のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】 KISSの法則 第29話 月曜日の真相

 

4人のそれぞれのキモチ。
言葉にして共有することで、また無敵に近づける。

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【ヒミツの時間】 KISSの法則 第29話 月曜日の真相

 

KISSの法則・悪意の嘘

 

「嘘って? なに言われたんだよ」

榊課長ってば興味なさそうだったのに、急に身を乗り出して。

「いえ。……いいんです。

 ほら、もう解決したじゃないですか」

慌てて、とりなす。

ほんとに。もう、いいの。

けっこうキツイ嘘だったから、蒸し返されたくない。

おい。高橋、と。鋭い声。

「お前聞いたんだろ。言えよ」

低い、声。

やだやだ、と首を振る私に、香里さんは微笑んで。

「麻衣。全部話した方がいいよ。

 疑惑の火は完全消化させないと、ね。

 燻って、あとで大火事になったらいやでしょ?」

それは……そう、です、けどぉ。

口の中でもごもご。

 

 

 

「あのオンナがさ、榊と『寝たことがある』って。

 『今も付き合ってて、時々会ってる』って」

ずばっと、言葉にする高橋課長。

嘘だって、はっきりしたはずなのに。

胸が、痛い。

苦しくて、胸元をぎゅっと掴んで俯いた。

麻衣、と。

榊課長の震える声に、恐る恐る顔を上げる。

「全部、嘘だ」

まっすぐ視線を合わせて、きっぱり。

わかって、ます。

……でも、ちょっとだけ不安だった。

“今も付き合ってる”っていう言葉を耳にしても

“そんなの嘘です”って、自信を持って言い返せなかった。

 

 

 

「100%……信じ、られなくて。

 あの。ごめんなさい」

は? と。

榊課長は怒ったような声で。

「もしかしたら、そうかもって。

 ほんの少しだけ、よぎったの。

 ほんとに、ごめんなさい」

俯いて、ただ謝る。

「どうして、そう思った? 

 いや。怒ってないぞ。

 どうして麻衣にそう思わせたのかが、知りたいだけ」

優しく訊く、榊課長。

「堂々としてて、嘘をついてるようには見えなかったの。

 それに、付き合ってるっていう噂も知ってたから。

 それで、その。

 ずっと、アケミさんにいらいらして

 榊課長にも、もやもやを感じるようになって」

あの頃の気持ちを思い出すと、つらくて。

しどろもどろになる。

 

 

 

「ずっと……って?」

信じられないという顔で、私を見る榊課長。

「去年の年末くらい、です。

 アケミさんがシンジョに怒鳴り込んできて。

 あれから、ずっと」

ああ! と。

急に大きな声を出すから、びくっとなる。

「あいつ、あの時の……

 そうだ。あの時も、聞いたぞ。

 “オンナ除けがどうとか”って、高橋から」

そうだよ、と。

高橋課長は呆れ顔。

「榊。お前なぁ~。

 麻衣ちゃん絡みなら、思い出せるってどういうことだよ。

 あの時……“麻衣ちゃんしょげてる”って。

 僕、言ったよね」

あぁ、言ってたな、と。

榊課長は嬉しそうに頷いて。

全部見られてたことに、はずかしくなる。

 

 

 

、と。

静かに口を開く香里さん。

「麻衣が、子供みたいにぽろぽろ泣いたって。

 あたし、あんたに言ったわよね」

思い当たるのは、年明けすぐ。

アケミさんの存在に。

変わらずハグをする、榊課長に。

そして、黒いもやもやに捉われて押し潰されそうになる、自分に。

ぐちゃぐちゃな気持ちを持て余して、大泣きした。

「はぁ? あれ、嘘なんじゃねーのか」

「あたし、嘘はつかないけど」

静かに威嚇。

睨みを利かせる香里さんに、私が小さく縮こまる。

「傍若無人、冷徹、自己中。

 榊のそういうところが麻衣を傷つけてたの」

違うん、です。

悪いのは、榊課長じゃなくて、醜い私の心。

 

 

 

KISSの法則・不敵な笑顔

 

「ふーん。つまり。

 麻衣がしょげてたってのは、オンナ除けの取引に絡んでたってわけだな」

責められてるのに、榊課長が浮かべるのは不敵な笑顔で。

……なにゆえ、笑顔?

