のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【ヒミツの時間】KISSの法則 第4話 課長補佐

 

 

もしかしたら。
嫌われて、疎まれている?
蘇る苦い思い出と、守られてきた現実。

 

 

 

【ヒミツの時間】KISSの法則 第4話 課長補佐

 

KISSの法則・疎まれる、わけ

 

「麻衣。

 ほんッと~に、榊でいいの?」

企画3課を後にして、その足でシンジョ指導室へ。

座るなり小声で切り出す香里さん。

「あいつ、すぐ交換条件出すし。

 ほら、お礼の言葉ですら対価で求めようとするでしょ」

香里さんは真剣なトーン。

「じゃれ合いの一環かと思ってました」

心配させまいと明るくそう呟くと。

 

 

 

「……まぁね。

 悪質な要求じゃないし、本気じゃないのはわかるんだけどさ。

 いつもあの調子だと、付き合ってても殺伐とした雰囲気になりそうじゃない?」

そう、なのかな?

「麻衣には激甘だから、大丈夫だとは思うんだけど……

 なにかあったら、必ず相談すんのよ」

念を押された。

なにかあったら困るけど。

香里さんの心遣いが嬉しくて、「はいっ」と返事。

 

 

 

「榊なんかより。

 こっちが本題なんだけど」

榊“なんか”に、苦笑い。

「司のこと。

 麻衣、苦手でしょ?」

少しだけ悩んで。

はい、と。素直に頷いた。

「あれね、わかりづらいけど。

 麻衣に対して一歩前進してる証拠だから」

前進、ですか? 

あの、棘まじりの言葉が。

「司はね、興味ない人間にはイイ顔しか見せないの」

確か。

昨日のダイニングバー以前までは、私に対して紳士的で優しかった。

棘がチクチクしだしたのは、ダイニングバーで席を外して、戻って、しばらくしてから。

なにが、あったっけ。

 

 

 

「入社当時なんて、酷かったのよ。

 周りの全員に突っかかって行って。

 嫌味、皮肉、毒舌のオンパレード」

血の気が引いた。

私が気にしている棘なんて、些細な皮肉程度。

「あたしは、真っ向から立ち向かったし。

 榊は、ずっと揺れなかった。

 ただ、淡々と接して徐々に認め合って」

香里さんも榊課長も、いかにも性格の表れた対応で。

思わず笑みがこぼれる。

「あたしに心を開いてからは、誰彼構わず突っかからなくなったの。

 相手をね、選ぶようになった」

私、選ばれたの? 

ううん、違う。

そうじゃない。

 

 

 

「司は相手の感情を揺さぶって、本音を引き出したいのよ。

 つまりはさ、相手を知りたいってことなの」

私が“選ばれた”んじゃない。

ましてや、私を“知りたい”なんて……

そんなはずはない。

高橋課長は理解できないんだろう。

こんな無知でトロい私を。

なぜ、恋人である香里さんが手放しで可愛がり、

盟友である榊課長が付き合っているのか。

理解に苦しみ。

そんな私の存在が不快なだけ。

……目眩がしそう。

「司と距離置きたいなら、そうさせる。

 いやなら我慢しなくていいのよ、アイツ難しいから」

 

 

 

距離を置けば……

私の心は穏やかになる。

けれど。

4人の輪に“はみだし”ができる。

高橋課長か、私か。

どちらかが、はじかれざるを得なくて、和が乱れる。

はじかれる確立は、高橋課長のほうが高い。

突っかかっているのが誰かは、明白で。

是か非か、善か悪か。

人の心は、どちらかに決めたがるものだから。

きっと。

高橋課長の心を、更に硬化させてしまうはず。

 

 

 

不快感を与えている私の非は、問われないまま……

永く、深く、関われるはずがない。

いつか、きっと……壊れる。

榊課長も、香里さんも

ずっと関わりたい大切な人だから。

逃げちゃ、いけない。

守ってくれる人に甘えるだけじゃ、変われない。

お兄ちゃんに庇護されて甘やかされ続けた私が、得た教訓。

 

 

 

「でも。香里さんのカレだし、榊課長の友達だし」

「それはそれ、これはこれ、でしょ?

