のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】第5話 罠と決戦、種明かし

 

第5話 罠と決戦、種明かし

 

 

【ヒミツの時間】第5話 罠と決戦、種明かし

 

ヒミツの時間を探ろうとする、高橋課長。

笑顔の裏にひそむのは?

 

 

罠の予感

 

「充電しても、い~い?」

いつもの水曜日。

だけど、いつもより早い時間。

違う。榊課長じゃない。

「ダメですッ!」

慌てて振り返り、咄嗟に叫ぶ。

視線の先には、驚いた顔の高橋課長がいた。

あ……。

営業のプリンス。

茶髪で柔らかいほうのイケメンさん。

「あ、マジで? 

『このひと電気泥棒です』ってチクっちゃう?」

高橋課長が手にしているスマホに、赤面する。

「スマ……ホ、ですか」

 

 

 

高橋課長は含み笑いを浮かべた。

「充電って、これ以外になにがあるの?」

ちらりと流された視線に、棘を感じた。

高橋課長はなにかに勘付いていて、カマを掛けている。

……怖い。

ライバルの榊課長を蹴落とすため?

何のライバル? 部が違うのに。

イケメンのライバル。……そんなわけない。

でも――

探る瞳。貼り付けた笑顔。

当人同士が問題にしていなくても。

女子社員を社内でハグしているなんて知れたら、ただじゃすまないはず。

言い訳が浮かばない。

私は俯いて首を振った。

 

 

 

決戦の火蓋

 

「麻衣、今日の休憩室当番、代わってもらっていい?」

水曜日、17時、香里さんに告げられた。

曖昧に頷きながら、榊課長を思う。

急遽代わったら“充電”はどうするんだろう。

「それで、その間やって欲しいことがあるの」

口をパクパク動かす私を、香里さんが手のひらで制す。

「質問は後で。何も訊かずに指示に従ってもらえる?」

なんだろ、不穏な空気が胸を塞ぐ。

まさか、高橋課長がリークした……?

でも、香里さんだし。

たぶん。ううん、きっと、大丈夫。

 

 

 

「まずは……そうね。

あ、そうだ。やっぱり取り敢えず休憩室に行って」

当番じゃないのに休憩室に行くの? 

「今は何も訊かないで。

着いたら、そこにいる人物から依頼を聞いて」

私をじっと見つめる香里さん。

そこにいる人物って、まさか榊課長とお偉い“誰か”じゃ、ないよ、ね。

「はい」

胸に広がる不安の渦を、抱き込むように6階に向かった。

 

 

 

「えーっと」

薄暗い休憩室。

誰も、いない? 

照明スイッチに手を掛けた瞬間。

「あ、だめだめ。点けちゃだめ」

後ろから聞こえた声と、スイッチをカバーする大きな手。

体が固まる。

「え、と。

私は高橋課長の指示に従えば、よろしいんでしょうか?」

営業のプリンス。

柔和な笑みの裏で何か企んでいるような、そんなひと。

「うん、そう。

僕に従えば、よろしいの」

くすくす笑う高橋課長。

はあ、と曖昧に頷くことしかできない私。

「香里の許可は得てるから、大丈夫」

香里さんの名前が出て、ほっと息をつく。

 

 

 

「麻衣ちゃんてさ。

不用意に触ったら、捻りあげられるんでしょ」

うぅ。言葉に詰まる。

香里さんから聞いたんだ。

でも。

こうやって、香里さんだけが知る情報を提示されれば、少し安心できる。

くすくす笑って、休憩室の扉近くのテーブルに向かう高橋課長。

「こっち、こっち」

素直に従い、椅子に腰かけようとしたら。

「ううん。座るんじゃなくて、テーブルの下に隠れて」

隠れるの? どう、して?

