のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第15話 鎖骨の罠

 

「さっきから紅い顔して挙動不審だけど、なんだ? 煽ってんのか」って。
……原因は

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第15話 鎖骨の罠

 

KISSの法則・挙動不審

 

翌日、一応、“会議通知”をプリントアウトして、ドキドキしながらリビングで待った。

お兄ちゃんは不在。

あと10分もある……。もう、心臓が限界。

時計を見てため息をついた、その時。

インターフォンから響くチャイムの音。

宅配便かな、と思いつつ。

〈はい〉と出たら、メガネの人が映っていて。

誰??? と。固まった。

《……榊、ですけど》

え、う。嘘。メガネ? 

でもあの声は間違いなく榊課長。

〈はい、すぐ行きますっ〉

 

 

 

小走りで向かうと、ゲートによりかかる榊課長。

、と。右手を挙げて爽やかな笑顔。

……私服、かっこいい。

黒のVネックニットに、ジーンズ。

そして、黒のスクエアフレームのメガネ。

「おはよ、ございます」

とりあえず挨拶。

「……メガネ。どうして?」

「なんだよ、それ」と、苦笑する榊課長。

「だって。

 だって、だって。誰かと思ったから」

 

 

 

「休みはコンタクトめんどくさいから、メガネ。

 メガネ、嫌か?」

ぶんぶん首を振る。

「すごく、似合って……かっこいい、です」

ごにょごにょ言う私。

ぁあ? と。いつものプチ威嚇。

「オレ、煽るなって言ったよな。

 自己責任だぞ」

ぐいっと手を引かれ、ゲートの中へ。

向かうは、昨日の死角の位置。

ハグされる前に、自分から抱きついた。

「おまっ、麻衣、ばか」

慌てる榊課長の胸にすりすり。

 

 

 

「もう、いいだろ。

 い、伊織さんに……挨拶、するから」

声が震えてますけど? 

「あ、お兄ちゃん、いません。

 お仕事です」

「な? あっ。ぇえっ?」

なんだろう。榊課長のテンションがおかしい。

少し落ち着いた方がいいかも。

「お茶、飲んでいきます?」

普通に訊いたのに。

ほっぺを両手でくいっとつままれて、引っ張られた。

やだやだ、ますますヘンな顔になっちゃうってば。

 

 

 

「ばーか。

 誰もいない家に二人っきりって。

 どんな拷問だ」

ごめんなさーい、と言ってるつもりが、

「ひょへんなひゃーい」って間抜けすぎ。

「これ、なかなかいい手だな」と満足げな彼。

「煽られてヤバそうになったら、こうするからな。

 これで萎える(なえる)」

じんじんするほっぺをさすりながら、涙目で無言の抗議。

じぃっと見て、ぷいっと目を逸らす榊課長。

あれ? 耳朶が紅い。

「戸締りしておいで。ここで待ってるから」

しっしっ、と。追い払われた。

 

 

 

「目的地までちょっと歩くけど、

 靴は……あぁ、大丈夫そうだな」

榊課長は私の足元を気遣って。

ローヒールのパンプス。

こういうタイプしか、持ってないし。

「今日のカッコ、可愛いな。

 お嬢の休日ってかんじか」

「ほんとですか?」

見上げた視線に映る、綺麗な鎖骨。

慌てて視線を足元に。

ん? と。訊ねる榊課長。

「いえ、何でもないです」

はぁ、まずい。鎖骨から目が離せない。

 

 

 

KISSの法則・ヒミツの会議ブース

 

「こっち。

 もう少し行くと、オレのマンションな。

 んで、今日はここ。

 オレの行きつけのカフェ。っていうか珈琲館」

ちょっと奥まったところにある隠れ家風の建物。

看板が見当たらない。

扉を開けると低く流れるジャズの音色。

レトロですごく味のある、カフェというより、珈琲館。

お客さんは誰もいない。

お店の人は?

「この端がオレの席。そっち座って。

 椅子もう1脚持ってくる」

小さなテーブル席、窓側の席を私に譲って。

正面に椅子を置く。

「勝手に動かして、いいんですか?」

いいの、いいの、と笑う榊課長の後ろに、がっちりした男の人。

 

 

 

「いらっしゃい」

低い声に思わずぴくんと背筋が伸びる。

「おい。怖がらすなよ」

「あ。……いえ、ごめんなさいっ

 怖がってないです」

榊課長の抗議に、慌ててマスターらしき人に謝る。

「誰?」

あー、と。マスターの問いかけに耳の後ろを掻いて。

「……カノジョ」

照れたように紹介してくれた。

「あぁん? 嘘だろ」

この二人、似てる。

無愛想なとこ。

結構、辛辣なとこ。

「嘘じゃねーよ。邪魔すんな」

邪険にされても動じないマスター。

「オーダーは?」

ちっ、と。舌打ち。

ちっ、て……。もう、だめですよ。

オーダー聞かないとお仕事にならないんだから。

おろおろしながら、二人を見守る。

 

 

 

「オレはいつもの……あ、いや、待て」

慌てる榊課長。

不敵な笑みを見せるマスター。

「拓真はココア。お嬢さんは?」

ココア? 