 麻衣は悪くない。

 司の我儘に付き合ってムリすることないの」

優しく諭す香里さんに「でも」と言葉を選ぶ。

「榊課長と高橋課長、険悪になりませんか?」

“そういう言い方はねーだろ”とか。

“トロいからムカつくんでしょ?”とか。

二人のやり取りが想像に難くなくて。

高橋課長にトロいってはっきり言われたら、涙が出る、かも。

泣くなんて卑怯じゃんって、余計に呆れられるよね。

「ん? 榊? 

 あれはな~んも気づいてないのよ。

 司のいじわるも、麻衣が傷ついてることも。

 榊のそういう朴念仁なとこが心配なのよ」

香里さんはため息をついた。

 

 

 

「苦手だからって、私が逃げたらこのままですよね。

 榊課長が気づいてないなら。

 高橋課長に知ってもらえるように頑張ります。

 余計、疎まれるかもしれないけど。

 だって。

 同じチームになるんだし……」

「だ~ッ!」と、いきなり吼える香里さん。

こ、怖いですってば。

指導室の外にいるシンジョメンバーも、きっと震え上がっているはず。

「あ、ごめん。取り乱した」

びくつき肩で息をする私に、香里さんはさらっと謝って。

「同じチームねぇ。

 あれにはもう。ほんと、してやられたわ。

 榊が、ああいう正攻法で来るとはね」

 

 

 

「でも、麻衣。ほんとに大丈夫? 

 司はさ、伊達に営業課長やってないからね。

 口が達者だし、痛いところ突いてくるよ。

 あ。思い出したらムカついてきた」

拳を震わせる香里さん。

怖じ気づきそうな気持ちを何とか立て直しつつ、大きく頷いてみた。

「わかったわ。

 あたし、がんがんフォローするから。

 なんだったら、司の暴言をその場でとっちめて、泣かせてやる」

泣かせる、って……。

「だっ、だめですっ!

 高橋課長は納得がいかないんですよ。

 どうして私みたいな無知でトロいコが、香里さんに目を掛けてもらえるんだろうって。

 だから。

 香里さんがフォローしたら、火に油を注ぎます」

目を丸くする香里さん。

 

 

 

「だから。

 できれば、その。

 そっと見守ってください」

甘えちゃ、ダメ。

自分の足で立って、自分の目で見て、自分の頭で考えて。

そして、傷を負って、治癒を待って。

……大切な人のそばに居られるように。

 

 

 

「それで、あの。

 後で二人っきりになったときに思いっきり慰めてください。

 そしたら、元気になりますから」

でも、やっぱり弱い私。

急には変われない。

「……あんたってコは。

 なんて健気なのっ」

唇を噛む私を、香里さんがぎゅっとハグしてくれた。

 

 

 

「ただ、これだけは守って」

ハグを解いた香里さんは、表情を厳しく変えた。

「榊と高橋の二人には、社内での接触は絶対禁止。

 仕事の話はOKだけど。

 あくまで最小限&ビジネスライクが基本よ。

 榊に関しては、ハグなんてもってのほか。

 どこで誰が見てるか、わからないんだから」

パクパク動くだけの口。言葉が出ない。

……そうだった。

香里さんと高橋課長には、“充電”の一部始終を見られていたんだっけ。

今更ながら、はずかしい。

 

 

 

「あ、それと。

 指導室に連れて来た一番の理由を忘れてた。

 麻衣には、今日からシンジョ課長補佐として研鑽を積んでもらいます」

改まった口調に、慌てて背筋を伸ばす。

「取り敢えず、企画に行く前にCCで依頼送ったから。

 目を通して、指示を待つこと」

「はい」

仕事モードで返事をした。

 

 

 

KISSの法則・シンジョ課長補佐

 

