のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第16話 作戦会議

 

流れるような会議進行。
あれ? 報告してるのは、私だけ?

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第16話 作戦会議

 

KISSの法則・応急処置

 

「ただいま。これで、いい?」

カジュアルなホワイトシャツ。

律儀に第1ボタンまできっちり留めて。

……と思ったら。

「ヤベ、暑い。

 ちょっとあっち向いてろ」

そう言うと同時に、するするっとボタンを3つ開けて。

胸元をつまんでパタパタ。

ちらちら覗く鎖骨。

目が離せなくて、くらくらする。

「見すぎ、ほっぺ紅いぞ」

口角を上げて。

「そんないい反応されると、条件クリアにますます熱が入るな」

とりあえず、頷いてみたら。

「意味わかってないだろ? 

 ……ぜったい、思い知らせてやるからな」

にやりと笑って、プチ脅迫。

ごめんなさいっ、と。とりあえず謝って。

もう一つ、謝らなくちゃいけないことに気づく。

 

 

 

「あの。

 せっかく、おしゃれしてくれたのに。

 着替えてもらっちゃって、ごめんなさい」

ぁあ? と。パタパタしながら睨む、榊課長。

「あの人と喋ったのか」

あごで足立さんを指す。

本当に可愛くない。後輩のくせに。

言えないから胸に留めて。

すこしだけ、と。笑ってごまかす。

「他は。なんか訊いたか?」

うん、まぁ、と。頷いて。

「お名前を聞きました」

それと、もっと気になることを言ってたけど……

 

 

 

「名前? あの人が教えたのか、麻衣に」

へぇ、と。驚いたように唸る。

「でも内緒って。

 ここではマスターって呼ぶようにって……」

それと、と。

言いかけたところで、ストップを掛けられた。

「その話はあとで。先に会議だ。

 じゃないと……」

悪魔の微笑み。

「フリータイムが短くなるだろ?

 それがメインなんだからさ」

フリータイムって……

あの、親睦を深めるっていう。

からかっただけ、じゃなくて?

 

 

KISSの法則・議題①土曜日の報告

 

「んじゃ、はい。

 議題1、昨日の報告。立花よろしく」

え、え、え?

「あのっ。ちょっと、待ってください」

深呼吸して、バッグからプリントアウトした会議通知、メモ、ペンを取り出した。

「まじめちゃんだな」と、榊課長は呆れ顔。

ふん、だ。ちゃんと練習してきたし。

「まず。

 見送らなかったこと、榊課長が気を悪くしていなかったか、を気にしていました」

あ? と。眉を上げる榊課長。

「策を練っていること、それに伴う会議だということも見抜かれています。

 そのうえで……」

続けようとしたところで、榊課長が小さく挙手。

 

 

 

「質疑応答は、のちほどお時間を取りますので」

つんと澄まして、一蹴する。

「ずっとその調子で報告するのか」

面白くなさそうな榊課長。

お言葉ですが……」

頑張って冷たく言い放ってみた。

そして、顔をよせて、こそっと耳打ち。

「あだ……じゃなかった、マスターが呆気にとられた顔してます」

肩越しに、こっそり振りかえった榊課長。

こちらに戻した顔が、にんまりしてて。

「続けて、立花」なんて威張ってみせる。

「はい。

 その上で進展と思われる事案が、1件ありました」

榊課長ってば、椅子にふんぞり返って頷いて。

調子乗ってる。

 

 

 

笑いをこらえるために、深呼吸をして。

「ゲイバーのママ、ユウさんにお会いできるよう、取り次いでくれるそうです」

は? と。

背もたれから、がばっと身を乗り出す榊課長。

「伊織さんが自発的にそう言ったのか?」

「あ、はい。

『面白そうだから策に乗る』そうです。

 ただ、話の成り行き上、ぽろっと出てきたような気も……」

小学生レベルの私服の話。

これは、誰も得をしないので割愛、っと。

「日時は未定ですが……

 名目上、ユウさんとはショッピングに行くことになっています。

 ただ、兄の指示が……」

榊課長の顔に、緊張が走る。

『榊課長を同行させるように』、と」

長い沈黙の後、

はぁぁぁ、と深くため息をつく榊課長。

 

