のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第10話 かさなる想い

 

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【もとかれ】第10話 かさなる想い

 

 

【もとかれ】第10話 かさなる想い

 

ぎこちないお芝居

 

爽やかな風薫る5月中旬、土曜日の午前中。

“メールを送ろう教室”が開講した。

緊張で、手のひらがじっとり。

先輩の後について、教室へ。

教室の左奥から伝わる、痛いほどの視線。

私たちの背にあるホワイトボードは、東に向いていて。

教室の方角でいえば、クガハヤトさんがいる位置は北東。

つまり鬼門にあたる。

パワーの強い場所。

だからこそ清めて、大切にすべき方角。

はぁ。改めて緊張が増してきた。

鬼門以外にいらっしゃる生徒さんのお顔を見て、心を落ち着けた。

 

「で、こちらは本日のアシスタントをつとめます……」

自己紹介を終えた先輩が、笑顔でこちらを見遣る。

「三和明日香です。よろしくお願いします」

お辞儀した頭をゆっくり上げながら、そっと鬼門に視線をずらす。

嬉しそうに眇めた(すがめた)瞳。

弓形(ゆみなり)にカーブする唇。

……勇人だ。

獲物を見つけて、狙いを定めた狩人の瞳。

どう料理しようか、って。

思いをめぐらせるように、ちろっと舌を覗かせる唇。

 

「それぞれ通信会社も機種も違いますので、全体での説明は省きます。

実際にメールを送りながら、手順や操作方法を体感しましょう。

ご不明点がございましたら、私か三和が承りますので。

どうぞ、お気軽にお声を掛けてくださいね」

先輩の説明が始まる。

勇人にありったけの想いを伝えるのは、この講座が終了した暁で。

今は集中、集中。

「本日ご参加いただいている方の中から、とても素晴らしい提案をいただきました。

そのご提案を受けまして、ペアになっていただきメールを送り合いたいと思います。

お知り合いの方とお申込みいただいた方は、ペアを作っていただけますか?

3人グループの方は、3人で結構ですよ」

 

勇人は、どうするんだろう。

そう思って、勇人の隣の席に視線を移そうとしたら……

「はいっ、センセイ!」

急に、目の前の女性が立ちあがった。

「あら、えっと。

ペア発案グループのケイコさん、どうかなさいました?」

この方が発案者。

「あの後ろにいるおにいちゃんは、ひとりでしょ」

ケイコさんの右人差し指の方向には、唖然とした表情の勇人。

さっきまでの暗黒狩人は彼方に消え去って。

「ええとぉ。そう。だからね。

そこのアシ……アシなんとかさんと組めばいいと思う、のよっ」

“アシなんとかさん”と言いながら、左人差し指で私を示す。

カチコチにこわばった表情。

棒読みっぽい喋り方。

広げた両腕は、ぷるぷるふるえて。

 

「ケイコちゃん、だっけ。

それなら心配いらないよ~ん」

後ろから、響く間延びした声。

発信源は、勇人の隣に座る男性で。

「隣になったのも、なんかの縁だからさ~。

俺がペアになってやるよ」

……ん?

聞いたことのある声。特徴のある喋り方。

「よ。よよよ……」

叫びそうな口をかろうじて両手で抑えて。

よっちゃん! 

心の中で絶叫する。

 

「えっと。

……ごめんね、三和ちゃん。

あっち、お願いできる?」

眉をしかめた先輩が囁く“あっち”は鬼門方向で。

「他の先生も呼んでくるから、生徒さんは大丈夫よ。

あっちをどうにか収拾つけて」

先輩はご存じないでしょうけれど……問題行動を起こしているのは私の関係者だから、申し訳なくて。

はい、と。素直に頷いた。

「ほんとにごめんね。無理しちゃだめよ。

手に負えなくなったら、つまみ出すから」

なんて大胆な発言。

 

んもうっ。

よっちゃん。なんなの?

ぷりぷりしながら、ずんずん進む。

不覚だった。

私ってば名簿をもらったのに、クガハヤトさんばかりに気を取られて……。

あれ? そういえば。

よっちゃんって、フルネームなんていうんだっけ?