デスクに戻ったら、もう11時半。

慌ててPCメールをチェックする。

新着は香里さんから1件。

……榊課長直々の依頼は、まだ。

同期のミユキちゃん宛の依頼メールが、CCで私にも届いていた。

初めてのCC。

依頼はミユキちゃんだけれど、私にも参考として送信されたということ。

添付ファイルの中身は、人事からのエクセル文書

おそらく……社員名簿を人事考課に使いたい様子。

列を挿入して、用途に応じてソートしたい旨が見て取れた。

……と、なると。

結合セルが邪魔になる。

 

 

 

お昼を取った後、午後イチで指導室へ呼び出された、ミユキちゃんと私。

「依頼メール、確認した?」

私たちが頷くのを確認した香里さんは、ミユキちゃんに問いかける。

「ミユキ。あれ、どう処理すればいいと思う?」

ミユキちゃんは弾かれたように顔を上げ。

「わかりません」と俯く。

「ミユキはね、明るくてムードメーカーだから、どこに配属されても大丈夫。

 でもね、PC作業、特にエクセルが苦手よね」

はい、と。小さく返すミユキちゃん。

「配属先で肩身の狭い思いをするのは、ミユキ自身よ。

 一般的なスキルは身に着けないと、自分が困るだけ」

どうしよう……という瞳で、香里さんと私を交互に見るミユキちゃん。

 

 

 

「そこで、今回初めて麻衣にもCC送ったの。

 麻衣は……そうね。

 ちょっと俗世離れしてるけど、PC業務のスキルは高いのよ」

俗世、離れ。

そうですよね。……ウブ子、だし。

「麻衣~、助けて」

縋りつくミユキちゃんの向こうで、満足そうな笑みを浮かべて小さくガッツポーズを取る香里さん。

「じゃ、ミユキはデスクに戻って、今残ってる仕事終わらせて」

「はいっ」

ミユキちゃんは席を立つ。

そして、「麻衣お願いね」とウインクした。

 

 

 

「これでよしっと。

 トップバッターをミユキにして正解だったでしょ? 

 あのコ、素直だから」

はぁ、と。理解できないまま頷く。

香里さんに言われた“俗世離れ”が、頭の中に靄をかける。

「麻衣に指導を受けなさい、なんて言われても、正直いい気はしないわよね。

 同期なんだもん。

 自分が困るのよって言われれば、必死になるでしょ」

そう、ですね。

でも、“俗世離れ”って……。

 

 

 

「ミユキはきっとみんなに広めるでしょ。

 麻衣に教えてもらってわかるようになった、よかったぁ。って」

暗にハードル上げられたことに気づき、覚醒した。

「それって。

 私、責任重大じゃないですか……」

「大丈夫よ」

自信満々に即答する香里さん。

「麻衣になら、意地を張らずにどこがわからないか素直に言えるの。

 麻衣はそういうコなのよ」

嬉しそうに笑うから。

「私が俗世離れしてるから、ですか?」

卑屈な声で、訊いてしまった。

 

 

 

「あ、ごめん。そこ、か。

 それで、泣きそうな顔してたの?」

への字になっている下唇に視線を感じる。

情けない顔だって、わかってるんだけど……

「麻衣はPC業務のスキルが、ずば抜けてるの。

 だから麻衣に教わりなさい」

情けない顔のまま、香里さんを見上げる。

「……って、言われたら。

 プライドが傷つくのよ。

 もしかしたら。

 少しだけ麻衣を憎む、かも」

“憎む”に、ひゅっと息をのんだ。

 

 

 

「だから。

 素直でポジティブなミユキを選んで。

 それでも念のために、定番のいじりネタで麻衣を落としてみたの。

 でも傷つくよね……ごめんね」

背中を撫でる香里さんに、ぶんぶんと首を振る。

「私こそ、すみません。

 香里さんがそこまで考えてくださっているのに。

 勝手に、いじけてました」

「いいの、いいの」

香里さんは、からりと笑って。

「咄嗟にそう思って、“俗世離れ”なんて失礼なこと言っちゃったし。

それに、課長補佐として初めての試みだから」

 

