のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第10話 初対面と条件

 

怖いほどのマナー対決。
そして……
お兄ちゃんの提示する条件って?

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第10話 初対面と条件

 

KISSの法則・初対面

 

土曜日。午後2時。

来客を知らせるチャイムの音。

びくんっと、背中が伸びる。

「はぁあいぃ……」

インターフォンに向けた声が裏返って

幸先(さいさき)が悪い……、と。

落ち込む私の耳に、もっと緊張した声が。

《さ、榊……です?》

なぜ疑問形? 

ソファの背もたれ越しに震える、お兄ちゃんの肩。

くっくっ、と。もれる笑い声。

 

 

 

ん、もう。

一人だけ余裕なお兄ちゃんが憎たらしい。

ゲートと玄関のロックを解除して。

震える肩を一瞬睨んで、ゲートまでお出迎え。

ゲートの外に立つ榊課長は、別人かと見紛うほど、がちがちで。

「やべー。緊張してる」

強張った笑顔を見せる。

「防犯カメラ、あるんだろ?」

はい、と頷くと。

口を動かさずに囁いた。

「死角はどこ?」

意味もわからず、ゲートから玄関までの中間点あたりで立ち止まる。

 

 

 

「ここで……す」

言い終わらないうちに後ろからきゅうっと。

……甘い、ハグ。

「充電、完了」

耳元で囁かれる、いつもの台詞。

いつもより短い時間。

それでも。

ヒミツが、お互いの心をほぐして。

自然と笑みがこぼれた。

 

 

 

「ようこそ。

 榊、拓真さん」

玄関ホールには、お兄ちゃん。

違うでしょ。

私が、二人を紹介するんでしょ?

セオリー通りではない奇襲攻撃に、一瞬、息をのむ気配。

お兄ちゃんてば、着流し姿で、流し目なんか送っちゃってる。

女性なら卒倒しそうな色っぽさは

威圧感たっぷりで。

せっかく緊張がほどけたのに、と焦っちゃう。

 

 

 

「初めまして。

 お目にかかれて光栄です」

私の心配なんてよそに。

堂に入った態度で、爽やかに笑みを返す榊課長。

……さすが。

見惚れちゃう。

「お上がりいただきなさい、麻衣」

たしなめるような声に、我に返った。

どうぞ、と。スリッパを揃えて。

 

 

 

決戦の場は、我が家のリビング。

「改めまして、榊拓真と申します。

 本日はお時間を取っていただき、

 ありがとうございます」

立ったまま、深々とお辞儀。

……かっこいい。

「いえ、私がご無理を申し上げて、お時間をいただいたのですから。

 堅苦しい挨拶は、なしにいたしましょう」

どうぞ、と。

お兄ちゃんは、ソファの上座を勧める。

「ありがとうございます。

 ですが、本日はご挨拶にうかがったので、

 こちらの席で結構です」

上座を辞退する榊課長。

凄まじいマナー対決。

 

 

 

「こちらは手土産です。

 麻衣さんから、お好きだと伺ったものですから」

紙袋から取り出して、流れるような所作(しょさ)でお兄ちゃんへ。

「お気遣いいただいて、却って申し訳ありません」

なめらかな動作と、にこやかな笑顔の裏にひそむ、緊迫感。

青い火花が散っている……

 

 

 

「麻衣」と呼ばれ、手土産を預かって。

「ありがとうございます」

ソファの傍にかがんで、榊課長にお辞儀。

「甘いものは、お嫌いではないですか?」

澄ました私の問いかけに。

「ええ。

 ですが、お構いなく」

なんて。

榊課長はマナー通りに答えてみせて……

にっこり、笑顔。

きゅうんと疼く、心臓。

ぽぉっと火照る、頬。

お兄ちゃんの着流し姿は、世の女性たちを魅了するのだろうけれど。

榊課長には敵わない。

 

 

 

丁寧に紅茶を淹れている間。

ソファでは私の仕事ぶりの話。

……お兄ちゃん、それは謙遜って言わないでしょ。

……榊課長、笑いすぎだってば。

……もう、私のいないところでドジ話するの、やめて。

聞こえてるのに、反論できない。

和やかな雰囲気なのは、嬉しいけれど。

むくれながら、紅茶と午前中に焼いたチェリーパイをお出しして。

「ずいぶん、愉しそうですね」

怒ってるよアピールを見せるものの。

ええ、なんて。

二人は揃って華麗にスル―。

 

 

 