ま、それはいいや。

よっちゃんがいつものド派手ヤンキーファッションだったら、絶対すぐに気づいたのに。

今日に限って、綺麗目カジュアル。

いつもそうなら、一緒に歩くのもそんなにイヤじゃないのに。

とはいえ。

よっちゃん出現で、緊張がほどけた。

陰の功労者だけど、今はよっちゃんは置いといて。

まず勇人に……

 

よっちゃんを素通りして、勇人の席のそばにしゃがみこむ。

「え、と。お久しぶりです。

あの。ごめんなさい。

あとで時間……」

目を瞠った勇人は、慌てたように小さくジェスチャーでストップをかけた。

「待て、って明日香。

今はまずいだろ」

そう、だけど。話し合う時間が欲しいの。

約束しないと落ち着かないもん。

「これ終わったら、有無を言わさず攫うつもりだから……

今はいいコにしてろ」

勇人の言葉にほっとして。

はい、って笑顔で頷いたら。

「そんな顔すんな、待ちきれねーだろ」って。

苦笑いして、ためらいがちにそっと手を伸ばす。

伸ばした先は、勇人から贈られたリング。

愛しそうな瞳に、放心状態。

 

「お~い、明日香。

な~に、こそこそしてんだよぉ。

この俺に放置プレイかますとは、いい度胸だな」

ぴくんっ、と。肩が揺れて。

ふたりの世界から引き戻された。

声がおっきいよ、よっちゃん。

その存在をすっかり、忘れてたんだけど。

「どうして?」

「こいつ、なに?」

「どうしてって、なにが~?」

三者三様の疑問が飛び交う。

ぎろりとこちらを睨む先輩。

やばい。このままだと……

そうだ。

よっちゃん“だけ”つまみ出してもらおう。

 

「おにいちゃん。

そっちの。よう喋りよる方のおにいちゃん」

ケイコさんと同じグループと思われる年配の女性が、近づいてきた。

「私、ジュンコっていうんよ。よろしくね。

あのね、おにいちゃん。私と組まん?」

ジュンコさんの視線は、よっちゃんをがっちりホールドしていて。

「あの。どうされました? お困りですか?」

よっちゃんが口を開く前に、割って入る。

騒動を起こすに決まってるもん、よっちゃん。

「私ら4人で申し込んだんよ。

だけどヨウコさんが、膝が痛い言うて来られんごとなって。

そいけ、私がこのおにいちゃんと組みたいな、って思った……のです、よ」

あれ? 

ケイコさんと同じく、急に語尾のあたりでぎこちなくなった。

3人で組むこともできるんだけど……なにか意図がある感じ。

 

「あの、あんた。

えぇと、アシ……アシカちゃん?」

アシスタントと明日香が綺麗にミックスした造語。

「だめ、なん? アシカちゃん」

首をかしげるジュンコさん。

ぷっ、と。よっちゃんが吹き出して。

「い~よ。

俺、ジュンコちゃんと組む。

“アシカちゃん”ってのが、超気に入った」

なによ、それ。

だいたい、さっきのケイコさんにもそうだけど。

初対面の女性に“ちゃん”づけって、なれなれしすぎだよ。

「だけど、俺には重大な任務があるわけ。

こっから動くわけにはいかないんだよね。

ジュンコちゃん、椅子持ってくるからここでいい?」

ほんのり頬を染めたジュンコさんが頷く。

 

「待って、よっちゃん」

慌ててよっちゃんの袖を掴んだら。

「あ? ……よっちゃん、だ?」

勇人の不機嫌な呟き。

血の気が引く。

「任務ってなによ?」

気になるから、小さく問いただした。

「明日香を見張る任務。

由香里から仰せつかったの。

チラシに明日香の名前が載ってたからさ、ちょうどいいや、って」

私を見張るように、って。

由香里ちゃんから?

