のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第15話 未来へつづく道 ◇完結◇

 

【もとかれ】第15話 未来へつづく道

 

 

【もとかれ】第15話 未来へつづく道

 

ゆめうつつ

 

はよ。

お……はよ。

明日香。

白い光の中、そっと目を開ける。

眩い光の中に浮かぶ、愛しい微笑み。

は……や、と。

リフレインする哀しい夢。

のどの痛みに目を覚まして。ぬれた頬を手の甲で拭ったっけ。

はぁ、と。ため息をついて。

散らばった記憶を整理する。

 

あ。この香り。

シトラスのちムスク……そう、忘れられない勇人の香り。

お店でボトルを見かけるたびに、きゅんってなって。

何度も誘惑に負けそうになった。

買って枕にシュッとしたら、よく眠れるかもって。

だけど。

目覚めてしばらく経ったら恐ろしいほどの虚脱感に包まれるはず。

ああ。私。

とうとう弱い心に負けて、買っちゃったんだ。

 

おは、よ。

おい……

囁く声が、頭の中に響く。

うー、ん。

もう少しだけ甘い夢に浸らせて。

まぶたを開けるのが怖い。

空虚な現実に戻ってしまうから。

指先にふれる温もりに、思わずぴくりと反応した。

あれ? これって……人の、肌。

ぎゅっと目を瞑ったら、唇の端に違和感。

むにゅっと侵入してきた、なにか。

……味はしない。

その侵入したなにかに、ぐいっとひっぱられる。

 

嘘、でしょ。

ちょっと待って、ゆうべ何があったっけ。

覚悟を決めて、そろそろとまぶたを開ける。

えっと、ここは。

「えっ? ちょっと、ど、して」

……願望が形になってる。

懐かしい部屋。

忘れられない、恋しい風景。

とうとう、幻に惑わされるところまで……

幻香・幻聴・幻触・幻味・幻影。

怪しい言葉があるものの、とにかく。

まやかしの五感。

私、とうとう壊れてしまったっぽい。

 

指を唇の端にひっかけられて、ひっぱられているらしい。

言葉を失っていたら、今度は鼻をくいっとつままれて。

「おーい、明日香」

この、声って。

「てめ、ふざんけんなよ。ぐーすか眠りこけやがって」

そのままぐいっと顔を傾けられて、ふにっと唇に柔らかい感触が。

近すぎて焦点が合わないけど、これって……キ、スで。

「オレなんて、うとうとしただけで熟睡してないんだぞ。

また、こっそり逃げるんじゃないかってさ」

は。は、は。は……

「勇人っ?」

嘘。なんでっ。

騒ぎながらがばっと起き上がったとたん、鮮明になる記憶。

 

そうだ。昨日。

きれぎれの色んな光景が、ちかちかフラッシュバック。

従兄でも、ヨシオでもなかった、よっちゃんの“どや笑顔”……とか。

それは……どーでもいーや。

そんなことよりも。そう! 

勇人が会いに来てくれて。

私、勇人のマンションにいる。

「うわぁーん、はやとぉぉ」

叫びながら抱きつく私。

「もしかして、ねぼけてるのか。

ったく、コドモかよ」

頭をぐしゃぐしゃにしながら、顔を覗きこむ。

あれれ。

なんとなく、意味ありげな笑顔に見えるんだけど。

 

「って、コドモじゃないってのは、知ってるけど。

ゆうべ堪能したからな」

寝起きっていうのと、急展開した現実について行けなくて。

ぼんやりしていたけれど、徐々にはっきりする意識。

コドモじゃない、とか。

堪能、とか。

たぶん。ゆうべの、その……

んもう、と。身をよじったら。

「うわ。明日香ちゃん、朝からあおり全開」

冗談めかして言いながら伸びてきた腕。

がっちりつかまれてお布団に引きずり込まれた。

 

