【ヒミツの時間】 KISSの法則 第47話 急加速&急展開
KISSの法則・嘘をつかないコ
「こんなことを言うのは失礼ですが……」
榊課長が口を開いたところへ、ジンさんが戻ってきた。
「やあ、ごめん。待たせたね」
ユウさんの隣に腰掛ける。
「ん? 何か話の途中だね。
言いかけたところまで話してごらん。
僕の話は、それからだ」
「あ、じゃあ。お言葉に甘えて」と榊課長。
「こんなことを言うのは失礼ですが。
レイくんが、年齢と名前を偽っている可能性は?
ジンさんの直感と、ユウさんから聞く状況では……
彼が伊織さんの息子だとしか、考えられないんです」
「確かにね~」と口を開くユウさん。
「水商売は、名前も年も偽るものよ。
だけどレイは、嘘をつかないコなの」
嘘をつかないと、きっぱり評される彼。
そうかもしれない。
「レイがあれだけ、自由奔放で傍若無人……
う~ん。つまり。
口は悪いし、お客様の名前も憶えない、指名があってもふらっとよそに行く。
そういうコでも、人気ナンバーワンなのはね。
自分に正直で、まっすぐだから
だから、レイは疎まれない、妬まれない。
本人は距離を置いてるのに、なぜだか憧れの的で」
嘘って、自分を繕うもので。
繕うのは、周囲の目を気にするから。
あんな風にまっすぐ歩いてきて、初対面の私に名前を訊ねるなんて……
たしかに自分に正直な証拠、かも。
KISSの法則・年齢の謎
「レイは嘘をついてない。それはほんとだよ。
心を覗いても隠し事がないんだ。
だけどね……」
ジンさんはあごに手をあてて。
「家出してから、ユウに会うまで……その記憶が曖昧なんだよ。
レイは正直だけれど、適当に返事をする悪い癖がある。
ユウは、18歳のレイと5年前に会ったんだね。
その時の会話は?」
え? え? と、動揺を隠せないユウさん。
「名前を訊いたら、レイだって。
年は……春に学校を卒業したって言ったから、少なくとも18歳だと……思って」
「それだ……」と頷くジンさん。
「レイは……、いや。
その女性が産んだ男の子は、中学を卒業して。
高校にも合格していたのに、家出したんだよ」
じゃあ、18歳じゃなくて……15歳。
「でも。
“18ならお店で働けるわね”って言ったら。
すんなり頷いたのよ」
当時を思い出すように、ユウさんは視線を動かす。
「“18なら”って。ちゃんと言ったのかい?
そう思い込んでたってことは?
多分ユウのことだから、“じゃ、うちの店で働きなさい”って言ったと思うよ」
「そう、だったかも……」
しゅんと、うなだれるユウさん。
「ああ。いや、責めてるわけじゃないよ。
レイはオトナっぽいから、そう思っても不思議じゃない。
僕だって、5年前にユウからレイを紹介された時は、まさか15歳だとは思わなかったさ」
「それにね」
ジンさんは当時を思い出すような遠い瞳で。
「家出したレイは、住むところがなくていろんな場所を転々としてたらしい。
かなり厳しい生活だったろうね。
ユウがレイに出会ったのは、秋だったって言ってたね?」
「ええ、それはちゃんと覚えてる」と、頷くユウさん。
「実際は半年くらいだったのに、つらい生活で長く感じたのかもしれない。
18だって言われて、過去と照らし合わせることなくそのまま納得したんだろう。
レイにとって、過去は“なかったこと”にしてしまいたいらしいから」
だからレイさんは、あの頃のお兄ちゃんに似ている。
忘れたい過去。
救われたと思っていた私の中に見え隠れするものへの、恐怖。
「僕らが周りで探ってても、埒が明かない。
最終的に、伊織さんとレイにはDNA鑑定を受けてもらうつもりだよ。
もちろん、きちんと説明をして、二人の意思を尊重する。
だけど、もし親子でなかったら……
二人に期待を持たせて、結局は落胆させることになる。
だから慎重に調べを進めてるんだ」
ジンさんの言葉の意味は……
親子であれば、期待通り。
落胆は、他人だった場合。
ほんとに、そうなのかな?
