりしつつも腕を背中に回そうとした、瞬間。

ゆっくりと、少しだけ胸から離して。

至近距離で瞳を覗く。

どきどきする私から、お兄ちゃんへ視線を移し。

両手で私の耳をすっぽり覆った。

「だから、……ないで、ください」

聞こえない。

聞かせてくれなかった。

 

 

 

両耳からそっと手を離す榊課長。

そして。

ごめん、と。小さく囁いた。

笑顔に見えるよう努力して、首を振る。

なんとなく、わかるから。

感じた不安が、同じだって。

「麻衣、紅茶を新しく淹れてもらえますか?」

ほぉっと息をつき、頷く私。

ティーポットを温め、お湯を沸かす間に、窓を開ける。

重い空気を追い出して。

5月の爽やかな風を部屋に招く。

そう、空気を換えるように、私も変わっていかなくちゃ。

――変えなきゃ、始まらない――

――変わらなきゃ、進めない――

 

 

 

キッチンにいる私の耳に届くのは、とぎれとぎれの言葉。

私のいないところで、二人で話を進めているんじゃないみたい。

とりとめのない、世間話みたいな雰囲気。

紅茶と買い置きのクッキーをテーブルにお出しして。

手つかずだったチェリーパイがふたつ綺麗になくなっているのに気づき、嬉しくなった。

紅茶を淹れている間に、食べてたんだ。

新しい紅茶を飲みながら、美味かった、と。

榊課長の笑顔に、きゅうんとなる。

居てもいいのか不安になりながら、榊課長の隣にちょこんと座ってみた。

 

 

 

3つ目は、と。

私をちらりと見て、話し始めるお兄ちゃん。

一緒に聞いていいってこと、だよね。

「先ほども申し上げました通り、私の闇を聞いていただきたいのです。

 こちらは、麻衣との結婚が正式に決まった段階で、お願いします」

「はい」と答える榊課長。

「たとえ義弟でも、家族になるのですし……

 異性である妹の麻衣ではなく、同性であるあなたに。

 同性の家族として聞いて、消化していただきたいのです」

麻衣ではなく?

 

 

 

「え、待って。私は?」

3つ目の条件は、榊課長だけに課せられたもの。

『榊さん“には”、おおまかな闇の正体をお話しする』

確かに、そう言ってたけど。

「私から、麻衣には話しません。

 ですが、榊さんに口止めもしませんよ。

 榊さんの裁量で、お決めになってください」

わかりました、と。

榊課長は頷いて。

私をなだめるように優しく見つめた。

 

 

 

そして、できれば、と。

お兄ちゃんは、言葉を選ぶように。

「榊さん。

 あなたなりに、私を裁いていただきたいと思います」

重い沈黙。

「裁くとは、どういう意味ですか?」

静かに訊きかえす榊課長。

「軽蔑されることは、承知の上です。

 非難も、罵倒も、嘲笑も……すべて覚悟はできています」

そんなこと、しないよ。榊課長は。

信じて、打ち明けて、一緒に背負わせてほしいのに。

「裁く手段として適切なものは、私との“絶縁”でしょう。

 だからこそ、麻衣だけは手放さないと約束してください。

 麻衣には、何の罪もありません」

“絶縁”だなんて恐ろしい言葉を、表情も変えずにさらりと使う。

 

 

 

KISSの法則・逃げない、諦めない

 

「お兄ちゃんの……ばかっ!!!」

こんな時、思い浮かぶのは陳腐な言葉で。

もっと伝えたいことがあるのに。

お兄ちゃんは、ふっと笑みをもらして。

「ええ、ばかですよ。

 でしたら、軽く考えられない事実を少しだけお話ししましょうか?」

挑発するような瞳と妖艶な笑み。

うぐ、と。思わず言葉に詰まる。

でも、覚悟を決めて、深く頷いた。

 

 

 

