のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第8話 依頼と宿題

 

彼の依頼と、お兄ちゃんの宿題。
悩んで自分に向き合った。
大切な恋、だから。

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第8話 依頼と宿題

 

KISSの法則・ややこしい宿題

 

2階の自室に上がって。

ベッドに、ころん。

あぁ、今日もいろいろあったなぁ。

ふぅ、と。

ため息をついて……そのまま、まどろみかけた。

……榊課長に、ときめいて。

……高橋課長の棘に傷ついて。

……香里さんに慰められて。

……それから、新しい仕事。

……いたずら好きな榊課長に。

……ちゃんと伝わらない想い。

ふにゃぁ~、と力が抜けた刹那。

とろとろする頭の中に、閃光が走る。

 

 

 

そうだよ、眠ってる場合じゃないでしょ。

依頼と、宿題。

ほっぺをぱんっとはさんで、気合注入。

榊課長からの依頼、は……

期限は“覚悟”が出来次第。

レポートというより、実地で、なんて。

どこまで本気なのか、わからない言い方で。

難度、高すぎ。

うきゃあ、なんて。思わず奇声を上げて。

ベッドの上で転がってしまう。

考えると頭がパンクしそうだから、今は横に置いといて。

 

 

 

お兄ちゃんに出された宿題の期限は、今週末。

んもう、まったく。子ども扱いして。

私が“宿題”っていう言葉に弱いことを知っていて、あんな風に言うんだよね。

ええと、と。呟きながらお兄ちゃんの言葉を思い返す。

『マリンの香りが好きだから、

 その香りを纏う彼に魅かれたのでしょうか?

 それとも。

 私が纏っている香りに似ているから、

 彼に拒否反応が起きないのでしょうか?』

つまり。

香りに誘導されただけか、香りで拒否しないだけか。

あれ? おかしい?

どっちだとしても、榊課長が好きっていう答えには辿りつかない、よね。

 

 

 

まさか。

これが、仕向けるってこと?

榊課長のプレゼンの手法を思い出す。

“クライアント自身が納得して自分で選ぶように、じわじわ仕向ける”

そういえば。

携帯の転送も

短大時代のパジャマパーティー

合コン参加も

……もっと昔。

合気道を習うことになったときも……

麻衣はどう思いますか? なんて訊かれて。

自分で決めた気になっていたけれど。

それが、お兄ちゃんの意図したものだったら?

強制されていなくても、いつの間にか自然にそう決まる、のは当然で。

 

 

 

そうなると……

お兄ちゃんの意図するところは

香りに惑わされているだけだと。

恋ではない、と。

私を誘導して、思い込ませたいの?

それって、すなわち。

交際に反対ってこと。

どう、して?

 

 

 

前なら、お兄ちゃんの意図に思いを巡らすことなんて、なかった。

考えたり、悩んだりせずに、頷いていたっけ。

もしかしたら。

お兄ちゃんは、初めて私に思案する機会をくれたのかも。

“宿題”なんていう言葉を使って。

きっと。

頭ごなしに反対なんじゃない。

“自分の気持ちを見つめなさい”というメッセージ。

 

 

 

一昨年、ショップでお兄ちゃんの香水を選んだ時。

自分の好きな香りを選んだのは、確か。

それまでお兄ちゃんがつけていたムスク系の香水とは、ある意味真逆の爽やかさ。

マリンの香りの人なんて、電車にも会社にもいる、よね。

男の人に近よる機会はあまりないから、断言できないけれど。

でも、絶対。

マリンの香りが好きだから、榊課長に魅かれたんじゃない! ……はず。

 

 

 

だって。

最初は企画書だもん。

すごいって、尊敬して、憧れて。

次は……

あ。次は。

今、思い出しても湯気が立ちそうな“バックの左手”

 

 

 

でも、待って。

あの時。

爽やかで少し甘いマリンの残り香。

お兄ちゃんの香りに似てるって。

……思った。

「うそ、でしょ?」

言葉がもれる。

愕然としているところへ、追い打ちをかけるように。

頭の中でリフレインする、お兄ちゃんの言葉。

『私が纏っている香りに似ているから、

 彼に拒否反応が起きないのでしょうか?』

 

 

 

毎週水曜日の“ハグ”だって。

拒否反応が起きなかったのは、マリンの香りに包まれていた、から?

そんな。まさか。

……私。

お兄ちゃんの香りに安心してる、だけ?

