のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第9話 つのる想い

 

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もとかれ 第9話

 

 

【もとかれ】第9話 つのる想い

 

つのる想い

 

再会後1週間が静かに過ぎて。

勇人の“策”がわからないだけに、緊張の毎日。

決行日とフィールドがわからないから。

きょろきょろして、安堵と落胆のため息。

“今日も何もなかった……”の、繰り返し。

勇人と別れてからの1年半。

身だしなみは、社会人として非常識でなく清潔感があること。

それだけがポイントだったから。

白シャツに、パンツスーツ。

デザインも地味で。

色だって、紺、グレー、ピンストライプ……

まるで、就活生。

 

【M・Dカンパニー】の設計部では……

結婚指輪以外に女性らしいアイテムを、見たことがなかった。

禁止じゃないと思うけれど、あの部内では浮いちゃう感じ。

【キュリオ】は、常識の範囲内ならピアスもネイルもOKだけど。

私が身につけていたのは、勇人から贈られたリングだけ。

「少し、オシャレしようかな」

とはいえ、急な変化は周囲を戸惑いの渦に巻き込むだけだから。

今までのスタイルをアレンジする程度に留めよう。

かっちりした白シャツを、シフォン系のトップスに。

メイクにもちょっとだけ手を掛けて。

その前に、スキンケアも。

「恋する乙女だ、私」

苦笑いして小さなため息。

私、ほんとに待ってるだけでいいのかな。

 

「三和ちゃん、ちょっといい?」

二つ年上の先輩からデスクに手招きされた。

「また、アシスタントお願いしたいんだけど」

はい、と。明るい返事でデスクに駆けよる。

十数件ある定期メンテナンス先には、ひとりで伺えるようになったけれど。

新商品の提案も、PCインストラクターもまだまだ半人前で。

先輩のアシスタントとして勉強中。

「嬉しいな。

三和ちゃんがアシストしてくれると、ぱぁっと明るく和やかになるもの」

社交辞令だとわかっていても、褒め言葉に照れちゃう。

「今回はね、インストラクターのアシスタントなの。

何回か経験あるでしょ?」

訊かれて指折り思い出す。

 

「経験があるのは……

親子教室、Webデザイナー特化コース、初心者セミナーです」

ほかにも、MS、基本情報、応用情報の各資格講座、ネットワーク系の講座もあるんだけど。

専門的な知識にはぜんぜん胸を張れなくて。

一番楽しかったのは、親子教室。

ほんわかしてて、嬉しそうに笑ってて。

すごくいい雰囲気だった。

親子教室だと嬉しいな。

でもまだ夏休みには遠い時期。

「初心者メールコースなの。

今回は、パソコンだけじゃなくて。

スマホと携帯のメール機能を教えてほしいって。

“孫に送りたい”っていう声で実現したのよ」

……ということは、ある程度ご年配の方が生徒さん。

お孫さんにメールを送る姿を想像したら、心がほんわかしてきた。

 

開講日は1週間後。

さっそく、ロビーに置くチラシ作成に取りかかった。

ほんわかした優しい色合いで作ってみよう。

希望者多数で受講が決定したため、今回はほぼ生徒さんが集まっているらしい。

チラシ作成は、今回の残りの席数のお知らせと、次回につなげるため。

“大切な人にメールを送ってみませんか?”

その気持ちが伝わるように。

「チラシは、50部くらいお願いね。

電話での問い合わせもあったのよ。

口コミで広がりそうだから、定期的に開講するはずなの」

気合いが入る。

恋に浮かれてぼんやりしていた気持ちを、しゃんと立て直して。

業務に没頭。

だけど……ふとした拍子にもれるため息。

待ち人、来たらず……つのる、想い。

 

 

 

再会の兆し

 

「三和ちゃん。明日の講座の打合せ、いい?」

業務終了後、先輩に呼ばれた。

いよいよ明日に迫った【メールを送ろう教室】。

【メールビギナーコース】だと敬遠されそうね、と。

先輩の判断で、親しげな講座名に変えたら大ヒット。

若干名募集だったはずが、希望者が膨らんでしまって。

こちらも初めての経験で手探り状態だから、次回開催の予約者として承った。

明日の第1回は、通信会社もバラバラ。

携帯電話もスマホも入り混じっている。

次回からは、通信会社ごとに生徒さんを募りスムーズな講座を開設することに決まった。

 

「これが受講者の方のお名前と、席順ね」

先輩から手渡された資料に、なにげなく視線を落として。

……時が止まった。

手にした席順表。

ちょうど挟んだ右親指のそば。

教室の後ろの角。

[久我 勇人]

[クガ ハヤト]って。

……ご丁寧にフリガナまで。

ううん。待って。

逸る気持ちを抑える。

同姓同名のお年を召した男性っていう可能性もあるじゃない。

 

「受講者の年齢層ってね、ご年配の方が9割なんだけど。

どういうわけか、若い男性もいるのよね」

ぴくん、と揺れる肩。

でも。

その若い男性が、クガハヤトさんとは限らない。

「最初にメール教室を希望された女性グループが、ノリノリで。

色々、案を出してくださったのよ。

“ペアになってメールを送ってみたい”って。

確かにね、自分の機種で実践することが一番だから。

その案をありがたく頂戴して、練習形式で行います」

はい、と。

揺れる気持ちを抑えて返事。

 

しっかりしなきゃ。

クガハヤトさんが、恋い焦がれる勇人でも、別の方でも。

舞い上がっちゃいけないし、ましてや落胆するなんて失礼すぎる。

平常心、平常心。

―― 前にもこんなことがあったっけ ――

“平常心、平常心”って。

小さく唱えて、深呼吸する私に。

“アタマで考えるな。オレを信じてココロを任せればいいんだよ”

優しく微笑んでくれたのは、他でもない勇人で。

“明日香がココロまで全部オレに預けてくれるまで、待つ”

そう、言ってくれたよね。

 

私。勇人が好き。

逃げて、離れて。やっと気づいた。

逃げられるわけがない。

離れられるわけもない。

ずっと、ココロに居てくれて。

唯一、ココロを預けられる人。

明日会うクガハヤトさんが、勇人だったら……

精いっぱい、想いを伝えよう。

勇人じゃなかったら……

もう迷わない。

その足で、勇人に会いに行く。