「ギブアップはいつでも受け付けますよ」

私に逃げ道を残して。

「そもそも。

 対処が甘く、間違っていたのです。

 その場で罪を償っていれば、これほど歪むことはなかったでしょう」

罪を、償う。

闇は、受けた傷ではなく、与えた罪。

「荒みきった中学生の私は。

 口に出すことも憚(はばか)られるほどの大罪(たいざい)を犯しました。

 ですが、誰も私を告発しなかった。

 その結果。

 私はここに、こうやって、のうのうと生きています」

目を逸らすことなく、淡々と語るお兄ちゃん。

知るのが、怖い。

 

 

 

「勝手な言い分なのは承知ですが……

 償う機会すら与えられなかったことは、私の心を蝕みました。

 私は、誰も信じることができないのです」

怖くても、逃げたら終わり。

私は逃げない、諦めない。

お兄ちゃんの抱える闇からも。

榊課長と一緒に描く未来からも。

そう、決めたはず。

――変えなきゃ、始まらない――

――変わらなきゃ、進めない――

目を瞑って、深呼吸。

震える指は、見なかったふり。

 

 

 

「それでも、最低限の人間と接する必要がある。

 社会に順応しなければ、麻衣を守れませんから。

 そこで、友人を……

 麻衣、手が震えていますよ。止めましょうか?」

微笑むお兄ちゃん。

ぎゅっと握った手を背中に隠して、首を横に振る。

「友人というより、知り合いから適合した人物を友人と呼び、

 彼らの協力を仰いで鍛錬(たんれん)したのです。

 人間関係に程よく淡白で。

 自身も傷を抱えているからこそ、

 他人の傷を嗤(わら)わない、そんな人物を」

 

 

 

中学生から今まで、そういう風に歩んできたの?

そうじゃないんだよ、お兄ちゃん。

私だって偉そうに言えないけど……

友達っていうのは、もっと、こう。

泣いたり、怒ったり、笑ったり。

一緒に悩んで、喜び合って。

気持ちを、思い出を、分かち合うんだよ。

 

 

 

「小さな麻衣に出会わなければ、

 私は堕落した人生を送ったでしょうね。

 そして。

 小学生の麻衣が傍にいてくれなければ、

 逃げ続けた結果、廃人のようになったでしょう」

頬がこわばる。

「私がここで温かい紅茶を飲めるのは、麻衣のおかげなのですよ」

紅茶をひと口。

美味しいですね、と。息をついてにっこり。

 

 

 

「償えなかった罪を抱えたまま。

 その戒めに、誰も傷つけずにひっそり生きようと決めたのです。

 光の溢れる場所に連れ出されそうになれば、フェードアウトして。

『欲のない人だ』と周囲に呆れられながら」

遠い、瞳。

「そして、そのうち恐れるようになったのです。

 両親の口癖を思い出して」

お父さんと、お母さんの、口癖。

“お天道様はちゃんと見ている”っていう言葉。

 

 

 

「大罪を犯した私は、裁かれることがなかった。

 つぶさに見ていたお天道様が、私に罰を課すとしたら。

 ひとつしか思い浮かばなかったのです。

 私が愛してやまない妹に……

 いつか、大きな災いが降りかかること」

私をじっと見つめたお兄ちゃんは、視線を榊課長に移す。

「だからこそ。

 麻衣に制約を課し、交友関係をできるだけ狭め、

 自分を守る技を身に着けさせたのです。

 麻衣を監視するような真似も、そのためです」

榊さん、と。

お兄ちゃんは、目を細めて。

「麻衣の携帯メールのヒミツ、あなたはご存知でしょう?」

 

 

 

見上げる私を、困ったように見つめ返す榊課長。

「ええ、聞きました。

 麻衣さんの携帯電話をさわった人物から」

やっぱり。高橋課長が。

「あの時さ、高橋は麻衣に誕生日を訊いただろ? 

