のべりんちゅ.

坂井美月と申します♪ よろしくお願いいたします♡

【もとかれ】第5話 嵐の前の…

 

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もとかれ 第5話

 

【もとかれ】第5話 嵐の前の…

 

のどかな時間

 

クリスマスに2度目のキス、をして。

少しずつ距離を縮めて。

バレンタインデーに、ひとつになれた。

一歩一歩ゆっくりと、階段を昇ってる……

そんな感じ。

3月に入ったとたん。

「勇人って呼べ」

唐突な指令。

「会社から一歩出たら、そう呼べ。いいな」

それって。最初の頃言ってた、ハードルの高い最終目標。

外でも呼ぶってことでしょ?

……そんなぁ。

 

「年上の人を、呼び捨てなんてできませんっ」

そこは譲れない。

「でも、明日香。

抱かれてるときは、“勇人”って呼ぶぞ」

もう。

いくら二人きりだからって、そんなはっきり言わないで、ってば。

口ごもる私に、にやりと笑う彼。

「あーあ。あん時だけかよ。

普段呼んでくんねーってことは、結局カラダだけってことだろ?

オレを弄んだのか」

な、な、な。なに、言ってるの。

「いいな。

“勇人”って呼ぶように、心がけろ。

だんだん慣れてくから」

 

 

二人でいる時だけ、“勇人”と呼ぶように意識して。

少しずつ抵抗がなくなって、スムーズに呼べるようになった3月下旬。

ラヴリー・カルテットの4人と、勇人と私。

6人で過ごすのが定番になった、お昼休み。

たまにLQ旦那さま陣も加わったりして。

のどかで、穏やかで。

きらきらの笑顔であふれてたっけ。

「もうすぐ4月だね」

「1年なんて、あっという間だよね」

「バンビちゃんも、とうとう先輩って呼ばれちゃうんだ」

「殺伐としてたのに、バンビちゃんのおかげで少~し潤いが出てきたような」

うんうん、って。

みんなが頷いてくれるから、舞い上がりそうになっちゃう。

 

にやける私に、渋い顔を向ける勇人。

「明日香。

後輩を迎える前に、ひとつ忠告」

はい、と。

真剣な勇人に居ずまいを正して、背筋をピン。

「仕事で気合い入れる時。

“ぬぉっ”だか、“とぉっ”だか……ヘンな雄たけび上げんだろ?

あれ、止めた方がいーぜ」

うぇっ?

そんなこと言わないよ、私?

「あ~。久我っち、なんでそれ言っちゃうの?

面白くて笑えるのに」

美和さんの抗議に愕然とする。

勇人の空耳じゃなくて、事実ってこと?

……しかも、無意識。

 

「笑われてんの知ってて、黙ってられるか。

明日香は、オレの……なんだから。

お前らは、明日香を観察対象にしてんだろ?」

呆然とする私をよそに、腕を組んで先輩方を睨みつける勇人。

「だぁって。それが理系女子のサガだもの」

「バンビちゃんって、可愛くて目が離せないのよ」

「統計的にそろそろクるよ、って目配せして、ねぇ?」

「……キターって、小躍りしちゃうよね」

私、珍獣扱いじゃん。

オフィスのオアシスは、物珍しさから?

 

でも……わかっちゃうんだよね。

理系女子のサガ。私も理系女子のはしくれだし。

トラブルがあっても、冷静に観察して。

それぞれの状況を把握して納得して、改善点を見出して。

だけど……

人間関係のトラブルには、手も口も出さない。

極力、肩入れしない。静観を貫く。

本人同士が納得しなくちゃ、周りが騒いでもこじらせるだけだから。

人間の心は、複雑で。

善悪で、片づけられない……

ううん。片づけちゃいけないものだから。

―― あ、れ? ――

思い出しながら、引っかかる。

私。

なにか、大切なこと……忘れてるんじゃない? 

 

そう。

LQと私の5人で、盛り上がったことがあった。

“だから、理系女子は冷淡だって言われちゃうの”って。

“だけど、ちゃんと見てるし考えてるんだよね”って。

CADチームは、男女とも理系&技術集団で……

ある意味、人間関係も淡白で、個々を尊重するっていうか、無干渉。

居心地がすごく良かったの。

だけど、私が入社して1年が経った春。

鳴り物入りで入社した女子社員……

彼女はCADチームにとっては異素材だった。

私だけが、戸惑って、苦しんで、傷ついて……手放したんじゃない。

先輩も、……勇人も。

きっと。

チーム内だけじゃなく、設計部全体にも影響を及ぼして。

だけど。

同じくらい、彼女自身も苦しんだ、はず。

私……。

私が出した答えは、根底から間違っていたのかもしれない。

 

 

 

キヲクの整理

 

「明日香ちゃん?」

心配そうに覗き込む、京香さん。

はっと我に返る。

トリップしすぎて、ぼんやりした頭。

軽く振って意識を覚醒させる。

ここは、ダイニングバー。

今は、京香さんに勇人との過去を話しているところ。

「なにか、思い出したんじゃない?