 

 

……すげーな、と呟いて。

「オレも、その人と接触しようと思ってた。

 次回の会議までに、さりげなく情報を聞き出すように、って。

 麻衣に依頼するつもりだったんだよ」

さりげなく聞きだすなんて……そのミッションは難しそう。

「麻衣。

 策に乗るっていう言葉が伊織さんの本心なら、希望が持てる」

ただな、と表情を曇らせて。

「ユウさんって人に会って、行き詰まるようなら……

 伊織さんは、今度こそ本当に心を閉ざすだろう」

頬が強張る。

「正念場だな。

 でも、チャンスをくれたんだ。

 全力で当たるしかないよな」

はいっ、と。笑顔で返事。

 

 

 

「……それから、もう一点。

『犯罪者である自分のことが怖くないのか?』と。

 兄に訊かれました」

榊課長の表情が、一瞬で固くなった。

それを見たら、会議モードなんか忘れてしまって。

「怖くない、って。ちゃんと言いました。

 理由も思いつくまま、正直に。

 いろいろ言ったけど、どれもコドモっぽくて……」

視界が涙で揺れる。

俯く私の頭をぽんぽん、と撫でるから。

ぽろりと涙がこぼれた。

『怖くないっていう、正直な気持ちが嬉しい』って」

ああ、と。優しく撫でる榊課長。

「それでいい。

 麻衣は正直な気持ちを伊織さんに伝え続けて」

嬉しくて、顔をあげたら……

榊課長の背後に、足立さん。

 

 

 

KISSの法則・会議ごっこ

 

「拓真に泣かされたのか?」

「うわ、なんだよッ!」と、榊課長が叫ぶ。

さっきまで離れたカウンターの中にいたはず。

いつの間に。

「拓真じゃない。立花さんに訊いてる」

抗議する榊課長を無視して、視線は私。

「なに、オレを通り越して麻衣に喋ってんだよ。

 オレに『泣かしたのか?』って訊くのが、スジだろ」

いつもはオトナの榊課長が、駄々をこねるコドモみたい。

「加害者がほざくな。

 こういう場合は、まず被害者の訴えに耳を傾けるもんだ」

榊課長と私は、足立さんの目には加害者と被害者に映ったらしい。

 

 

 

「麻衣、言ってやって」

親指で足立さんを指して、ため息。

「えっと。そう、ですね。

 榊課長に、泣かされてました」

ばっ、麻衣、なに言ってんだ、と慌てる榊課長。

ほら見ろ、と榊課長の頭をぐりぐりする足立さん。

「あ、言葉足らずでした。

 えーっと、慰められて嬉しくて泣いてました」

ふん、と。足立さんは鼻を鳴らす。

「おい。オレに、なんか言うことあるだろ」

先輩に、なんてひどい口の利きかた……。

 

 

 

「会議ごっこか? 楽しそうだな」

足立さんはそう言って、背を向ける。

ちぇっ、と口をとがらせる榊課長。

「あの人、いつもああなんだよ。

 ぜったい勝てない」

仲良しですね、と笑いながら言うと。

「仲良しっていうか、信頼してる。

 いつも黙って遠くから見てるだけなのに

 なんかあると、すぐ声を掛けてくれる。

 他の人間が気づかないことにも目ざとくて……

 何度も救われた」

カウンターの中でお皿を拭く足立さん。

榊課長を救ってくれてありがとうござます、と念を込めて見つめた。

「体デカいのに、俊敏で物音を立てない。

 忍びの血をひいてるんじゃね?」

あ、確かに。

 

 

 

KISSの法則・議題②今後の役割分担

 

