のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第27話 月曜日の謝罪

 

人の心に無関心な彼に、自分の非を認めてもらうこと。
永遠を二人で手にするために。

 

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第27話 月曜日の謝罪

 

KISSの法則・衝撃の事実

 

「……誰だ? お前」

聞こえてきたのは、耳を疑うような榊課長の冷たい声。

榊課長を見上げると、その視線はアケミさんを捉えていて。

誰、って。

秘書課のアケミさん、でしょ?

フリだけだったのか、ほんとに元カノだったのか……

そこはわからないけれど。

会ったことも話したことも、ある、はず……。

 

 

 

「勘違いするな。

 車の主は、麻衣の実の兄貴だ」

語気を強めて、ネタばらし。

それで、と。

愛おしそうな瞳で、私を見つめる。

今は、その視線も胸に響いてこない。

「麻衣は、オレの大事なカノジョ。

 よく覚えとけ。

 わかったら、2度とそのツラ見せるな」

“オレの、大事な、カノジョ”

その言葉は嬉しい。

けれど。

“誰だ? お前”って……

ほんとに覚えてないの?

 

 

 

さすがの香里さんも、驚いた様子で。

「司、どういうこと?」

口も利かずに険悪ムードだったはずなのに……

思わず、高橋課長に耳打ちしている。

「こういうことさ」

肩をすくめて、大きなため息をつく高橋課長。

「高橋ッ! どういうことだ。

 このオンナ連れてきて、なにに仕立てた?

 このオンナは、麻衣になにを吹き込んだ?」

かたかた、震えが止まらない。

麻衣? と。

異変に気づいた榊課長が、私を覗きこむ。

「おい、どうした? 震えてるぞ」

焦点が合わない。

榊課長の顔が見えているのに、心に映らない。

ちぃっと。舌打ちした榊課長は。

「新堂!」

香里さんに声を掛ける。

 

 

 

「麻衣がおかしい。

 とにかく、あのオンナつまみ出せ」

「ばか榊ッ!」

ひとこと言い捨てて、踵(きびす)を返す香里さん。

「はぁっ?」

大声を出す榊課長に怯えて、ぴくんと反応したら……

「わるい」と頭を撫でられた。

アケミさんを“誰だ?”と言い放った榊課長。

その言葉には、迷いも躊躇いも嘘もなくて。

いつか、私も。

忘れられてしまう、のかも。

毎朝、毎晩、会える日を指折り数えて。

メールだけじゃ、もどかしくて。

恋い焦がれて、いたのに。

やっと会えた、今は……

恐怖に、心が凍えてしまっている。

 

 

 

「アケミさん」

香里さんの鋭い声。

「もう、わかったでしょ。

 アケミさんは榊のオンナ除け。

 ダミーなんです」

ううん、と。

首を振って続ける香里さん。

「ダミー、だったの。

 名前も顔も覚えてもらえない、ダミー、だった。」

ダミー、だった……

ダミーだけでもきついのに、もはや過去形で。

ひどい、扱い。

「なんの話だ?」

榊課長は、怪訝な表情。

自分の愛する人の非情さに耐えられなくて。

つらくて、悲しくて。

「放してください」

小さく訴えた。

 

 

 

あ? と。

榊課長は不満そうに威嚇するものの、渋々腕を緩めて。

肩をそっと支えながら、近くのチェアに座らせてくれる。

この優しさも、きっと期間限定。

長くはないのかも。

震える両手をきゅっと握りしめて。

諦めかける自分に首を振る。

そんなに簡単に諦められる想いじゃない。

付き合ってるの? って、アケミさんに訊かれたとき。

私、言ったはず。

榊課長が好きです、って。

榊課長が私のことを忘れても。

私は榊課長が好き。

高橋課長の目的が、アケミさんの鼻っ柱をへし折ることなら。

人の心に無頓着な榊課長に、自分の非を認めてもらうこと。

それが、私と榊課長にとっての目的。

永遠を二人で手にするための……

 

 

 

KISSの法則・ココロからの謝罪

 