首をかしげる

「麻衣。今の話、間違いないか」

え? あ。

「あの、榊課長のせいじゃなくて。

 私の気持ちがぐちゃぐちゃで……」

うん? と。

不敵な笑顔に、甘さがミックス。

とくん、と。

胸が高鳴って、目が離せない。

 

 

 

「気持ちは大切だけどな、今は置いとく。

 心配するな。

 後で、じぃっくり、聞かせてもらうから。

 とにかく。

 状況は、それで間違いないんだよな?」

じっくり、は気になるけど……

状況と言われれば、その通りで。

はい、と。渋々頷いたら。

「ごめん。悪かった。

 新堂の言う通り、自己中だったと思う。

 誓って、やましいことはない。

 だけど、悩ませたことは、謝るよ」

神妙な顔で頭を下げる、榊課長。

いえっ、ですから……と。

言い募る私に、榊課長はにんまり笑顔。

「でも。ぶっちゃけ。

 ……嬉しい」

ばか榊っ、と。

香里さんが呆れたように呟く。

 

 

 

麻衣ちゃん、と。

高橋課長は探るようなまなざしを向けて。

「どうして榊が嬉しいか……意味、わかる?」

おまっ、なんだよっ、と。榊課長。

“後でじっくり”は、二人だけでど~ぞ。

 僕は、麻衣ちゃんが進化してんのか、ちょっと知りたいだけ」

それって。

あまりにも世間ずれしてなくて、の部分。

「なん、となくですけど……わかります。

 でも、合ってるかどうかは微妙ですけど」

もじもじしながら答えたら。

「ふ~ん。まぁ……合格かな」

あ。テストだったの?

びっくりして顔を上げる。

シンジョ恒例、抜き打ちテストみたい。

 

 

 

KISSの法則・高橋課長の不信感

 

「司はね。

 麻衣が“かまとと”ぶってる、って。疑ってたの」

かま、とと?

香里さんの言葉に首をかしげる

「“かまとと”ってね。

 狙ってるオトコに気に入られようと、知ってるのに知らないふりをすること。

 男女関係の深い話になったら、ぶわっとわいてくるの。

 清純に見せたい女子が、使う手なのよ。

 “え~、それってどうゆうことですかぁ? 香里わかんな~い”っていう……」

おえっ、気持ちわる、と。失礼な声。

見なくても榊課長だって瞬時にわかる。

……殴られますよぉ。

確かに、私もちょっぴり、固まったけど。

聞いたことがない鼻にかかった甘えた声。

ワンオクターブ、ううん、それ以上高くて。

ちらっと見たら、高橋課長ですら苦笑いだし。

 

 

 

つっ、つまりね、と。

香里さんは、はずかしそうに咳払いをして。

「ウブ子なんて演技で。

 うぶなフリしてるだけだって疑ってたのよ、司は。

 ばかよね。

 正真正銘、まがいものなし、真性のウブ子だっつ~のに」

香里さん?

かばってるように見せて、けなしてますけど。

「今日。その疑いがやっと晴れた。

 麻衣ちゃん、“寝る”の意味が最初わかんなかったらしくてさ。

 “あんた榊さんと寝たことないでしょ?”って挑発されてんのに、考え込んで。

 “はい”って」

肩を震わせて暴露する、高橋課長。

「あのオンナの前で演技する必要は、ないもんな。

 それで、素だって気づいたんだ」

声を立てて笑う、香里さんと高橋課長。

でも、こっちの二人は気まずくて。

あれに、似てる。

お兄ちゃんと笑いながらテレビを見てたら、ラブシーンが始まったような気まずさ。

 

 

 

