のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第11話 よ、よっちゃん…

 

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【もとかれ】第11話 よ、よっちゃん…

 

 

【もとかれ】第11話 よ、よっちゃん…

 

よっちゃんの正体

 

「あはは。ちがうってば、さっちゃん。件名は短くていいんだよ」

「ああ、のんちゃん。小っちゃい“つ”の入れ方はね……」

「ほら、みのりん。点とか丸とか打たないと、呪文みたいじゃん」

よっちゃんって、みなさんと初対面のはず……なのに。

女性を周りに侍らせて。

ファーストネームを親しげに“ちゃん付け”して。

でも。

よっちゃんにあるのは下心じゃなくて、和気あいあいなフレンドリーさ。

生徒さんもにこにこしているけれど、それ以上によっちゃん自身がすごく楽しそう。

 

スマホがふるえて、メール着信を告げる。

〈あいつ何者?〉

視線をよっちゃんに向けたままの勇人から。

〈いとこ、ですよ〉

それ以外に何もない。

何も……知らない。

訊いたこともなかった。

ほんとに全然、興味がなくて。

そっと先輩を窺うと、驚いたようにこちらをガン見。

よっちゃんに悪意がなくても。

みなさんが楽しんで教わっていても。

従兄だってばれたら、私はここにいられないかも。

首を竦めて小さくなったのに、無情にも先輩は近づいてくる。

 

三和ちゃん、と。

2メートル先まで近づいた先輩は、そっと手招き。

「はい。あの……すみません」

先に謝って、予防線を張っとく。

「謝らなくてもいいのよ。

ただ、まぁ。気持ちはわかるわ。

完全に講師キャラ奪われてるもんね。

あの、“わんこ”みたいな男の人にさ」

わんこって。……確かに。

女性に囲まれて嬉しそうに答えるよっちゃんは、犬っぽい。

「三和ちゃん。なんとかしてあの“わんこ”に取り入ってちょうだい」

何なんですか、そのミッションは。

「終わったら、オフィスに誘い出して。

ヘッドハンティングしたいの」

 

 

ヘッド、ハンティング……って。

今日はまともな格好だけど、いつもは、ドピンク&アニマル柄。

そう言えば。

よっちゃん、お仕事なにしてるんだっけ?

ぼんやりとよっちゃんを眺めて考えながら、元の場所へ。

悔しいけど、確かに。

よっちゃんってさ……

よっちゃんのクセに。

初対面なのに生徒さんの心を鷲掴み。

みなさん愉しそうに笑いながら、一心によっちゃんの言葉に耳を傾けて。

できた、って。

上がる嬉しそうな声。

やったじゃん、って。

よっちゃんも目尻を下げて喜んで。

ほんと、教え上手。

 

「なんで、呼ばれた?」

よっちゃんを見ている私に、勇人の不機嫌な声。

「あのね。勇人。

よっちゃんって、デキる人っぽいの?」

あぁ?

勇人の不機嫌メーターはMAX。

何で呼ばれたのか訊かれているのに、とんちんかんな答えだから。

「うーんと、ね。

“ヘッドハンティングしたいから、騙し討ちしてオフィスに連行して”、って」

あれ? そんな“人でなし”みたいな言い方だったっけ。

ま、いっか。

先輩ってば、猫をかぶったよっちゃんにすっかり騙されているみたいだけど。

めんどくさいことになりそうだな。

一緒に働いたら、うんざりするもん、きっと。

 

「よっちゃん。この後、時間ある?」

めんどくさいけど、ミッションには従わなくちゃ。

よっちゃんが生徒さんから離れた隙を見て、袖をくいくい。

「あ~ん? 

なんだよ明日香、デートのお誘いかぁ?」

勇人にちらちら視線を送って、挑発するような態度。

はぁぁ。ほんっとに、めんどくさい。

「ち・が・い・ま・す」

冷静に即返したら、勇人から低い笑い声が。

「明日香ってさ。

興味ないヤツにはテンパらないんだな。

オレが同じこと言ったら、紅くなって超焦るくせに」

それはっ……、と。

頬を押さえて口ごもる。

挑発が不発に終わったよっちゃんは、面白くなさそうに口を尖らせて。

 

「そういうとこ、すげー新鮮。

愛されてるなって実感できる」

愛され、てるな……って。

勇人ってば、もぉ。

「ふんっ」と。

鼻息も荒くそっぽを向くよっちゃん。

「デートじゃないなら、俺の貴重な時間をどうするつもりなんだよ」

なにが貴重な時間よ。

よっちゃんなんて、毎日ヒマしてそうなのに。

「先輩がオフィスに来てほしいんだって」

直球勝負に出てみた。

“騙し討ち”なんて高度な技、私にできるわけないし。

できたとしても、単純なよっちゃんには使ってあげない。

よっちゃんに回りくどく言うと、よけいこんがらがるんだもん。

 

 

 

ミッション失敗

 

「ど~せ、あれでしょ? 