経験値が低すぎて、もはや理解不能

 

 

 

フラッシュバックする、榊課長の不安そうな表情。

恋愛初心者の私に、心配だ。って……

誰かと較べてどこかへ行くんじゃないか。って……

違う。

違う、ってば。

誰とも較べないし、どこにも行かないっ。

半狂乱になって否定する私と……

ほんとに? 

どうして違うって言えるの?

根拠は、なに?

冷静に問い質す私……

 

 

 

でも。

甘えたい。

そばにいたい。

ぎゅうってしてほしい。

今夜、家の前で

そう思ったのは、紛れもない事実で。

お兄ちゃんには、そんなこと思わない。

きっと。

榊課長以外の誰にも……

もどかしい距離なんて、感じない。

 

 

 

それに。

榊課長が抱える不安は、私にだってある。

榊課長が言うところの、“それなりにいろいろあった”方々の中に。

たまたま、ブレない女性がいなかっただけで。

……これから、出会うかもしれない。

私なんかゆらゆら歪んで、霞んで消えてしまうほどの、ブレない女性が。

今は、私しか見えないって断言していても。

 

 

 

よく聞くもん。

人の心は移ろいやすい、と。

想像しただけで、胸が締め付けられる。

もしかしたら、きっかけだったかもしれないけど。

香りなんて些細なことで。

――これは、きっと“恋”――

 

 

 

KISSの法則・むずかしい依頼

 

お兄ちゃんの“試すような意図”に惑わされずに、

自分なりに満足のいく答えを出せた“宿題”に

ほっとしたのも束の間。

今日は木曜。

週末なんてあっという間。

明日、榊課長と話せる時間があるとは限らない。

こんな時こそ、メールの出番。

だけど。

携帯でメールするのは、ちょっと……

受信メールだけが見えちゃうんだっけ。

《にいちゃんはどんな人?》なんて返ってきたら。

『彼に、なんて報告したんですか?』って、訊かれるもん。

うぅ、どうしよう。

 

 

 

「あ、そうだ!」

思わず両手を叩いてPCをONにする。

依頼メールを個人メールに転送すれば、人事のチェックが入るから、と。

メモリカードに依頼メールの添付ファイルだけを保存したんだ。

本当は違反行為だけど……。

たいへんだ。

今日の違反行為だけで、懲戒解雇は免れない。

 

 

 

はぁ、と。

ため息をつきながらWordを開く。

〈“KISSの法則”について私見をまとめろ〉

何度見ても、衝撃的。

その依頼内容の、次ページ。

〈返信は立花の個人メールから、以下の榊個人メールへ。

 *****@***.co.jp〉

これ、これ。

 

 

 

私と榊課長の個人メール同士のやりとりなら。

誰にも咎められない、知られない。

二人だけの“ヒミツ”にできる。

でも。

いきなりPCメールに送っても、知らないアドレスは迷惑メール処理されちゃうかも。

まずは携帯メールで、〈送りますよ〉と知らせなきゃ。

うぅ、もう。めんどくさいな。

 

 

 

〈こんばんは。

 今夜も送ってくださって、ありがとうございました。

 今から、個人PCにメールしてもいいですか?〉

四苦八苦しながら携帯に打ち込んで。

疑問形だと、携帯に返信が来ちゃうことに気づく。

そしたら、お兄ちゃんの目にふれる。

〈メールしてもいいですか?〉を慌てて

〈メールします!〉に変えて、送信。

ごめんね、お兄ちゃん。

隠し事の多い妹で。

 

 

 

〈メールします!〉って……

どれだけ必死なんだろう、と呆れながら

自分のPCで、メールを作成する。

〈麻衣です。

 急で申し訳ありませんが。

 今週末、兄に会っていただけますか?

 ご都合は榊課長に合わせますので〉

送信、っと。

やっぱりキーボードの方が打ちやすい。

 

 

 

10分後、PCに待ちわびたメールの返信が。

〈悪い。風呂に入ってた。

 オレは土日とも空いてる。

 けど、土曜日の午後がいいな。

 つーか。

 PCメールなんていうから、覚悟ができたかと思ったぞ?〉

ん、もう。

メールでもいじわるだ。

 

 

 

でも。

どんなにからかわれても、嬉しくて。

鼓動がとくとく、心がぽかぽかしてくる。

あれ? 今はマリンの香りなんかしないよね。

メールなんて、画面上の文字の並びで。

嬉しいのは、榊課長のメールだから。

ほら、やっぱり。

――恋、なんだよ――