のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第1話 再会

f:id:tsukuyomidou:20220225071405p:plain

もとかれ 第1話



 

【もとかれ】第1話 再会

運命の日

 

 

その日、会ってしまった。

もとかれ、に。

もとかれと同じ会社【M・Dカンパニー】を退社して……

OA機器会社【キュリオ】に再就職して、1年半。

パソコンのセキュリティメンテに伺った旅行代理店【プロムナード】。

カウンターに並んで座る

もとかれ、と。

もと後輩の、女の子。

 

え。……な。やっ」

意味不明な言葉を発しながら、後退さる私。

視線が絡み合う、私と、もとかれと、もと後輩。

次の瞬間、もとかれが勢いよく立ち上がって。

その反動で椅子が大きな音とともにひっくり返った。

目を瞠る、もとかれ 久我勇人(くが はやと)。

私を睨む、もと後輩 土屋一葉(つちや かずは)ちゃん。

俯く私、三和明日香(みわ あすか)。

 

 

私が勤務する【キュリオ】は、この旅行代理店【プロムナード】と同じ街にある。

郊外にある前の会社【M・Dカンパニー】とは7駅も離れているのに。

ここで、こんなふうに……鉢合わせるなんて。

勇人は、獲物に狙いをつけるように目を細め。

一葉ちゃんは、そんな彼の腕に縋る。

ほんの一瞬、驚いたように一葉ちゃんに目をやった勇人。

お願い、その腕を離して。彼に触れないで。

私の願いもむなしく、私ににやりと笑みを見せる勇人。

一葉ちゃんを振り払うこともなく。

1年半前の、あの時と……同じ。

 

一葉ちゃんの勝ち誇った笑顔。

勇人の射るような視線。

目を伏せた私は、カウンターから逃げた。

あの時と同じように。

目指すは、バックヤードともいえる後方事務ブース。

右の薬指を左手でぎゅうっと握って。

喉が引き攣れたように痛む。

だって、ここは旅行代理店。

勇人と一葉ちゃんは、並んでカウンターにいた。

……と、いうことは。

二人で旅行の申込。

婚前旅行か、新婚旅行か、どちらにしても。

そういうこと。

 

私が逃げたのに。

こうなることも、わかっていたのに。

でも、やっぱり――

引き裂かれるように、痛い。

パニックに陥ったせいか、しばし佇み。

思い出したように身体がふるえ、狼狽える。

「どうしたの。明日香ちゃん、大丈夫?」

私を心配そうに覗き込むのは、【プロムナード】後方事務の主任、森山京香(もりやま きょうか)さん。

オフィス内では苗字で呼ぶ彼女が、プライベート用の“明日香ちゃん”だなんて。

私、よほど、ひどいんだ。

「とりあえず、座って」

とすんと座る私を見て、フロントに顔を出す京香さん。

 

 

不機嫌なイケメン

 

「原因は……

あの、不機嫌なイケメン?」

こくり、と。

単刀直入に訊かれて、言い繕うこともできず素直に頷いた。

不機嫌なイケメン。

その表しようが可笑しくて、結んでいた唇が綻ぶ。

不機嫌な――

そう、ほんとに勇人は不機嫌だ。

「とりあえず、後方のパソコン15台分。

ウイルスチェックの期間延長、お願いしていい?」

あ、そうだ。

私、メンテでお邪魔しているんだった。

すみません、と。

言いかける私を笑顔で遮った京香さん。

「笑えたから、今は大丈夫。

でもそのままにしたら、心がつらいから、ね。

今晩、ちゃんと聞く。

ご飯いっしょに食べよう」

 

「で。どれくらいぶりの再会?」

就業時間後、19時。

お気に入りのダイニングバー。

魚介のハーブマリネ、

焼きアボカド、

マルゲリータピッツァ、

野菜スティックのバーニャカウダ、

牛ほほ肉の赤ワイン煮込み……。

「それと。レッド・アイ2つね」

オーダーした途端、切り出す京香さん。

 

京香さんの性格は、さっぱり、あっさり。

23歳の私より7歳上の30歳。

由香里ちゃんという10歳離れた姉を持つ私にとって、もう一人のお姉さん的な存在。

二人とも、性格がちょっと似ている。

アパレル商社に勤めるバリバリのキャリアウーマンの由香里ちゃん。

年が離れているせいか、ものすごく私を構いたがる。

海外を飛び回っているからなかなか会えなくて……

ちょっと、ううん、すごく寂しい。

京香さんも【プロムナード】の中で、一目置かれるほどのデキる女性。

なのに、私に気さくに接してくれて。

二人とも、綺麗でスタイリッシュなだけにキツい印象を与えがちだけど。

優しい心遣いが溢れる、憧れの女性。

 

「もとかれ、でしょ?」

どうして、それを。

京香さんは私の右手薬指をじっと見た。

咄嗟にリングにふれる私。

「明日香ちゃんが傷ついた過去を背負ってるのは、感じてたし。

男性に誘われても、やんわりと、でも頑なにいなすでしょ」

男性に話しかけられて困っていると、京香さんは必ず助け舟を出してくれる。

「“明日香ちゃんとのセッティングお願い”って。

何人かの男性社員に頼まれてるんだけど、そんなことしてもムダだもの」

「ムダ、ですか?」と訊くと。

 

「明日香ちゃんが今のままじゃ、男の子達は負けが見えてる。

それに……明日香ちゃん自身にも、負担になるだけだし

断り方とか、罪悪感の持って行き場とか、ね」

小さく微笑む京香さんに、こくんと頷くことしかできなかった。

「明日香ちゃんがリセットしてから、じゃなきゃ。

始まらないのよ。……なにも、ね」

なにも、始まらない。

ちがうの。私は、誰とも始めたくない。

だから。ずっとこのままでいいの。

 

「で? 再会はいつぶりなの?」

「……1年半ぶり、です」

CADの専門学校卒、20歳で入社した私。

もともとパソコン操作に興味があって。

CADのフリーソフトをダウンロードしては、部屋の模様替えから理想の間取りまで妄想する“変わった女子高生”だった。

建築CADと、メカトロCADでは方向性が違っていたけれど。

不況の世にあって、“芸は身を助く”が花咲いた稀有な例。

5歳上、当時25歳の彼はチーフで、私の指導係だった。

「勇人は。いえ、久我さんは」

京香さんに語りながら、甘くてほろ苦い過去にトリップする。

久我勇人は、上司で……もとかれ。

近くにいたのに、一番遠い……そんな人。