 

 

「あたしね。

 シンジョのコたちが新しい先でイヤな思いしないように、って。

 そればっかり考えて、先回りしすぎてたの」

それは、シンジョ課長としての思いやり、ですよね。

「司の好意に甘えて、配属先の人間関係を調べてもらって。

 このコはこの業務が苦手だから、

 あのコは気が強いから……なんて。

 パズルを解くみたいに、頭悩ませてさ」

 

 

 

「榊にも当り散らした」

そう、肩を竦めて。

「シンジョトップ却下の件。

 どう改善すべきか指示もしないで、一発で却下するなんて、って。

 むちゃくちゃ、ムカついてたの。

 あたしを騙すなんて許せない! 性根を直せ! って」

「言ったんですか?」という私の問いに。

「怒鳴ったわよ」と、ぺろっと舌を出す香里さん。

「ほんとは、あたしの力不足。

 却下されて、シンジョトップが凹んでも。

 榊を悪者にしてその場を収めるんじゃ、卑怯よね。

 あたしなりに改善点を指摘して、時間をかけてフォローすべきだった」

あの、ミカさんの落ち込みよう。

榊課長の名前が出るたびに、瞳に宿る冷ややかな光。

 

 

 

「あたし、シンジョを甘やかしてたんだと思う。

 みんな鍛えれば伸びるはずなのに、芽を摘んでた。

 それって間違った遠慮だったのよ。

 今まで、シンジョの鬼は対外的なものだったけど。

 今後はシンジョたちの真の鬼に徹するからっ!」

炎を口から噴き出しそうな勢いで、立ち上がる香里さん。

「言うことはちゃんと言って。

 苦手業務は克服させて。

 配属先で頼られるように育てるっ!」

落ち着いてください、香里さん。

本日2度目の雄叫びですってば。

「麻衣っ!!! フォロー、頼んだわよ」

勢いに押されて、はいぃと返事。

「じゃ、さっそくミユキをよろしくねん」

 

 

 

ミユキちゃんのデスクに自分のチェアを移動させて。

依頼主の意図を説明。手順を解説。

「麻衣は、どうしてそんな詳しいの?」

ミユキちゃんの言葉に、詳しくなんてない、と思う。

けど、言葉にするのは躊躇われて。

代わりに曖昧に笑って見せた。

自然と身についた、嫌われないための処世術。

「パソコンの学校行ってたの?」

私が知ってることなんてほんの表面。

学校へ行ったら、もっとすごい技を教えてもらえるんだろうな。

「ううん、独学だよ」

「独学? 本買って読んだの?」

ミユキちゃんはちょっぴり質問攻め。

答えるときは、本当に緊張する。

なにそれ? って言われるんだろうなって思うから。

 

 

 

「エクセルは、教えてもらって家で使ってたの。

 最初は、時間割とおこづかい帳。

 夏休みの予定表も作ったし、あと年賀状リストとか。

 今は、家計簿」

ミユキちゃーん、手がお留守ですよー。

自分の仕事も残ってるし……

焦るけど、言えない。

「家計簿? 麻衣って一人暮らしだっけ?」

「……ううん。

 家族、と一緒に住んでるよ」

家族とはいえ、お兄ちゃんだけなんだけど。

「あのね。家計とか。いろいろ任されてるの」

 

 

 

「ええ~っ、すごぉい! 嫁入り修行みたいじゃん」

ミユキちゃんの上げた声に、香里さんがピクリと反応する。

「すみません」と、二人でペコペコ頭を下げながら。

私の家庭の事情を“ヘン”とか“変わってるね”とかって、貶さないミユキちゃんと。

そのミユキちゃんをトップバッターにした香里さんの人選に感謝した。

その後、質問タイムが終わってすっきりしたのか。

素直でポジティブなミユキちゃんは、一生懸命エクセルに取り組んだ。

うん、そうそう、とか。

あ、そこはね、とか。

隣で言いながら。

ふわりと、学生時代にトリップする。

 