榊、確認だけど、と。

香里さんの声が尖る。

「もう他にはいないわよね。

 別のオンナ除け要員とか、切れてない元カノとか、……隠し子とか」

隠し子、って。

冗談だってわかってても、頬がこわばる。

ばかっ、いねーよ、と。

慌てて声を荒げた榊課長は、私に視線を移して。

「オレは……麻衣、だけだ」

そんな目で、見ないで。

誓えるの? 香里さんの詰問に。

誓う、と。きっぱり。

「だって、アケミさんのこと、記憶になかったじゃない。

 他にいないって、どうして即答できんのよ」

そ。そうよ、そうよっ。

心の中で、香里さんに同調する。

 

 

 

KISSの法則・公認の仲

 

「いないよ」

答えたのは、高橋課長。

「なんなの、司?

 男同士で結託して。感じわるっ」

そうじゃなくてさ、と。

高橋課長は困ったように笑って。

「そばにいたから、ほとんど把握してるってこと。

 麻衣ちゃん、心配しなくていいよ。

 今日のこと以外は、もうないから。

 あれしか突破口がなかったから、僕も強硬手段に出たんだし」

“心配しなくていい”“もうない”という言葉に、安堵のため息をついて、頷く。

 

 

 

「実際さ、榊の取引は妙案だったんだよ。

 だけどその妙案は、榊が女嫌いだから成り立つものであって……

 まさかあの時点で、“氷の榊”に大切な女の子ができるなんて、予想もしなかったから」

榊課長のとろけるような、ねっとりした甘い視線に絡めとられる。

ほんとに“氷の榊”って呼ばれてるのかな?

これの、どこが……氷?

「榊のこの胸焼けするくらい甘い態度って、麻衣限定よね?」

香里さんが呆れ果てた顔で、高橋課長に訊く。

高橋課長も唖然としながら、頷いて。

 

 

 

「麻衣はさ、榊の過去にも嫉妬しちゃうと思うんだけど。

 “こういう榊は麻衣しか見たことないんだよ”って言っても、ピンとこないの。

 麻衣はこういうキモい榊しか知らないからさ」

キモくねーよ、と。

言い放つ榊課長。

視線から解放されて、ほっと息をつく。

「新堂から言葉で聞いたって、ピンとくるわけないだろ。

 いいんだよ。

 オレが……ちゃんと、いろんな方法で、ぜんぶ、教えてやるから」

せっかく緊張が解けて、ひと息ついたのに。

ぴっきーん、と。また固まる。

 

 

 

香里さんは小さく首を振って、ため息。

「麻衣。もう、諦めなさい。

 麻衣を泣かさないんだったら……あたし、もう言うことはないもの。

 榊はマジだし。

 麻衣だって、同じ気持ちなんでしょ?」

は……い、と。

若干引き気味に返事をしたら。

榊課長は、ちっと舌打ち。

「ぱぁっと輝く笑顔で、はっきり言えよ。

 往生際が悪いぞ。ほらっ」

両手を広げる榊課長。

テーブルをはさんで、なにしてるんですか。

「飛び込むわけ、ないでしょう」

ぷいっと顔を背ける。

 

 

 

「はーん。そういう態度か」

低い声。

見上げると、黒い笑み。

あう、この展開は。もしや。

「あのオンナの前で言った“素直な気持ち”ってのを、聞かせてもらおうか」

ここで? みんなの前で?

“誰になんと言われようと……榊課長が好きです”って。

顔が、ぼぼっと熱くなる。

高橋課長だけは、その場にいたけど。

ふるふる、首を振って無言で拒否。

「あとで、ちゃんと白状しますから」

震える声で、お願いしたら。

榊課長は、満足げに微笑む。

 

 

 

「榊、調子に乗りすぎよ」

榊課長を睨む香里さん。

「麻衣、いいこと教えてあげる。

 榊がね、こうやって麻衣のこといじめられるのは、あたしたちの前だけよ。

 二人っきりの時にこんな調子じゃ、お兄さんとの約束なんて守れないもの」

そういえば。

二人っきりの時は、ちょっと距離を置く。

確か、“タガが外れる”っていうのが口癖で。

なぁるほど。

にたり、と。黒い笑みをまねて笑いかけるも、榊課長は涼しい顔で。

 

 

 

KISSの法則・兄のヒミツ

 

ひとつ訊きたいんだけどさ、と。高橋課長。

「麻衣兄との約束って、そんなに重要なの?