「……榊課長」

震える声で呼びかける。

「なんだ?」

温かく囁く榊課長としっかり視線を合わせた。

「謝って、ください。アケミさんに」

麻衣? と。

不安そうに揺れるオニキスの瞳。

「榊課長は、以前アケミさんに告白されたそうです。

 かなり辛辣に断わった、って。

 高橋課長も香里さんも、ご存知の話です。

 覚えていませんか?」

そう、問うと。

「そういうの、昔は日常茶飯事だったからな。

 一つ一つは覚えてない。

 ただ。全部断わってたのは事実だ」

 

 

 

だけどな、と。

慌てて補足する榊課長。

「最近は呼び出されたりすることなんて、ほとんどないぞ。

 疾しい(やましい)ことなんか、ひとつもない。

 オレを信じろ」

的外れな懇願に、おもわずため息がもれる。

「どうして。

 告白がぱったり減ったと思います?」

それは……、と。眉間にしわ。

「知らない。考えたこともなかった。

 煩わしくなくなって、楽だなって思っただけで。

 単純にオレに興味がなくなっただけだろ?」

私の要領を得ない質問に、一生懸命答えようとする姿。

くだらない、と撥ね退けてもおかしくないのに。

少しだけ、勇気が出る。

 

 

 

「榊課長が煩わしくなくなったのは……

 そこにいらっしゃるアケミさんのおかげなんです」

あ? と。

アケミさんに視線を移す、榊課長の横顔が険しくて。

また、切なくなる。

「アケミさんに告白された榊課長は、お断りして。

 ある条件提示をして、取引を交わしたんです」

私の言葉に、驚いた顔で振り向いて。

高橋課長、香里さん、アケミさんの3人を順に見遣る榊課長。

3人とも、それぞれ深く頷いて。

「それが、ダミー契約です。

 条件は、迷惑がかからない程度に噂にすること。

 アケミさんがその条件をのんだのは、ご自身のプライドのため、と。

 お聞きました」

 

 

 

「アケミさん……」

こちらをじっと見つめる彼女に声を掛ける。

「間違っていたら、訂正をお願いします。

 全員が揃ったこの場で、記憶の擦りあわせをしないと……

 ずっと、尾を引きます」

「あんたの言葉の、とおりよ」

力なく、うなだれるアケミさん。

「榊さんは、さらっと条件を言葉にしただけっぽかったから……

 覚えてなくても、当然かもしれないけど。

『彼女のフリをしろ』って言われたアタシは、舞い上がった。

 ほかのどの女よりも近い位置にいるって、思ったから。

 それが、まさか。『誰だ?』なんてね。

 そんなこと言われるなんて、思いもよらなかった」

あはは、と。

アケミさんは、自嘲気味に乾いた笑い声をあげる。

 

 

 

席を立ち、アケミさんの元へ向かう榊課長。

床に座ったままのアケミさんの前に跪き(ひざまずき)、ゆっくりと頭を下げる。

「……悪、かった。

 自分さえよければいいって、そう思ってた。

 確かに、利用してたんだと思う。

 不愉快な思いをさせて、すまなかった。

 だけど……」

頭を下げたまま続ける、榊課長。

「オレは、あんたの気持ちには応えられない。

 今も、これから先も。ずっとだ」

そこで言葉を切って、私に振り返る。

きゅうんと疼く胸を押えると、榊課長は大きくゆっくり頷いて。

「オレは、麻衣しか見えてない。

 だからって、他の人間を気遣わなくていいってもんじゃないだろうけど。

 そういうことも、麻衣がそばで諭してくれる。

 オレには、麻衣が必要なんだ」

 

 

 

KISSの法則・条件提示と交換条件

 

あ~あ、と。

大きなため息をつくアケミさん。

「あ~んな生意気なコドモに、太刀打ちできないなんてね」

気丈に立ち上がろうとするものの、ふらついて。

見かねた香里さんが、さっと手を貸す。

「ま、いいわ。

 生意気だけど、真っ直ぐなコだし。

 何より“命の恩人”だしね」

アケミさんが、高橋課長を軽く睨む。

ビクッと反応した高橋課長は、そろそろと視線を外し。

そんな挙動不審な高橋課長をぎろりと睨む、香里さん。

 

 

 

