のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】第8話 課長のヒミツ② 愛or鞭

 

とっさに抱いた衝動は? 愛なのか、鞭なのか

 

 

【ヒミツの時間】第8話 課長のヒミツ② 愛or鞭

 

課長のヒミツ・愛or鞭

 

悩んでも出てこない答えに、悶々としながら、新堂にメールを打つ。

 

From:榊

To: 新堂

Subject:依頼〈雛形作成〉

Body:以下10種の企画書雛形希望。

フリーテンプレ、可。

なお、伏せ字にて作成のこと。

 

「徹底してるよね」と隣で画面を覗く高橋。

なんで、しれっとここに座ってんだよ。

「好きなコは、とことん苛めたいタイプでしょ?」

「そーじゃねーよ。これは……」

言葉に詰まるオレを見て、閃いた顔を高橋が見せた。

「おお。愛の鞭(むち)ね!」

はいはい、いいから。

仕事しろよ、高橋。

 

 

 

メールを送信した日の昼、ダッシュでシンジョの園、6階休憩室へ駆け上がった。

もう既にアジトと呼んでいる小会議室に身を潜め、シンジョを、いや立花麻衣を待つ。

目的は、オレのメールに対する、彼女の反応を確認すること。

さすがに、前回の礼もなしに次の依頼はまずかったような。

しかも、10種って……。

落ち込んでるようなら、5種でもいい。

取り敢えず、依頼を繋げたいだけ。

“なぜ”は、この際考えない。

この疑問に、データの分析や緻密な計算なんて必要ない。

ただ、依頼を繋げたいと、思っただけだ。

きゃぴきゃぴとした黄色いざわめきが、扉を過ぎていく。

 

 

 

「ぜんっぜん、聞こえねー」

休憩室で喋ってる感じはある。だが、内容までは聞き取れない。

ちょっとだけ出たって、バレないだろ。

そっと扉を開け、休憩室の入り口で中を覗く。

シンジョだけかと思ったら、他の部署も、中にはオトコも弁当を食ってた。

オレも弁当買ってここで食うかな。

でも、うるさいだろうしな。

おっ、あの背中。

髪型からして立花麻衣だ。

身振り手振りを交えて喋ってる。

「メンソール配合で……ですよ。

シャンプーも……してあって、

ドライヤーも……なんですって」

なんだ? メンソール? タバコ、じゃないよな。

メンソール・シャンプー・ドライヤー。

なぞなぞか?

首をかしげながら視線を戻すと、新堂の視線にぶつかった。

 

 

 

やっべー……。

こえー、シンジョの鬼。

あの目なら瞬殺だ。

バクバク鳴る心臓を押さえつつ、目を逸らす。

考え事をしてるんだぞ、って顔を作って、ゆっくりとアジトへ一時退却。

「メンソールとシャンプーとドライヤーでできるもの、なあんだ?」

アジトで息を整えながら、なぞなぞを解いてみる。

ひんやり・さっぱり・さらさらの“なんか”ができるんだろうな。

……なんだ、そりゃ。

アジトで首を捻っていると、休憩室が急に盛り上がりを見せた。

おーい、なんだよ。

あー、透明人間になりたい。

新堂に再度見つかったら、完全にアウトだ。

命あっての物種だからな、ここはおとなしく時を待とう。

 

 

 

課長のヒミツ・実地指導

 

シンジョと思しき“きゃぴきゃぴ”が通り過ぎたので、そっと扉から廊下を窺った。

(っっ!!!!!!)

目の前に、立花麻衣。

幸いにも、シンジョメンバーの一番後ろ。

背後に人目はない。

そのまま歩調を合わせ、追尾する。

元気なさそうだな。

5種でもいいぞ、ってメールするか。

その時。消え入りそうな小さな声で、立花麻衣は前を歩くオンナに問いかけた。

「……ミカさん。

車をバックさせるときの左手って、どういう意味ですか?」

 

 

 

彼女の声、言葉の意味。

理解するより前に、体が熱を帯び、滑らかに動いた。

――どうして、そんなことをしでかしたのか――

――どうするつもりだったのか――

――なにがオレをそうさせたのか――

何度自問自答しても答えは出ないが。

「こういうことだろ?」

まるで、自分の声じゃないような掠れた声音で。

立花麻衣の華奢な肩に、左腕を回し。

ぐいっと引き寄せていた。

抗いもせず、すっぽりおさまる立花麻衣。

紅く染まる頬。見開く瞳。小さく開かれた唇。

……まずい。

どうにかしてしまいそうだ。

 

 

 

限界を感じて、そっと離す。

そして、足早に追い抜いた。

「……氷の榊」

背後で聞こえた、立花麻衣とは違う声。

存在をアピールするように彼女を見上げる。

――そう。オレが榊だ。覚えとけよ――

念を込めて、彼女に笑って見せた。

 

 

 

自分の大胆さに蒼褪めたのは、デスクについてから。

立花麻衣は、今の出来事を新堂に話すだろう。

オレが彼女の肩を抱いたこと。

いや、そうじゃない。

オレは親切に教えたまでで……。

下手な言い訳をしても、発覚するのは時間の問題。

陰から、そっとシンジョを窺う……

「あれ~? 麻衣ちゃんも香里も、いないね」

おどかすなよ、……高橋。

背後からいきなり話しかけんな。

「指導室だな、二人とも」と。

高橋が呟いてオレをにやりと目配せする。

な。なんだよ。

まさか、見られたのか?