 百戦錬磨って自慢してる榊が、万策尽きて手をこまねいちゃうくらいにさ」

挑発的な笑顔。

でも榊課長は全然動じない。

「別にお手上げなわけじゃない。

 策は練ってるし、今んとこ順調に進んでる。

 麻衣……伊織さんのこと、こいつらに話してもいいか?」

私に訊く榊課長。

はい、と頷くと。

榊課長はおもむろに口を開いた。

「伊織さんは、オレに輪をかけたオンナ嫌いだから。

 麻衣が女性っぽくなるのが、本能的に好ましくないらしい」

だからか~、と。高橋課長。

だからって、なに? 高橋課長に訊く香里さん。

「いや。だから、麻衣ちゃんは純粋培養されてウブ子に育ったんだな、って。

 普通じゃ、この天然ぶりはあり得ないから。

 へぇ。そうか、なるほどね。

 ……納得した」

 

 

 

それに、と。榊課長。

ひとりでうむうむ納得している高橋課長を横目に。

「麻衣に手を出すな、って言われてんじゃないし。

 深い関係になるなら、結婚するか、同棲するかってこと……

 つまりさ。

 オンナ嫌いの兄と、女性になった妹が同居すると、支障っていうか。

 その……。

 拒否反応が起きて、麻衣を傷つけるんじゃないかって、気にしてる」

言葉を選んで、説明してくれる。

えっ……、と。

驚く香里さん。

「事情も知らないでこんなこと言うのって、浅はかだと思うけど……

 お兄さん、考え過ぎじゃない?」

そう、思いますよね。

でも、お兄ちゃんの抱えてるものが見えない以上、“大げさ”とか“考えすぎ”とか、私には思えなくて。

 

 

 

香里、と。

高橋課長は、優しくたしなめるように名前を呼んで。

「僕は麻衣兄の気持ち、理解できるよ」

そろそろと顔を上げると、高橋課長の真剣な視線にぶつかって。

「僕みたいに、徐々に蓄積されたものなのか、

 それともひとつ大きなきっかけがあったのかは、わからない。

 だけど、絶対に相応の原因があるはずだよ。

 他人から見たら些細で、“それくらいで?”って思われることでも……

 当人にとったら、耐えがたい問題がね」

高橋課長の言葉に、香里さんはひとつ息をついて。

「そうか……、そうね。ごめん、麻衣」

しゅんとして謝る香里さんに、慌ててぶんぶん首を振った。

わかってるの。

香里さんの反応が、大多数で。

大多数だから、正常な考えとみなされ。

だからこそ、お兄ちゃんが人知れず苦しんできたこと。

 

 

 

「榊。

 それって、かなりデリケートな問題だと思うんだけど。

 踏み込んでもいいの?」

榊課長に問う、高橋課長。

やわらかい雰囲気は、影をひそめて。

“いずれ結婚が決まった時に聞いてほしい”って、伊織さんから言われてる。

 麻衣抜きで……オレだけに。ってな」

高橋課長は、じっと思案。

「オンナ、嫌い。

 麻衣ちゃん抜き、ね……

 そうか。

 少し見えてきそう」

わかるのか? と、低く問う榊課長。

思わず、身を乗り出す私。

いや、と。高橋課長は首を横に。

「やっぱり、憶測はまずいよ。

 事実と、麻衣兄の言葉だけに集中しないと、方向を間違う」

そうだな、と。榊課長は頷いた。

 

 

 

KISSの法則・新たな難題

 

ってことはっ! 