手を貸した香里さんに小さくお礼を言って。

そうね、と。

晴れやかな表情を見せるアケミさん。

「もう、きっぱり。諦めてあげる」

アケミさんの宣言に、慌てて香里さんが割って入った。

「でも。

 麻衣みたいなコドモに出し抜かれたなんて、知られたくはないですよね」

まぁね、と。アケミさんは渋い顔を見せて。

「ちょっと広めすぎちゃったから、引っ込みがつかないってとこもある」

じゃあ、こうしましょう、と。香里さん。

新たな条件提示の予感……

「二人が付き合っている件は、内密に。

 今回のことは、私たちも口外しません」

 

 

 

そのかわり、と。

香里さんは語気を強める。

「自然消滅っぽく、フェードアウトしたように噂を消していってください。

 でないと、この二人が結婚した時。

 アケミさんには“捨てられた女”のレッテルが貼られますよ」

「そんなのイヤよッ」

かぶりをふるアケミさん。

「わかったわ。でもただじゃ、引き下がれない」

……まだ、なにか、条件があるんでしょうか?

アケミさんは、まっすぐこちらに向かってくる。

どぎまぎするけれど、誰も止めない。

危険人物ではないと、わかっているから。

あ、私がいざとなったら強いことを体感した人もいるっけ。

私の前でぴたりと歩を止める、アケミさん。

 

 

 

そして。

にっこり……というか、にたぁり。

「あんたのお兄さんってさ。カノジョ、いるの?」

唐突な質問に、口がパクパク。

お兄ちゃん? お兄ちゃんに、カノジョ?

ユウさんは、カノジョっていうか……

……榊が、勢い余ってバラすから

……なんだと? ああ言わなきゃ、麻衣が二股オンナ呼ばわりだったじゃねーか。

ひそひそ話の二人も、手をこまねいている様子。

「え、えーと……」

困っていたら、思わぬ人が助け舟。

「アケミさん。麻衣兄(まいあに)はフリーだよ」

高橋、課長?

 

 

 

だけど、と。

高橋課長は眉を曇らせて。

「あのイケメン御曹司の“ロータスさま”が、麻衣兄だってばれるようなことがあったら……競争率が一気に跳ね上がるよね」

そ、そうね、と。アケミさん。

「麻衣兄は、僕の知り合いだから。

 なんとかしてあげるよ」

嘘、ばっかり。

高橋課長って、嘘がすらすら出てくる人。

営業は“場馴れ”と“はったり”なんていうけれど……

「だから。

 “ロータスさま”が麻衣兄だってことも、内密にね」

人差し指を唇の前に立てて、ウインク。

アケミさんも、ぽぉっと頬を染めながら頷いた。

さっき、傷害事件さながらの修羅場があったのに。

恐るべしっ! 高橋マジック。

 

 

 

KISSの法則・再会の時間

 

「じゃ。高橋クンよろしくね~」

にこにこ顔で、小会議室を後にするアケミさん。

張りつめていた糸が一気に緩んで。

どっと疲れが押しよせた。

はぁぁぁぁあ、と。

盛大なため息と一緒に、デスクに突っ伏す。

「麻衣っ」

榊課長が駆けよってくる。

そのままチェアごと抱きよせられた。

包み込む温もりと、懐かしいマリンの香り。

麻痺していた感覚が戻ってくる。

 

 

 

え~と、じゃ。あたしたちは……ね?

あとは、お若いお二人で~

そんな風にちゃかしながら、扉が閉まる音。

……

静か。に、なっちゃった。

完全な二人っきり、だし。

えっと。どう、しましょう。

「……嫌いに、なったか?」

掠れる声で、こちらも見ずに言葉にする、榊課長。

チェアごとのハグは、密着度が足りなくて。

気持ちがちゃんと伝わるのか、不安になる。

腕をそろりと動かして、榊課長の頬を撫でる。

ぴくんっ、と。榊課長の身体が揺れた。

撫でた手で愛しい人の頬を覆って、少しだけ力をこめる。

どうしても、顔を見て伝えたかったから。

 

 

 

