のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】第6話 エピローグ

 

第6話 エピローグ

 

【ヒミツの時間】第6話 エピローグ

 

私たちのヒミツの時間は、かたちを変えて まだまだ、続きそうです♪

 

 

専属

「でさ、麻衣ちゃん。

僕のアシスタントとして営業に来てくれない?」

一段と声が大きくなった高橋課長の気迫に驚いていると、目の前のドアが乱暴に開いた。

「おいっ! ちょっと待てよっ」

息を切らせて飛び込んできた、榊課長。

「抜け駆けか、高橋。卑怯だぞ」

睨みつける榊課長に、卑怯って小学生かよ、と茶化す高橋課長。

「立花麻衣はぜったい渡さねぇ」

フルネーム……。

私のことなんて、なにも知らない、と。

それどころか眼中にもないと思ってたのに。

真っ直ぐ歩を進めた榊課長は、私の肩をそっと掴むと立ち上がらせた。

そして庇うように背後に隠す。

 

 

 

「企画に対して抜け駆けしてんじゃないけど?

おまえなんか敵じゃねーよ」

高橋課長は不敵に笑う。

人当たりがよさそうな印象だったのに、榊課長にはダークだ。

「麻衣ちゃん争奪戦は、経理と総務、あと広報が一歩リードだよ」

言葉を失い、私を覗く榊課長。

「麻衣ちゃん、夜の残業不可なんだよね?

早出でカバーするらしいけど、さ」

無言のまま、こくこく頷く私。

「企画も営業も難点はそこ。

それで、僕が既成事実を……」

ぱこーん、と派手な音が鳴る。

……痛そう、高橋課長。

 

 

 

「営業の交渉はここまでだ。

あとは、企画が――」

高橋課長を睨んでいた視線を、優しく変えて私に向ける榊課長。

目を細め、右の口角を上げた。

「――オレが、交渉する」

出てけ、と言いながら、高橋課長をしっしと追い払う榊課長。

「ひゃ~、なんだよ。横取りか。

この~、覚えてろよっ!!!」

学芸会レベルの悪役退散シーンを演じ切り、高橋課長は出て行った。

 

 

 

閉まった扉を見つめ、ため息をもらす榊課長。

ゆっくりと振り向く姿に、限界鼓動を叩きだす私の心臓。

「残業になるときは、オレが責任持って毎回送るから」

私と向き合い、長身をかがめて同じ高さで目線を合わせる。

不安と優しさの混じった、哀願するかのような瞳。

「怖いんだろ? 守るから、な?」

覗き込む榊課長の顔が、すごく近い。

「あ、あの。

私、合気道を嗜んでおりますので、自分の身は守れます」

「……合気道?」 

目を瞠った榊課長は呆れ気味に呟いた。

若干、引いてるっぽい。

 

 

 

「ただ、男性に免疫がないものですから。

ちょっと、いえホントに、ちょっとだけなんですけど。

その、過剰防衛になってしまって……」

しどろ、もどろだ。

「あの、悪気はないんです。

でも、投げた着地点が畳じゃなくて、アスファルトだから」

肩を震わせていた榊課長が、ぶはっと吹き出す。

「おまえ、サイコー」

サイコー? それって最高って変換すればいいのかな。

「理由はわかった。じゃあ、余計に送る。

おまえ、いや、立花……。

ま、麻衣が暴走しないように、な」

麻衣! ぎこちないけれど、麻衣って呼ばれた。

心臓が壊れそう。

 

 

 

「だから、企画に来いよ。

違うな。

来てくれ? 

んー。……来て、ほしい」

何度も言い直す、榊課長。

納得がいかないのかな。

言い直すうちに「絶対来るな」に変わったらどうしようかと、ハラハラした。

「上から目線を直せって言われたんだよな」

困った顔で呟いて。

私の両手を、榊課長の両手が掴む。

「企画に……来て、ください」

!!!!!!

企画の神・氷の榊と呼ばれる人に

こんなふうに懇願されるなんて。

「オレの目が届く範囲にいて。

毎日絡める場所に置いときたいんだ」

 

 

 

「それで、さあ」

あらぬ方角に顔を向ける榊課長。

耳がまっかっか、ですよ。

「オレの、“専属”になって欲しいんだけど」

専、属……?

「意味、伝わってないか」

ぽかんとする私に、ため息を漏らし。

「オフィスでは、片腕として」

真っ直ぐ目を見て言った後、榊課長は天を仰いで。

はあ、と大きく息をつき。

包んだ両手をひきよせて。

正面からきゅうっとハグをした。

「プライベートでは、ずっと“充電”させて」

榊課長の、胸の中。

私は、ただ、ただ、頷くだけ。

 

 

 

充電と……

 

「あの。“充電”ってどういう意味ですか?」

それは……、と。困ったように天を仰ぐ榊課長。

「オレも、上手く説明できない。

だけど。その。

やましい気持ちじゃないっていうか、いや、それもなかったとは……。

いや、そうじゃなくて」

一生懸命言葉で伝えようとしてくれる。

「咄嗟に出たのが“充電”で。

体が勝手に動いて。

でも、ホッと安らげた。

ほんとに充電って言葉が相応しかった」

頬がだらしなく緩む。

わかっていても元に戻せない。

 

 

 

「一緒に下に降りよーぜ」

耳朶を紅くした榊課長が、親指を下に向ける。

「それはっ、ダメです」

以前聞いた香里さんの言葉が脳裏をよぎる。

悪質な社内いじめ、の話。

――特にオトコ絡みは凄まじいわよ――

――ま、オトコ絡みは、基本、麻衣は関係ないでしょうけど――

あの時は、心底、私に何の関係もない話だと思っていたけれど。

一緒に降りたら、誤解される。

ううん。

あんな風に“ヒミツの時間”を共有していたのだから、誤解だなんて言い訳は通用しない。

 

 

 

「別にいーだろ、うちの会社、社内恋愛に寛大だし」

さらりと榊課長が呟くから。息を忘れた。

社内、恋愛? 

どうしてそんな。話が飛躍しすぎ、ですよ……。

“充電”の話でしょ?

見上げた私に、しばし言葉を失った榊課長。

「……まさか」

ため息まじりに小さく呟く。

「さっきの”専属で充電”っていうの。

あれ、その。

つまり……告白、だぞ」

え。あ。う、うそ。

こ、告白?

ふう、と息をもらした榊課長は扉の向こうを窺って。

私の手を取ると、休憩室のキッチンへ。

 

 

 

いつもの充電場所。いつもより遅い時間。

「立花麻衣、……さん、付き合ってください」

照れながら、でも目を逸らさずに。

優しくかけられた言葉。

胸がじぃんと熱くなる。

「あ……えと。はい。嬉しいです。

あの、よろしくお願いします」

どぎまぎしながらお辞儀をして。

精一杯の返事。

 

 

 

エピローグ

 

「どうして、わざわざこっちに連れてきたんですか?」

私の言葉に、榊課長はにやりと笑って。

からかうように目くばせする。

??????

目配せの意味がわからず、きょとんとしていると。

コホンとひとつ咳払いをして。

「ここで、言いたかったんだよ。

ここが、その。始まりっていうのが相応しいかな、と思って」

榊課長はまじめな顔で言って。

始まりの、“ヒミツの場所”で、きゅうっとハグをしてくれた。

温かくて、嬉しくて。

身体全体が“きゅうんっ”となる感じ。

ああ、これが。この、幸せ感が。

充電、なんだ。

 

 

 

――私たちの“ヒミツの時間”は、かたちを変えて――

――まだ、まだ――

――続きそう、です――