紅茶を一口、ほっと息をついた途端。

「榊さん。

 初めに申しあげますが。

 麻衣と私は、正真正銘の兄妹ですよ」

いきなりの兄妹宣言。

なに言ってるの、お兄ちゃん。

そんな、当たり前のこと……

そう思って、隣の榊課長を見上げたら。

浮かべているのは、安堵の表情で。

……そういえば。

私とお兄ちゃんって年も離れているし、あまり似てないって言われてたっけ。

におい立つ色香なんて、明らかに違いすぎる。

 

 

 

「麻衣は、私と15歳離れています。

 遅くにできた娘なので、両親がそれはもう溺愛しましてね」

相槌を打つ、榊課長。

「お恥ずかしながら。

 私も、なのです。

 麻衣が生まれたころは、反抗期と言われる時期でしたので。

 対外的には素っ気なくふるまっていましたが……

 学校から帰ると、赤ん坊の麻衣にべったりで」

また、その話。

はずかしいってば。

 

 

 

「赤ん坊時代の麻衣の写真を、ご覧になりましたか?」

「え、やだ、お兄ちゃんっ!」

大きな声が出る。

「麻衣。

 年頃のお嬢さんが、そんな大きな声を出して。

 はしたないですよ」

口を噤んだ私に微笑むと、おもむろに袂(たもと)から手帳を取り出す。

身を乗り出す、榊課長。

顔を覆う、私。

だって、あんな。

紅くてぷくっとしたほっぺ。

口がてろんって開いて、ふにふにって笑って。

やぁ、もう。

写真と私を見比べた榊課長は、いじわるそうに笑うだけ。

あとで、イジり倒される。

 

 

 

「……榊さん」

静かに口を開く、お兄ちゃん。

よみがえる、ゆうべの、あの……

含みのある、言葉の意味。

思いつめたような、まなざし。

“条件”と、“理由”。

ワンフレーズも逃さないように。

目を凝らして、耳を澄ませる。

あ、心が強張ってく。

固くなった心は、少しの衝撃でほろりと崩れそうで。

だめ、だめ。

決めたでしょ。

逃げない、諦めない。って。

 

 

 

「失礼ですが。

 榊さん、あなたは。

 女性が……苦手、なのではないですか?」

強張った心から、ふっと力が抜ける。

何の、話?

いきなり。

ほんとに失礼だよ、お兄ちゃん。

ん、まぁ。確かに。

耳にしたことはあるけれど。

榊課長は女嫌い、とか。

女性と接するのを避けている、とか。

女性に辟易(へきえき)している、とか。

 

 

 

ちらりと私に視線を向けて。

困った顔を見せる榊課長。

不躾でごめんなさい、の意味を込めて肩をすぼめる。

「あの、そうですね。

 正直……苦手、です」

言いよどむ、榊課長。

「私は苦手どころか、女性を忌み嫌っているのです」

予期しないお兄ちゃんの言葉に、顔を上げる。

「なに、言ってるの。お兄ちゃん」

忌み嫌う、なんて。

「安心なさい、麻衣。

 あなたは“女性”ではありませんから」

なっ、もう。

そうじゃなくて。

 

 

 

「女性が苦手なうえで、榊さんが麻衣に魅かれたのであれば……」

うん? なんか、ひっかかる。

「……納得です。

 麻衣を、一般的な女性として認識していないということでしょうから」

さっきの。

榊課長の困ったような表情は……

質問に困ってたんじゃなくて、私に気を遣ったから?

つまり、本当に。

私を“女性”と認識してないってこと。

じゃあ。私って、一体。

胸が痛い。

泣きそう。

 

 

 

「私は意図的に、麻衣が“女性”として成長するのを妨げました」

話の核心に迫る、いきなりの告白。

息をのむ、榊課長。

でも、私の思考はぼんやりしていて。

「もちろん、強要も反対もしていません。

 少しの助言と、麻衣の視点をずらすこと。

 たったそれだけで。

 麻衣は、無垢な少女のまま育ってきました。

 幸か不幸か、条件が整いすぎていたのです」

榊課長の反応を窺うこともできないくらい、打ちひしがれた私。

 

 

 

「ですから……」

淡々と続ける、お兄ちゃん。

「私の目に映る麻衣は、形だけは21歳の女性ですが。

 心に映っているのは、先ほどの写真と同じく、

 赤ん坊の麻衣のまま、なのです」

耳を滑る、お兄ちゃんの声。

ショックのあまりトリップする。

確かに、ね。

榊課長は自分で言ってた。

“オンナ苦手だし”、って。

どうしてあの時、訊かなかったんだろう。

私は? って。

 

 

 

「あの写真は私が撮ったものです。

『麻衣』と名前を呼んだ私に、嬉しそうに振り向いたあの笑顔。

 それが私を闇から救い上げてくれました。

 女性を忌み嫌う、私を……」

え、おかしくない? 

