のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第14話 約束

 

【もとかれ】第14話 約束

 

 

【もとかれ】第14話 約束

 

ただいまの儀式

 

よっちゃんと別れて。

勇人に肩をがっしり掴まれて、歩く夜道。

「約束通り、このまま連れて帰る」

でもほら。着替えとか、もろもろのお泊りセットは……

ごにょごにょ呟く私に。

「明日香。お前……あの晩、自分のもん全部持ち出しただろ?」

勇人は怖い顔で睨みつける。

歯ブラシも、スリッパも、パジャマも……持ち出したっけ。

勇人に処分されるのが、ツラくて。

「明日香のものがなくなってるの見て。

オレがどんだけ荒れまくったか、わかるか?」

想像して……怖くなって途中でストップ。

火を噴いて街を壊す、人面怪獣。

 

「いいから、何も考えんなって。

今日に備えて、新しいの用意したし。

足りないなら、買ってやるから」

有無を言わさずタクシーに乗せられる。

タクシーの中でも、ぴったりひっついて。

「車、今日は置いてきたんだよ。

どういう展開になるか予想もつかなかったし。

まぁ。どっちにしても、ひとりで帰る気はなかったけどな」

俺様な笑顔で覗き込む。

「明日香、泣きすぎ。

オレがお前の泣き顔に弱いの、知ってるくせに」

そう、いえば……言ってたっけ。

泣くとぞくぞくする、って。

タガがはずれる、って。

「帰ったらどうなるか……覚えてろよ」

 

車窓を流れる懐かしい街並みに、きゅうんと疼く胸。

さっき、店でも言ったけど、と。勇人は囁く。

「なに一つ変えられなかった。

住む場所も、車も、通勤時間も。

オレの腕の中に戻ってくるって、信じて。

ぜったい取り戻すって、自分に言い聞かせて」

ちらりと私を見て、すぐに視線を逸らす勇人。

「あんま、こっち見んな。

……家まで待てないだろーが」

低い声の意味に気づいて、慌てて俯く。

 

「明日香がいなくなって……必死で探した。

引越し屋にも電話かけまくったし、役所にも行った。

あと……新聞配達も待ち伏せしたし。

不動産屋も、郵便屋も脅したぜ。

全員ストーカー扱いしやがったけどな」

待ち伏せしたり、脅したり、って……通報レベル。

痕跡をすべて消して逃げたから、勇人をそこまで追い詰めた。

胸がきりきり締めつけられる。

「ごめん、ね」

俯く私のあたまを、大きな手のひらがぽんぽん。

「明日香って手ごわいなって思い知った。

いつもふにゃふにゃ笑ってるくせに、真っ直ぐ一本芯が通ってて。

姿を消すって決めたら、絶対足がつかないように徹底的に手を回してさ。

狂言なんかじゃない。

それくらい覚悟を決めてたんだって、身に染みた」

 

「荒れまくったのは、ほんとだけどさ。

明日香が戻ってきたとき、愛想を尽かされるようなヤツに成り下がってちゃ意味がないって気づいたんだよ」

勇人の言葉に、ゆっくり顔を上げる。

見上げる私から目を逸らさずに、真っ直ぐ見つめ返す勇人。

「戻ってきた明日香を笑顔で受け止めて、包み込めるような。

自分の非を素直に詫びられる、大きいオトコになっていたいって……

自分を律して、踏ん張った」

勇人……

甘いため息と一緒にもれる、愛しい人の名前。

「社長と部長に文句言ったのは嘘じゃない。

だけど、その後はがむしゃらに仕事した」

そうだよね。

28歳で、チーフからサブリーダーに昇格だもん。

 

タクシーが、滑らかに停車した。

見慣れた、そして焦がれるほど懐かしい景色。

駐車場には、勇人の黒い愛車。

駆けよってボンネットにすりすり。

「おい」

不機嫌な声音。

振り向くと、笑いをこらえた勇人。

「そういうことは、オレが先だろ」

あ、そっか、と呟いて。

腕を広げた勇人に、ぽすんとダイブ。

「お。素直だな。

でも、ここじゃやばいだろ。

……ま。ここでもいっか」

脅かす声に離れようとしたら。

冗談だよ、って。抱きすくめられる。

 

「明日香はさ、オレより車だったよな」

耳元で囁く声に、拗ねた色がまじる。

「初めてのデートん時。

こいつで迎えに行ったら、“この車、かっこいい、好き”って言いやがって」

あ、はは。記憶力いい。

「大好きな人と、初めてのデートで。

どうしていいかわかんなかったんだもん」

少し離されて、顔を覗きこまれる。

なんだか、嬉しそう。

肩を抱きかかえられたまま、エレベーターに向かった。

 

「やべ、密室だ。どうする?」

エレベーターの扉の前、笑顔でからかう勇人。

「どうもしません、ってば。

もう、共有スペースでしょ?