「そこからキッチン、見える?」

「はい、見えます」と頷くと。

「香里と僕、ここから見てたんだ。

榊と麻衣ちゃんのこと」

頭の中が白く、痺れた。

 

 

 

「来たよ。気づかれないように、ね」

高橋課長の声を聞いて、我にかえる。

交代の当番のコが来たらしい。

あれは、ミホちゃん。

今年の新入社員で、私よりひとつ年下のコ。

まだ5月だから、夕方のお掃除当番は初めてのこと。

きっと香里さんが無理を言って頼んだんだろう。

ごめんね、ミホちゃん。

心の中で謝って、ふと気づく。

 

 

 

あ、まずいかも。

だって。

ミホちゃんのうしろ姿は私に似ている。

背格好も髪型も。

榊課長は、きっと間違えてしまう。

――でも……、待って。

心の中にふつふつと湧く、黒い、疑念。

榊課長の充電は、私限定? 

水曜日以外のお掃除時間、ホワイトボードで確認する限り、榊課長は在席している。

オフィスでは、たとえ社内であっても席を離れる場合は、席を外している旨と、戻り予定時間をホワイトボードに書き込むルール。

とはいえ、企画の周りにはパーテーションがあるから、姿を確認したことはないんだけど。

でも、榊課長の充電が切れかかるのが、ちょうど週の真ん中、水曜日だとしたら?

そう、つまり――

たまたま私がその水曜日のお掃除当番なだけで。

違うコでも充電さえできればいいのかもしれない……。

 

 

 

榊課長の姿が見えた。

あんなふうに軽やかに、嬉しそうに歩くんだ。

初めて知った。

そのまま、榊課長はミホちゃんに向かっていく。

待って、榊課長。

そのコは私じゃないよ。

私の喉が、ごくりと鳴る。

 

 

 

「じゅ、」

――充電、させて――

そう続くはずの、榊課長の言葉に身体が固まる。

聞きたくなくて、見たくなくて。

耳を塞ぎ、目をぎゅっと瞑る。

肩をそっと叩く指の気配。

振り返れば、塞いだ両手を離すようジェスチャーする高橋課長。

怖くて頭を振る私に、高橋課長が囁く。

「だいじょうぶ、だから。

ちゃんと聞いて、ちゃんと見て」

いつもの笑顔じゃない、真面目な顔の高橋課長に頷いた。

 

 

 

「じゅ、ってなんですか? 榊課長」

ミホちゃんの甘い声が響く。

新入社員なのに、ミホちゃんは榊課長を知ってるんだ。……すごい。

ミホちゃんから視線を逸らした榊課長は、その場に立ち尽くしているように見えた。

「じゅ……。18時に打合せがあって。

その、まあ。ひとりごと、だ」

きゃはは、と笑うミホちゃん。

きっと、榊課長も照れ笑いを浮かべてるんだろう。

そして、なんとなく空気が和んで、ちょっと親密になって。

ああ、私じゃ無理。

榊課長がいると、いつもテンパって頬が強張ってしまうもん。

 

 

 

コトの成り行きを見守ろうと、覚悟を決めた。

あれ? 

なぜか不機嫌そうな榊課長。

「今日は水曜日だよな」

にこりともせずに腕時計を見遣った榊課長は、踵を返した。

ぽかんと見送るミホちゃんをよそに、あっという間に休憩室から出て行ってしまう。

 

 

 

種明かし

 

「よしっ。じゃ、次。急いで」

小さく、耳元に指示が飛ぶ。

ミホちゃんに気付かれないように向かった先は、少し離れた小会議室。

小会議室のドアプレートは〈使用中〉になっていて、ドアの小窓から電気が点いているのがわかる。

「誰かいるんじゃないですか?」

「いや、誰もいないよ」

高橋課長は楽しそうに小会議室の扉を開く。

「僕が使うの。麻衣ちゃんを口説くために、ね」

ウインクする高橋課長に言葉を失う。

口説くって……。

「ま、ま。座って。

取って喰ったりしないから。

これも香里の指示」

テーブルには営業専用端末が置かれている。

「で、正直なところ。

榊のこと、どう思ってんの?」

 

 

 

「なんか、怪しすぎるから香里と調べたんだ。

水曜日の終業時間直前、給湯室で一体何があるのか」

血の気が引いた私に、「問題にするつもりじゃないよ」と高橋課長は笑う。

「面白がってたのは、僕だけ。

香里は麻衣ちゃんをすごく心配してたよ。

女子校育ちで、男性に免疫がない麻衣ちゃんを。

そんな麻衣ちゃんをハグする榊の無神経さを、ね」

香里さんは、何度も聞こうとしてくれたのに。

「榊のことはどうして捻り上げなかったの? 