だって、お兄ちゃんには……。

「嘘!」

そう、嘘。

デマ、フィクション。

「なんですか、麻衣。

 ぼんやりしていたかと思えば、急に大きな声を出して」

 

 

 

「忌み嫌ってなんか、いないでしょ?

 お兄ちゃん、ちゃんと恋人がいるじゃない。

 あの、ほら、髪の長い綺麗な、女の人!」

自信満々の私を見下ろして……小さくため息。

騙されないもんね。

「あなたの悪いところですよ、麻衣。

 目に見える形と、耳に入る言葉だけを信じて、思い込むのは」

んぐ、と。

言葉に詰まる。

 

 

 

「あれは、男性ですよ」

え、あ? え?

「だ、男性……

 あんなに綺麗で色っぽいのに?」

ええ、と。

静かに頷くお兄ちゃん。

「え、じゃあ、もしかして。

 女装の男性が好きなの?

 ううん、あの!

 いけない、とか思ってないよ。

 びっくり、してる……だけ、です」

わたわたする私に呆れたように肩をすくめ、大きなため息をつくお兄ちゃん。

 

 

 

「彼は昔からの友人です。

 今はゲイバーにお勤めだそうですが、身体にメスは入れていない、と。

 身体だけでなく、心も男性のままのようです。

 叶わぬ片恋の女性が忘れないそうで、彼女の名を源氏名にしている、とか。

 ……そこまで誰かを想う気持ちなど、私にはまるで理解できませんが」

一途で切ない恋のお話。

それを、まるで理解できない、なんて。

にべもなく一刀両断。

 

 

 

「私の周りには女性はいません。

 ……すべて排除しましたから」

排除、という言葉。

浮かべた冷笑。

まさか、ほんとに。

忌み嫌っている、の?

オーバーな表現、じゃなくて?

 

 

 

「麻衣」

慄く(おののく)私に、お兄ちゃんは綺麗な笑顔を見せて。

「勝手にしおれているようですから、補足してあげましょうか。

 榊さんが苦手な“女性の定義”とは。

 おそらく、計算高く裏表のある人間のことでしょう。

 そうでしょう? 榊さん」

問いかけに頷く、榊課長。

「すべての女性がそうではありませんし、

 男性にもそういう方はたくさんいらっしゃる。

 ただし、年頃の女性というものは、

 往々にしてそのような傾向にある、ということです」

 

 

 

「麻衣のように。

 五感で捉えた以上にものを考えない“ぼんやりしたコ”は、

 苦手の対象にならないのです。

 つまり、麻衣の本質を知ったうえで魅かれているのなら

 納得ですし、安心だと……。

 そういう意味です」

「それって……いい意味?」

恐る恐る訊ねた言葉に、深く頷くお兄ちゃん。

榊課長を見上げると、優しく微笑んで頷いてくれて。

「ぼんやりしたコ、までは思ってないぞ。

 素直、だと思ってる」

ほんのり紅い顔で囁いた。

 

 

 

「ああ、あなたは!」

お兄ちゃんが、唐突に感嘆の声をもらすから。

今度はなに? と。

びくり、と肩が揺れる。

「私の知っている人間に、話し方がそっくりです」

榊課長に見せる笑顔が、柔らかくて。

……驚いた。

冷たい仮面のような笑顔ではなく、はにかむような笑顔。

「初対面にしては、話が弾むと思いましたが……

 道理で、ね」

話って……弾んでたっけ?

私がキッチンで紅茶を淹れてた、あの時?

あれって、私の悪口で盛り上がってただけじゃない。

ふん、だ。

 

 

 

KISSの法則・条件

 

「そうですね。

 あなたには、すべてを打ち明けてもいいかもしれません。

 想定外、ですが」

想定、外? ……なにが? 

