のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第39話 ウブ子の不安

 

「赤ん坊ってさ。 どうやったらできるか、わかってる…よな?」
彼の言葉に脳内沸騰!

 

 

 

 

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第39話 ウブ子の不安

 

KISSの法則・秘めたガッツポーズ

 

早速火曜日から始まったレクチャー。

そして、水曜日。

一度通して、クール・イベのプレゼンを見せてもらうことになった。

高橋課長が、撮影係を引き受けてくれたそうで。

私はちょうど中央あたりのベストポジションで、本番と同じ資料を手元にひとりプレゼンテーション。

なんて贅沢な……って。

うっとりしてる場合じゃなくて。

言葉と映像、両方の補足説明の部分をマーカーで色分けして記入。

並行して、プレゼンを受ける側としての感想を、素人目線で書き込んだ。

「弊社のプレゼンは以上です。

 では、続いて質疑応答に入ります」

榊課長は、まっすぐ私を見つめる。

あ。え? 私に言ってる?

 

 

 

「そこの真ん中の方」

榊課長は私を指し示して。

「メモをたくさん取っていらっしゃいましたけど、ご質問は?」

いつもの榊課長が遠くに行ってしまったようで、すごく緊張する。

「プレゼンテーションを拝見したのは、これが初めてで。

 素人の感想としては生意気ですが……

 シンプルなのに直球で。胸にずんと響きました」

当然だろ、という笑みを隠さずに、満足げに頷く榊課長。

メモを取って顔を上げた瞬間、視覚に訴えかける映像。

全て計算されていて。

だからこそ。

榊課長は、誰にも任せられなかった。

そして。

任せるなら、完璧にマスターできる人間でなくてはならない。

それ以上に……

もう一つ課せられるべきミッションがある、はず。

 

 

 

「あの。

 これからプレゼンテーションをする側として、質問してもよろしいですか?」

どうぞ、と。

榊課長は涼しげな笑顔で手のひらを見せて。

「プロジェクタ担当のお話をいただいて、自分なりにプレゼンテーションの基本を調べました。

 もちろん、基本は基本で。

 企画3課にあてはまるものではないということは、承知の上です」

後ろから榊課長とスクリーンを撮っていた高橋課長が、ゆっくり移動している。

カメラを構えたまま。

私と榊課長の間のポジションに。

ちらっと見て、きゅっと唇を噛んだ。

高橋課長は、絶対面白がってる。

だからこそ、カメラなんて気にしない。

 

 

 

「プレゼンには、役割がある、と。

 発表者、フォロー担当、記録係が主な分担だそうですが。

 企画3課はいかがでしょうか?」

カメラの存在を無視して、平常心で質問を続ける。

「ええ、うちも基本はそのスタンスを取っていますよ」

榊課長も私にまっすぐ答えてくれる。

「発表者は、榊課長。

 フォロー担当は、高橋課長。

 では、記録係はどなただったんでしょうか?」

ずっと、気になってたこと。

私がプロジェクタだけに集中していいわけがない。

「記録は私と高橋です。

 質疑応答は録音で。

 あとはプレゼン中のメモ程度の書き込みだけです」

……やっぱり。

 

 

 

では、と。

息を整えて言葉にする。

出すぎた真似かもしれないし、そこまで求めていないと一蹴されるかもしれないけれど。

「私がプロジェクタを操作しながら、お客様の反応を記録するという認識で……

 よろしいでしょうか?」

私が言い終わった途端、ビデオカメラから顔を外す高橋課長。

その表情には驚きが見て取れて。

榊課長は満面の笑み。

「ええ。そうしていただけることを望んでいます。

 ですから、レクチャーに時間を取らせていただきました」

そこで言葉を切ると、ふぅ、と息を吐いて。

つかつかと高橋課長に歩みよる、榊課長。

 

 

 

ビデオカメラの録画をピッと終了させて。

「肩がこる。もう撮影はいいだろ」

あ。ああ、と。

高橋課長はぽかんとした表情を元に戻した。

「麻衣ちゃんと打合せ済みだったのか?