条件反射で出ちゃうらしいじゃん」

……それはっ。

焦る私に、高橋課長は声を立てて笑った。

 

 

 

「誘導尋問みたいだけどさ」

にやりと笑う高橋課長。

「嫌じゃなかったんでしょ、麻衣ちゃん」

、と呻く私。

それは……。

嫌じゃなかったっていうより、びっくりしすぎて。

でも、もしかすると嬉しかった、ような。

ただ、認めるのが怖かった、だけ。

変化を望まない、欲張ったら罰が当たる、だなんて、言い聞かせて。

自分の気持ちから目を逸らして、逃げてた。

 

 

 

「榊はさ、軽いヤツじゃないよ。

さっき見たでしょ? 

“充電”は誰でもいいわけじゃなくて、麻衣ちゃんじゃなきゃダメなんだよ」

でも……。

私には、そうは思えない。

「榊課長は私の名前どころか、もしかすると顔すらも知らない、かもしれません」

声が震える。

だって、「充電させて」「充電完了」しか言わない。

視線が合ったこともない。

 

 

 

それに……。

俯いたまま言葉を続ける。

「“充電”ってなんでしょう? 

私、何もできていません。力になりたいけれど……なにも」

ずっと抱えていた不安。

“充電”が私をハグすることなら。その意味って、なに?

「それは、僕から言うことじゃないよ。榊に訊いてごらん。

アイツが素直に白状するかは保証できないけどね」

ウインクを返す高橋課長。

高橋課長も香里さんも、心配して、手を貸して、助言するだけ。

後は自分で、ううん、自分たちで動かなくちゃいけない。

 

 

 

「榊はさ、ただ言葉にすんのが苦手なだけだよ。

営業と違って、ね」

そんなこと、わからない。

力なく首を振る。

「じゃあ、バラしちゃうけどさ……」

高橋課長は、いたずらっ子のような笑顔を見せる。

「うちのヤツラが、去年の夏、水曜の夕方休憩室でサボってたでしょ?」

小さく頷く。

「あれ、香里にチクったの、榊なんだよ」

そう、なんだ。

でも、それが、一体なんだっていうんだろう。

首をかしげた私を見て、吹き出す高橋課長。

「だ・か・ら~。

そうやって、陰で人払いしてさ、自分は毎週ちゃっかり麻衣ちゃんに会ってたんだよ。

独占欲が強いでしょ?」

高橋課長の言葉に、頬が熱くなる。

 

 

 

「お客さん、榊は“買い”ですよ。

イケメンのクセに、仕事人間。

一途でよそ見しない」

よそ見……。

そうだ、もやもやの原因。

「でも。秘書課のアケミさん、が」

「あ~、あれ?」 

くっくっ、と忍び笑いを洩らす、高橋課長。

「あれは、カムフラージュ。

あっちが榊に執着してたのはホントだけど、榊は一刀両断」

カム、フラージュ? 

つまり、目くらまし。誰を欺くために?

 

 

 

『女がよってくんのはめんどくさいから、迷惑かからない程度に噂にしとけ。

そのほうがあんたのプライドも傷つかないだろ』って、言ったんだって」

ぽかん、と口が開く。

開いた口から、「取引、みたい」と言葉が零れた。

「そう、取引。

アイツ、頭がキレるから、転んでも、いや、転ばなくてもタダじゃ起きないんだよね。

相手もさ、秘書課のマドンナって自分で言っちゃうくらいだから、ばっさりフラれたなんて恥ずかしいでしょ?」

だから、だ。

本人同士で話ができないから、アケミさんは香里さんに泣きついた。

 

 

 

「それと、もういっこ、ネタばらし。

これは、香里も最近まで知らなかったんだけど」

楽しそうに笑って。

「クールイベント。あれ、結構頑張ったんだよ、榊」

頑張る、ってことは、きっとムリしたんだ。

あんな、へなちょこ企画を形にするために。

だから、疲れて……充電。

振り回された張本人に?