香里さんが目を見開いて、大きな声を上げる。

「司、まずいじゃないっ。

 アケミさんに、あんなでたらめ言って……

 あの時は事態が収拾してほっとしたけど。

 アケミさんって、すご~くしつこいのよ」

でたらめじゃないよ、と。

平然と返す高橋課長。

「麻衣兄がフリーなのは、ほんとでしょ?

 嘘はついてないよ。

 知り合いっていうのも、誇張だけど嘘じゃないし。

 麻衣兄は、僕の婚約者の後輩のお兄さんで。悪友のカノジョのお兄さん。

 麻衣兄からしたら僕は、可愛い妹の頼れる先輩、でしょ?」

頼らねーよ、ばーか、と。口の悪い榊課長。

こじつけすぎ、と。呆れる香里さん。

「“物も言いよう”さ。営業の基本だよ

 いざとなったら適当にかわすから、大丈夫」

自信満々だけど……ほんとに大丈夫、かな?

 

 

 

「じゃ、つまり。

 榊は兄妹の仲を傷つけずに、円満に結婚しようと画策中ってことか。

 その要素として、僕らの結婚も入ってる、と」

まーな、と。

高橋課長の言葉に不機嫌そうに頷く榊課長。

道理でね、と。

小さな子のいたずらを見つけた時みたいに、高橋課長はくすり、と笑って。

「いつも放置プレイの榊が、やけにしゃしゃり出てくるからさ……

 おかしいと思ったんだよね。

 ま。僕はすっごく感謝してるけど」

嬉しそうな高橋課長と、紅い顔の香里さん。

 

 

 

じゃ、まとめるわよっ、と。

焦った声の香里さん。

「司は、もうヘンな企てをしないこと。

 麻衣の人柄とか性格とか、掴めたでしょ?」

まぁ、そうだね、と。

頷く高橋課長。

「なに、その返事。曖昧ね。まだ何か文句があるの?」

文句っていうか……、と。

凄む香里さんをちらりと見て、私に笑みを見せる高橋課長。

こくり、と。喉が鳴る。

「ウラがないのはわかったよ。

 でも、そうするとさ。

 香里の補佐が務まるほどの能力があるのか? って。

 疑問符が付くよね」

ぼんやりしてるし、もの知らずのウブ子だもんね。

その心配はごもっとも、です。

無言で頷く私を、じっと見る3人。

 

 

 

「それってさ。

 あたしにケンカ売ってんのと同じだけど?」

腕組みをして、高橋課長を睨み上げる香里さん。

「つまり。

 あたしが決めた昨年度のシンジョトップに異議あり、ってことよね」

啖呵を切る香里さんに、たじたじになる高橋課長。

完全に、お尻にしかれている状態で。

ちょっと羨ましい。

私がどんなに頑張って背伸びしても、結局、榊課長の手のひらで転がされているだけなんだもん。

ないものねだり、かな。

さっき……高橋課長は私たちを羨ましいって言ってたし。

初々しい恋愛のどきどき感、だったっけ。

照れながら。

やっぱり、ないものねだりだ、と気づく。

それぞれ、しっくりくる形で。

それぞれの関係を育んでいくんだから。

 

 

 

「新堂、そのくらいにしとけ」

榊課長が静かに仲裁する。

「そのうち、身にしみてわかるさ。

 いずれ、企画3課のチームで、麻衣と高橋は合流するからな。

 高橋が吠え面かくのは、目に見えてる」

そうね、と。

鼻を鳴らす香里さん。

「目のもの見せてやんなさい、麻衣!」

直属上司の、過剰な期待と叱咤激励。

ハードルが一挙に跳ね上がる。

もう。どうしてこうなるの。

恨みがましい目で榊課長を睨んだら、どや顔で返された。

むぅ。意味、わかんないしっ。

 

 

 

KISSの法則・とろける氷

 