 

 

いわゆる、お嬢様学校と称されていた場所で過ごした、学生時代。

由緒正しい生粋の“お嬢様”。

成金の“にわかお嬢さん”。

勉学優秀な“特待生”。

“お嬢様”と“特待生”は、別次元とはいえ、敬われ。

人数の多い“にわかお嬢さん”は自ずと軽んじられる傾向に。

私は、“にわか”に属していたのだけれど。

その中でも、【変わったコ】と言われていた。

 

 

 

“にわか”の中にもグループがあって。

“お嬢様”に近づきたい“虎視眈眈タイプ”。

あたしたち、成金だしぃ~、が口癖の“開き直りタイプ”。

穏やかに過ごしたい“ことなかれタイプ”。

私は、その他大勢である“ことなかれタイプ”に浸っていたのに。

質問に答えるたびに、どこにも所属しない“特異タイプ”として認識された。

家事を任されているコなんて、どこにもいなかったから。

日常の買い物、料理、洗濯、掃除はもちろん。

お祝いを贈ったり、お礼状を出したり、式に出席したり。

そういう、親族関係の冠婚葬祭における、もろもろのこと。

そういえば、自治会の役員も。

 

 

 

存在自体に害はないので、いじめられたりはしない。

けれど。

まるっきり、なじめなかった。

それでも。

不思議と家事をしたくないと、思ったことはなくて。

私が8つの時に、悠々自適の生活を送ると言って東京を後にした父と母。

その時、お兄ちゃんは23歳で。確か、お勤めしてたはず。

最初はお兄ちゃんと二人でキッチンに立ったり、お掃除したり、洗濯物を畳んだり。

けれど、だんだんお兄ちゃんは忙しくなって。

空いた時間に一人でこなせるようになった。

 

 

 

相手が悪気なくいったひとことに、勝手に落ち込むたび。

お兄ちゃんは何も訊かずに、わざわざ学校に迎えに来てくれて。

翌日は、お兄ちゃんファン倍増。

魅了された彼女たちは、うきうきしていて。

ちょっとだけ、話の輪に入れるようになったっけ。

今、思えば。

私が孤立しないように、気を遣ってくれたんじゃないかと。

当時は全然わからなかったけれど。

 

 

 

短大生になった途端、私はすとんと周りになじんだ。

きっと外部のコが合流したことで、中和されたから。

逆に、電車の乗り方や、スーパーでの買い物、合コンを知らない彼女たちのほうが焦りはじめて。

合コンは、私も経験がなかったけれど。

共学で育った外部のコは、男の子と自然に話ができる。

そのたびに持ち上がりのコは「あの人と付き合ってるの?」なんて訊いて、呆れられていた。

男の子の件では私も少し変わってはいたのだろうけれど、はみ出すほどではなく。

お兄ちゃんの強い勧めもあって、言葉遣いも砕けたものにシフトチェンジした。

お兄ちゃんてば、自分は丁寧な言葉で話すくせに。

目上の人に対しての礼儀として、お兄ちゃんに敬語を使うだけで。

「麻衣、普通に話しなさい」と、その都度窘められたっけ。

 

 

 

そうやって、ずっと。

お兄ちゃんは結婚もしないで、ずっと私を守ってくれた。

恋人は……

いるみたいなんだよね。

髪の長い綺麗な女の人。

遠目にしか見たことがないけれど、たぶんずっと同じ人。

私が、お兄ちゃんの結婚の枷になっているのだとしたら……

待ってくれている、あの綺麗な人に申し訳なくて。

もしかしたら。

家事はその一環で。

生きるためのいろんなスキルを教えてくれていたのかも。

お兄ちゃんが結婚しても、私が一人で生きられるように。

そう思ったら。

申し訳なくて、情けなくて。

……それ以上に、突き抜けるくらいの淋しさで。

鼻がつぅんと痛くなった。