それは置いといて、と。榊課長。

「次。2、今後の役割分担は……

 さっきと重複になるけど」

ペンを手にして、背筋を伸ばす。

「麻衣は、伊織さん担当だ。

 傍にいて、今まで以上に居心地良く過ごしてもらうこと。

 細かい指示はない。

 伊織さんのことは、麻衣が一番よく知ってるからな」

はいっ、と大きく頷く。

難しいミッションじゃなくてよかった。

「麻衣が伊織さんの過去を知っても変わらないこと。

 真摯に正直な気持ちを伝え続ければ、伊織さんはどこへも行かない。

 ……だろ?」

本当に? 私が変わらなければ……なんて。

そんなことでいいのかな。

 

 

 

じゃ、次。3は……、と進める榊課長にストップ。

「1も2も私だけなんですけど。榊課長は?」

ぁあ? と。眉を上げるけれど。

もうビクッとならないもん。

「オレの、土曜日の報告が訊きたいのか?」

なんですか、その黒い笑みは。

待って、こういう時は……

「いえっ、あの。結構ですっ。

 ごめんなさい、生意気でした」

「許さない」と、妖艶に却下。

 

 

 

「まず条件クリアの計画をざっと立てて。

 クリアした後、麻衣をどうやって料理するか。

 シミュレーション、っていうか……妄想してた」

料理? 妄想?

口をパクパクさせる、私。

嬉しそうに目を細めてぺろっと唇を舐める、榊課長。

それって、舌なめずり? 

食べられちゃう、かも。

固まる私の頬を、するりと撫でて。

「覚悟しとけよ」

そう、囁いた。

 

 

 

「ボーっとするな、立花」

なんて意地悪に笑う榊課長。

我に返って、首を振る。

「じゃ、じゃあ。榊課長の役割分担は」

「あ? オレ? 

 オレは麻衣担当に決まってるだろ」

むくれる私に視線を向けて。

「はいはい。睨んでも可愛いだけだぞ。

 ちゃんと考えてるって。

 オレはCEOだから。

 状況を見極めて動く」

CEOって。つまり、最高経営責任者のこと。

企業戦略の策定とか、経営方針の決定とか……重大な責任を負う人。

 

 

 

KISSの法則・議題③バカップルへの対応協議

 

「いいな」

優しい目をして確認するから、頷くしかない。

榊課長がCEOなら、私はついていく。

絶対的な信頼をよせているんだから。

「異議なしってことで、次……

 3、バカップルへの対応協議、か。

 あいつらはな、もう。

 めんどくさいから、気が滅入る」

はぁ、と。深いため息。

「ひとつ、麻衣に確認したいんだけど」

じっと私を見つめる榊課長。

こくん、っと喉が鳴る。

 

 

 

「あいつらより先に結婚するのは、やっぱ気が引けるのか?」

結婚って……

本気、なの?

お兄ちゃんも、榊課長も。

まるで当然のように口にする、“結婚”。

私だって、漠然とそんな夢は描くけれど。

でも、だって。そんな簡単なことじゃないはず。

「いろいろ考えすぎるな。オレはもうそっちに向かってる。

 あとは麻衣次第だ」

だけどな、と強気な視線のまま。

「今、訊いてるのは、順序の話」

順序。

香里さんより先に、私が……ってこと。

 

 

 

KISSの法則・議題④仕事の連絡事項

 

「それはだめです。絶対、だめ」

ふぅん、とつれない返事。

「オレは気にしない。

 でも、麻衣がそういうなら善処する。

 ……3は以上」

以上? 

置いてけぼりな気分。

「んで? 4は、っと。

 ああ、仕事の連絡事項な」

どんどん進行していく、敬愛する私のCEO。

きっと、なにか考えがあるはず。

 

 

 

「企画3課専属の話だけど。

 新堂から、なんか聞いてるか?」

え? と思わず間抜けな声が出る。

「あ、”ほんとの仕事”っていうとヘンですけど……

 その話なんですか?」

ぁあ? と睨まれて、ちょっぴり萎縮。

「麻衣はオレのこと、なんだと思ってんだ?