「それと、榊だけど。

 もう少し、やわらかくなりなさいよね」

香里さんの言葉に、眉を上げる榊課長。

「どういう意味だ?」

不機嫌な、声。

「麻衣を泣かすようなことは……多分しないって、わかってる」

「多分じゃねーよ。絶対だ」

即答は嬉しいんですけど。

言い方がキツいの。もう少しソフトに。

「麻衣ちゃんの顔、見てみなよ。榊」

高橋課長にいきなり指摘されて、よけいに頬がこわばった。

うん? と。甘い声でこちらを見る榊課長。

「どうした? 麻衣」

豹変する榊課長に、ブーイングともとれるため息。

発信源は、高橋課長と香里さん。

 

 

 

あの、ね。

勇気を出して、声にする。

うん? って微笑む榊課長。

それ、すごく弱い。

でも……ちゃんと言わなくちゃ。

「私。今日すごく怖かったんです。

 榊課長がアケミさんに“誰だ?”って、言ったとき。

 いつか、私も忘れられてしまう、って」

なっ! 麻衣っ、と。

慌てふためく榊課長。

「榊課長が私に優しいこと、すごく嬉しいんです。

 だけどギャップがありすぎて、不安になるの。

 私の期限はいつまでだろう、とか。

 どっちの顔がほんとの榊課長だろう、とか……」

言葉を失う、榊課長。

「私は初心者だから、不安を育ててしまうんです。

 今回みたいに、会えない時間があると……不安が心の中で生い茂って。

 自分の大切な気持ちまで、見えなくなっちゃう」

 

 

 

でも……、と。口ごもって。

一旦俯いて、見上げた。

目を丸くした榊課長は、ほんのり紅くて。

「でも、やっぱり。

 自分だけに優しくしてほしい、我儘な私もいて」

ふぅ、と。

ひと息ついて、カレを見つめる。

「だからね。ほかの女の子には優しくしないで。

 できるだけ、笑いかけないで。

 だけど、ちょっとだけ。

 普通に接してほしいんです。

 ごめんなさい、めんどくさいお願いで」

頬杖をついた手で口を押さえ、そっぽを向く榊課長。

紅い頬。

ちらちらこちらを窺う視線。

呆れちゃった、かな。

 

 

 

「キモっ、榊が照れてる」

からかう高橋課長の声に、止まっていた空気が動く。

「麻衣。

 今の。二人っきりだったらヤバいわよ。

 榊にガバッて襲われる」

襲われる……。

怒って? じゃないよね。

“照れてる”“襲われる”に、導き出される感情は……

ぇえっ? と。声が裏返る。

「そういうこと、素で言っちゃうからな。

 氷の榊がとろけるわけだ」

肩をすくめる高橋課長をぎろりと睨んで。

麻衣、と。

小さく呟く愛しいカレ。

 

 

 

「……難しいけど、努力する。

 でも、感覚が掴めない。

 できれば、さ。

 そばで、その都度、教えてほしいんだけど」

はい、と。笑顔で応えたら。

「ずっと、そばで。……いいな」

甘く、掠れた声。

とくとく、うるさくなる自分の鼓動。

ひゅ~ひゅ~囃し立てる高橋課長に。

呆れ顔の香里さん。

熱い頬を両手で押さえて、はい、と頷いた。

 

 

 

KISSの法則・鬼の忠告

 

甘~い雰囲気のとこ悪いけど、と。香里さん。

「はい。次は麻衣、ね」

思わず、背筋がピンっと伸びる。

「麻衣。金曜日にあたしが言ったこと覚えてる?」

え、と。

信じたら一途だけど、疑り深すぎる、高橋課長。

冷静な判断に長けているけど、人の心に配慮がない、榊課長。

パッションだけは誇れるけど、まっしぐらすぎる、香里さん。

穏やかで芯は強いのに、自分の気持ちを抑え込む、私。

「4人が欠点を補い合って向上すれば、最強になるっていう……」

「ま。それに関連してなんだけど」

香里さんは渋い顔。

 

 

 