 記録係のこと」

榊課長に問う、高橋課長。

榊課長は怪訝そうに眉をひそめて。

「打ち合わせてねーよ。

 質疑応答も、本番さながらにしてやろうと思っただけで。

 そっちの……プレゼン側からの質問だとは思ってなかったさ」

 

 

 

じゃさ、と。

高橋課長は私を見て。

「自分で、そう思ったの? 

 反応を記録しようって?」

はい、と頷いて、思ったことを伝えてみた。

「プレゼン本番では、おそらく私の立ち位置は榊課長の一歩後ろ、ですよね。

 プロジェクタはスクリーンの手前で。

 私はパソコンからデータをプロジェクタに飛ばす係です。

 でも、せっかくお客様の正面にいるのなら、それだけじゃもったいないって」

へぇ~。ふぅ~ん、と。

唸るような感嘆の声。

本気で感心しているのか、バカにされているのか、掴みかねる。

 

 

 

「だから言ったろ?」

どや顔の榊課長。

「そのうち、『身にしみてわかる』って。

 企画3課のチームで、麻衣と高橋が合流した時。

 『吠え面かくのは高橋だろう』ってな。

 麻衣はただのアシスタントじゃない。

 言われたことだけやるんじゃなくて、自分で考えて行動できるんだよ」

そういえば、確かそんなこと。

“ウラがない素直な性格なのはわかったけど、仕事の能力はあるのか?”って。

高橋課長が訊いて。

“目にもの見せてやんなさい、麻衣!”って。香里さんが。

もしも、今ので高橋課長にひとあわ吹かせられたのなら……

やりましたよっ! 香里さん!

心の中で秘めたガッツポーズ。

 

 

 

KISSの法則・シンジョの未来

 

その夜、いつものダイニングバーで。

高橋課長は、香里さんに謝罪した。

「麻衣ちゃんの能力も、だけど……

 香里の眼力を疑って、ごめん」

ん~、と。

香里さんは渋い返事。

「なんか、ちょっと面白くないのよね。

 麻衣って、企画にぴったりすぎでしょ。

 どんどん成長していって。

 近い将来、榊にがっつり盗られそう」

恨めしそうな瞳の香里さんに、ふふんと笑う榊課長。

「そうすると、シンジョの後継をまた探さなきゃいけない。

 どうしても麻衣を基準に考えちゃうから……難しいわね」

眉間にしわをよせて考え込む、香里さん。

 

 

 

「心配すんな。

 しばらくは今の体勢でいい。

 表向きはシンジョ所属で構わないし。

 業務も、プレゼン前だけ半日出向みたいな形でいい。

 水面下で日常的な依頼はするけど」

ほんとに? と。

ほっとしたように笑う、香里さん。

「香里はさ。

 最初はあんなに嫌がってたのに、今は骨の髄までシンジョ課長だよね」

 頬杖をついて愛しそうに目を細める、高橋課長。

 

 

 

「ただし……」

榊課長が釘をさす。

「新堂も麻衣も、背負いすぎはまずい。

 いずれ世代交代する時が来る。

 早いうちから後継を育てる準備を怠るな。

 二人とも、その……結婚が控えてるんだから」

そうだよ、と。

拗ねた口調の高橋課長。

「結婚したら、今以上に協力は惜しまないけどさ。

 赤ちゃんをおなかの中で育んで産むのは、香里に任せるしかないもん。

 仕事を理由に産む時期を悩むなんて、ばかげてるだろ?」

「そう……ね」

香里さんは頬を染めて頷く。

 

 

 

「基本的に、シンジョは新堂と麻衣のツートップで動くけど。

 後継候補を毎年育てて、一旦ほかの部署に預ける形にしたらどうだ?

 各部署に後継候補がいれば、安心だし。

 あくまでもオレの希望として、だけど。出産は一度じゃないだろ?

