のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第37話 イジワルな白衣の人

 

「大きくなったみたいだけど、甘えんぼは変わらずか」
口が悪くて……苦手。

 

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【ヒミツの時間】 KISSの法則 第37話 イジワルな白衣の人

 

KISSの法則・釈明と弁明

 

「麻衣。

 榊さんに、抱っこしてもらいますか?」

小さな子をなだめるように、ゆっくり言葉にするお兄ちゃん。

その瞳には、淋しげな光が宿っていて。

ついさっき“あの頃に浸らせてください”なんて言ったくせに。

そうやって、すぐ自分の思いをひっこめて。

そういうのをオトナだと勘違いしてる。

怒った顔を作って、ぶんぶん首を振ってみせた。

私の顔を見て、くすりと笑みをもらした榊課長。

「伊織さん」

お兄ちゃんに声を掛ける。

「麻衣がこうなったのは、伊織さんのせいでしょうから。

 責任を持って、面倒を見てやってください」

温かい断わりの言葉。

……だと、思う。

本気でイヤなんじゃない、よね。

真意を探ろうと、榊課長をじっと見上げたら。

 

 

 

「あー。早く目が覚めちまっただけ」

耳の後ろを掻く手の間からちらちら見える、紅い頬。

気まずそうに視線を逸らして、タクシーの窓の外に顔を向けて。

あれ? もしかして。照れてるのかな?

「ああ、もうっ」

私の視線に耐えかねて観念したように、こっちを向いて。

「気になって……眠れなかった。

 どうせ家にいても落ち着かないし。

 気晴らしに、散歩でもしようかと思ってさ。

 たまたま、麻衣の家の方に歩いてたら、伊織さんの車が見えて……」

心配してくれたことに感激して、こくこく頷いているのに。

榊課長は慌てたように付け加える。

「いや、ほんとに。たまたま、だぞ。

 足が自然に向いたっていうか。

 ん、と。……なんで、黙ってる?」

 

 

 

 

「喉を痛めて、喋れないんです」

肩をふるわせながら答える、お兄ちゃん。

どうやら、だんまりを決め込む私に焦った榊課長は、釈明を重ねていたらしく。

「あ。そう、ですか」と照れ笑い。

「で。どうして。

 伊織さんは、あの時間まで麻衣をひとりにしてたんですか?」

少しだけ咎める口調。

「それは……」と、お兄ちゃんは目を伏せて。

「弁解のしようもありません。

 実は、ユウにつかまりましてね。

 ユウの行きつけだというバーに連行されました」

ユウさんが?

行きつけのバーって、きっとジンさんのお店。

 

 

 

確かに言ってた。

“今夜から策を練って、早速動く”って。

だけど。

“お店に連れておいで”って。

ユウさんに言ったときは“近いうち”って……。

お昼に私たちに会って、もうその晩にお兄ちゃんに?

なんて、早業。

タスクスケジュールを追い越す成果に、気持ちが逸る(はやる)。

「すみません、裏の扉の方につけてください」

タクシーのドライバーさんに、声を掛けるお兄ちゃん。

失礼、と断わって、スマホで通話。

個人病院の扉から、スマホを耳にあてた白衣の人が出てくる。

見るからに眠そうで……ほんとにすみません。

 

 

KISSの法則・思い出は美化の賜(たまもの)

 

お兄ちゃんの腕に納まる私を覗きこんで、ぷぷっと吹き出す、白衣の人。

「大きくなったみたいだけど、甘えんぼは変わらずか」

ひげ面で、ぼさぼさ頭。口が悪くて……苦手。

記憶の中では優しかったような気が。

思い出は美化されるものなのかな。

「俺にビビるのも相変わらずだ。

 子供ん時は泣かれると面倒だから優しくしたけど、大人になったら容赦しない。

 ま、医者だからな。

 慣れてもらっても困るけど、毎回同じ反応だと正直凹むぞ」

「申し訳ないですね」

言葉とは裏腹に、お兄ちゃんは爽やかに笑って。

 

 

 

診察室のベッドに寝かされ、点滴の用意。

針が刺さるのは怖いから、そっぽを向いてるのに。

「は~い。

 今から、ぶすっと刺しま~す。

 痛いけど泣かないでね~」

やめて。実況しないで。怖いから。

「そういうことをするから、嫌われるんですよ」

そうよ、そうよ、と。

お兄ちゃんの言葉に、心の中で大きく頷く。

「毎回、寝てるとこ起こされるんだぞ。

 見返りを期待しておとなしくしてりゃ、カレシができてるし」

視線を追ったら、腕を組んで不機嫌そうな榊課長。

ふんと、白衣の人は鼻を鳴らして。

「点滴が終わったら、少し休んで帰れ。

 今回のは、そうひどくないから」

 

 

 