確かにチラシにはアシスタントとして私の名前が入ってたけど……

「明日香の椅子も持ってきてやる。

お前も、そいつとメールしたそうだし。

どうやら、ケイコちゃんもジュンコちゃんもそれを望んでるっぽいからな」

 

「あら、ばれとったんやね」と。

ジュンコさんは肩をすくめながら、よっちゃんを見送って。

「このハンサムなおにいちゃん、アシカちゃんのこと、すいとうんよ」

私をまっすぐに見つめたジュンコさんは、ゆっくり言い含めるように言葉にした。

は、はぁ。

すいとう? すいとうん? 

筋斗雲(きんとうん)……じゃないよね。

それはいったい……

勇人と二人、顔を見合わせる。

ジュンコさんは、よっちゃんのプリントにペンでさらさら書き込んだ。

“好いとう”って。

胸が、とくん。

“メールできればな”って、外でぼやいとったんよ」

勇人を振り返ったら、紅い頬でそっぽを向いてて。

 

「お人好しやけんね、ほっとけなかったんよ。

“私らも孫とメールしたいんよ~”って。話しかけたと」

LQの未来版を彷彿(ほうふつ)とさせる、おばあちゃま方。

「あっという間に取り囲まれて。

井戸端会議に巻き込まれたんだよ」

ひたいに手を当てた勇人は、小さく事情説明。

勇人を中心にできる輪。

親切心だってわかってるから、されるがままで。

“はぁ”とか“まぁ”とか、たじたじになりながら答える姿が目に浮かぶ。

「ははっ。巻き込まれるなんて、だっせ~の」

椅子を2脚手にしたよっちゃんが、勇人をせせら笑う。

こらこら、よっちゃん。喧嘩売らないの。

 

「ダサくねーよ。

“おねえさま方”のおかげで、こうやって会えたんだからな」

巻き込まれた、なんて言ってたくせに。

勇人ってば調子いい。

「“おねえさま方”だって。言うな~、久我」

よっちゃんがさらりと茶化す。

「よっちゃん。どうして、勇人の苗字……?」

はぁ? と。

よっちゃんは偉そうにプリントを指でとんとん。

「名簿に書いてあるじゃん。

それに久我って名前は、由香里から聞いてたし。

さっきだって、こそこそいちゃついてるし。

ああ、こいつが、って。ピ~ンときたさ」

そ。そっか。

 

「ありゃ?」

よっちゃんの素っ頓狂な声に、先輩がまたぎろり。

大丈夫です、の意味を込めて頷いたら、にっこり微笑んでくれた。

ぎりぎりセーフ、かな。

「これ、ジュンコちゃんの字?」

よっちゃんの指先が示すのは、ジュンコさん直筆の“好いとう”

頷くジュンコさんに、よっちゃんは顔をくしゃりとほころばせて。

「ジュンコちゃ~ん。

気持ちは嬉しいんだけど、俺、婚約者がいるの。

ずっと好きで、何度もめげずにアタックしてて。

やっとOKもらえたんだよ」

自分宛の告白だと思っている自惚れ屋のよっちゃん

だけど、そうだった。

それで婚約指輪を見に行ったんだもんね。

……なぜか私と。

 

勇人が、私とよっちゃんの間にぐいっと身を入れる。

「婚約者って……誰だ?」

低い声。

私も知りたいけど、そんなに問い詰めなくてもいいような。

「はは~ん。妬いてんだな。

だけど、それは後で。

そろそろメール打たないと、爆発寸前だぞ」

くいっと向けるよっちゃんのあごの先には、不機嫌そうな先輩の姿。

「はい、じゃ。ジュンコちゃんは俺とペアね。

明日香と久我も、早く始めなよ。

メールのやり方知らないから、ここに来たんだろ?」

よっちゃんの挑発に、眉を上げる勇人。

 

「オレが知りたいのはメールのやり方じゃない。

明日香の新しいメールアドレスだ」

勇人は低く言い放つと、苦しそうな顔で私を見つめる。

「ははん。俺は知ってるもんね~」

おちょくる言葉とは裏腹にスマホを見つめて真剣な顔。

先輩から見れば、メールに勤しんでいるように“見える”ように。

「よっちゃんは、勝手に由香里ちゃんから訊きだしたんじゃない」

小さく反論しながら、先輩にOKマークを出す。

ほっとしたように微笑んだ先輩は、大きく頷いてくれた。

よくやったわ、って。

口パクとガッツポーズもつけて。

自由気儘に見えて意外と周りを気遣う人、なのかな……よっちゃんって。

 

 

 

かさなる、想い

 

“ジュンコちゃん、ケータイ見せて”

“メールは今までやったことないの?”