引き抜きってヤツ」

あれ、バレてる。

「かったるぅ」と。

呟きながら、両手を頭の後ろで組むよっちゃん

「ムリムリ。転職なんてする気ないよ。

だって、自分で言っちゃうけどさ。

俺、カリスマ予備校講師だもん。

人気爆発、ギャラもがっつりもらってるし」

守銭奴チックな発言とどや顔に、ヒきまくり。

「うわ。えげつないな、お前……」

勇人も心底呆れたよう。

、と。

慌てたように肩をすくめて、口を押えたよっちゃん。

「もちろん、可愛い生徒たちの合格報告が第一だけど」

今更感がハンパないよ。

 

「引き抜きの話は、断るけど。

今日は明日香に大切な話があって来たんだから、時間はたっぷりあるよ」

「私に?」

訝しげにそう訊いたら。

勇人が、私とよっちゃんの間にぐいっと割って入った。

「はいはい。い~よ。久我も一緒に聞けって。

めんどくさいヤツ。たかが“もとかれ”のクセに」

吐き捨てるようなよっちゃんの言い草に、びくりと揺れる勇人の肩。

「……てめ。ふざけんなよ」

低く抑えた声。だけど、怒ってる。

一触即発、のムード。

はらはらしている私をちらり。

勇人はくるりと振り向いて……

私と真っ直ぐに視線を合わせた。

 

「オレは明日香の“もとかれ”じゃねーぞ。

別れたつもりなんて、これっぽっちもないからな」

はや……とぉ。

あ。ど、しよ。

勇人の顔が滲んでく。

視界がゆらゆら。目頭が熱い。

「お~い、明日香。泣くなら、こっち向きな」

私の肩を、よっちゃんががっちり掴む。

衝撃に決壊寸前の涙が耐えきれなくて、ぽろぽろこぼれた。

そのままくるっと回転させられて。

「先輩の依頼を告げたら、暴言吐かれたって。

すげ~乱暴に断られたってことにしとけ」

いいな、と。

にかっと笑う、よっちゃん。

 

「あ、そ~だ。

レイコちゃん、証人になって」

えっと。

レイコさんって、勇人に声を掛けた4人のうちのおひとり。

ケイコさんは、私と勇人が組むように提案して。

ジュンコさんは、勇人がここにいる理由を説明してくれた。

ヨウコさんは、今日お膝が痛くてお休み……だっけ。

思い出していたら、涙が引っ込んだ。

「ケイコちゃんとジュンコちゃんの演技は、完璧だったよね」

よっちゃんの言葉に頷くレイコさん。

「つまり。

レイコちゃんはさ、紅白で言うところの大トリなわけ。

有終の美を飾れるかな? ううん、飾れるに決まってる。

そうだ! レイコちゃんなら絶対できる」

鼓舞するようなよっちゃんの言葉に、レイコさんの頬がぽっと染まった。

 

結局。よっちゃんの思惑通り。

「センセイ! よっちゃん先生がアシカちゃんを泣かせました~!」

レイコさんの大声に、ケイコさん、ジュンコさんも立ち上がって。

「一生懸命お願いしてたのに、急によっちゃん先生が怒鳴り出して」

「ちゃんと、この目で見とったけん。

しつこい、って。振り払って、泣かしたんよ」

先輩の依頼を遂行するために、努力した私をアピールできて。

よっちゃんに断わられたことも、きっちりお知らせ。

その上……

「ごめんね、三和ちゃん。

私がヘンなこと頼んだから、怖い思いさせちゃって」

いいえ、違うんです! ごめんなさいっ!!!

先輩の気遣いに、否定と謝罪。

……心の中で。

 

オフィスに戻ったら。

先輩に肩をぽんぽんって労ってもらった。

「三和ちゃん。今日は、もう上がっていいわ。

今日の講座で今後の課題と改善点も見出せたし。

おつかれさま。ほんとにごめんね。

ゆっくり、やすんで」

最終的には、早く帰れる特典までいただいてしまった。

これがすべて想定内なら。

……恐るべし、よっちゃん。

〈よっちゃんの悪だくみとお姉様方のアカデミー賞級の演技のおかげで、もう帰れるの。

今、どこ?〉

急いで勇人にメールを送る。

この後、大事な話がある、って。

よっちゃん、言ってたし。

ま。それはさくっと終わらせて。

その後は、勇人と……ふたりきり。

 

勇人とよっちゃん、そして名女優3人は、一緒で。

会社の敷地内でお喋りしていたらしく、すぐに合流できた。

ケイコさん、ジュンコさん、レイコさんは、今日欠席のヨウコさんを見舞うとのことで。

何度もお礼を言って、見えなくなるまで手を振って見送った。

「いつものとこなら、ゆっくり話せるよね」

よっちゃんの言葉に、眉を上げる勇人。

“いつものとこ”って、なんだよ?」

その語気の強さにびっくりして、目を瞬かせる。

もしかして。

ずっとヘンだったけど……