「ってわけで。

今日は日曜だし、もうちょっと寝ようぜ」

そうだった。

熟睡できなかった、って言ってたっけ。

私のせい、なのに。

その私が、隣で爆睡なんて申し訳なさすぎる。

「あの、ごめんなさい。

勇人、眠れなかったんだよね……

私、久しぶりにぐっすり眠れたの。

勇人の腕の中で安心しちゃって」

すっぽりくるまれたままちらりと見上げたら、紅い頬。

口を開けて、固まってる。

 

「いや。その。まぁ、なんだ。

こっそり逃げるなんて、ほんとは思ってない」

ん、んんっ、と。視線を逸らした勇人は、咳ばらいをひとつ。

「ただ、さ。

嬉しくて眠れなかったんだよ。

うとうとしかけたら、嬉しさがこみあげて。

そのたびに明日香の寝顔を覗いて、くううって悶えるわけだ。

んで、また目が冴えて……

そのエンドレス。気づいたら、朝になってた」

素直な言葉が、こそばゆい。

気持ちが、ぽわぽわ、ふわふわしてくる。

こういうのを言葉にすると……

「嬉しいっ。私、すごく幸せ……」

 

きゅうっと私を抱きしめて。

「……そうだよな。

ちゃんと言わないと、誤解させちまう。

やべ。全然成長してねーな、オレ」

自嘲気味に呟いて、私を覗きこむ。

「カッコつけてるつもりが、すれ違ってたなんて……もうこりごりだ」

切なそうに眉をよせる勇人に、胸がきゅっと掴まれたようで。

「ってわけで、今から本心しか言わねーから」

いきなりの堂々宣言に、こくりと鳴る、のど。

「……とりあえず、オレはもうちょっと寝る。

明日香は?」

なーんだ。

カッコつけずに、“眠い”ってことをカミングアウト。

ムリしないのは大事なことだけど。

 

「私、起きるね。

朝ごはん作っとく。なにかリクエストある?」

軽い気持ちで言ったのに、見惚れるくらいに勇人の笑顔がほころんで。

「じゃ。明日香の味噌汁。

……あれ、食いたい」

ああ。記憶がするっと遡る。

「はぁい。多めに作るんでしょ?」

おうちデートの懐かしい思い出に、涙ぐみながら確認したら。

おでこにちゅって。

その通り、の答えをくれた。

 

あの頃も。

勇人のリクエストで、朝食のお味噌汁を多めに作った。

オーブンでケーキを焼いて。

15時のティータイムに甘いケーキと交互に、お味噌汁。

最初は、ヘンな食べ方って敬遠してたんだけど……

真似してみたら、後を引く美味しさで。

“家ん中限定、至福の食い方”って、笑って。

“だからケーキは家で焼くんだ”って、言い張っていた。

甘いものが好きっていう前提条件は、なかなか認めようとしなかったっけ。

 

「……明日香」

ベッドから身を滑らせた背中越しに、勇人の声。

「今後の話があるから、9時には起こして」

改まった声に振り向くと。

起こすときはキスでな、って。いたずらな笑み。

はぁい、と。返事をしてベッドルームを後にした。

シャワーを浴びてキッチンへ。

キッチンテーブルの上、置きっぱなしのメモとペン。

「買い物リスト、だ」

今日のメニューのヒントになりそう。

何の気なしに覗いたメモが涙で揺れる。

 

【購入部品表】

  • スリッパ……2
  • パジャマ……2
  • 歯ブラシ……2
  • 泊りのセット……出しとく
  • タマゴ……OK
  • グラニュー糖……OK
  • 薄力粉……1袋
  • 無塩バター……1箱
  • ミルク……OK
  • キルシュ……小瓶1
  • 生クリーム……1パック
  • いちご……1パック
  • 強力粉……1袋

 

あの朝、持ち出したものを2つセットで買い揃えて。

置き忘れたお泊りセットも、出してくれた。

きっと、見るのも嫌だったはず。

だけど、捨てずにしまってくれていた。

そう言えば、バスルームのアメニティグッズもあの頃と同じ、私のお気に入り。

洗面台には、私が使っていた洗顔フォームが未開封の状態で置いてあった。

「……勇人」

呟いたのと同時に、涙がほろり。

「【購入部品表】なんて、勇人らしい」

くすくすもれる笑い声。

嬉しくて可笑しい、泣き笑い。

 