いつもの = ココア?

メニューで顔を隠しながら、くぷぷともれる笑い。

「わたし、は。

 ダージリンをお願い、します……

 いえ。笑って、ない、ですよ」

ぷはっ、と。

堪えきれずに笑いがもれて。

「ぁあ? 麻衣。

 ほっぺた、つねられたいのか」

凄まれて、首を振る私。

「ふぅん、なるほどな」

マスターは意味ありげな言葉を残して、背を向けた。

 

 

 

言っとくけどな、と。

腕組みして威張る榊課長。

「脳が糖分を欲してるの。

 1杯目だけココアで、あとはずっとコーヒー」

「ずっと、って。

 いつも何時間いるんですか?」

顔を上げると目に入る、鎖骨。

頑張って、そろそろと視線を逸らす。

「休みは毎回ここ。

 朝から、あー。そうだな、夕方まで。

 今日の会議時間と一緒くらい。

 新聞読んだり、パソコン持ち込んで企画練ったり、な。

 落ち着くんだよ、ここ。

 腹減ったら軽く飯も食えるし」

へぇ、とシュガーポットを見つめてみた。

 

 

 

「あの人、ここの雇われマスター。

 あんなナリしてるけど

 ホットサンドとかグラタンとか、結構うまいんだぜ」

わ、楽しみ ♪ と。

思わず顔を上げて、また鎖骨と対面。

視線が離れないから困るの、と。わたわたする。

「うあ、あの。

 企画を練る貴重な時間なのに、

 私がここに居ていいんですか?」

ぁあ? と。

眉間にしわを寄せて、本格威嚇。

「今日は会議だろ。

 それだって口実だけど。

 麻衣と一緒に居たいから連れてきたんだろ?

 ……不満か」

いえいえ、と慌てて首を振る。

 

 

 

それに……、と。口角を上げて。

「さっきから紅い顔して挙動不審だけど、なんだ? 

 煽ってんのか」

ぎゅっと目を瞑って、首を左右にぶんぶん振る。

「ここからオレのマンション、近いんだぞ。

 連れ帰って、そのまんま同棲開始って手もあるけど?」

なっ、もう。ダメだってばっ。

……そんな気、ないくせに。

あ、そうだ。

「マンション、行きましょう!」

立ち上がる私を、ぎょっとした顔で見上げる榊課長。

「なっ、麻衣。待て、落ち着け。

 とりあえず、座って」

 

 

 

KISSの法則・救世主

 

「ココアと、ダージリン……です」

無愛想な声と、とってつけたような“です”に、たじろいで。

あ、すみません、と。

無表情のマスターに謝って、椅子に座る。

「拓真、マンションに帰れ」

ほーら、叱られた。榊課長が騒ぐから。

一応、お客さんは、私たちだけなんだけど。

「あ? 何、言ってんだよ」

マスターを睨む榊課長。

「胸元が開いてない服に着替えてこい。

 お嬢さんが言ってるのは、そういう意味だ」

お嬢さんと呼ばれるのは、ちょっと照れる。

だけど。

ビンゴです、マスター。

ぁあ? と。マスターを牽制して。

「麻衣。……そう、なのか?」

不安そうな声。

そうですっ、と。俯いたまま頷いた。

 

 

 

「だって、さっきオレに抱きついただろ」

声が大きいですって……

しーっ!!!

人差し指を唇に当てて必死の抗議。

「あれは……メガネに気を取られてて。

 そんな、露出度が高いことになってるって気づかなかったんです」

小さな声で言い訳。

はぁ? と、呆れたように威嚇して。

「伊織さんの方が、色気ダダ漏れだろーが」

そうです、その通り。

これが同じ血を分けた兄妹なのかって疑うほど。

「お兄ちゃんは確かに、色っぽいですけど……」

顔を上げたら、くっきり鎖骨。

思わず小さな悲鳴を上げて、顔を覆う。

「色っぽいですけど、ドキドキはしませんっ」

こんなドキドキは初めてで。

絶対ヘンだと思われる。

それが、たまらなく嫌。

 

 

 