……それに」

うくっ、と。感極まって声がもれる。

「なんだよ、冗談だって。

泣くなって。いじめすぎた、悪かったよ」

慌てる勇人を見上げて、小さく言う。

「前回、このエレベーターに乗った時。

私、ぼろぼろ泣いてたの」

目を瞠った勇人は、ゆっくり笑顔に。

「じゃ、“ただいま”って笑顔で言っとけよ」

 

エレベーターの小さな空間に。

ただいま、って。笑顔で声を掛ける。

なんとなく。

空気が柔らかくなって、温かく包まれた気がした。

エレベーターを降りて、勇人の部屋の扉までの間。

大きく深呼吸しながら、夜の闇に包まれた街並みを見て。

あの朝、目に焼きつけた風景と重ねあわせて、呟く。

ただいま、って。

扉の前。

あの時と同じようにひたいをこつんとあてて目を瞑る。

ただいま、って。心を込めて口にしたら。

おかえり、って。聞こえた気がして。

まぶたの奥がじんわり熱くなった。

 

「もう、いいか。二人っきりになっても」

解錠して、扉を開く勇人。

腰に手を回されて、玄関の中。

二人きりの空間に、胸がドキドキ。

勇人を見上げて、一番伝えたかった言葉を。

「勇人、ただいま。

ごめんなさい。大好きっ」

ぎゅって抱きついたのに、勇人はゆっくり背中をぽんぽん。

まるで宥めるかのように。

あれれ? 言ってたことと違う。

覚えてろ、とか。止められない、とか……言ってたはずなのに。

 

「郵便受けに、明日香の忘れもんが入ってる」

身体はぴとっと密着させたまま、親指で指し示す勇人。

忘れ物ってなんだろ……

そう思いながら、かちゃんと開けて。

あの朝の出来事が鮮やかに蘇る。

「スペア、キー」

あの朝、そっと郵便受けに入れた鍵。

「それ、明日香が手に取るまでそのままにしておいたんだよ。

明日香をぜったい連れ戻す、って。

開けるたびに呪文みたいに唱えてな」

銀色に光る鍵をそっと手に握って。

ただいま、と。指の隙間から呟く。

 

 

 

幸せの約束

 

腰を抱かれたままリビングへ。

「ただいまの儀式は、すんだだろ?

さっきの、ほら。

玄関のフライングは、カウントしないから……

オレの理性が保たれてる間に、もう一回言って」

掠れた声で、促すように優しい口調。

いつも命令形なのに。

「勇人、ただいま。

勝手なことして、ごめんなさい。

見つけてくれて……それから会いに来てくれてありがとう。

これから、ずっと一緒にいてください。

あのね、その……」

いつの間にか腰に両手を回されて、立ったまま向かい合う格好。

改めて伝えようとすると、頬が熱くなっちゃって。

でも、ちゃんと伝えなきゃ。

今の私の気持ち。

 

勇人の首に腕を回して、つま先立ち。

「勇人……」

愛しい人の名前を呼ぶ声が、思いのほか甘くて。

その甘さに酔いそうになりながら、至近距離で瞳を覗きこむ。

「大好き。愛してる、勇人」

ちゅっ、と。音を立てて私からキス。

瞠った目を嬉しそうに眇めた勇人は、じりじり私を押していく。

行きついた先は、リビングのソファ。

膝の上に抱えられた横抱き状態。

「ばか明日香、どーなっても知らないぞ。

ギブは受け付けない……」

自信満々に言い放ったくせに、ちょっと考え込む勇人。

 

「いや。待てよ。

がっつきすぎると、また逃げられるな……

マジでムリだったら、ギブしろ」

“がっつく”とか、“マジでムリ”とかに、怖くなって言い訳を試みる。

「あの……ブランクがあるので、お手柔らかにお願いします」

ブランク?

私の言葉に片眉を上げて。

「ブランクって、どんくらいだ?」

どれくらいって……

「1年半、でしょ?」

そう言ったら、大きな安堵のため息。

「いや、あのな。

もしも、離れてる間に明日香が誰かとそうなってても、オレの気持ちは変わらない。

そいつから奪ってみせるって。

奪うっつーか、明日香の意志でオレを選ばせるって、意気込んでたけど……

やっぱ、嬉しい」

誰かとそうなる、なんて……ありえないのに。

 

ちゅうっと。深めのキスをされて意識朦朧。

「LQのヤツらによればさ

明日香は順序だてて積み重ねるんだろ?