 

 

 

『榊課長なんて、もう嫌ですっ。

こんなにたくさん、わけわかんないもの頼むなんて!』

高い声で体をくねらせる、高橋。

なんだ急に。

それ……立花麻衣の真似か?

『そうよね……。

別に企画に配属されるわけじゃないんだし、適当にやんなさい。

あたしも適当に返すから』

さすが、新堂はそっくりだ。

『そうだ、麻衣。

こうなったら営業行っちゃう? 

課長の高橋は優しいし、結構イケメン多いのよ、あそこ』

 

 

 

ばかじゃね? 

なに自分のこと優しいなんて言ってんだ。

“優しいし”じゃなくて“一人芝居が笑えるし”に差し替えろ。

「苛めすぎると逃げられるぞ~」

「……べつに、いい」

ぼそりと呟きながら、思うのは6階でのこと。

さっきのは、苛めたんじゃない。

あれは咄嗟に、こう……。

 

 

 

課長のヒミツ・煩悶

 

その後、1時間ほどして指導室から出てきた新堂と立花麻衣。

新堂の猛烈抗議を覚悟して、居住まいを正す。

高橋は、営業に出ている。今ならアイツに笑われることもない。

今ならいいぞ、新堂。

……んん? 静かだ。

立花麻衣は自分のデスクへ。

新堂はその隣に立っている。

二言三言、言葉を交わした新堂は、そのまま自分のデスクへ向かった。

話、さなかった、のか?

……もしかして。

自分がどうされたのか、わかってないのか。

それとも。

本当に教えてもらったと思ってる、とか。

 

 

 

その後も来年の企画を見据えたオープン・データの景況判断を分析しながら、シンジョ方面に目を遣って。

立花麻衣は一心不乱に仕事をしているようだ。

パソコンのディスプレイにほとんど隠れた彼女。

その目線は、画面から離れない。

新堂にも異変はない。

終業時間間際に新堂に呼ばれた立花麻衣。

新堂に説明する。

新堂が返す。

笑いながら頷くシンジョ達。

紅くなる立花麻衣。

いつもと同じシンジョの風景。

 

 

 

その晩は眠りが浅くて。

オレが肩を抱いたこと。

彼女がそれを理解していない、もしくは、教えてもらったとでも思っているのなら。

なんて危なっかしいコなんだろう、とため息がでる。

配属先で格好の餌食にされるのは、火を見るより明らかだ。

前回はオレの暗躍で難を逃れたが、そうそういつも陰の騎士(ナイト)が控えてるわけじゃない。

「陰の騎士って……」

その騎士があんなことしちゃ……やっぱ、まずいだろ。

危なげな彼女を憂い、

そんな自分に戸惑い、

また彼女の身を案じて焦燥する。

その、無限ループ。

 

 

 

「あ~。もう麻衣ちゃん、笑えるわ」

翌朝、朝礼後、オレに囁く高橋の声。思わず背中がびくん、と跳ねる。

「なにその反応。あ~や~し~いぃ~」

「怪しくなんて、ない。

……つーか、新堂からなんか訊いたのか」

「香里? 

いや、今朝のは僕からのリーク」

なんて、自慢げに親指で自分を指すから。

ふうん、と流しとく。

喰い付いて碌なことになったためしがないからな。

「興味ない?」

ガン見する高橋に、虚勢を張って頷くオレ。

「じゃ~、いいや」と。

あっさり引き下がる高橋。

もうちょっと粘れよ、高橋。

営業課長だろーが!

 

 

 

相変わらず企画段階で、企業からNOが出る。

第3企画課の面目は丸つぶれ。

「大丈夫。きっと多くの人の心が一つになる」

部長の言葉に頷くしかない。

粗を探し、足を引っ張り合っても、何も生まれないというのに。

来年の企画は練っていても、今年の企画が壊滅だ。

なんとかプレゼンまで持ち込めても、空気が違う。

主催する企業の動きを察知すれば、即座に批判メールが届くという。

なにを掲げても“偽善”、“電力の無駄遣い”と。

批判が1件でもあれば、企業は動けない。

メールはすべて匿名で。

もはや、フラストレーションの発散ではないかと疑うほど。