なすがままの榊課長。

伏せた瞳に哀しくなりながら、お願いしてみた。

「こっち、見て?」

自分でも驚くくらいの、甘い声。

榊課長は伏せたまぶたをゆっくり開ける。

「私。榊課長のことを嫌いになったりしてません。

 今日のことで、もっとずっと大好きになりました」

弟さんとの一件で、女性不信になって。

だから、女性からの告白もシャットアウト。

呼び出しも告白も煩わしいから、取引を持ちかけて。

その相手が誰だったか覚えていないほど、どうでもいいことだった、だけ。

それが、榊課長の言い分で。

 

 

 

だけど。

相手の気持ちを説明したら、跪いて、頭を下げた。

自分の非を認める、柔軟な心。

“麻衣しか見えない”

“麻衣が必要”っていう言葉。

欠点も全部ひっくるめて愛するって……

きっとこういうことなんだって実感できた。

 

 

 

「……麻衣」

私から目を逸らさずに名前を呼ぶ。

愛しそうに大切そうに。

頬に添えた私の手に、自分の手を重ねて。

そっとはがす。

そのまま指を交互に絡めて……伝説の恋人つなぎに。

ひゃぁぁあ、と。思っていると。

くいっと指に力をこめられて、チェアから立ち上がる形になった。

けっこう力が入っていたらしくて、榊課長の胸にぽすん、と着地。

 

 

 

いきなりの出張で心が乱れて。

毎朝、毎晩、会える日を指折り数えて。

甘いメールをもらっても、それだけじゃもどかしくて。

ずぅっと、恋い焦がれていた、榊課長の胸の中。

二人だけの小会議室。

遠慮はいらないん、だよね。

「これ、ぎりぎりの充電ですか?」

そうだ、と。

真顔で頷く榊課長にどきりとして。

「さっき、フルチャージしたのに?」

なんて冗談っぽく笑って聞いたら。

「あんなの、もうとっくに切れてる」

切なそうに呟いて、視線を外してくれない。

どきどき、しすぎて。もう、ムリ。

 

 

 

「あ、そうだ」

小さく無邪気な声を出して。

オトナの空気を変えようと試みる。

「遅くなっちゃったけど。あのね……」

見つめる視線が、いつもよりシリアスで、オトナの危険な香りがして……

笑顔が固まる。

今、言うと、ぎりぎり充電の壁が決壊しそう。

うん? と。優しい声。

きゅううん、と。胸が音を立てた気がした。

私、この榊課長の“うん?”に弱い。

キモチを素直に口にできる魔法の呪文みたいで。

言わなきゃだめ? と。小さく問うと。

言って、と。甘く低く囁く。

あぁ、うぅう。

もう、どうなっても知らないから。

 

 

 

「……おかえりなさい、拓真さん」

言ったとたんに目を瞠って。

「そういう罠かよ」

天を仰ぐ榊課長。

だから訊いたのにぃ。

“言わなきゃだめ?”って。

「罠じゃ、ないもん」

唇を尖らせたら。

榊課長は目を細めて、尖った唇を指でふにふにつつく。

拗ねたコドモをからかうようなしぐさ。

ほっとしたのも、つかの間。

そのまま、左手で後頭部、右手で頬を固定されて。

右の親指で唇をゆっくりなぞられる。

ちょ、ちょちょちょっ/////

 

 

 

KISSの法則・こめかみとまぶたとおでこ

 

「……ただいま、麻衣」

色っぽい声に、思考が完全に停止。

ぶわっと涙が溢れだす。

「泣くなよ」

困ったように呟いて。

親指で涙を拭う。

拭った後に頬をよせて、すりすりしたかと思ったら……

こめかみに、ちゅっ、って。

……ちゅっ、て……?

かちんと固まる私に、ぷっ、と吹き出して。

「やべ。止めらんねぇ。

 なんか萎える話して」

いばって命令する。

 

 

 

「早くしないと、アウトだぞ」

笑いながら、まぶたにも、ちゅっ、と音を立てる。

もう、急かさないでってば。

わ、私が、と。

慌てながら言葉にする。

うん? と。

また、あの優しい呪文。

「私が、すごく榊課長を好きで……」

「……麻衣。ストップ」

慌てたように私の唇を2本の指でふさぐ榊課長。

「話、聞いてたか? 