 ちゃんと仕事はするさ。

 その上で、麻衣をがっつり手に入れるに決まってるだろ」

がっつり、とか。

手に入れる、とか。

いちいち、びっくりするような言葉をはさむんだから。

 

 

 

「そ、そういう、意味じゃありませんってば。

 今日の会議に関する極秘任務かなぁ、なんて思ってたから、その」

しどろ、もどろ。

私って、いつもそう。

最初は威勢がいいのに、段々失速して。

今日だって会議モードで始まったのに、結局ぐだぐだじゃん。

ふぅ、と。気落ちして、ため息をつくと。

「わるい。イジメすぎたか……

 機嫌直せって。なあ、麻衣」

いじわる榊課長が、優しくなった。

ちょっと拗ねるといいのかも。

 

 

 

「あぁ、そうだ。

 なんか食うか? 

 好きなもの頼め。な?」

うんっ! と。

元気よく返事をして顔を上げたら、にやにや顔。

もうっ、私のばか。

どうして食べ物に釣られちゃうの? 

コドモすぎる……。

それでもメニューを渡されたら、顔が緩んで。

「メニューになくても、食べたいものがあったらリクエストしてみろ。

 作ってくれるかもしんないぞ」

なんかな、と。ひそひそ声で。

「すごい我儘なカノジョのために、裏メニューが充実してるらしいぞ」

びっくり。

左手の指輪がちらっと見えたから、足立さんにカノジョさんか奥さんはいるんだろうな、とは思ってたけど。

見るからに亭主関白そうなのに……意外。

 

 

 

ぱこーん、と派手な軽い音がして。

メニューから視線を上げると、榊課長の背後に足立さん。

手にはオーダーを記入するクリップボード

「客に何すんだよ!」

ぎゃんぎゃん噛みつく榊課長。

足立さんは涼しい顔。

「余計なこと言うな」と榊課長に一喝して。

「オーダーは?」と私に問う。

「ホ、ホットケーキとカフェラテをお願いします」

「拓真は?」と足立さん。

「あー、オレは……」

普通にメニューを見る榊課長。

喧嘩じゃないんだ、とホッとする。

 

 

 

「昼飯なのに、麻衣はホットケーキ食うのか?」

うん、と答えて。

「だから、ホットサンド少しください」

小さく言ってみた。

「なんでオレはホットサンドって決まってんだ?」

榊課長は笑いをこらえて。

「ホットサンドも食べてみたいんだもん。

 でも、両方は無理だし……」

お兄ちゃんや友達との食事で、シェアするけれど。

メニューまで指定するのは図々しかったかな、と。ちょっと反省。

「んじゃ、ホットサンドとブレンド

 あとカツカレー」

うわ、榊課長って、たくさん食べるんだ。

すごい。“ザ・男の人”って感じ。

お兄ちゃんは、私と同じくらいしか食べないのに。

 

 

 

オーダーを復唱した足立さんが、背を向けると。

「飯が来るまでに、会議終わらせるぞ。

 食べたら、お楽しみのフリータイムだからな」

お楽しみのフリータイムって。

私にとったら、緊張のフリータイムなんですけど。

「あー、どこまで行ったっけ」

私の手元の紙を覗き込んで。

「企画3課専属、な。

 夏の“クール・イベント”、あれはまずまず成功だったんだよ」

そうそう。香里さんが言ってたっけ。

“今年はそこそこだったけど、来年のオファーが殺到してる”って。

 

 

 

「それでさ。

 調子に乗った1課が、冬に“ウォーム・イベント”やるって言い出したんだけど……

 企画にインパクトがないし、プレゼンの詰めが甘いしで、どこにも決まらなかったんだ」

けっこう、辛辣に言っちゃうんですね。

「しょうがないから、前例のある“クール”は1課に譲って。

 “ウォーム”を新規に立ち上げることになったんだよ。

 そんで、オレと麻衣のゴールデンコンビを軸に、チーム編成させろって直談判してやった」

ゴールデンコンビって、初耳なんですけど。

 

 

 

第一、あれはタッグを組んだわけでもなく、私の落書きを榊課長が企画に仕上げただけで……

……ん? そういえば。

今、直談判って言わなかった?