スライドドアの向こうに消えた背中を、目で追って。

お兄ちゃんは、小さくため息。

「彼は、私の高校時代の知り合いです。

 麻衣を昔から知っているので、拗ねてるんですよ」

憶えてない、けど。

首をかしげると、お兄ちゃんはくすくす笑って。

「麻衣が彼に会ったときは、大抵ぐったりしていましたからね。

 憶えていないのも無理はありません。

 あの性格ですから、可愛いと思ったら構いたくなって。

 調子に乗って、泣かせてしまう。

 病気の麻衣には手加減していたようですが、娘さんにもああなので……

 すっかり嫌われてしまったようですよ」

表情を和らげた榊課長を覗き込んで、微笑むお兄ちゃん。

「幼稚園に通っている娘さんにカレシができたそうで。

 先ほどの暴言は、完全な八つ当たりです」

「はぁ、そうですか」

耳の後ろに手をやって、ぶっきらぼうに返す榊課長。

 

 

 

「よかったですね、麻衣」

お兄ちゃんが笑うから。

なんだかよくわからないけど、頷いて見せた。

「全然わかっていないようですね。

 後で説明してもらいなさい。

 ……榊さん本人に」

頷いて。榊課長を見たら、紅い頬。

扁桃腺炎はウイルスだし。

うつりにくいと言われているけど、もしかしたら。

どうしようっ!

榊課長、お仕事忙しいのに。

しかも!

二人で揃って休んだら……噂になるかも。

どう、しようっ!

 

 

 

KISSの法則・ゆうべの顛末

 

「おそらく。

 まるで見当違いなところでパニックに陥っていますね。

 ……面倒なので放置しましょう」

お、お兄ちゃんっ。

放置しないで。仲間に入れて。

喋れないことが、こんなにつらいなんて。

「ところで」

私をちらりと見たお兄ちゃんは、榊課長に話しかける。

「ゆうべの話ですが。

 20時を回った頃、帰り支度をしていたらユウから電話がありまして。

 『23時に店に来なさいっ』と。

 かなり怒った様子だったので、麻衣がまた粗相をしたのかと心配になりましてね」

麻衣が、また、粗相……って。

治ったら、絶対噛みついてやるんだから。

 

 

 

「23時と時間指定したにもかかわらず、閉店まで待たされて。

 私は酒を嗜みませんから、ひどく居心地が悪かったのですが。

 前にお話しした、榊さんと同じような喋り方をする男の子。

 彼とそのお友達が、話しかけてくれましてね。

 2時間ほど待って、バーに連れて行かれたのです」

ゲイバーに、男の子。

ボーイさん、みたいな人かな。

「ずっと黙って、むすっとしていたのに。

 バーに着いたとたん、ユウはすごい剣幕で。

 ヒステリックな痴話喧嘩かと思うような勢いで、私をなじりましてね。

 『加害者なんて言わせないっ!』と」

榊課長も私も、深く頷いた。

 

 

 

「あのバーのマスター、ジンさんでしたか。

 あの方が、ユウの興奮を鎮めてくださいましてね。

 それはもう、見事な手綱さばきで。

 はじめて、ユウとあの話をしました。

 ずっと不可解だった靄(もや)が晴れて……」

そう言って目を瞑り、天を仰ぐお兄ちゃん。

綺麗な横顔が微かにふるえていて。

「少し、だけ。

 心が、楽になりました」

手を伸ばして、そっとお兄ちゃんの手を握る。

濡れた瞳で私を見つめ、小さく息を吐くお兄ちゃん。

「最初の電話で、『麻衣が待ってるので帰ります』と、言ったのですが。

 『きっとテンパって、話にならないはずよ』と。

 ……ユウが」

私を見るお兄ちゃんの口元は、穏やかにカーブしていて。

 

 

 

「ユウのせいにするのは、間違いですが。

 『あの様子じゃ、ひと晩経った方が冷静になれる』という言葉に、つい。

 “あの様子”を、私なりに勝手に想像してしまったのです」

私の手を、そっと握り返して。

慈しむように微笑む、お兄ちゃん。

「おそらく麻衣は、見当違いな結論を出して。

 『お嫁に行かない!』と、取り乱すんじゃないかと。

 一旦言い出したら、聞かないコなので。

 それで、電話もせずに……

 こんなことになってしまったんです」

あ。はは。

その選択肢はなかった、です。

ユウさんの言う通り、テンパっていたのも事実だし。

どの言葉を糸口にするかも、どう伝えるかも、悩んでいたけれど。

私は欲張りだから。

榊課長との未来を諦めるなんて、微塵も考えていなかった。

 

 

 

KISSの法則・学習能力のなさ

 

「麻衣が起きたら、朧気ながらでも固まった私の気持ちを話そうと……

 高揚する気持ちを抑えながら、玄関の扉を開けたのです。

 そうしたら」

眉をひそめてちらり。

思わず首をすくめる。

「思い出すだけで胸が締めつけられる光景が、広がっていて。

 ブランケットにくるまった息の荒い麻衣が、壁によりかかるようにして。

 まさか。小学生のまま成長していないなんて、思いもよらなかったのです。

 何度も熱を出して、『喉が痛い』と泣いていたくせに。

 麻衣の学習能力のなさに、脱力して。

 そうさせてしまった自分を……責めました」

つないだ手をくいくい引っ張って。

違うよ、と。首を振ってみせる。

 

 

 

「ええ、わかっていますよ。

 あなたの自己管理能力が皆無だということは。

 ですが、私はあなたの保護者で。

 そんな“考えなし”なコに育てたのは、私なのですから。

 保護責任者遺棄罪に問われるくらいの事案なのです」

それって、対象が乳幼児の場合でしょ?