よっちゃんとジュンコさんのやりとりを聞きながら……

勇人とゆっくり視線を合わせる。

「明日香。

新しいアドレス、教えろよ。

電話番号もセットで」

有無を言わさぬ命令調。

「やっと辿りついたんだ。

拒否はさせない。

……っていうか」

強気な声音は、なりをひそめて。

不安そうに、私の右手リングへと視線を移した。

 

「その指輪、オレが贈ったやつだろ?

明日香の気持ちは変わらないって、自惚れていいんだよな?」

自惚れ、だなんて……。

勇人の顔が、涙で揺れる。

ここで泣いたらアシスタント失格。

勇人が泣かせた悪者になっちゃうし。

ぐっと奥歯を噛みしめて、スマホを取り出した。

「オレは、なに一つ変えてない。

変えられなかったんだよ。

明日香を探して、見つからなくて。

だから。踏ん張って、待つしかなかった」

 

勇人のアドレスは、名前と誕生日を並べ替えたアナグラム。

ちゃんと覚えてる。

記憶に刻まれた忘れられない文字の羅列。

ふるえる指で間違えないように入力して。

件名と本文も心を込めて。

メールで伝えることじゃない……

だけど、あふれてくる想いが文字に形を変えた。

すぐそばにいるのに、送信完了までのタイムラグがもどかしくて。

メール着信のバイブ音が、低く響く。

スマホに視線を落とす勇人の表情をじっと見つめた。

 

好きだから、不安だった。

失いたくないから、怯えた。

あの頃の私は、弱くてへなへなで。

耐えきれなくて、逃げてしまった。

だけど。

一度離れてまた会えた今。

恋い焦がれる想いは、隠しきれないほどで。

だから。

もう二度と目を逸らさない。

好きだから、強くなれる。

失いたくないから、離さない。

どうして、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。

自分の気持ちに素直になれば、答えなんてすぐに見つかったのに。

 

メールの文字を目で追った勇人は、目を瞠って。

ゆっくり顔を上げた。

〈件名:明日香です〉

〈本文:逃げて、ごめんなさい。

見つけてくれて、ありがとう。

許してくれるなら……ずっと一緒にいてください。

勇人。大好き〉

思いの丈をすべてぶつけた……とまでは行かないけれど。

今の素直な気持ちをメールにのせた。

勇人はどう思うだろう。

勝手に逃げた私のわがままな願いを。

勇人の表情から、片時も目が離せない。

見つめる私の目に映ったのは

くしゃり、ほころぶ口元。

きらり、光る瞳。

 

数秒後、私のスマホがふるえた。

〈件名:ばーか〉

〈本文:先を越された。

あとでちゃんと言葉にして、直接聞かせろ。

もう絶対離さないから、覚悟しとけ。

それと……

明日香のアドレス、じわじわクるな〉

ばーか、ってタイトルに、口が尖る。

言われなくても、言葉にして直接伝えるつもりだし。

覚悟なんかしなくても、もう離れられないもん。

心の中で口答えする反抗心が、ほろっと崩れた。

新しいメルアドの意味。

気づいてくれたの?

 

私の名前に、忘れられないメモリアルデイ、そして勇人のイニシャル。

メモリアルは2月14日。

二人が初めて熔け合った日。

この先迎えるバレンタインは勇人だけを想う日、って。

ひっそりと愛を誓うのも勇人だけ、って。

心に決めてた。

絡み合う視線を縫うように、歓声が上がる。

……いつの間にか。

たくさんの生徒さんに囲まれたよっちゃんが、レクチャーを始めていた。