“萎える”話だぞ。“煽る”話じゃないぞ」

うん、わかってるってば、と。

指の隙間からもごもご言うと、そっと離す。

「すごく、めんどくさい話なの」

あ? と。眉を上げる榊課長。

 

 

 

「私が、すごく榊課長を好きでね。

 告白してたら……

 やっぱり、ばっさり断わった?」

真顔になった榊課長は、私の瞳を覗きこむ。

めんどくさい話の真意を探るように。

「ほかの、告白した女の子たちと同じように、名前も顔も覚えてくれなくて。

 まただよ、ウザいな”って。……思ったよね」

それは……、と。

言ったまま、押し黙る榊課長。

 

 

 

「怒ってるとか、悲しいとか、じゃないの。

 事実に対して後から“たられば”を言うのはナンセンスだって、世界史の先生が言ってた。

 だけど……」

背中に回した腕に、きゅっと力を入れて。

「こうやってお互いに大好きで、抱きしめ合ってること。

 タイミングとか、歯車とか、奇跡とか……運命とか。

 そういう色んなことが、微妙に組み合わさってるって思ったら……」

こみ上げる涙をくぅっとこらえて、ふぅっとひと息つく。

「すごくっ、貴くて……嬉しいって思う。

 けど、それ以上に、怖くなって」

 

 

 

「麻衣……」

おでこから響く苦しそうな声。

「オレだって、同じだ。

 麻衣がオレの腕の中にいるのは、奇跡だと思う。

 でも、それと同じくらい。

 必然だ、って。胸を張って言える。

 出会うべくして出会って。

 魅かれ合って。

 求め合ってる、ってな」

おでこに伝わる温もりが、少し離れて。

ちゅっ、と音が響く。

必、然?

おでこにキスをされて、わたわたする気持ちは。

言葉の意味に囚われて、ぴきんと固まってしまった。

 

 

 

「とりあえず気になるから」

榊課長は咳払いをして。

「その世界史の先生ってのは、若いオトコか?」

へ? と。見上げたら。

いいから答えろ、と。紅い顔で凄まれた。

「女性の先生です。

 えっと、50代くらいでした、けど」

ふん、と。

どうでもよさげに鼻であしらう榊課長。

自分で訊いたくせに。

そうだ。

この隙に訊きたいことを訊いて、言いたいことを言わないと。

また危ういオトナモードに呑まれちゃう。

 

 

 

KISSの法則・必然の真理

 

“必然”って。どういう意味ですか?

 ……あ、それから」

慌てて追加。

「どさくさに紛れて……ちゅ、ちゅ、ちゅうしないでください。

 話の内容が、吹っ飛んでわからなくなっちゃうからっ」

くくっと、小さく笑って。

じゃさ、と。

至近距離でいたずらっぽく煌めく瞳。

「どさくさじゃなきゃ、いいんだな」

煌めく瞳に見惚れて、ぼんやりして。

気づいたら、頷いてた。

どさくさじゃなくて、ちゃんと、だったら……

一瞬だけ見開く瞳も。満足げに細める瞳も。

ずっと、焦がれていたから、目が離せなくて。

じいっと、見つめちゃう。

 

 

 

「見すぎ。ちゃんと喋らせて」

伏し目がちにした視線を、すっと逸らされて。

胸にきゅっと抱え込まれる。

反射的に胸にすりすりしたら。

「こら。動くな、って」

後頭部を優しく押さえられた。

“人間なんかがどう足掻いても、歴史は変わらない”って。

 その世界史の先生は、言ってなかった?」

それは聞いたこと、ないです。

小さくかぶりを振ると、ぴくりっと反応。

あ、はい。

動いちゃだめ、でしたね。

 

 

 

はう、と。

ヘンな息を吐いて、榊課長は仕切り直す。

「例えばな。

 歴史を変えるために、タイムマシンを開発して生まれたばかりの黒幕を暗殺しても。

 違う人間が覚醒して、同じ道を辿るもんなんだよ」

SFチック。

話が急に大きくなって戸惑うけれど……興味津々で。

胸からダイレクトに響く懐かしい声に、聴き入った。

「黒幕がコトを起こす直前に暗殺すれば、その時その事態は回避できるかもしれない。

けどな、流れが遅くなるだけで、結局同じとこに行きつく」

時代の流れや背景は変えられない、から。

小手先の対処じゃ、遅らせるだけが精いっぱい。

 