 な? 麻衣」

いきなり、私に話をふる榊課長。

はい? と。

素っ頓狂な声が出る。

「ぼーっとして。

 ひとごとじゃないんだぞ。」

あ。私の……、

私と榊課長の、赤ちゃんの話。

「そっか。そうですよね……」

いろいろ考えながら呟いたら。

3人の口から呆れたようなため息が揃ってもれて。

「麻衣ってば、真剣に考えてる」

「照れるっていう反応はないのか」

「先が思いやられるな、榊」

 

 

 

3人の微妙な態度は気になるけど……

ちょっと今は置いといて。

「……うーん」

呻きながら思いを巡らす。

今まで、結婚は乗りこえられても出産は大きな壁で。

もちろん、業務内容や状況にもよるけれど。

どんなにキャリアと実績があっても、出産を機に休職か退職せざるを得ない。

「その、後継候補っていう考え方。

 他の部署にも適用できないでしょうか?」

目を丸くする香里さん。

「今はシンジョで適性を考えて、1つの部署への配属までしかできていません。

 ですがこれを機に、2年か3年をめどに2つの部署の業務を行えるように……

 うーん、そうですね。

 配置転換を考えてみましょうよ。

 もちろん本人のモチベーションによるところが大きいので、希望者で構わないと思いますけど」

 

 

 

なるほどね、と頷く香里さん。

「そうすれば、出産時期に悩むことが減るわね。

 育児休暇を取得して戻ってこられる土壌ができていれば、安心だし。

 要は、持ちつ持たれつってことでしょ?」

はい、と頷いて。

「ローテーションによって、風穴もあくし。

 横のつながりもできますよね。

 それ以上に、少子化対策のビジネスモデルにもなるかもっ!」

香里さんと二人、きゃあっと盛り上がる。

男性陣は、やけに静かで。

はしゃぎすぎちゃった、と。我に返る。

高橋課長は、にこにこしてるけど。

対する榊課長は、むっとした表情で。

 

 

 

KISSの法則・戸惑うクエスチョン

 

「あのさ、香里」

高橋課長は榊課長をちらりと見て、笑いをこらえながら香里さんに声を掛けた。

「お散歩、行こっか。

 今日はちょびっと遠回りなんかしちゃう?」

ちょ、ちょっと待って。

不機嫌そうな榊課長と二人きりなんて……

縋るような目で訴えても、知らん顔で二人は揃ってお散歩へ。

あー。行っちゃった。

「……あの。騒いでごめんなさい」

とりあえず思いついたことを謝って、突破口を作る。

「怒ってるんじゃない。

 訊きたいことはあるけど、なんて訊いていいかわからない」

「遠慮しないで、訊いてくださいぃ……」

肩をすぼめて、語尾を小さく言ってみた。

 

 

 

「じゃ、単刀直入に」

咳ばらいして口を開きかけたのに。

んー、と難しい顔をして、ワンテンポ置く。

「その前に、充電させて。

 麻衣の答え次第では、オレのダメージはハンパないからな。

 先にチャージしておく」

ぎゅっとハグして、焦ったように唇を合わせる。

いつもと違う、キス。

焦らされて気持ちが抑えきれなくなるのも、嫌じゃないけど。

どこか、コドモ扱いされているみたいだった。

今のキスは、榊課長が私を一心に求めてくれているようで……

すごく、幸せ。

 

 

 

顔の向きを変えて繰り返される熱いキスに、とろんとなって。

榊課長の胸に身体を預ける。

「麻衣。そのまま聞いて」

うん、と幸せの余韻にひたったまま頷く。

「赤ん坊ってさ。

 どうやったらできるか、わかってる……よな?」

え。

ん? なっ。なんですってっ。

驚いて顔をあげようとしたら、がっちり捕まえられて。

「いいから、そのままで答えろって。

 どんな答えでも、ゴールは一緒だから。

 ……ちょっと遠回りになるけどな」

えーと、と脳の回路をフル稼働。

どうしてこんな話になってるんだっけ。

あ。さっきの微妙な空気。

私以外の3人が、揃ってもらしたため息、だ。

 

 

 

「わかって、ます。

 キャベツ畑とか、こうのとりとか、キスとか……思ってるわけじゃありません。

 保健体育でも習いましたし。

 その……

 お兄ちゃんの“あの話”のときだって、わかってて答えたつもりですけど。

 間違ってましたか?」

「うん、そうだよな」

私のたどたどしい答えに榊課長は小さく呟いて。

「つまり。そういう実体験がないからか。

 なら、いいんだよ。納得した。

 妊娠と出産を自分たちに置き換えた時に、みんな言葉を濁したり照れたりしてんのに……

 麻衣だけ平然としてるからさ」

胸から私を離して顔を覗きこむ、榊課長。

「色っぽい顔」

にんまり笑うと。

ちゅっと軽くキスをして、また私を胸にうずめる。

 

 

 

「知識が全然ないとしたら、教えるの大変そうだし。

 いきなりコトを進めたら、ありとあらゆる罵声を浴びそうでさ。

 『やだ変態っ! 嫌いっ! 鬼畜っ!』

 ……ってな」

頬がこわばる。

え、っと。あれ?