首をかしげる私を一瞥(いちべつ)して。

「実は……」

お兄ちゃんは片目を瞑ってみせた。

「麻衣の連れてくる男性など、底の浅い人間だろうと高をくくっていたのです。

 それとなく、威圧感を漂わせれば、怖気づく。

 "なぞかけ”らしきものを吹っ掛ければ、委縮する。

 そして仕上げに。

 睨みつけてやれば、しっぽを巻いて退散するでしょう、と。

 雑なシナリオを描いて、悦に入っていたのですよ」

 

 

 

「ひどっ!!!」

思わず口に出した私に、目を眇(すが)め、口だけ微笑んで。

「おや、ずいぶんな言われようですね。

 私はちゃんと伝えたはずですよ。

『条件をクリアすればいい』とね」

そう、だけど。

「榊さんは、1つ目の条件をクリアしました。

 こういう言い方は大変失礼ですが……

 思った以上のレベルで、ね」

 

 

 

「お兄ちゃんっ」

抗議の声を上げた。

「失礼すぎるよ……

 かぐや姫じゃあるまいし。

 たかが私なんかに、そんな。

 条件だなんて、大げさな」

興奮する私の背中に、ふっと温もりが。

隣を見上げると、榊課長。

「いいから」

笑みをこぼして。

優しくて甘い微笑に、抗議も忘れてとろけそうになる。

 

 

 

「条件はすべてクリアできるよう、ベストを尽くします」

私の背にふれたまま、まっすぐにお兄ちゃんを見る榊課長。

「伊織さんとお話しさせていただいて、僕も気づいたことがあります。

 女性が苦手なはずなのに、どうして麻衣さんだけに魅かれるのか」

私、だけに?

ほんと?

見上げる私から見えるのは、榊課長の紅い耳朶(みみたぶ)。

照れてる。

 

 

 

ちらりとこちらを見て、ひとつ咳払い。

あ、見てたら話しにくいよね、と。

気づいて視線を逸らす。

「おそらく。

 伊織さんが戦ってこられた、闇。

 その闇から救い上げたという、麻衣さんの笑顔。

 忌み嫌う女性像とは真逆に育てるためにかけた、惜しみない愛情。

 麻衣さんが伊織さんを信頼する心。

 すべてが融合して、僕の心に響いたのだと思います。

 ……どれが欠けても、ここに僕らが揃うことはなかった」

思わず、見上げて目を凝らした。

 

 

 

「これは奇跡でしょう。

 すべての出会いは奇跡から生まれる、としても……

 ここにいる三人は、抱えているものが特殊です。

 それを超えられる気がしませんか?」

……なま、プレゼン。

「だから。

 僕は全力で条件をクリアしてみせます」

クライアントは、お兄ちゃん。

コンセプトは、私と付き合うこと。

うあ、涙腺が緩んじゃう。

 

 

 

「いいえ」

力なく首を左右に振る、お兄ちゃん。

びっくりしすぎて、涙が引っ込んだ。

いいえ、って……

なにに対する否定?

クリア不可能な条件って、こと?

 

 

 

「……私は、超えられないでしょう。

 というよりも。

 一生、超えてはならないのです。

 死ぬまで苦しみ後悔し続けることが、唯一の贖罪(しょくざい)なのですから」

……どうして?

どんな闇を抱えているの、お兄ちゃん。

言葉にならない、疑問。

 

 

 

「……ですが」

お兄ちゃんは、眉間のしわを緩め、ふわりと笑った。

希望を捨て、あきらめの境地に至ったような……

儚くて、淋しげな、笑顔。

胸を衝かれる。

「榊さん、あなたになら。

 麻衣を心から託すことができるかもしれません。

 それだけでも、救われます」

 

 

 

「いやっ! どうして?」

抑えていた気持ちが、涙と一緒に溢れてくる。

「どうして、そんな悲しいこと言うの?

 どうして、ひとりで抱えこもうとするの?

 お兄ちゃんの闇は、私も背負う。

 だって、家族でしょ?」

泣きじゃくる、私。

背中を撫でる、榊課長。

そして。

ため息をつく、お兄ちゃん。

 

 

 

「麻衣には……背負わせません。

 いいえ、誰にも背負えないのです。

 ですが、いずれ時が来たら」

重々しい口調で。

「榊さんには、おおまかな闇の正体をお話しするつもりです。

 それも、条件の一つですから」

そう言って、ふっと笑うと。

お兄ちゃんは、意味ありげな視線を榊課長に送った。

「わかりました」

榊課長は、まっすぐお兄ちゃんを見つめたまま、力強く答える。

誰もが怖気づくような内容なのに。

動じない、榊課長。

一瞬目を瞠ったお兄ちゃんは、試すように微笑んだ。

 

 

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