【購入部品表】って、1つの大きな工作機械を構成する図面につけるもので。

部品は、削り出したり穴を開けたり熱処理加工したりして自社製作するもの。

購入部品は、よそのメーカーから買って取り付けるもの。

それぞれ【部品表】、【購入部品表】を作成して図面に添付するのだけれど。

通し番号、名称、個数を記入してオチがないように。

クライアントが一目見てわかるように。

キッチンテーブルに置かれた購入部品表の⑤番以降は、おそらく苺のケーキを作るためのもので。

冷蔵庫に納まった“購入部品”たちが愛しく思えた。

 

「懐かしいな」

【購入部品表】なんて、文字で見たのは1年半ぶりで。

その懐かしさに、【キュリオ】で漠然と感じていた不安に気づく。

今の私は、頭打ちの状態で。

これ以上、伸びられないことを知っている。

伸び悩み、行き詰まっている自分。

メンテはできても、インストラクターは半人前で。

結局。

黙々とパソコンに向かっているのが好き。

人に接することに慣れていない。

向き、不向きなんて、生意気に自分の主観で決めることじゃないけれど。

 

「あ。お豆腐とねぎ。麹漬けの鮭も」

迷いを吹き飛ばすように、明るく声にする。

冷蔵庫にあるもので作るのが、暗黙のルールだったよね。

そして、それが勇人のリクエスト。

ご飯を炊きながら、お味噌汁を作って、鮭を焼いて。

そろそろ9時。

起こしに行かなきゃ、って。

ベッドルームに向かったら、勇人はもうシャワーを浴びていた。

 

「わりぃ。起きちまった。

なんか落ち着かなくて」

バスタオルで髪をわしゃわしゃ拭きながらキッチンへ。

「うまそ」

そう言いながら、唇をよせてキスをねだるしぐさ。

ちゅっと、照れながらも応えたりして。

朝ごはんを向かい合って食べていると、離れていたことが嘘みたい。

すとん、と。納まるべきところにぴったりはまって。

でも、身動きが取れないほどキツいんじゃなくて。

居心地がいい~、って。ココロが伸びをする感じ。

 

「明日、会社に行ったら。

社長と部長に明日香を見つけたって報告する」

朝ごはんが終わって。

ふたり、シンクの前に並んでお皿を洗いながら、切り出す勇人。

「私。ご挨拶したいんだけど……」

ああ、わかってる、と。

勇人は優しく微笑んで。

「報告した上で、日を決めてふたりで揃って挨拶に行くつもり」

うん、と。

頷きながら、許していただけるのか不安になる。

だって、嘘ついちゃったし。

そのせいで、勇人に罵声……は言いすぎだけど、怒鳴り込まれたんだし。

 

それでな、と。

息を吸って改まった声音。

「ウチに戻ってこい、って、言われるはず。

だけど。

それは……明日香が決めることだ」

思わず顔を上げて、勇人を見つめる。

戻る、のは【M・Dカンパニー】……

ノスタルジックな情景が蘇る。

黙々と画面に向き合って、図面を仕上げていく充実感。

お昼休みに声を立てて笑いあったこと。

だけど、【キュリオ】から……ううん、自分の苦手から。

目を逸らして、逃げちゃいけないのもわかっている。

 

キッチンに立ったついでに、ケーキの準備を始めて。

「明日香が決めろって、カッコつけてるけど。

本心は面白くねーんだよ。

昨日の“あれ”は、年齢層的に“ああ”だったけど。

適齢期のオトコが、明日香をメシに誘ったり、アドレス訊いたりさ。

……って、それはオレか」

昨日のメール講座は、確かにお年を召した方が主だった。

あはは、って。

乾いた笑いをもらす私をぎろりと睨んで。

「……今までに、そういうことは?」

わ。尋問みたい。

「あ、りません」

慌てて顔の前で両手を振る。

 