 

 

「歴史ってのは、時代のうねりでできてるもんだ。

 徐々に小さな出来事が重なって。

 たくさんの感情を巻き込んで。

 大きなうねりに育っていく。

 そんな怪物、数人の人間が足掻いたところで、そうそう変わるもんじゃないだろ?」

うん、と。頷いた。

ぴくん、とさせないように。話の腰を折らないように。

少しだけ、榊課長の胸から顔を浮かせて。

「だから、オレは一発逆転なんて信じない。

 データを取って、反対意見に抗う論点を探して、必要なら根回しもする」

SFから、歴史。そして、仕事の話に。

流れるようなシフト・チェンジ。

 

 

 

KISSの法則・たらればの恐怖

 

「麻衣がさっき言った通り……」

私のめんどくさい話に、すとん、と着地。

「たとえば、麻衣とオレの気持ちのタイミングがずれて。

 麻衣がオレに告ったとする、よな……。

 やべ。仮定の話でもクるな」

もぞもぞ身をよじるしぐさ。

この“クる”は、告白する私を想像して喜んでる、で。合ってる?

勝手に答えを弾きだして。

胸の中で、にまにましちゃう。

「オレは実際、けっこう最初の頃から麻衣のこと見てたから、断わる理由がないんだけど」

それは、その。すごく嬉しいけど。

それじゃ、もやもやが残っちゃう。

 

 

 

「ま、告ってくるオンナ自体がトラウマだからな。

 もしかしたら、その時は断わる……かもしれないけど。

 絶対、なんか引っかかって、後悔するはず。

 所属を調べて、高橋経由で新堂から情報もらって。

 やっぱり気持ちが止められなくて。

 仕切り直して、オレの気持ちを伝えるだろうな。

 それで、やっぱり。

 今日、ここで、こうやって抱き合ってるだろ」

そう言われると、そうかもしれないって。

すぐ思っちゃう単純な私。

ただ、その場合は、と。

いじわるな笑いを含んだ声音に、びくっとなる。

いやな……予感。

「麻衣から告った分だけ、進展が早いはずだ。

 伊織さんからの条件提示が間に合わなくて、絶賛、同棲中だろうな」

そうしたら、なにも知らずにお兄ちゃんを苦しめていた。

よかった。タイミングがずれなくて。

 

 

 

逆に、と。今度は声音を固くして。

「オレの充電を拒んだ麻衣が、新堂にチクった場合、な」

、と。息を止める気配。

「これは、致命的だな。

 新堂は烈火のごとく怒るだろうし。

 打つ手がない。

 何とかするだろうけど、すぐには思いつかない」

“致命的”、“打つ手がない”の、言葉に焦って。

顔を、ぱっとあげる。

おぉっ、と。声をもらす榊課長。

「私、香里さんに話したりしませんっ。

 イヤ、じゃないもん。

 初めての時って、ボーっとして記憶が抜けてるとこもあるけど。

 ……イヤ、じゃなかった。拒否する気もなかった」

はぁ、と。大きなため息をつく榊課長。

どうして、ため息?

 

 

 

「そこなんだよ」

難しい顔を見せて、そっぽを向く榊課長。

「オレの“たられば”は、まさにそこ。

 オレの前に、“バックの左手”を教えたやつがいたら。

 オレより先に、麻衣にハグしたオトコがいたら、どうなってたんだろうって。

 営業のやつらに先を越されて、かっさらわれる可能性だってあったし。

 たまたま、オレだっただけ、なんじゃないかって」

唖然として、必死で首を振る。

「それは、ないですっ。

 企画から依頼が来て

 榊課長のことを知って

 憧れたのが、最初だから。

 “バックの左手”の時は一瞬だったけど、その後すぐに先輩に“榊課長だよ”って教えてもらって。

 びっくりしたけど、嫌悪感はなかった。

 “充電”の時も、榊課長は自分で名乗ったでしょ?

 私、榊課長だって知ったから、

 ううん。榊課長だったから、拒否しなかったんだと……思うんです」

 

 

 

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