ひどいことをされたお兄ちゃんが、その結果として産まれたレイさんを自分の子供として受け入れられるのかどうか。
それ以上に……
レイさんが事実だけを知ったら、お兄ちゃんを憎みそうで。
それが哀しい。
お兄ちゃんは被害者なのに。
レイさんから見れば、欲望の果てに自分を捨てた身勝手な人間でしかない。
「期待?
レイが親を知りたがるかしら。
過去をなかったことにしたいのに」
驚いた顔のユウさん。
「過去は封印したくても、自分が何者かは知りたいはずさ。
レイは……恋を、してるから。
自分では、恋だなんて気づいてもいないんだけどね。
複雑に絡み合いすぎて。
誰が、どこに、どう繋がってるか……
それどころか、自分の気持ちすらも見えていない。
いや、まぁ。それはこっちの案件だから」
ジンさんは笑顔を見せる。
最初に会った時。
【J】でもジンさんは言ってたっけ。
“どうやら、こっちの案件にも絡んできそうなんだよ”って。
それがレイさんの恋?
KISSの法則・身勝手な復讐
「今から榊さんと麻衣ちゃんに話すこと、つまり、レイの母親と思われる女性の思惑と背景だけど。
近いうちに伊織さんにも同じように話すつもりだよ。
それをどう受けとめるかは本人次第だけれどね。
麻衣ちゃんが結婚して伊織さんの元から巣立った後……
あの手のかかりそうなレイが、伊織さんを救う手だてになるかもしれない」
手のかかる子のほうが可愛い……っていう意味、なら。
私とレイさんって同列に扱われてるわけで。
ちょっと。ううん、かなり落ち込む。
「女性の話……けっこうヘビーだけど。
覚悟はいいかい?」
ジンさんの言葉に顔を上げ、こくりと頷く。
「女性はすぐに見つかったんだよ。
全寮制の私立中学と、本人の名前がわかっていたからね」
私が名前を覚えていたからよ、って言いたげに心もち胸を反らせて威張るユウさん。
「女性の場合、名前がわかっていても困難な場合が多いんだけど。
彼女は姓がそのままだった」
結婚しなかったから?
もしくは。
結婚したとしても、女性の姓を選択した、とか。
「彼女はね、あの事件当時……
もう結婚していたからだよ」
その言葉に3人とも顔を上げ、息をのむ。
「結婚していて、あんなこと……」
押さえた指の隙間から言葉をもらす、ユウさん。
「あの時も現在も、彼女はあの私立中学の理事長の妻だ。
当時は、前理事長のひとり息子に嫁いで、何年か経っていた頃だった。
跡取りは必須。
だけど、妊娠の兆候がなくてね」
同じ女性として、胸が痛む。
「針のむしろ、だったらしいよ。
由緒正しい家柄のひとり息子なのに、見合いではなく恋愛結婚だったから。
最初から親族の風当たりは強かったんだ。
その上、後継ぎの気配もないなんてね」
居た堪れなかった、って。理解はできる。
でも、だったら……どうして?
「思いつめて。
ひとりで、検査に行ったらしい。
だけど。
彼女には異常はなかった」
「由緒正しい家柄の、婚家の親族にねちねちいびられて。
耐えかねて検査に行ったら、正常だったんでしょ?