「着替えてくる」と、不機嫌な声。

榊課長が立ち上がった気配。

「ごめんなさい」

俯いたまま謝ると。

「ずっとそうだと、オレの理性がもたねー。

 連れて行く……と、マジで帰せなくなりそうだな。

 ここで待ってられるか?」

はい、と小さく返事。

「10分、いや5分で戻る」

焦ったようなその言葉に、

思わず視界に入った榊課長の手を両手で握った。

 

 

 

「なっ、もう。麻衣。

 ……どうした?」

覗きこむ榊課長の瞳に集中、鎖骨は見ないように。

「い、急ぐと危ないから、ゆっくりで大丈夫、です。

 あの。わがままで、ごめんなさい。

 気を、つけて」

「ばか」と、甘い声。

テーブル越しにぎゅうっとされて。

目の前に……鎖骨、鎖骨。

近いってばっ。

 

 

 

KISSの法則・マスターの忠告

 

「仕返しだ。そこで、いいコに固まってろ。

 じゃな」

そう言ってお店を出ていく。

はぁぁぁ。もぉ。

顔を上げると、マスターとばっちり目が合った。

「お騒がせして、すみません」

怒ってる、かも。

「あれは、本当に拓真なのか?」

低い声。

え? えーと。そう。

ちょっと考えて、無言でこくこく頷く。

「あいつに、カノジョね。

 じゃあ、会社の……例のコだな」

限りなくひとりごとに近いから、返事ができない。

例のコ、って。

「『純情すぎてどーすりゃいいかわかんねー』って、ぼやいてた」

……私?

人差し指がこっちを向いてる。

 

 

 

「拓真は、いつももっとダサいカッコしてる」

はい、と。返して。

「髪は洗いざらしでおろしてて。

 トレーナーにジーンズが定番」

トレーナーだったら、翻弄されないのに。

あの、魅惑の鎖骨に。

「今日はデートだろ。

 だから気合入ってた」

あ……、と。口を押える。

「あんな態度を取ったら、失礼でしたよね」

しゅんとする私。

「そういう意味じゃない。

 拓真が浅はかなだけだ」

「浅はか、ですか?」

首をかしげる私をじっと見るマスター。

 

 

 

“純情すぎる”コ相手に、あのチョイスは失敗だ」

「でも、帰ってきたら謝ります」

そう呟くと。

「お嬢さん、名前は?」

マスターは、にっこり笑ってそう訊いた。

「立花、です。立花麻衣と申します」

仏頂面から急に笑顔。

呆気にとられながら答えると。

「じゃ、“立花さん”って呼ぶ」

お嬢さんから昇格、でいいのかな。

「ありがとうございます」

嬉しくて、お礼を言った。

 

 

 

「あ、じゃあ。

 私もお名前を伺ってもいいですか?」

俺の? と。訊きかえすマスター。

しばし沈黙。

訊いちゃいけなかったかも。

「やっ……ぱり、いいです」という私の声に重なるように。

「足立、匠(あだち、たくみ)」

ぼそっと呟いた。

「名前は内緒に。

 呼ぶときはマスター、で」

内緒……やっぱり言いたくなかったんだ。

はい、と誓うように頷いた。

 

 

 

足立さんって、センテンスが短い。

そして話が飛ぶ、気がする。

たとえば。

足立さんの話し方は、“点”

点同士はぽつぽつ離れているけれど、ちゃんとつながっていて。

言葉の間を読み取らないと置き去りにされちゃう。

お兄ちゃんは、“緩やかな曲線”

流れるような曲線に、自然とぐいぐい巻き込まれる感じ。

榊課長は、“直線”かな?

ずばっと斬りこんで、気持ちを攫って(さらって)いく。

 

 

 

「わかる気がする」

ほら、点がぽつん。

「立花さんが、拓真のカノジョだってこと」

次の点。

「あの拓真が、女性と向き合うなんて信じられない」

え……、と。言葉がもれる。

女性が苦手な理由。

足立さんは知っているのかも。

「榊課長とは、どういったお知り合いなんですか?」

うん? と。あしらうように笑って。

「あんまり可愛くない後輩ってとこだな」

 

 

 

「……だから、拓真を頼む」

だから? 可愛くない後輩……だから。

すごく、いい関係なんだろうな。

「ひとつだけ、忠告しとく」

足立さんは、笑顔のまま。

視線は、お店の外へ。

一定のリズムで響く足音。

「拓真の“カタワレ”には、気をつけろ」

そう言って、足立さんは背を向けた。

訊きかえす間もなく、外の空気が流れ込む。

扉の前に息を切らせた、大好きな彼。

もう。

急がないでって言ったのに。