「直談判って。誰にですか? 

 まさか、社長、専務、あ、常務とか……」

狼狽える私に、唖然とする榊課長。

「……新堂と、企画部長だけど。

 なに、ビビってんだよ」

だって。

話が大きくなってたらどうしよう、と思って……

 

 

 

「香里さんから聞いたのは、プロジェクタ操作の件ですけど」

あぁ、それそれ、と。にんまり笑う。

……なんで、にんまり?

「7月からプロジェクタの特訓をする」

はい、と頷いて。

どうしてこんなに嬉しそうなのかが、理解できない。

「もしかして、すごく難しいんですか?」

恐る恐る訊いてみると。

「いや。今まではオレがプレゼンしながら操作してたから、そんなに難しくはない。

 ただな、両方に神経使うから、どうしても流れるようなプレゼンにはならないんだよ」

頷く私を、満足そうに見て。

 

 

 

「プレゼン担当とプロジェクタ担当には、“以心伝心”ってやつが必要不可欠なわけ。

 相手の呼吸を読んで、絶妙な間で次の画面へ、って。

 そのためには、血のにじむような特訓を、毎日、何度も……」

あれ? え? 

この、流れは。

「二人っきりで、な」

……やっぱり。

あの時の香里さんが言ってたよね。

絶対なにか企んでるって。

「今までもそういう人間が欲しかったんだけど、特訓がネックで。

 二人きりなんて、息が詰まるだろ?」

それは、そう、ですけど。

 

 

 

「麻衣なら、何時間一緒でも平気だし。

 ま、オレの理性が持つかは謎だけどさ。

 社内だから、たぶん大丈夫ってことで。

 そうそう、7月から掃除当番がバトンタッチになるんだろ?

 そしたら“充電”もできなくなるし、ちょうどいいなって」

まるで立て板に水。

口をはさむ余地、なし。

 

 

 

KISSの法則・麻衣の成長

 

榊課長の流暢な説明が終わったところで、深呼吸。

思いっきりビジネスライクに、あごを上げて。

「却下、です」

勇気を出して言ってみた。

「は?」

怪訝そうに睨む榊課長。

怖っ。

でも、負けない。

だって、香里さんと約束したもん。

 

 

 

「榊課長とは、社内での接触は禁じられています。

 例外として、明らかに仕事とわかる会話はOKですが。

 それも、手短に要点のみの伝達にとどめるべきです」

そして、と一息いれて。

『社内で二人っきりになるのは厳禁』と。

 直属の上司からきつく申し渡されておりますので。

 ……悪しからず」

やったー! やればできるじゃん、私。

最後の“悪しからず”なんて、キャリアレディっぽくてかっこいい!

 

 

 

ふぅーん、と榊課長は頬杖をついて、余裕の笑み。

「麻衣って、けっこう言うじゃん。

 鍛えれば、使えるんじゃね?」

「ほんとですかっ?」

気を良くした次の瞬間。

榊課長の瞳が光った……気がした。

「麻衣は、甘いんだよ。

 新堂に、なに吹き込まれたか知らないけどな。

 オレが決めたことだ、文句は言わせないぞ。

 ごねるんなら、社長に直談判してもいい。

 その覚悟も、勝算もある」

ハンターの目。

あうぅ。火が点いちゃったみたい。

 

 

 

テンパる私の頬に、そっと手を添えて。

「もう諦めろ。

 オレはブレないって、言っただろ」

優しくて甘い、悪魔の囁き。

「は……い」

熱に浮かされたように、肯定の返事。

どうしよう、このまま……甘いうねりに身を任せたい。

「要は、ばれなきゃいいんだよ」

そう、いう……問題じゃ、ないような。

「この件に関しては、新堂には何の権限もない。

 オレには、新堂を黙らせるだけの実績があるからな。

 以上!」

榊課長は、議題4を強引に打ち切った。

 

