のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第34話 ねじれた視点

 

「イオが自分を加害者だって言っても、被害者なんて存在してない」
それが唯一の突破口

 

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【ヒミツの時間】 KISSの法則 第34話 ねじれた視点

 

KISSの法則・忌まわしい記憶

 

「イオはね。

 あの日、尋常じゃなかった。

 21年前の、あの朝。

 登校前から、ひどくだるそうで。

 出かける時、“あのオンナ”がしつこくイオを引き留めてた。

 部屋の前でも、玄関でも。

 寮の外までついてきて。

 『休んだ方がいい』って、何度も何度も」

あの、オンナ……

その女性が、カギを握っている。

 

 

 

「ショートホームルームが終わると、イオの顔は真っ青で。

 目はうつろ、全身がふるえてたの。

 ……そうよ、あの時」

ユウさんは思い出したように、呟く。

「あのオンナは、なぜかそばに……

 そう、教室の廊下にいたの。

 寮にいるはずなのに学校まで来て。

 まるで待ち伏せてたみたいに。

 私が学校の保健室に連れて行こうとしたら、きつい口調で止めて。

 『寮に連れて帰る』の一点張り。

 イオは歩ける状態じゃなかったし、あのオンナの力じゃどうにもできなくて。

 私が背負って、寮に連れ帰ったの……」

 

 

 

「寮の1階にある医務室へ運ぶように言われて。

 イオをベッドに横たわらせたとたん、すごい剣幕で追い出された。

 鼻先で、ぴしゃりと扉を閉められたのよ。

 もうほんとに、あったまきて」

拳でどん、とテーブルを叩くユウさん。

「それ以上にね。イオの身体が冷たすぎて。

 とにかく、心配で。

 あのオンナがイオをほっとくつもりなら、救急車を呼ばなくちゃって。

 こっそり医務室の窓側に回ったの」

そこで言葉を区切ったユウさんは、ふぅ、と息をつく。

ほんとにいいの? というように。

私と榊課長を交互に見る。

目を瞑って、呼吸を整えて。

ゆっくり大きく頷いた。

 

 

 

「カーテンは開けっ放しで。

 きっと、人の目を気にする余裕もないくらいに。

 切羽詰まった状況だったんでしょうね」

ぎゅっと、膝の上で握った私の拳を優しく包む、榊課長。

「医務室のベッドで……

 鬼のようなイオが、あのオンナを組み敷いて。

 怒りをぶつけるように、一定のリズムで体を打ちつけて」

ユウさんの言葉に息をのむ。

そんなの、私が知ってるお兄ちゃんじゃない。

「驚いた、の。

 イオが、あのオンナを殺してるんだと思って。

 止めなくちゃって。気がはやって。

 ……でも、そうじゃなかった。

 元々、オンナ嫌いのイオがあんなふうになるなんて、想像できなくて。

 自分の意思じゃない、なにかに操られているとしか思えなかった」

なにかに、操られていた?

 

 

 

KISSの法則・ユウさんの証言

 

「ここからは、私の憶測。

 フィクション、勘繰りよ。

 証拠なんてひとつもないの。

 でもね。

 きっとイオは、クスリを盛られてたのよ。

 その当時、催淫剤なんてあったかどうか知らない。

 だけど。それに、近いもの」

思わず、身震いする。

「ただひとつ言えるのは。

 絶対に、イオ主導じゃないってこと。

 あのオンナは抵抗すらしてない、むしろそう仕向けたの。

 すべてはあのオンナ計画で、計算ずく。

 言葉巧みに近づいて、イオの荒ぶる心を利用して。

 クスリでイオを狂わせた。

 イオが自分を加害者だって言っても、被害者なんて存在してない」

 

 

 

「あの時。

 我に返ったイオと、目が合ったの。

 確かに、視線が絡んだのよ。

 だけど燃えるような怒りは一瞬で消えて……

 イオの視線は私を通り抜けた。

 まるで見えていないように、宙を彷徨って」

聖職者のように自分を律する姿を思うと、胸が痛い。

自分が恐ろしい、と。

麻衣は私が怖くないんですか、と。

その言葉の裏には、隠されたお兄ちゃんの苦しみが凝縮されていて。

「そのまま……

 イオはふらふらと医務室を出て行ったの。

 私はイオが歩けたことに、ほっとして。

 今度は、固唾をのんであのオンナの動向を見張ったのよ。

 もしも、あのオンナが被害者づらをするつもりなら許せないって」

 

 

 

「なのに。

 あのオンナは、ベッドに横たわったまま、目を瞑って動かなかったの。

 そうよ……腰の下に枕を置いて、じっとしていた」

なぜ? 