「指輪してたから、か」

右手薬指のリングに注がれた視線に胸が痛くなる。

「ちがうよ。

確かに、このリングの存在って大切だったけど……

私がダメだったの。

勇人じゃなきゃ。

勇人だけをずっと想ってた。

誰かが目に映ることすら、なかったの」

伝わるかな。

リングは、誰かを拒否するためのものじゃなくて。

私の心の支えだったこと。

目を瞠った勇人は、頬を紅く染めて。

「ちょっと、作業中断」

そうぶっきらぼうに呟くと、ぎゅうっと私を抱きしめた。

 

「とりあえず、スポンジをオーブンに入れるとこまで我慢、な」

そう宥めるように言うと、唇にちゅっ。

「その指輪。

最近知ったんだけど……」

勇人は苦い表情で。

「その形状って、ハーフエタニティっていうんだろ?

“永遠、だけど半分だけ”みたいなさ。

別にそいつのせいだとは言わないけど、“半分”ってのが気に入らない」

それは……ずいぶん乱暴な発想で。

口ごもりながら考える。

 

「直訳すればそうだけど、“半分”は、“永遠”につく言葉じゃないよ。

エタニティタイプの、ハーフ形状っていう意味なんだってば」

一生懸命、説明する。

だって、このリングは本当に大切で。

いくら贈り主の勇人でも、悪く言われたら可哀想。

「わかってる。……ただの八つ当たりだ」

はぁ、と。

大きくため息をついた勇人は天を仰いで。

「荒れてた時、何度も繰り返して後悔した“たられば話”だ。

数百通りの恨みストーリーをひねり出しても。

結局、全部行き着く結論は、“オレが悪かった”でさ」

 

そう言いきると、勇人はハンドミキサーを使い始めた。

ハンドミキサーの音にかき消されて、私の言いたいことがちゃんと伝わらないのに。

手を洗って、勇人の背中にぴとっとひっつく。

“結果的にそれが最善だった”って、言ってくれたよね。

また一緒にいられるために、必要な試練だったんでしょ?

勇人は悪くない。

私は、いっぱい反省しなきゃいけないけど。

誰も、悪くないんだよ。

誰かのせいにしていたら、きっと前に進めない」

背中に唇をよせて、直接勇人に届けた。

 

勇人は、ちらりと視線を向けて。

ハンドミキサーを止めると、左手で私の肩を抱えた。

そのまま、くいっとひきよせられて左隣に。

「左手で、ボウル押さえて。

右手は……好きにしとけ」

そう言って、試すようにいたずらな笑顔を見せる。

心もち、よりかかるような姿勢で。

右手を勇人の腰に絡ませる。

勇人に左肩を抱かれて。

二人でくっついて、生地をぐるぐるかき混ぜる。

 

「はい。

ハンドミキサータイムは、おしまいな」

ちゅっ、と。おでこにキスされて。

肩と腕はそのままで、作業に集中。

勇人はゴムべら。私は薄力粉担当。

薄力粉を2回に分けて投入して、丁寧にまぜて。

途中、軽いキスを交わしながら。

バターと牛乳も加えて、またまぜる。

小さなケーキ型2つに生地を流し入れて、余熱済みのオーブンへ。

「よしっ。これで思う存分……」

口角を上げてじりじり迫る勇人。

「あの、でも。ほら……

まだ、お日様も高いし」

じりじり下がりながら、しどろもどろで言い訳。

 

 

 

永遠の約束

 

「あ? なーに、期待してんだよ。

大事な話があるの」

あ。なんだ……そっか。

やだ、もう。

珈琲のマグカップを両手に、あごでソファを指す勇人。

ソファにぽすんと座ったら。

もうちょっと、こっち来い、って。

肩をぐいっとよせられた。

「まず。旅行クーポンな」

「え? ……あ、はい。旅行クーポン」

すっとんきょうな声が出た。

 

「聞いたかもしんねーけど。

旅行会社に行ったのはクーポンの期限延長でさ。

明日香を取り戻したんだから、延長申請は無効になるだろ?」

うん、と。頷くと、勇人は真顔になって。

「あのクーポン。

静岡に……明日香の実家に、挨拶に行く時に使う。

意味、わかるよな?」

わかる、っていうか。

……たぶん、わかってるつもり。

でも、早とちりかもしれないし。

曖昧な笑顔を浮かべて小さく頷く。

 