 

 

KISSの法則・タスク管理表

 

「んじゃ、会議の総括と今後のタスク。

 その会議通知、貸して」

裏返した白い面に、さらさらっと線を描く榊課長。

横軸は、大まかな時間。

5、6、7、8、9、10、……と書いて右隅に(月)と。

縦軸には、タスクを書き込む。

① ユウさん

② バカップ

③ 企画3課

④ 伊織さん

⑤ 結婚

 

 

 

「これ、フリーハンドだけど、タスク管理表な。

 まず、①のユウさんに会うのは、未定だけど。

 6月中には何とかなるだろ」

そう言って、6月から7月の間に線を入れる。

「次は②のバカップル対応だけど。

 こいつらは秋までに結婚させる」

え? と、訊きかえす私を一瞥して、6月から9月の間に線。

「③、企画3課は……終わりはないから、6月からずっと伸ばすだろ。

 つまり。

 結婚か、出産を機に麻衣が退社しない限り……

 “永遠に専属”って意味、な」

 

 

 

“永遠に専属”って……?

ちょ、ちょっと、待って。

3課って……

仕事も永遠、なの?

わたわたする私の頭を、大きな手で優しく包んで。

「もう、いいかげん覚悟しろ。

 仕事もプライベートも、オレの傍に居るのは麻衣だけでいい。

 3課は麻衣しか受け容れないってこと。

 逃がさない、って言っただろ?」

手に力を入れて、私を頷かせようとする。

「は、い。わかりました。

 ……ふつつかものですが、よろしくお願いします」

こくこくと、されるがままになりながら、ちゃんと自分の言葉で返事。

「よっしゃ」

あいた手で、小さくガッツポーズする榊課長。

素直に喜びを表す姿が嬉しくて、性懲りもなく胸にすりすりしたくなる。

 

 

 

「と、なると。

 ④の伊織さんと話を詰める目標期限は、冬、か……

 いや、高橋と新堂の結婚時期さえ整えば、前倒しも可能だな。

 もうこの際、整わなくても見切り発車でGOでもいいか」

なんとなく香里さん達を蔑ろ(ないがしろ)にしている感じ?

「本心はな」

榊課長は用紙にさらさらとペンを走らせて。

「あいつらの結婚は、本人たちがケリをつけるべきだと思ってる。

 でも、目の上のこぶなんだよな。

 あいつらがさっさと納まらないと、こっちに支障が出る、らしいから」

そう言って私を見て、小さくため息。

 

 

 

「たまたま、だぞ。

 本来なら、いくら麻衣の頼みでも、あいつらなんかお構いなしに突っ走る。

 伊織さんとの話までに、時間があるからな。

 その間に、あいつらも“ついでに”まとめとく。

 優しいだろ、オレ」

笑って見せる榊課長。

「はい」

その笑顔に見惚れながら、頷くと。

「じゃ、⑤の結婚はいつがいい?」

①~④は、全部決定事項だったのに、そこだけは訊くの?

「最終期限は来年6月。

 ジューンブライドがいいなら、な。

 もっと前でもOKなら、オレはいつでも大歓迎だけど?

 ま、3月から6月の間だな」

榊課長がさらりと線を入れた。

 

 

 

「ちょっと、待ってください」

ぁあ? と。いつもよりも凄味のある声。

「まーだ、なんかあるのか?

 ……いいぞ。

 なんでも言えよ。解決してやる」

榊課長が自信たっぷりに微笑むから。

少しだけ、躊躇する。

「タスクが一つ足りません」

まさか、スルーするつもりじゃないよね。

「榊課長のご家族に、結婚のお許しをいただかなくては……」

ん? あぁ、と。

靄のかかった声音に不安を覚える。

「わかってるさ。両家への挨拶は④と⑤の間に入る」

そう、ですよね。

榊課長のご家族だけじゃなくて、私の両親にも会って欲しいし。

そこへ、ランチが運ばれてきた。