そんな発言、するようなこと……なんだっけ。

ぴきんと固まる私の肩と背中を、ほぐすように撫でながら。

「大丈夫。

 とびっきり優しくしてやるから」

耳元で甘く囁かれても、恐怖は消えなくて。

そんなぁ。

全然大丈夫じゃないよぉ。

怖い、怖い、怖いぃっ!

 

 

 

KISSの法則・魔法の言葉

 

「やばい、怖がらせちゃったか……。

 大丈夫だって。

 ムリヤリなんて、絶対ないから。

 麻衣の気持ちを優先する。

 な? ……誓うって」

慌てて言い募る姿に、ほろほろと緊張はほぐれるけれど。

未知の領域は、やっぱり不安で心細い。

「あ~。榊が麻衣ちゃん泣かせてる。

 ちょっと香里、これはまずいよ。

 榊にお仕置きしなきゃ」

ちょうどお散歩から帰ってきた二人に見つかって。

高橋課長の密告に、目を吊り上げる香里さん。

涙目のまま、榊課長からそっと離れて。

黙って香里さんの手をとり、レストルームへ。

 

 

 

「なになに。どうしたの、麻衣」

レストルームに足を踏み入れた途端、香里さんに抱きつく。

訊きたいけど、訊きづらい。

さっき、榊課長も言ってたっけ。

「あの。その……。

 呆れないで、聞いてください」

声をふるわせながら絞り出す。

「大丈夫、呆れたりしないから」

香里さんは優しく背中をぽんぽん。

「キスより、もっと先のことって……」

言葉を選んで訊いてるのに。

「はぁっ?」

香里さんの雄叫びには怒りが見えて。

「なにもされてませんっ。

 ……まだ、なにも」

自分の口から出た“まだ”って言葉に慄きながら。

 

 

 

「ごめん、大きな声出して。

 キスより先がどうしたの?」

優しく促す香里さん。

「あの。

 それって、怖い……ですか?」

「……へ?」

気の抜けた声が香里さんの口からこぼれる。

「ああ。なに。脅されたの?

 怖いんだぞぉ”って? 

 バカじゃない、榊」

「脅されたんじゃないんですけど」

顛末(てんまつ)を報告したら。

はぁ、と。ため息。

「榊なりの冗談よ。

 照れ隠しに麻衣をいじめてみたら、すっぽり墓穴にハマったってとこでしょ。

 しかも、麻衣が本気にするから、抜けられなくなってる。

 あはは、イイ気味ね」

面白そうに言い放つ香里さん。

 

 

 

「あのね、麻衣」

香里さんは私の両手を握った。

「ちゃんと好きな相手と心が通じてるなら、怖くなんてない。

 すごく、幸せな気持ちになれるものよ」

はい、と頷く。

香里さんの言葉は、すぅっと心にしみてきて。

「いい? よく聞いて。

 麻衣は、榊となら幸せを感じられる。

 榊以外じゃダメなの。

 そして。

 榊は、麻衣じゃなきゃ幸せになれない」

目を瞑って、深呼吸。

魔法の言葉みたいに、気持ちが落ち着く。

 

 

 

席に戻ったら、榊課長は心配そうな顔で。

ご満悦そのものの高橋課長とは、好対照。

“やっちまった”って、司に相談して。

 “ざまぁみろ、榊”って、散々こきおろされた図、ね」

くくくっ、と笑う香里さん。

じっと見つめる榊課長の隣にゆっくり座って。

テーブルの下で、手を握った。

ちらっと見上げたら、榊課長は目を瞠っていて。

「新堂、さんきゅ」

香里さんにお礼。

「怖がらせて、ごめん。

 ちゃんと大切にするから」

耳にふれそうな位置で、そう、囁いた。

 

 

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