見逃してたもの。

見失ってたもの。

見ないようにしてたもの」

そう……かも、しれない。

もしかしたら、私。

どこかで、大きな勘違いをして……

自分だけがみじめで可哀想なんだって、思い込んでいたのかも。

 

「今、思い出したこと、ちゃんと心に留めて。

いい? 

その後のこと……どうして別れを選んだのか、ゆっくり話してくれる?

つらいだろうけど、よく思い出して」

小さく頷く。

「全部、吐き出すの。

じゃなきゃ、燻った想いを抱えたまま、ずっと苦しむから」

頬がこわばった。

さっきね、と。

優しく微笑んだ京香さんは、私の頬をそっと撫でて。

「ここに来る前、“彼”に会ったの」

息をのむ。

京香さんのいう“彼”って……勇人、だよね。

 

「社員通用口が見える場所で、ずっと待ってたみたいよ。

……私を」

勇人が、京香さんを?

「明日香ちゃんがバックヤードに逃げ込んだ後、私がフロントを確認したじゃない?

それで、私を待ってたって」

どうして? なんの、ために?

「二人とも、消化しきれなくて立ち止まってる。

明日香ちゃんは、“このままでいい”って、後ろ向きな考えみたいだけど……」

だって。

もう、傷つきたくないから。

ゆるゆると俯いた視線に映る、右手薬指のリング。

「彼は違ったわよ。

挑むような目をして、訊かれたの」

ぱっと顔を上げて、京香さんの瞳を覗きこんだ。

だめ。期待しちゃ。

舞い上がったぶん、もっと深いところに堕ちるだけ。

 

「彼の質問、知りたい?

それとも。

怖いから、耳を塞ぐ?」

こくり、喉が鳴る。

試されてるんだ、私。

向き合う勇気を。

勇人への想いの深さを。

「聞か、せてください。

私。知りたい、です」

胸の痛みをこらえて、絞り出す。

、と。京香さんは満足そうに笑って。

 

「訊かれたのはね。

その、リングのことよ」

こ……れ?

勇人から贈られた右手薬指のリング。

あのクリスマスに、キスと一緒に……

ハーフエタニティのリング。

あの頃ぴったりだったリングは、少しゆるくなってしまって。

気づくと、並んだダイヤがくるっと手のひら側に回ってしまう。

「どういう形状なのかって。

しつこいくらいにね」

―― 未練がましくいつまでも身に着けてんじゃねーよ ――

―― 明日香が逃げたんだろ? ――

腕組みしたまま、言われそう。

 

「地金はピンクゴールド。

ハーフのエタニティで、石はピンクダイヤって」

自分が贈ったものだって、勇人は確信したはず。

「でもね。余計なひと言はやめたの。

お互いの気持ちが、大事だから」

首をかしげて京香さんを見つめると。

「肌身離さずはめている、とか。

誰にも靡かない、とか。

……何も伝えなかったの。

伝えた方が良かった?」

勢い良く首を振った。

そんなこと耳にしたら、勇人が苦しむだけ。

勇人に非はないんだから。

 

「彼に言ってみたのよ。

“今から明日香ちゃんとプライベートで会うの。一緒に来る?”って。

二人で話した方が早いでしょ?」

……まさか。

鮮やかなフラッシュバックに、高鳴る鼓動。

―― 2年半前 ――

泣きじゃくった私が、連れて行かれた居酒屋さんの個室。

いきなり現れた背の高い人影。

隣で聞いてた、と。

紅い頬のまま、親指を背後に向けた彼。

思わず、きょろきょろとあたりを見回した。

 

「彼ね、不機嫌そうに表情を歪めて。

“前に同じ方法で、近づけた。けど結局逃げられたから、今回は別のルートにする”って」

別の、ルート?

ううん。だめだってば。違うよ。

私に近づくルートじゃない。

私の未練をばっさり断ち切るための、ルート。

だって。

「一緒に来店していた女の子も、待ってたんですか?」

思い出すだけで胸が軋む。

勇人の隣には、一葉ちゃんがいた。

それは……、と。

京香さんは言い淀んで。

「質問は後。

明日香ちゃんの話をすべて訊いてから。ね?」

きりきり痛む胸を押さえて、小さく頷いた。