1度目はさらっと要点を掴んでメモとって、2度目にメモをマニュアル化して自分のもんにするって」

それって。

勇人にキスされて泣いた夜の話。

「明日香の2度目がオレならいいけど。

他のヤツじゃたまんねぇ、って。実際焦った。

カッコつけて、奪うとか選ばせるとかって思ってたけど……

内心、確認すんのが怖かった」

勇人でさらっと要点を掴んで、2度目の人で自分のものに。

そう、置き換えてたんだ。

飛躍しすぎだよ。

 

「あんだけ手間ひまかけて、心から愛しぬいたっつーのにさ。

他のオトコに手折られたなんて、シャレにならない。

……ごめん。

小さいオトコだよな、オレ」

ううん、と。首を横にふる。

「私だって。

勇人が“荒れまくった”って言ったとき、不安だったもん。

私と離れていた間……誰かとそうなったんじゃないかって」

もし、そうだったとしても。

逃げた私が責めるのは筋違いで。

「んなわけないだろ。

オレは最初からずっと明日香だけ。

明日香と一生居たい、って。

明日香しか要らない、って。
ずっと、明日香しか心になかった」

吐息まじりで囁きながら、首筋でちゅうっと音を立てる。

 

「オレが突っ走って怖がらせた夜。

明日香がLQに言ったこと……」

どれのことだろう。

たくさん聞いてもらったし。

慰めてもらって。元気づけてもらった。

ちゃんと“好き”って言われてないし、言ってない。

手もつないでないし、デートもしてないのに……、ってやつ」

あ。うん、言った。

“久我っちのことどう思ってるの?”って訊かれて。

“恋に堕ちかけたことがある”って答えて。

“だけど、好きって言われてないし、言ってない……”って。

なのに、キスされた現実が受け止められなかった。

 

「あんなこと言ったくせに。

明日香は、一度もオレに好きって言わなかった。

ずっとそれが引っ掛かってて。

なのに、最後の夜だけ“愛してる”って言ったんだよ」

あ……そうだ。

勇人からは“好きだ”って言われた。

でも、私。

“私も”って答えただけだった。

 

最後の夜。別れを決めたあの夜。

―― いつかどこかで会えたら私を攫って。今度こそ、離れない ――

そう想いながら “愛してる”って何度も伝えた。

それまで一葉ちゃんのことと仕事のことで悩んで、カラダが硬直して。

ギブしか、できなかったのに。

「やっと、明日香の口から本音が聞けるって。

もう容赦しないって。

そんで。不覚にもぐーぐー寝ちまった」

そうだったね。

あの朝、勇人はぐっすり眠っていて。

 

「自分の気持ちを言わない明日香に、全部さらけ出してほしくて……ムリさせた」

ムリ? そう、訊きかえすと。

「ほら。あいつを振り払わなかっただろ。会社でも旅行屋でもさ。

……ほんとにごめん。

明日香を傷つけたと思ってる。

それも、気づいた時はもう遅くて。

あいつに触られて、お前が前と同じ顔したもんだから。

なんていうか、まだイケるって。単純に嬉しかった」

嬉しかった、って。

あんなに苦しかったのに。

「もう二度と、あんな風に逃げないでくれ。

逃げたくなったら、伝えろ。

話してもらえるようにオレも変わるし、ちゃんと聞くから」

はい、と。勇人の目を見て約束した。

 

「とりあえず、オレは全部伝えた。

こっからは明日香に集中したいんだけど……

訊きたいことと、話したいことがあったら今の内だぞ。

没頭して、夢中になるからな。

一回戦が終わったら、またちゃんと聞く。

聞けるくらい、理性が戻ってくるから」

一回戦って、ヘンなの。

うん、大丈夫、と。笑いながら頷いて。

ちゃんと言葉で伝えなきゃ、って思い直した。

「私だって、もう待てない。

……早く熔けあいたい」

 

「ばか。煽るなよ」

掠れた声で囁いて。

バレンタインデーと同じく。

そっと抱えられて、リビングからベッドルームへ。

ベッドの上にそっと下ろすと。

目を細めて、私の髪をゆっくり撫でて。

「いいか?」

至近距離で瞳を覗かれて、深く頷く。

ちゅっ、と。合図のキスをして。

―― 二人で……また幸せになった ――