人に見られないよう、その場を離れた方がいいと思うけれど。

それに。腰の下に枕、って。

「昔、言われてた“おまじない”みたいなもんだよ」

驚いて見上げたら、ティーポットを手にしたジンさん。

「ごめん、驚かせちゃったかい? 

 ぜんぶ聞こえてたんだ」

「おまじない、ですか?」 

私の疑問にジンさんは薄く微笑んで。

「今は医学的な根拠はないって言われてるけどね。

 もっと前は、妊娠するために逆立ちした人もいたそうだよ」

にん、しん。

妊娠? どうして。

 

 

 

KISSの法則・不思議なチカラ

 

「その女の人は、妊娠したかったんですか?

 中学生のお兄ちゃんとの間に、赤ちゃんが欲しくて……」

わからない。彼女の目的が。

中学生に危険なクスリを摂取させて。

お兄ちゃんの心をずたずたにして。

そうまでして、彼女は身ごもりたかったの?

「ちょっと話に加わってもいいかい?

 僕は単なる部外者だけどね。

 麻衣ちゃんのお兄さんと面識がない分、客観的な考えが出せるかも」

ジンさんの提案に、榊課長とふたり深く頷く。

「麻衣ちゃん、榊さん」

ユウさんは私たちを真っ直ぐに見て。

「このお店に連れてきたのはね。

 ジンさんに助言をもらいたかったからなの」

 

 

 

 

「不思議なチカラ、なんていうと胡散臭くて陳腐だけれど……

 ジンさんには、凡人には見えないものが見えるらしいの」

凡人には見えない、もの?

ぴくん、と身体が反応する。

「違うよ、麻衣ちゃん。

 お化けとか妖怪とか、そういう類のものじゃないよ」

あ。はい。すみません。

「なんていうの?

 イメージみたいなもの、が見えるんだっけ?」

ユウさんが、ジンさんを見上げる。

「少しだけ敏感なだけだよ。

 ああ。カルト的なものじゃないから安心して、榊さん」

ジンさんの言葉に、今度は榊課長の身体がびくん。

 

 

 

え? ぇえっ? と。

驚いたように口を押える榊課長。

「大丈夫。

 完璧に、心の中を読まれるわけじゃないの。

 多少、っていうか。まあ大体、読まれちゃうけど。

 ジンさんには悪意もないし。

 悪用もしないはずだから、気にしないで」

さらっとふつうに。

何でもないことのように口にする、ユウさん。

気にしないで、って言われても。

「たとえ、そういう過去があったにせよ。

 伊織さんが死を考えるほど、自らを責める必要はない、と。

 お思いなんでしょう、榊さん」

いや、その。まぁ。

榊課長はぎこちなく頷く。

 

 

 

「正直、僕もそう思うよ。オトナになった今ならね。

 ただ……」

ジンさんはテーブル席の椅子に腰掛ける。

「当時は、多感な中学生で。

 ユウの話からすれば。

 伊織さんは女の子にモテても、冷たくあしらうような男の子だった。

 と、なれば」

ティーポットから4つのカップカモミールティーを注ぐ、ジンさん。

「恋愛に興味がないか、恋愛を崇高に考えていたか。

 ……後者だった場合。

 傷は相当深く、彼の心をえぐっただろうね。

 そして」

ジンさんは小さく息をもらして。

「おそらく、伊織さんはその時の記憶が曖昧で。

 女性にひどいことをしたという事実だけが、記憶に残ってしまった。

 なぜそこに至ったのか、どういう状況だったのか、は。

 思い出せないんじゃないか、と。思うんだ」

 

 

 

「ひどいことをした罪悪感。

 思い出せなくても全身を駆け巡った、おぞましいほどの不快感。

 クスリの作用

 自由が利かない心

 制御不能な身体

 確信はなくても、強烈な罠の匂い……

 そういう不快感が、女性を忌み嫌う理由だろうね。

 だからね」

ジンさんは私を優しく見つめる。

「伊織さんは加害者じゃない。

 完全な被害者なんだよ」

ジンさんの言葉は、覆されることない最終判決みたいに心に響く。

もう大丈夫だよ、お兄ちゃん。

でも。

お兄ちゃんに届かなくちゃ、何も変わらない。

そして。

お兄ちゃん自身が受け入れなければ、意味がない。

 

 

 

KISSの法則・傷ついた先に…

 

「どうしたら、兄を救えますか?」

私の問いかけに、「うむ」と唸って目を瞑るジンさん。

「ユウ。その女性は何者で、その後どうなったんだい?」

瞑ったまま、ユウさんに訊く。

「学校関係者よ。年は、30代くらい?