「麻衣は、もっと気持ちを表に出しなさいって言ったけど。

 今日の一件で、取消よ」

香里さんの真意が掴めなくて、思わず顔を覗きこむ。

ちょっと目を瞠って。

小さく咳払いする香里さん。

「そんな、仔犬みたいな無垢な目で見ないで。

 ……言いづらいでしょ」

あ、すみませんっ、と。慌てて視線を逸らす。

「小会議室を私用に占拠したこと。

 麻衣主導じゃないのはわかってるけど、トップの耳に入ったら、麻衣も懲罰の対象よ。

 しかも、イケメン御曹司っていうトップクラスの婚約者がいるっていうのに、格下のオトコと……なんて」

おいっ! と。

低くツッコむ榊課長。

他の人にもやさしく、っていう話の後だからか。

少しだけ凄味がないけど。

 

 

 

「榊。あたしは麻衣に話してんの、黙ってて」

ぴしゃりと撥ね退ける香里さんを睨んで。

「それ、オレが教えてやった交渉術じゃねーか」

恨み言を呟く、榊課長。

そう、そう。あった。そういう交渉術。

交渉したい相手に聞こえるように、別の相手に話をする。

話す相手は……

確か、ターゲットのライバル。

もしくは、ターゲットが懇意にしている相手。

ターゲットは、自ずと話に聞き耳を立ててしまって。

直接話すより、時と場合によっては有利に働く。

いわゆる、当て馬作戦みたいな……。

 

 

 

「トップに知られなくても。

 社員の間で噂になったら、大変よ。

 せっかくお兄さんの気遣いで、ほかのオトコを牽制できてたのに……

 オレも、オレも、って。麻衣に群がる男がわいてくる。

 二股尻軽オンナって思われて、僕とも遊ばな~い? なんてね」

新堂、てめー……と。

静かな声。

ひきつりながら視線を向けると、どす黒いオーラが渦巻いて。

「聞こえよがしに麻衣に言うな。

 文句あんなら、オレに言え。

 オレが麻衣を離せなかったんだから」

「そうだっけ? 司」

香里さんは涼しい顔で、高橋課長に話をふる。

「麻衣ちゃんなら、榊から逃げるのに10秒もかからない。

 くいって、ひとひねりだよ。

 僕が保証する。

 なにしろ、この中では唯一の体験者だからさ」

、と。

悔しそうに言葉をのむ榊課長。

 

 

 

「二人とも同罪よ。

 でも。麻衣の方が“針のむしろ”でしょうけどね。

 女子社員の嫉妬と、男性社員からのイヤらしい目に晒される毎日だもん。

 しかもね……」

大きなため息をついて。

「技を掛けることさえ、躊躇せざるを得ない。

 本来の麻衣なら、正当防衛で“あっぱれ”って言われるはずよ。

 でも、レッテルが貼られた場合、投げられた方に同情票が集まるもんね」

「わかった、それ以上言うな」

榊課長は両手を上げて、降参のポーズ。

「想像するだけで、営業のヤツらを片っ端からぶっ飛ばしたくなる」

「なんで営業なんだよ~」

間延びした声で、くすくす笑う高橋課長。

「あたしはね。

 麻衣を企画3課のチームに参加させるのが、すごく心配なの。

 榊。お願いだから、会社では暴走しないで」

眉根をよせて、懇願する香里さん。

……私の、ために。

 

 

 

「特に。

 この間言ってた、プロジェクタ担当。

 7月から小会議室で、ってやつ」

ああ、と。榊課長は不機嫌そうに頷いて。

「二人の時は絶対に!

 小会議室の扉は開けたままで。いいわね」

古風だね~香里、と。

はしゃぐ高橋課長をキッと睨んで。

「婚約者がいる女子社員と、なぜか人気のある独身男性社員が二人きり。

 それがマナーでしょっ」

そうですね、と。

相槌を打つ私をぎろりと睨む、榊課長。

“なぜか”人気のあるって。麻衣も思ってんのかよ。

 ぁあ?」

「違いますっ。

 そっちじゃなくて。マナーの方ですっ!」

 

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