「近いうちに。

いや、そういう曖昧な期限だと進まないから。

今月中に、結婚の挨拶に行きたい」

“結婚”の言葉に、こくりと喉が鳴る。

「オレは順番とかよくわかんねーけど。

新しい左手用の婚約指輪は、今日一緒に買いに行く。

んで、結婚指輪も見ようぜ」

びっくりしすぎて、言葉が出ない。

「はや……と」

ぽろぽろこぼれる涙をティッシュで拭いながら、困った顔をする勇人。

 

「指輪が多すぎるっていう不満なら、受け付けないぞ。

明日香のねーちゃんだって婚約指輪2つに、結婚指輪……全部で3つだろ。

これでイーブンに持ち込んだんだからな」

もう、負けず嫌いなんだから。

「泣くのは、もうちょっと待て。

まだ大事な話があるんだから」

そう言って、腕時計を見る。

なんだろう。時間が気になること?

「あと10分ってとこか。

時間配分って、意外と難しいな」

眉をよせる勇人に、不安が募る。

 

「誰か、来るの?」

慌てて訊いたら、すごく不機嫌な顔で。

「あ? 誰も来ないぞ。

来させるわけないだろ。

邪魔されたら、キレる」

……そう? 

でも、時間気にしてるじゃん。

ヘンなの。

「じゃあ、どうして2つもケーキ作ってるの?」

ああ、と。

勇人は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「別にさ、オレは……その。

どうでもいいんだけど」

歯切れが悪い、言い方。

 

「1つは、明日会社に持って行こうかと。

一応な。

世話になったような気が、しないでもないし」

あ……。LQ。

「ありがとっ、勇人」

嬉しくて、ぎゅっと抱きついた。

「あいつらは4人だけど、多分もう1人も一緒に加わるだろ。

しかも、旦那たちも混じるはず」

もう1人は、一葉ちゃん。

LQの旦那さんたちを入れると、全部で9人。

「ちょっと、足りないかも」

オトナだから、喧嘩はしないと思うけど。

「いいんだよ。気持ちの問題なんだから」

 

「恨み言じゃねーから、謝んなよ」

脈絡のない前置きに、戸惑いながらも頷いて。

「ケーキ、さ。

明日香に会う前は、一人で焼いてたのに。

明日香がいなくなってから、一度も焼いてないんだよ」

だから、だ。

【購入部品表】を見た時の、違和感。

薄力粉、強力粉、無塩バター。

どれも常備しているはずなのに、リストアップされていたこと。

使わずに、賞味期限が過ぎたから処分して。

その後、買う機会がなかったから。

 

「二人でわいわいやってたな、って。

そういう楽しい思い出が手から逃げたとたんに、色褪せて」

ごめん、と。

言いかけた唇を、指でそっと遮られた。

「コンビニのケーキもさ。

厭味みてーに2個入ってんだろ?

あれが無性に腹が立つんだよ。

結局、ケーキなんて見んのもヤになってな」

 

そう言えば、私も。

「私も……。

1年半ケーキ食べてない、ような」

そうか、と。勇人は淋しそうに笑って。

「だから、今日はリベンジ。仕切り直し。

ケーキを焼いて食うことを、楽しい、幸せだって思えるように。

つらい思いを、幸せな記憶で上書きすんの」

その時、ちょうど。

ふんわりただよってくる、ケーキが焼ける甘い香り。

幸せな記憶で上書きするために、焼き上がりの時間を気にしてて。

 

「明日香」

勇人が、甘く呼ぶ。

絡みつくような甘い視線に、くらくらしそう。

「オレと、結婚してください」

目を瞠って。

ケーキの香りを胸いっぱいに吸って、目を瞑る。

そして、ゆっくりまぶたを開けて……

愛しいカレに微笑んだ。

「はい。

ふつつかものですが……末永くよろしくお願いします」

 

 

 

―― 甘いケーキの香りの中 ――

―― 降り注ぐようなキスと一緒に ―― 

―― 幸せいっぱいのプロポーズ ――