むくれて、榊課長に助けを求めたら。

口をへの字に曲げたまま、大きく頷いた榊課長は、ふんっとそっぽを向いた。

しゅん、とする私を見て、お兄ちゃんは満足そうに頷く。

 

 

 

「いいですか。

 これに懲りて、2度と玄関で待ってはいけませんよ」

小さな子供に言い含めるように、ゆったりした口調で。

涙目で頷くしかない。

「榊さんも、後でみっちり叱ってやってください」

お兄ちゃんの楽しそうな声に。

「ええ。きつーく、叱っときます」

榊課長の怒った声。

……怖い、よぉ。

 

 

 

KISSの法則・人心掌握術

 

「ところで」

真剣な声音に変わるお兄ちゃん。

「あの、ジンさんという方は何者なんでしょうね。

 話をするだけで、ぞくぞくしました」

普通の人には見えないものが、見える人。

「あのユウが、ジンさんの言うことだけは素直に聞いて」

それは、多分。

ユウさんにとっては“恋する人のお父さま”だから、だよ。お兄ちゃん。

 

 

 

『なにかわけがあるはずだから、真相を探らせてほしい』と。

 ジンさんから申し出がありましてね。

 お手を煩わせるのが忍びなくて、辞退したのですが……

 どうしてもとおっしゃるので、お願いしてきました」

ほっと、安堵の息。

自分だけを責め、闇に縮こまる心が解放された。

そんな気がして。

みんなの想いが、お兄ちゃんに届いた。

そして、受け入れてくれたんだもん。

ほとんど、ジンさんのおかげなんだけど。

真相がどうであれ、お兄ちゃんは希望の光を見出して。

そちらに視線が向き始めたんだから。

 

 

 

KISSの法則・加速するタスク

 

点滴が終わりに近づいて。

お兄ちゃんは、白衣の人を呼びに診察室を出た。

「……麻衣」

スライドドアがすっと閉まった途端、榊課長の低い声。

「気持ちはわかる。

 手のかかる麻衣を目の当たりにして、伊織さんも気持ちが変わったかもしれないし。

 結果的にも良かったんだろう。

 ……けどな」

そばに来て、顔を近づける榊課長。

空気感染はしないけど、飛沫感染はするはず。

近すぎ、ますよ。

慌てて顔を背けたら。

ぐいっと、ほっぺをつままれて。

横にびろーんと伸ばされる。

痛い、痛い、痛いってば!

 

 

 

「狙ったわけじゃないんだろうけど、無茶しすぎなんだよ。

 ぐったりした麻衣が、伊織さんに抱きかかえられて出てきたとき。

 心臓が止まるかと思った。

 オレの気持ちも考えろ」

「ごめん、なさい」

ようやく出た掠れた声で、謝る。

「ヘンな声。

 喋るな、喉に負担が掛かる。

 ハスキーボイスってガラじゃないから、笑えるな」

笑えるなら、よかった。

へにゃあっと顔の筋肉を緩めたら……

「にたにたするな、反省しろ」って、また怒られた。

 

 

 

「とにかく」と、榊課長は真剣なまなざしで。

「タスクが早まってる。

 オレも、腹を括らなきゃならない」

緊張が走る。

榊課長が決める覚悟は、ひとつだから。

「近いうちに、和真に会わせる。

 絶対、無茶するな。

 オレの傍から離れるな。

 いいか。約束しろ」

「はい」と、まっすぐ目を見て頷く。

ジンさんは“大丈夫だよ”と微笑んでくれた。

でも、油断は禁物。

 

 

 

頭がくらくらするから、榊課長によりかかって診察室を出る。

ムスッとした白衣の人に、おずおずとおじぎをしたら。

「お世話になりました。

 ……娘さんに、よろしく」

隣で榊課長が、お礼&挑発。

白衣の人は口を歪めて、にやりと笑って。

「もう、来んなよ。

 いつまでもガキじゃねぇんだから、自己管理しろ」

乱暴な言い方に、こくんと俯くしかない。

「カレシなら、ちゃんと見張っとけ。

 寝てるとこ起こされんのは、まっぴらだからな」

低く笑いながら、白衣の人は背を向けた。

 

 

 

 

ヒミツの時間