良かったじゃない。
ぜ~んぶぶちまけて、『ふざけんな!』って言ってやれば」
拳をわなわなさせる、ユウさん。
「彼女は妊娠できる身体だったけれど、夫に原因があったんだよ。
それだって、時間もお金もかかるだろうけど治療が不可能だったわけじゃない。
でも、夫は。
自分が原因だってわかったとたん、手のひらを返したように態度を変えて。
子供なんていなくてもいいだろう、って。
他人事みたいに言いだしたそうだよ」
原因は……旦那さん。
いわれのない攻撃の矢面に立たされている妻を。
救うんじゃなくて、逃げ腰で。
ううん、見殺しと同じ。
「『親族達に真実を話してほしい』って。
彼女は何度も夫に懇願したらしい。
だけど、夫は動かなかった。
のらりくらりと逃げるばかりで。
普通に考えれば、夫には幻滅するよね。
親族に診断書を突き付けて、謝罪を要求。
そのうえで離婚だって、あり得る話さ」
ユウさん、拓真さん、私。
全員がジンさんの言葉に頷いた。
「だけど、彼女は野心家だからね。
由緒正しい家柄もぜいたくな暮らしも、手放したくない。
嫁を責めたてる親族を恨み、妻を守らない夫に愛想を尽かして……
自分を蔑ろにした全員に、復讐できる方法を実行に移した」
それが……
あの事件の背景。
KISSの法則・野生の獣
「由緒正しい家柄の血を絶やし、正統な後継者に自分の子供を据える。
事実を知っていても、夫は口を噤むしかないから」
そんな……。
用意周到な乗っ取り。
彼女が傷ついたのもわかる。
だけど……お兄ちゃんは完全に巻き添えで。
「そんな、身勝手許されるわけない。
イオには何の落ち度もないっ!」
激昂するユウさん。
「そうだ、伊織さんは何も悪くない」
私の目を見て、力強く断言するジンさん。
「『なぜ彼を選んだのか?』って彼女に訊いたんだよ。
『血液型が夫と一緒だったから。
距離も心も親から離れていて、相談できないだろう。
それに大人びた印象から、口外もしないはず』って。
悪びれもせずに言ったんだ。
それだけでも腹立たしいのに……
もう一つ。
『瞳の色が自分に似ていたから』って」
眉間にしわを寄せたジンさんは、絞るような声で。
「なによ、その理由っ!」
ユウさんが憤慨する。
「“この男性の子供を産みたい”、って。
女性は本能で感じるそうなんだ。
強く、賢く、美しい……
そういうわかりやすい条件以外にも、それぞれ魅かれるポイントがあるらしい」
ジンさんの言葉が、耳をすべって行く。
頭が、ついていかない。
「彼女は、瞳の色にこだわっていた。
確かにね。
伊織さんと麻衣ちゃんは一般的な人よりも瞳のブラウンが薄い。
彼女も。……そうだね、僕もほんの少し薄いブラウンをしている」
ただ、それだけで。
そんな理由で。
「レイも、そうなんだ。
彼女の息子の卒業アルバムを見せてもらった。
そこには、投げやりでふてくされたような表情の、幼いレイが写っていて。
今と決定的に違うのは、瞳と髪の色。
瞳は薄いブラウン。
髪はダークブラウン。
君たち兄妹にそっくりな、ね」
息が、止まる。
「レイは野生の獣みたいなコだ。
自分の感覚を頼りに生きてきた。
伊織さんを見たとき、瞳と髪に驚いて。
外見上の共通点じゃなく、内面から自分と同じものを嗅ぎ取ったんだろう」
だから、名前を訊いた。
お店で見かけただけなのに、話しかけずにいられない。
KISSの法則・愛のチカラ
「その話って……」
ユウさんが沈黙を破る。
「ジンさんの口ぶりからすれば、あのオンナ本人に聞いたのよね。
よくそこまで、赤裸々に喋ったわね」
大きく頷く拓真さん。
「理事長の妻という立場からすれば、大スキャンダルなのに」
「そこを利用して、極めて真実に近いところを引き出したんだよ」
拓真さんに笑いかけるジンさん。
「彼女に取材を申し込む。
大手経済誌によく似た名前を使ってね。
取材内容は、相手を擽るような適当な内容で。
嬉々として取材を受けた彼女の前に現れたのは……
胡散くさいチンピラもどきの記者で」
ごくり、と喉が鳴った。
「ユウの話をもとにして……
彼女の悪事をより大きく、より悪くデフォルメして言い募ったのさ。
大げさではあるけれど真実で。
狼狽えたところに、そっと囁くんだよ。
何十人もの被害者が訴えを起こそうとしている、ってね。
一気に冷静な判断力を失うだろ?」
「ジンさん……?」
ユウさんが、ふるえる声で呆然と呟く。
「とうとう、チンピラ役まで演っちゃったの?」
驚いた顔のジンさん。
「いや、それは僕じゃないよ。
ここのマスターに、お願いした」
あ……足立さんが!