 寮の自習室担当だったはず。

 私もイオもその時、中2だったのね。

 寮の自習室は3年が使う場所で。

 就寝時間までみっちり受験勉強。そこで教えてたみたい」

30代の……教育者。

「時期は、中2の2月初めよ。

 それこそ目の色変えて受験生が追い込みかけてるさなかで。

 誰も異変には気づかなかったし、騒ぎにも噂にもならなかった」

私が生まれる、少し前。

 

 

 

「あのオンナが動かないのを見届けて。

 私。学校へ戻って、イオと自分のカバンを持って、早退したの。

 だけど。

 イオは忽然と姿を消して。

 ほんの数時間前、ふらふらと医務室を出る背中……

 それが、中学時代のイオを見た、最後」

息をのむ。

絶望でいっぱいの心を抱えて、姿を消した。

「一人で探したの。

 イオはふらふらだったし。

 それこそ、命を絶つんじゃないかって心配で。

 誰にも言えなかった。

 どうして姿を消したのかって訊かれても……答え方がわからなかったから。

 ただ闇雲に、手当たり次第走り回って。

 ひと晩、寮に戻らなかったの」

 

 

 

「それで、あの退学騒ぎか」

ジンさんが優しく呟く。

「そう。

 その中学ね、名門私立の全寮制だったから。

 無断外泊は、処分対象なの。

 理由いかんで処分に幅はあるんだけどね」

眉を下げるユウさん。

「無意識だったんでしょうけど、イオはシャワーを浴びて私服で寮を出たらしいの。

 汚された身体を清めたかったんでしょうね。

 だけど、真冬にシャワーだもの。

 街を彷徨って……倒れて、緊急搬送。

 そのまま入院したの。

 意識は混濁してるし、手ぶらで私服だったから、家とも学校ともつながるものがなくて」

 

 

 

「寮で起きたことは騒ぎにならなかったけど。

 失踪と、無断外泊で大騒ぎ。

 3年生が受験でナーバスになってる時期だったから、すぐ退学勧告が出されて。

 イオはすんなり退学を選んだ。……当然よね。

 私も、いろいろ考えたけど。

 結局。言葉にすれば、イオが傷つく。

 状況だけで、証拠なんてない。

 中学生のたわごとだって処理されるのは目に見えていたから、退学したの」

退学、させちゃったんだ。

ユウさんを。名門の私立中学から。

言葉を失う、私。

榊課長は握った手に力をこめて、小さく首を振る。

わかってる。わかってるけど。

どうしてこんなことに、って。

ごめんなさい、って。

言葉にしそうになる。

 

 

 

KISSの法則・一筋の光

 

「だからね」

ユウさんは笑顔で。

「あのオンナが、その後どうなったかは知らないの」

おどけた様子で肩をすくめる。

ふふんと、笑うジンさん。

どうしてそんなに余裕なの?

打つ手がないのに。

「ただ。今は、まだ知らないだけ。

 名前は覚えてるわ。

 だから、調べることはできるの」

ユウさんはにっこり笑って。

「でしょ? ジンさん」

きらきらした瞳。

「ああ、そうだね」

ジンさんもにっこり頷いて。

 

 

 

「やった!」

喜ぶユウさん。

「麻衣ちゃんと榊さんをここに連れてきてよかったわ。

 ジンさんが動けば、きっと手はあるはずよ」

そう、なんですか?