充電の真意は定かじゃないけれど。

そうだとしたら、申し訳なさ過ぎる。

「今年は節電やらなんやらでイベントが壊滅状態だったわけ。

踏み出したくても、躊躇せざるを得なくてさ。

榊も身動きが取れなくて、手をこまねいてた」

 

 

 

「そこに、麻衣ちゃんのあの企画。

よっぽど、純粋で、きらきらしてたんだろうな。

榊は、緻密なデータと行動心理学でイベントを組み立てていくんだけど、あれにはそういう計算がないって。

いつもは企画書作ってプレゼンしたら、後は勝手にやれって感じなのに。

今回は根回ししたり、他部署に頭下げたり、直に出向いて準備の依頼をしたり、さ」

朧げながら香里さんからの言葉を思い出す。稟議とか、決済とか。

「僕さ、嬉しかったんだよ。

氷の榊なんて呼ばれて、敬遠されて。本人もその方がイイって投げてたし。

確かに基本、冷たいヤツだけどさ。

今回、がむしゃらに動いて、変わった気がする。」

いい意味でね」

屈託なく笑う高橋課長に、ほっとした。

 

 

 

「香里に、もっと他に意見はなかったのかって食い下がって、全部入れ込んで」

だから、冷やしシャンプー、まで。

「もちろん、企画書の書式には感服してたし、川床茶屋のアイディアが榊を動かしたんだよ。

銀座で冷やしシャンプーとか朝顔の苗なんて、支離滅裂だったでしょ?

でも、榊の判断で色々入れたからこそ、成功した。

売り込むのに苦労したけど」

可愛く口をとがらせる高橋課長。

それじゃ、私のこと……。

「企画の依頼を、唯一クリアしたコ。

氷の榊をとろかす、唯一の女のコ。

それが立花麻衣ちゃんだって、榊はずっと前から知ってるよ」

 

 

 

 

その時、高橋課長のスマホが音を立てた。

「お。そろそろ時間切れだな」

スマホを確認した高橋課長の表情が、きりりと引き締まった。

「それじゃ、麻衣ちゃんを口説こう。

プライベートで、じゃなくて。ビジネスでね。

……プライベートは香里で手一杯だよ」

なんてウインクするから、鈍い私もやっと気づいた。

「そうそう。

あの朝、麻衣ちゃんのひとりごとに大笑いしたの、僕。

面白かったから、すぐ香里に報告した」

だからあの時。

「どなたから訊いたんですか?」に対する答えが、「……とある、情報筋から?」って疑問形で。

明かしたくない人物=恋人、だから。

「高橋課長と香里さんって、お付き合いされてるんですね」

笑顔で目いっぱい頷く高橋課長に、心がほんわかあったまった。

 

 

 

「んで、本題。

これ、会社から支給されてるスマホなんだけど、営業部では必須アイテムなの」

高橋課長はスマホをこちらに向ける。

その画面には、香里さんからのメールが。

〈榊がそっちに向かった。仕上げ、よろしくぅ〉

榊課長が、来る? 

仕上げって、なに?

メールの文面に驚き見上げた私に、涼しげにウインクを返す高橋課長。

 

 

 

「営業アシスタントは、基本スマホのアプリに乗っかって業務を行えばOK。

ソフト開発はコストが掛るから、既存のアプリでやってるんだ。

もち、セキュリティソフトは万全だから情報流出の心配はなし。

但し、営業マンはこっちの専用端末を駆使するけど」

流暢、かつ一方的に説明し、質問拒否の姿勢を貫く高橋課長。

階段をすごい勢いで駆け上がってくる足音に、怯える私。

ドアの前で足音が止まる。