足立さんに目を向けると、驚いた顔でこちらを見て。
気まずそうに顔を背けた。
「彼は元々、芸能関係の裏方さんだったからね。
場慣れしているからか、演技力とハッタリには舌を巻くものがあって。
しかもほら、がっちりしているから適任だったんだよ」
いきなり明かされた足立さんの正体のカケラに、私が知ってもいいことなのかと身構える。
「榊さん、ここの常連だったの。
いわゆる裏常連。
マスターとは昔馴染みなんですって」
「ふうん、なるほどね」
さほど驚くわけでもないジンさん。
「冷静沈着なマスターが、入ってきた榊さんを見て一瞬驚いた。
それを隠そうと、ユウは慌てて説明しただろ?
なにかあるなってね」
レイさんと話し込んでいたような気がしていたのに……。
ぜんぶ、お見通し。
私の顔を見て、ユウさんが慌てだす。
「誤解のないように、言うとね。
マスターが隠れるようにひっそりここにいるのは、理由があって。
誰かに追われてるわけじゃ……あ~、追われてるわね。
やばいことに手を出したってわけでも……あるか」
えっと。それって。
聞けば聞くほど、足立さんが大変な宿命を負った人みたいで……
胸がバクバク、落ち着かない。
「手を出しちゃいけないオンナを好きになって。
相手と一緒に逃げたもんだから、ほとぼりが冷めるまでひっそり暮らしてるだけ」
埒の明かないユウさんの説明にイラついたのか、自分で説明する足立さん。
「相手と一緒に逃げたんじゃないだろう。
惚れた女性を助けるために、自分の心を押し殺して機を狙ってた。
女性を安全な場所に逃がして。
罪を暴くために自分はとどまり、内部告発の資料を集めた」
ジンさんの補足に、そっぽを向く足立さん。
その頬が紅くて、照れているのがわかった。
足立さんって、ヒーローだ。
愛のチカラって……すごい。
恋愛はアタマじゃなくてココロだ、って。
あれは、足立さん自身の経験からにじみ出た深くて重い言葉。
「もうすぐ、足立くんとカノジョの敵の罪が明るみに出る予定だからね。
そうすれば、お日様の下で安心して暮らせるんだよ。
それが、ほとぼりが冷めるっていう意味なんだ」
ユウさんも足立さんも言葉不足で、ヘンに不安を煽るけど。
ジンさんが丁寧に説明してくれると、安心できる。
KISSの法則・敵の懐に潜る策
「で?
チンピラ風記者がジンさんじゃないとすると。
いつ、どこで、あのオンナと接触したの?」
ユウさんの疑問に、ウインクを返すジンさん。
「マスターの演技力で、冷静な判断力を失わせたちょうどその頃。
僕は彼女の顧問弁護士に会っていたんだ。
“あなたの顧客のトラブルを耳にしましてね”って。
彼女がチンピラ記者から聞いている話を、弁護士の耳に入れたんだよ。
不本意ながら、多少彼女の立場よりの言い方でね」
「敵にはまわしたくないわね」と、肩をすくめるユウさん。
「僕が弁護士と会っているさなかに、取り乱した彼女から弁護士に電話がかかってきて。
『力になれるかもしれません』って。心配そうに言ってみせたんだよ。
『同行してください』って懇願されちゃって。
難なく敵の懐に潜り込めたってわけさ」
ジンさんは、さらりと言っちゃうけど。
危険な賭けには違いなくて。
未来が見通せるからできること、かも。
「さっきも言った通り、彼女は瞳の色に執着しているようで。
自分と似た色の瞳を持つ僕に、疑念を抱かなかった。
そこは予期せぬ幸運だったんだよ。
そこからは簡単さ。
事実よりも10倍くらい大げさな記事を書かれることを恐れた彼女は、真実に近い話を聞かせてくれた。
多少、保身のために脚色したとしてもね。
気の強そうな彼女が、親族の嫌がらせにじっと耐えていたかどうかもわからない。
けれど、そこはどうでもよかったから」
それぞれの口から、感嘆のため息がもれた。
KISSの法則・愛の意味
「僕は彼女を許せないよ。
どんな事情があったにせよ、保身でしか動いていないひどい人間だから。