「ジンさんにはね。特別なルートが、たっくさんあるの。

 いろんな案件を抱えてるから、断わられると思ったんだけど」

顔を上げて、ジンさんを見つめる榊課長。

「それじゃ、まるでマフィアのボスみたいじゃないか。

 安心して。

 僕が手掛けている事業の関係で、ウラ事情が掴めるっていう程度さ。

 全て正規のルートで展開している仕事だし、申告も納税もぜんぶクリアな優良会社だから。

 ね、榊さん、」

ジンさんが話しかけるのは、榊課長で。

「う。読まれてる……」

頬をこわばらせて呟く、榊課長。

 

 

 

KISSの法則・心に響く想い

 

「麻衣ちゃん。ちょっと、いいかい」

そう言うと、私の真正面でジンさんはしばらく目を瞑って。

「やっぱり」と低く呟く。

「どうやらね。

 こっちの案件にも絡んできそうなんだよ。

 ……だが、一体どういうことだろう?」

難しい顔で思案するジンさん。

不安になる。

「ああ、ごめん。こっちの話なんだ。

 心配しないで」

私の不安を取り除くように、にっこり笑うけど拭えない。

 

 

 

「この件はひとまず預からせてくれるかい。

 なるべく早く、伊織さんの気持ちに響く解決策を見つけるから」

頷く私たち。

いたずらっぽい瞳で、ジンさんは榊課長に目配せ。

「結論が出るまで、榊さんはジレンマに苦しむだろうけど。

 こんな貴重な生殺し状態はないんだから。

 逆に愉しむといいよ。

 無責任に聞こえるかもしれないけど……

 きっと、将来二人のいい思い出になる。

 笑顔でくっついてる、君たちが見えるから」

“不思議な力を持つ”というジンさんの言葉が素直に嬉しくて。

思わず榊課長を見上げたら、嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

「せっかくここで会ったんだから、伊織さんのことを掘り下げておこうか。

 僕も調査にあたって、彼の“人となり”を掴んでおきたいし」

ジンさんの提案に頷く3人。

「伊織さんは、自分が許せない。

 優秀だからこそ、潔癖で。

 繊細でまじめ。

 起こった出来事を誰かのせいにしない」

はい、と頷く私。

「誰かのせいにしない、ってことは。

 男気があるように見えるけど、伊織さんの場合はちょっと違うね。

 誰の力も借りない。誰も信じない。

 ……榊さんもそうでしょう?」

、と。息をのむ榊課長。

 

 

 

「そう、ですね。

 誰かに任せても思い通りにいかないことが多い。

 伝える能力が足りないんだと思いますが……

 結局、スケジュールがタイトでも自分でやり上げます。

 だけど、最近は……」

つないだ手をくいっとひっぱって、私を見る。

「信頼できるパートナーができて。

 幸せだなって、思ってます」

6つの温かい瞳が、私に一身に集まって。

所在がなくて、もじもじする。

 

 

 

KISSの法則・ヒミツの扉

 

「伊織さんが自分を加害者だと思ってることについては、どういう見解?」

ジンさんは、榊課長に問う。

「先ほどジンさんがおっしゃったとおり……

 “責めるべきは伊織さん自身ではない”と思います。

 ただ、受けた傷が深いことは想像に難くないし。

 ひどい屈辱だったことも、理解できます」

ジンさんは大きく頷いて。

「僕も、同意見だ。

 オトナになれば、妥協せざるを得ない事情もわかるし。

 欲望の逸らし方も覚える。

 伊織さんは、罠にはまってしまっただけで……

 気分は悪いけれど、忘れようって思えるよね」

ええ、と相槌をを打つ榊課長。

 

 

 

「だけど。

 伊織さんにはそれができない。

 男性のほとんどが経験していることなのにね。

 “妥協”も、“欲望を代用すること”も、ね」

榊課長は、気まずそうにちらり。

なに? どういう意味?

なにについて言っているのか、が掴めない。

大事な言葉が抜けている気がする。

じとっと榊課長を見上げると、慌てて目を逸らして。

なんか。言いづらいことだ。

 

 

 

「じゃあ、ユウはどう思う?」

ジンさんは、ユウさんを見つめて。

は? と。

完全に油断していたと推測される、素っ頓狂な声。

「私? 私はほら。女子だしぃ~」

あごに指を当てて、唇をとがらせる。

そのしぐさが可愛くて、こっそり真似してみた。

「ごまかしてもムダだよ」

ユウさんに宛てたジンさんの言葉が“真似してもムダだよ”に聞こえて。

思わず、びくり。

私を観察していたらしい榊課長は、隣で肩をふるわせるし。

ジンさんは、困ったようにこちらを見てひとこと。

「そんなこと、思ってないよ」

何も言ってない。ただ、思っただけなのに。

「読まれてる……」

榊課長と同じように呟いた。