 何の脈絡もなく。

 あれが設定パスワードだったらしくて。

 話しながら、全部見たらしい」

そう、ですか、と。

私に説明する榊課長に、小さく返事。

「気を悪くしたよな。ごめん、言わなくて。

 高橋の挑発って可能性も、捨てきれなかったからさ」

いいえ、そうじゃなくて、と。

ぶんぶん頭を振る。

 

 

 

「メールのこと、知ってて。

 “ブレない”って。

 私が抱えてるものを、“一緒に背負う”って。

……そう、言ってくれたんですか?」

ああ、と。

まっすぐ目を見て、答えてくれる。

どうしよう。

好、き……

……大好きっ!!!

心の中からあふれ出て、止まらない。

ちらっと、お兄ちゃんに目を遣ると。

肩を竦めてみせて、席を立つ。

ありがと、と。着流しの背中に、口パクして。

腕を広げた榊課長の胸に、ダイブした。

 

 

 

ぎゅうっとしてから、どれくらいかわからないけど。

リビングドア方面から、遠慮がちな咳払い。

名残惜しいけれど、そっと離れる。

では、と。

声音も変えずソファに座って。

「メール転送を解除しましょう。

 麻衣、携帯電話をここへ」

頷いて、バッグから携帯電話を取り出し渡す。

「榊さんにお会いして、信頼のおける方だと見極められたら。

 転送を解く、と。約束していました」

そう言いながら、携帯を操作。

 

 

 

「麻衣。

 あの時、“転送解除の代わりに”と言って条件を出したのを覚えていますか?」

うん、と。返事をして。

「一人で悩まないで、お兄ちゃんに相談しなさい、って」

「ええ、そうですね。

 ですが、これからは私よりもまず、榊さんを頼りなさい。

 もちろん私を頼っていただくのは、嬉しいのですよ。

 しかし、最初に榊さんが浮かぶ、それが自然でしょうから」

あぁ、うん……はい、と。

狼狽えながら返事をする。

お兄ちゃんがどこかへ行っちゃうんじゃないかって不安が、胸に燻っていて。

 

 

 

「ないことを祈ってはいますが、

 もしも榊さんとの間で悩むようなことがあったら……

 新堂さん、でしたか。

 その方にお願いして、ご相談させていただきなさい。

 恋愛関係の相談は、私では役に立ちそうもありませんから」

流れるような口調で、私が進む道筋を示すお兄ちゃん。

そこに、お兄ちゃんが出てくることはない。

 

 

 

「ああ、迷惑メールですか?

 それは、臨機応変に榊さんか、私を頼ればいいでしょう」

私の返事が曇っているのは、迷惑メールのことじゃないんだよ、お兄ちゃん。

私を榊課長に託して、どこか遠くに行きそうで。

そう、決心しているようで……怖いの。

言葉にはできない。

言葉にした途端、現実がそちらに動き出しそうで。

 

 

 

榊さん、と。

お兄ちゃんは榊課長に呼びかけながら、私から視線を逸らさない。

「麻衣には一通りの家事ができるよう、仕込んであります。

 状況が整えば、いつでもどうぞ」

そん、な。

家事をはじめとした日常生活のスキル向上は……

私が一人で生きられるように、じゃなくて。

私がお兄ちゃんと離れることを、

私が誰かの元へ行くことを、

想定して、だったの?

 

 

 

私を見ているお兄ちゃんの姿が、涙でゆらゆら歪む。

「少し、疲れました。話し過ぎましたね」

お兄ちゃんは、ため息まじりにそう言って。

「私はこれで失礼します。

 榊さん、お見送りできず申し訳ありません。

 麻衣をお願いします」

私に、背を向けた。

 

 

 

思わず、ソファから立ち上がるけど。

どうしたらいいのか、どんな言葉を掛けたらいいのか、わからない。

涙がぽろりと頬を伝って。

ぽすん、と。力なくソファに沈む。

「麻衣、我慢するな」

えぐえぐ言う私を、胸に抱えて。

背中をぽんぽん。

榊課長は心置きなく、わんわん泣かせてくれた。

「大丈夫。ちゃんと考えるから」

ずっとそう囁きながら。