どの選択をしても、自分は犠牲を払わないようにっていうのが第一条件で。
なんの罪もない伊織さんに、重い十字架を背負わせて。
親を選べないレイに、愛の意味すら教えなかった」
「愛、の意味すら……?」
私の言葉に、ジンさんは哀しそうな瞳で頷く。
「レイが覚えている名前は、さっき麻衣ちゃんに訊いて、やっと9人だよ」
9人……。
たった、9人。
「レイ、という自分の名前。
キクという近所のおばあさん。
キクさんがレイと呼んだから、自分はレイだと思ったらしいんだけど……
“あのキクがレイって呼んだんだから、俺はレイだ”っていう、わけのわからない理屈でね。
ただ、学校のテストではきちんと自分の名前を書いていたそうだから、昔は知っていたんだと思うけど。
多分、家出のあたりで本名がすっぽり抜け落ちたんだろうね」
無意識に本名を捨てたのかもしれない。
家と、一緒に住んでいるだけの“家族とは言い難い人々”と、窒息しそうな生活と一緒に……捨てた。
「3人目はユウ。本名のユージで覚えている。
4人目は僕。
5人目は親友の葵くん。
6人目は葵くんの友達のモモ。
7人目が……説明は難しいけれど、ナナコちゃんで。
8人目が伊織さん。
9人目が麻衣ちゃん。
伊織さんと麻衣ちゃんはフルネームで覚えてる。
それ以外はファーストネームしか知らない」
まだ、確実ではないとしても……
レイさんは私の甥にあたる人。
たった一つしか違わない、甥。
彼の生まれた経緯が、育ってきた環境が、偏った人間関係の希薄さが……
哀しくて、切なくて、悔しくて。
「興味のない人間は、“無”に等しいけれど。
レイは、名前を訊いたら忘れない。
少しずつ名前を覚えるごとに人間関係も広がって。
親友、友達ができたあたりから、ぐっと人間らしくなったんだよ」
涙腺が緩む。
阻害されてきたレイさんの心が、少しずつ成長していることに。
遅咲きすぎるのは否めないけれど。
「レイと伊織さんはお互いを必要とし、寄りそうことで補い合えるって思うんだよ。
愛情をいっぱいかけた麻衣ちゃんが巣立って、空虚な心になった伊織さんに。
愛情をかけられたことのないレイが、生きる気力を与えられる。
二人が親子なら、レイは親の愛を知ることができる」
お兄ちゃんとレイさん。
同じ人間に傷つけられ心を失った二人が
支え合って。
失った時間を埋めて。
再生できるなら……嬉しい。
KISSの法則・愛されて育った証拠
「今お聞きした、事件の背景って。
お兄ちゃんだけじゃなく、レイさんにもお話しするんですよね。
それと、事件の詳細も。
実の母親に対しての憎しみが、一層募ると思うんです。
レイさんは……大丈夫、でしょうか」
うむ、と。あごをさするジンさん。
悩んでるというよりは、私にどう伝えたらいいか考えてるみたい。
「レイは母親に対して、もう何の期待もしていない。
名前すら覚えていないんだから。
ただ唯一。
自分の瞳の色だけが、母親を思い出すきっかけになるらしくて……
だから、瞳の色を変えて生活しているんだよ。
哀しいことのように見えるだろうけど……
そう思うのは、麻衣ちゃんが愛されて育った証拠だよ」
だから、お兄ちゃんと関わりを持つのがベストなのかな。
「レイという、本名とはまるで違う名前。
23歳という、意図的ではない年齢詐称。
特徴的な瞳と髪の色を変えたこと。
それらが偶然にも幸運をもたらしたんだ。
家出したレイを、あの一族は血眼(ちまなこ)になって探したらしい。
レイは、今でこそあんな粗暴者だけど。
元の家では成績優秀で品行方正、しかもあの容姿。
カリスマ性は申し分なし、学園のいい広告塔になるはずだったからね」
それがレイさんにとって、どんなに酷なことか。
望まない環境に縛られることなく、自由に生きられたら……
レイさんの心は、もっと気持ちよく伸びるはず。
「今後の鑑定次第だけれど……。
伊織さんとレイの話を進めたいんだ。
麻衣ちゃんは賛成してくれる?」
「はい」と、ジンさんの瞳を真っ直ぐに見て答えた。